●第111話【生還】
UC-22“ドライアード”の駆逐により、渋谷ぱるるの被害進行は食い止められた。
しかし、建物崩壊による被害規模・状況の確認は未だ完全には判明しておらず、被害者の捜索・救助活動も未だ完全ではない。
加えて、この度の事件は「SNSによる犯罪告知があったのではないか」「渋谷ぱるるの建築方法に問題があったのではないか」といった議論を派生させる事となり、一般人だけでなく各報道関係者をも賑わわせた。
同時に警察も、この度の対応にクレームが多数寄せられていた。
それは、崩壊の影響で通行人や野次馬にも被害が及んだからだ。
無論、警察官の中にも犠牲者は出ており、事件後約二時間の時点で五名の殉職が判明している。
現場付近に集まっていた一般人の怪我人、行方不明者は多数。
ここに加え、渋谷ぱるるがスクランブル交差点にモロに直結している事から、現場封鎖の影響で大幅な交通渋滞が発生。
警察はこちらの対応にも苦心する羽目に陥っていた。
また、元々路上駐車が多く、本件の影響でそれが更に増長化した道玄坂等の道路状況の悪さもあり、レスキュー隊も思うように活動が行えず、四苦八苦している状況が続いてもいた。
そんな中、六人のコスプレ少女達はその機動性の高さとパワーを活かし、救助活動を盛り立てていた。
「あいつらは、なんで現場から撤収しないんだ?!」
焦りながら画面を見入る勇次に、凱は少し呆れたような声で応える。
「このまま放置して帰れない、ってとこなんだろうな」
「それではこれまで素性を隠して来た意味がないではないか!」
「あの娘達の性格を考えると、そうなっちまうだろうな」
「全く……なんて呑気なことを!
警察が来たら厄介だぞ」
勇次は、物凄く疲れた表情ですっかり冷え切ったコーヒーを飲み干した。
「苦いだろ?」
「苦い!」
美神戦隊アンナセイヴァー
第111話【生還】
「よいしょっとぉ!
あーっ! 居たぁ♪」
アンナミスティックが瓦礫を除去すると、なんとその下の空間から男性が三人ほど発見された。
いずれも小太りでチェックのシャツ、Gパンにバンダナ、そして手には巨大なカメラを持っている。
例の情報につられてやって来て、建物の中に侵入した者達だろうか。
あまりにそっくりな恰好に、緑の少女は思わずほくそ笑んだ。
「大丈夫ー? 今、助けてあげるから、待っててね~」
男達は、多少負傷しているようだったが、充分元気そうだ。
ミスティックが安堵していると、
パシャ、パシャ!
フラッシュと共に、シャッター音が連発する。
なんと男達は、見たこともないような巨大なレンズを装着したカメラを向け、アンナミスティックを撮影し始めたのだ。
下から見上げるような角度になっているので、スカートの中を撮影されている形になる。
それに気付いたミスティックは、頬をぷぅっと膨らませた。
「あ~! ダメなんだよぉ!
女の子のスカートの中、撮影なんかしたらぁ」
「ひっ!」
「すみません!」
「ささ、撮影いいですか?」
言われて初めて恐縮する。
しかし、構えたカメラは下ろさない。
「そういう事、もうしないでね!
ハイ、こっちに来てね~」
頬は膨らませても、顔は怒っていない。
優しく手を差し伸べるミスティックに、男達は恐縮しながら手を伸ばす。
金属のようにヒンヤリする感触に戸惑うものの、男達は素直にミスティックに手を引かれる。
「あーっ、お怪我してるぅ!
ちょっと待ってね、こっちに座ってね♪」
自分をローアングル撮影した相手にも関わらず、アンナミスティックは嫌な顔一つせず、男達を救い出すと歩道の安全そうな場所に座らせた。
「メディカルスキャン――」
親指と小指を広げた右手を、男達に向ける。
アンナミスティックの掌に、なにやら緑色に光る文字が無数に浮かび上がる。
「ん~、少しお怪我してるのね。
消毒と応急処置をするから、後でちゃんとお医者様に看てもらってね?」
「は、はい……」
“Execute science magic number C-001 "Cure-flash" from UNIT-LIBRARY.”
