●第114話【変貌】
そこは、広大な空間。
明治時代に建てられたような古い洋館を思わせる、シックな造りの大広間。
その中央に置かれたテーブルには白いクロスが掛けられ、卓上には大きな花生けが置かれている。
テーブルを囲うように置かれた九つの椅子には誰も座っておらず、白い壁に開かれた大きなゴシック風の窓からは晴れ渡った青空が見える。
大広間の壁に沿うように、丈の長いメイド服を纏った大勢の女性達が無言で佇んでいる。
そして彼女達の視線は、広間の中央に佇む「男」に注がれていた。
180センチくらいの身長に割と肩幅のあるがっしりした体格、髪は金髪に染められ耳にはジャラジャラと無数のピアスが付けられている。
派手な色のアロハシャツを前開きにまとったその若い男は、デニム地のパンツのポケットに手を突っ込んだまま、退屈そうに天井を眺めていた。
「待たせたわね」
凛とした声が、突如大広間に響く。
と同時に、大勢のメイド達が姿勢を正す靴音が、一斉に鳴り響いた。
先程まで誰も居なかったテーブルの上座に、いつの間にか一人の女性が座っている。
黒いドレスをまとい、髪をアップにまとめ控え目なアクセサリーを最小限だけ身に着けた、高貴な雰囲気を漂わせる年配の女性。
切れ長の目が、まるで品定めでもするような視線を男に投げかける。
「今日は珍しい姿なのね」
「えぇまあ。気分で」
「あまり拾い食いはするものではなくてよ。
それで、あの者達の動向は?」
気だるそうに頬杖をつくと、黒いドレスの女性は落ち着いた声で尋ねる。
男は少し俯き、頭をボリボリと掻いて口を開いた。
「あいつらは、相変わらず吉祥寺の命令に従って流れてる感じっすね。
今はXENOVIAの仲間を増やすのと、以前にばら撒いたXENOの処分に奔走してるっすわ」
「そう。
迷走しているという印象を受けるけど?」
「同感っす。
あいつら意外と主体性がないっつぅか、言われたことをそのままやってるだけなんすよ」
「成果は?」
「全っ然すね。
新しいXENOVIA候補は“アンナユニット”共に全部やられちまうし、XENOの処分も片付かないしで」
男の言葉に、女性は愉快そうに微笑む。
「最後のは、あなたがばら撒いているからではなくって?」
「そうでしたね! アハハ」
頭を掻きながら、愛想笑いを返す。
そんな男を、女性は冷ややかな目で見つめる。
「あの男に下った者達は、私達の“大義”には関心がないようね。
主人の言っていた通り。これだから、研究者上がりは困ったものだわ」
「んで実際のとこ、どうされます? 奥様」
男の質問に、女性は溜息をついて返す。
「あなたは、引き続きあの者達の監視を継続して頂戴」
「XENOはどうします?」
「あなたは、もう無理に動く必要はないわ。
そろそろ勘づく者達が出て来るかもしれないものね」
「はぁ」
気のない返事を返し、男は周囲にずらりと並ぶメイド達を見る。
どれも同じような顔と姿で、少々困惑を覚える。
「ただ、気に留めておいて欲しいのは」
しばしの間を置き、女性が付け加える。
「キリエ、だったかしら?
吉祥寺研究所の、あの鼻っ柱の強かった坊や」
「ええ、そうっす。
今じゃ一丁前にXENOVIAのリーダー気取ってますわ」
「あらあら、威勢の良いことね。
でも、あの子にはくれぐれも注意なさい」
「と言いますと?」
男は少し身を乗り出し、興味深そうに耳を傾ける。
「あの子はきっと、何かしでかすと思うわ。
私達の想定していないような、何かをね」
「キリエが……?」
男の表情が、険しくなる。
「でも、大丈夫よ。
あの娘達がなんとかしてくれるでしょう。
私の大事な――あの四人が、ね」
そう呟き、どこか嬉しそうに微笑む。
「これからも仲良くしてあげて頂戴ね。
それから――“愛美”とも」
「は、はぁ」
「――失礼いたします、奥様」
突然、男の声が響き、香ばしい香りが漂って来る。
沢山の料理を載せた大きなカートを押しながら、コック風の男性が何処からともなく近付いて来た。
「お料理の準備が出来ましたので、お持ちいたしました」
男には目もくれず、コック風の男はアイコンタクトを取ると、女性の前に料理を置いていく。
濃厚なブラウンソースをたっぷりかけたような、見たこともない肉料理を中心に、かなりの数に及ぶ副菜やスープの皿が並ぶ。
それはとても、細身の女性が食べられるようには思えない量だ。
そして同じものが、反対側の席にも並べられる。
「本日は良い素材を下ろしましたので」
「あらそう。
どんな?」
「六歳の雌にございます。
そちらを本日のメインといたしまして、老鶏の方は前菜とスープ、副食に仕上げております」
「ああ、ハイキングに来ていたあの」
「左様にございます。
良く熟成されておりますので、楽しんで頂けるかと」
コックに不敵に微笑みかけると、女性は男に向き直り、手で席に着くよう指示する。
「さぁ、一緒に戴きましょう。デリュージョンリング」
女性の声に合わせ、メイド達が一斉に動き出す。
会食が、始まった。
美神戦隊アンナセイヴァー
第114話【変貌】
ここは、新崎未央の住むマンション。
老け卓也の記したメモを頼りに、澪と卓也は彼の部屋を訪問しようとしていた。
部屋の前に辿り着くと、澪はスゥッと息を吸ってインターホンを押した。
「……反応、なしか」
「いないのかな。
もう一回押すわね」
二回目の呼び出しにも、応答がない。
三回目を押そうとするが、卓也はそれを制した。
「寝てるのかもしれないし、留守かもしれないから、やめとこ」
「そうね、そうかも」
「何にしても、外出出来るくらいだから何も問題ないんじゃないか?
俺達も、今夜の用事の準備を始めとこうよ」
「う~ん、その方がいいかぁ」
未央と逢えないと判断した二人は、名残惜しそうにマンションを後にすることにした。
(澪……さん)
そんな二人の姿をスコープ越しに見つめていた未央は、金色の瞳を輝かせながら小声で呟いた。
「やっぱり……素敵過ぎる。
先輩を僕のものにするには、澪さんの美しさと女らしさを……どうしても手に入れなくっちゃ」
何も身に着けていない未央は、玄関のドアに身体を擦り付けるように蠢くと、なまめかしい吐息を漏らして天井を仰ぐ。
(そうだ、僕が澪さんを――食べれば、きっと!!)
ドアに振りかかる飛沫、そして室内に大きく広がる黒い翼。
未央はもう、人としての姿を失っていた。
「何故だ?」
部屋の中に、突然男の声が響く。
ハッとして振り返った未央の視界には、大きなマントを羽織った見知らぬ男性の姿があった。
暗い室内に佇み、僅かに開くカーテンから漏れる逆光に浮かび上がるシルエット。
未央は舌なめずりをして、その影に踊りかかった。
だが、未央の両腕は虚空を斬る。
「お前には、俺が用意した特殊なXENO幼体が投与された筈だ。
なのに何故、理性が欠如している?」
男の声は、玄関側――未央の背後から聞こえて来る。
「だ、誰よ……?」
背中から巨大な黒い翼を生やし、家具を傷つけながら蠢く未央は、男の影を睨む。
マントを大きくバサッと靡かせると、男――キリエは、まるでコミでも見る様な冷たい視線を投げつけて来る。
「とんだ見込み違いだな。
お前の底なしの欲望は、きっと我らに良い影響を与えてくれると期待していたのだが。
これでは雑魚のXENO共とかわらんな」
「なんの……ことよ?」
「そんなに欲望を満たしたいのなら、力を使え」
「?」
「お前が犯したい者の居場所を思い浮かべろ。
そうすれば、お前はその場所に一瞬で移動出来る」
「ほ、本当?」
「本当だ。そこで好きなだけ欲望を満たすがいい」
「……」
キリエの言葉に頷くと、未央は動きを止めて何か祈るような仕草を始める。
すると、身体が徐々に薄ぼけて行き、十数秒程で空気に溶けるようにその姿を消してしまった。
「――おのれ、失敗か。
或いは、雑魚XENOの幼体が紛れ込んでいた?!
……まぁいい、どうせアンナユニット共がすぐ片付けてくれるだろう」
そう呟くと、キリエもその場から姿を消した。
凱の部屋に戻った恵は、潤んだ目で掃除の続きを始める。
彼女に連れ添い、手伝いを買って出た愛美と舞衣は、心配そうな顔つきで見つめる。
「それにしても、かなたさんがご両親の許に戻られたのは、本当に良かったですよね!」
場を明るくしようと思い、愛美が少々甲高い声で喋る。
その意図を察したのか、舞衣は髪が舞い上がる程大きく頷いて見せた。
「そうですね、そうです!
メグちゃん、かなたさんにもうすぐ逢えるんだから、喜びましょう」
「う、うん。
そうなんだけど……メグ、アンナミスティックじゃなくってメグとして逢いに行きたかったの」
「あ、ええ」
「メグちゃん、それは」
「うん、分かってるよ! 駄目なのは。
でもね、同じ世界に居るのにパワージグラットを使わないと逢えないなんて、なんだか悲しくって」
「そ、そうですよね。
一時間って時間制限があるわけですし」
「それにね、今日の夕方でしょ?
今からじゃ、お土産を準備する時間も殆どないよぉ」
メグは以前、手作りのお菓子をかなた達にあげたいと思っていたのだが、並行世界に食べ物を持ち込んでも一時間経過で消滅してしまうという事情から叶わないと諦めていたのだ。
その事情を知っていることもあって、愛美も舞衣も、かけてやる言葉が見つからない。
「今からですと、生チョコレートやプリンなどの冷やす行程のある調理は時間が足りないですし」
「焼き菓子はいかがでしょう?
材料は、今あるものから選んで」
焼き菓子、という単語に反応して、恵の頭にピン! と猫耳が立つ。
「あ! それだったら、スイートポテトが作れるよぉ!」
「わぁ、突然元気になりましたね!」
「スイートポテト! メグちゃんの得意なお菓子ね」
「うん! 今度ね、みんなに食べさせてあげようと思って、材料を買っておいたのぉ♪」
「そうなんですね!
じゃあ私、お手伝いします! オーブン温めておきますね!」
「メグちゃん、お芋の下ごしらえを手分けしましょう。
バターも早めに出して馴染ませておかなくちゃ」
「う、うん! 二人とも、ありがとう!
あ、お姉ちゃん、みりんも残ってる?」
「みりんですか!?」
「うん☆ 照りを出すのに使うんだよぉ」
ようやく恵に活気が戻って来る。
顔を見合わせてホッとする愛美と舞衣に、横から誰かが声をかけて来た。
「入れ物はどうするの?」
「え?」
「お土産なら、容器とか箱とかも必要じゃないん?」
「未来ちゃん! ありさちゃん!」
いつから居たのか、玄関には凱と未来、そしてありさの三人が立っていた。
「しょうがない、みんなで手伝おうか」
「じゃあ入れ物は私達で。
ありさ、メグから容器どんなのを使うのか聞いといてね。
私は包装に使えそうなものを探してみるわ」
「おっけ! よっしゃ、じゃああっちの部屋に移動かな?」
何故か張り切るありさに苦笑すると、愛美はメグに微笑んで玄関に向かう。
後を追う姉妹の頭を、凱がそっと優しく撫でた。
「この様子だと、あの話は後で伝えた方がいいでしょうか」
すれ違い際、未来が凱に囁く。
「そうだな。今はまだ」
「わかりました」
小さく頷くと、未来はそのまま部屋を出て行く。
一人玄関に取り残された凱は、リビングに上がるとスマホを取り出し、深呼吸を一つした。
その後、凱が猪原家と連絡を取り、約束時間と移動の段取りについて話をつけた。
いきなり家の中に出現する都合もあり、場所の選定と時間の厳守は絶対になる。
パワージグラットの概念を理解してくれている猪原家だから話は早かったものの、やはり今回の提案には驚きを隠せないようだった。
猪原家は現在、かなた帰還の謎を追求したがっているマスコミやスクープ狙いの記者に自宅を囲まれ、或いは監視されている状態のようで、外出時にも注意を払う必要がある。
その為、そんな場所にアンナセイヴァーのメンバーが素面で訪問することは出来ない。
そこに愛美が提案したのが「パワージグラットで直接猪原家の中に入り込み、一旦現実世界に戻った後、再度並行世界に移動しよう」というアイデアだった。
制限時間一時間という条件がつくものの、これならアンナセイヴァーとの関りを隠したまま逢えるし、何より外野に邪魔されたりすることもない。
妹達がお土産のお菓子作りに熱中している最中、凱は、今回の重要な同行者となる神代卓也に連絡をすることにした。
「――もしもし、北条だ。
今、大丈夫?」
『北条さん、ども。
で、どうなりました?』
「ああ、なんとか上手く行けそうだ。
少々時間がずれるけど、午後五時に待ち合わせをしないか」
『あ、思ったより余裕が出来ましたね。
いいですよ、わかりました』
快諾はしたものの、やはり澪を巡る話題は出して来ない。
凱はしばし悩みはしたものの、最悪の事態に対する備えもあると判断し、ひとまずこのままで話を進めることにした。
「では、後でまた。
そちらに迎えに行くから」
『それなんですけど、今外出中なんで、このまま最寄り駅まで行きますよ。
合流、そこでもいいですか?』
「了解した」
話はついた。
後は、約束の時間を待つのみだ。
「準備はいいわねみんな?
じゃあ、行くわよ」
ここは、SVアークプレイスの中央エリアにある、中庭。
四方を建屋で囲まれている為、外部から覗き込むことが出来ない。
未来は、ありさ、舞衣と恵、そして愛美に声をかける。
「「「「「 コードシフト! 」」」」」
五人の声が綺麗に重なり、それぞれの装着するサークレットが起動する。
待機音が響き渡る中、未来とありさ、舞衣と恵が互いの顔を見合わせる。
「「「「「 チャージアーップ!! 」」」」」
再び五人の声が重なって、まばゆい閃光が辺りを包み込む。
“Switch the system to fully release the original specifications.
Each part functions normally, and the support AI system is all green.
Reboot the system.”
“ANX-06R ANNA-ROGUE, READY.”
“ANX-02W ANNA-WIZARD, ANX-03M ANNA-MYSTIC READY.”
“ANX-04P ANNA-PARADINE, ANX-05B ANNA-BLAZER READY.”
五色の閃光が光の柱の様に屹立し、その中から五人の少女が装いも新たに登場する。
「それじゃあ、行って参ります」
「行ってきまーす☆」
「申し訳ありませんが、それではよろしくお願いいたします」
ピンクと緑、青の少女達が頭を下げ、夜の帳の降り始めた空へと上昇していく。
その様子を見上げながら、オレンジと赤の少女達は、ふぅと息を吐いた。
「んでさ、なんであたしらまで実装せにゃならんかったのよ?
猪原さんとこ行くわけじゃないのに」
「私達には、別な仕事があるからよ」
「別な仕事?」
「そうよ、実はさっきナオトさんから連絡があったの」
「ほぉ?」
アンナパラディンは、長い髪をさっと払いながら説明する。
本日午後三時頃、JR北千住席に程近い荒川河川敷で、とある事件が発生したという。
巨大な怪物が突如複数体現れ、周辺を行き来する人々に襲い掛かろうとしたらしい。
「うげ?! XENOじゃんやべぇじゃん!
被害は?」
「それが、人的被害はゼロよ」
「そ、そりゃあ良かっt
って、えっなんで?」
「肝心なのはその後なのよ。
勿論、それはXENOで間違いないんだけど――出現してからものの数分で、撃退されたらしいの」
「撃退?! XENOを? 誰が?」
キョトンとするアンナブレイザーに、パラディンは酷く深刻な表情でぼそりと呟いた。
「――アンナユニット」
「は?」
「突然空から現れた五体の“コスプレ集団”によって、本当に一瞬で倒されたそうよ。
SNSにも、うっすらとだけど写真が上がってるみたいね」
そう言うと、アンナパラディンは耳から下げている大きなイヤリング「クレアボヤンス」を起動させる。
該当のものと思われるSNS投稿の画面が、空間に投影された。
「うわ、なんだこりゃ!」
「確かに五体の人型のものが宙に浮いてるのがわかるわ。
無論、これは私達ではない。
かといって、アンナソニックにしては数が多いし――」
「めっちゃ便利な機能だねコレ!
ね、ね、今度これで上映会やろうよ!!」
「ちょ、ブレイザー! 真面目に聞いて!!」
「わぁってるって、あたしら以外のアンナユニットが現れたって事だろ?
んで、その警戒の為に現地調査をって話で」
「……話が早くて結構ね、そういうことよ。
一時的とはいえ三人も欠けるわけだし、その間にトラブルがまた起きたら大変だものね。
アンナチェイサーも、今頃活動を開始している筈だわ」
「おっけ、わかった。
じゃあ、早速荒川行こうぜ荒川! 荒川!」
「なんでテンション高いのよ」
あっという間に空高く飛び上がって行ったブレイザーを追いかけて、アンナパラディンはオレンジの光のラインを描いて飛翔した。
(仮にあれが全てアンナユニットだった場合……一番考えたくない事態が起きていることになるわね。
一体はソニックだとして、後の四体は――でも、何故彼女がXENOを?)
沈みかけた太陽を遠目に、パラディンはぐっと奥歯を噛みしめた。
「――へ、北千住に? マジか?!」
老け卓也は、誰も居ないマンションの自室で思わず声を上げた。
北千住駅近くの荒川河川敷に突如出現した“謎のコスプレ集団”の情報が、SNSで発見されたのだ。
上がっている画像はいずれも不鮮明だったり遠距離撮影だったりでハッキリしないものばかり。
しかし、書き込まれた情報によると赤・黄・青・緑・紫の五人が現れ、怪物と闘っていたというのだ。
「ん? 黄色? そんなの今まで居たっけ?」
これまで集めて来たコスプレ集団に関する情報との食い違いが生じ、困惑する。
ネット上の同士も同様のようで、ここに来て新メンバーが? という憶測も立ち始めた。
だが中には
「赤も青も緑も、見た目が違う?
紫は……げっ、新宿ぶっ壊した奴に似てるって?」
西新宿の大規模破壊事件は、当然彼らも良く知っていた。
むしろあの事件は、謎のコスプレ集団の存在意義を大きく揺るがす出来事だったので、知らない筈がない。
彼らファンの間では、コスプレ集団には派閥? のようなものがあり、その敵対勢力に相当するものが暴れていたのではないかという分析が行われていた。
そして紫のコスプレ娘は、その筆頭というのが彼らの中での定説となっている。
「もしかして、これは全面戦争的な何かが起こるのか?
だとしたら、絶対その現場は押さえないとなあ。
よし、久々に出張るか」
思い立ったが吉日、嬉し恥ずかし中年男はすっくと立ち上がり、カメラの準備を始める。
どのみちもうすぐ外出し、マンションを空けなければならなかったのもあり、丁度いい。
どこかのマンガ喫茶二でも泊まろうかと着替え等の準備を始めた頃、突然、リビングの方で大きな物音が聞こえた。
「おわっ?! な、なんだあ?」
卓也も澪も、とっくに外出していて居ない筈だし、まだ帰って来る時間ではない。
何事かと不思議に思いつつリビングに出た老け卓也は、眼前に広がる信じがたい光景に、思わず凍り付いた。
セ・ン・パ・イ……♪
逢いたかったぁ♪
そこには、新崎未央が居た。
しかし、その姿は明らかに尋常ではない。
背中からは、リビング全体に及ぶほど巨大なコウモリの羽根を生やし、頭からは長い角のようなものが二本生えている。
そして瞳は不気味な金色に輝き、光を放っている。
爪は鋭く伸び、一見黒いオーバーニーに見えた脚は、途中から黒山羊のようなそれに変わっている。
そして、それ以外は全裸。
それほどまでの異形にも関わらず、未央の身体は見惚れそうな程に美しく、魅力的に思えた。
男女の性別を超越したような、神々しささえ感じさせる圧倒的な魅力。
その迫力と異常さに圧倒され、さすがの老け卓也も言葉を失った。
「な……な、な、な……」
なんでお前がここに居るんだよ?! という言葉が上手く紡ぎ出せない。
同時に、自分の目線が未央から逸らせなくなっていることにも気付く。
それはまるで、自分の身体が操られているようにすら思える。
フフフ♪ せぇんぱぁい♪
僕、ずっと、先輩としたかったんですよぉ♪
田島さんや三田内さんや、二本柳さんじゃあ、ぜぇんぜん満足出来なくってえ
「な、た……み……ええっ?!」
ずっと先輩だけが本命だったんですよぉ
それなのに、冷たすぎますぅ
会社にも出て来てくれないし……寂しかったんですからねぇ
「な、何言って……」
圧倒的な恐怖感で、まともに話すことすら出来ない。
それでも視線を逸らすことが出来ず、完全に化け物となっている未央を見つめ続けるしかない。
最初はコスプレだと思っていたその体躯がホンモノだと気付いたのは、鋭い爪で上着を?ぎ取られた時だった。
ねぇ、センパイ♪ 僕と、しましょ♪
最高にぃ、気持ちよくして差し上げまぁす♪
「ひ、ひぃ……」
そして、その後に、食――
ドォンっ!!
その時、突然玄関の方から激しくドアが開かれる音がした。
一瞬、恐怖感が途切れる。
老け卓也は、ようやく動かせるようになった視線で音の正体を確かめようとして――目を剥いた。
「未央! あなた、やっぱり……!!」
そこに居たのは、澪だった。