「キュアフラッシュ」
アンナミスティックの右手から科学魔法が施され、男達の身体から痛みが徐々に引いていく。
「おお、身体が」
「なんかすごい!魔法みたい!」
「あ、ありがとう!」
驚く男達に笑顔で頷くと、ミスティックはレスキュー隊に報告を行った。
「これでもう大丈夫だよ、良かったね♪
気を付けておうちに帰ってね~! バイバ~イ☆」
元気いっぱいの笑顔で両手を振りながら見送るミスティックに、三人の男は無言で軽く会釈をするのが精一杯だった。
「な、なんか……カワイイ」
「緑の子、確かSNSの分析だと高飛車女って設定じゃなかったか?」
「そうそう、でもなんか、全然違ったな」
「やべ、俺あっちに乗り換えようかな」
「俺、あんな彼女が欲しい」
そんな彼らを横目で冷ややかに見つめていた女性は、真っ暗になった空を見上げた。
一方では、激しい轟音と共に、道路や歩道に散らばった瓦礫の山が移動していた。
それは、まるでパワーショベルのように瓦礫を押しやっているアンナパラディンだった。
「こちらに寄せれば大丈夫ですか?」
「え、ええ……す、すご……」
普通の女性と変わらない体格にも関わらず、重機並のパワーを発揮するパラディンの様子に、隊員達は言葉を失ってしまう。
「あの大きな破片は邪魔だと思うんですが、どうしましょう?」
「そうですね、後で細かく砕いて同じ場所に集めてから回収を」
「承知しました」
ガンッ! という音と共に、数メートルもあるビルの壁の破片が一瞬で粉々になる。
ビュンビュンと風を切り、ホイールブレードが唸る。
「これで宜しいでしょうか?」
「は、はい……充分です」
「はい、では」
そう呟くと、アンナパラディンはまた猛烈なパワーで瓦礫を押しやって行く。
レスキュー隊員達は、そのパワフル過ぎる光景を唖然と眺めていた。
レスキュー隊員達と協力し、崩れた建物を的確に解体し障害物を除去していくアンナウィザードとブレイザー。
そして発見された被害者を救助、応急処置し、救急車に送るアンナミスティックとローグ。
だがアンナチェイサーだけは、現場から姿を消していた。
「ありがとうございます! おかげで助かります!」
レスキュー隊員が、ホイールブレードを肩に担いで息を吐くパラディンに声をかけて来た。
一瞬ぎょっとするも、その声に笑顔と会釈を返す。
「恐れ入ります」
「皆さんのご協力で、想定以上に救助活動が進んでいます!」
「それは恐縮です。
私共は救助作業は専門ではありませんので、お手数ですが引き続きご教示とご指示をお願い出来ませんでしょうか」
「ご丁寧にどうも!」
思わぬ反応だったのか、隊員も一瞬面喰ったが、すぐに笑顔で頭を下げる。
その後、アンナセイヴァー五人の協力は深夜まで続き、その間で多くの被害者が救出された。
そして警察は、交通整理に加えて群がるマスコミ達を現場から遠ざける為、更なる尽力を強要されていた。
ガラガラと瓦礫が崩される音、ゴゴゴという大きな重機にも似た稼働音。
アンナローグは、大きな壁の破片を持ち上げると、その下の空間に向かって声をかけた。
彼女の視界には、サーモグラフィーによる熱反応が見えている。
その姿は、人型だ。
AIにより、即座に情報照合が行われる。
「だ、大丈夫ですか?!
え、え~と……み、澪、さん?」
「あなたは……アンナセイヴァーの」
「良かった! ご無事だったんですね!
今、ここから出して差し上げますので、少しお待ちください!」
そう言うと、アンナローグは巨大な瓦礫の塊を軽々と持ち上げて横へ放り投げる。
スーパーマンもかくやという程の怪力ぶりに、ぼやけていた澪の意識も瞬時に戻る。
「す、すご」
「さぁ、こちらへ!」
「あ、ありがとう! ボク、瓦礫の下敷きになってたの?」
「そうですよ。
偶然出来た空間の間に挟まっておられたみたいで……って、お怪我はありませんか?」
「ケガ? え~と……だ、大丈夫みたい」
「そうなんですか?!」
少し意識がぼぅっとするものの、特に身体が痛むとか、出血しているということはないようだ。
「奇跡って本当にあるんだ……」
「ホントですね! でも、念の為後で病院に行ってみてくださいね」
「うん、ありがとう!
って、あっ!」
肝心な事を思い出し、澪はローグにすがるように尋ねる。
「ねぇ! 未央は?!
ボクの連れだった、もう一人の――」
「そ、それが……」
「え……ま、まさか」
アンナローグは、言い淀む。
澪の反応こそあったものの、未央の反応はない。
彼が埋もれていた所はせいぜい人が一人居られるかどうかという程度で、とてもじゃないがもう一人が無事で居られるような余裕は見受けられない。
アンナローグの態度から、澪は何かを察した。
「そ、そんな……未央……」
がっくりと膝を着く澪の肩に、アンナローグが手を置く。
「未央さんですが、何処にもいらっしゃらなかったんです」
「え?」
「ここにおられたのは、澪さんだけで。
未央さんは、いくら捜しても、その」
「じゃあ、もしかしたら生きてるかもしれないのね?!」
「え、ええ……もしかしたら」
曖昧な応えしか出来ないが、澪の表情がみるみる明るくなっていく。
「よ、良かったぁ! じゃあ、自力で脱出したかもしれないじゃない!
んもぅ、余計な心配させちゃってもう!」
「あ、あの~」
何かとても言いづらそうにしているローグと、それに気付かず胸を撫で下ろす澪。
しばらくすると、入口の方面がやたら賑やかになって来た。
やけに明るいライトが照らされ、思わず手で顔を覆う。
「レスキュー隊の皆さんです!
さぁ澪さん、ひとまずあちらへ!」
「う、うん!」
アンナローグは澪を支えながら、レスキュー隊のいる方へと移動する。
額に流れている何かを袖で拭い取ると、澪は安堵の表情でローグの横顔を見つめた。
「どうされました?」
「あ、ううん! なんでもない!」
なんだか、お腹が減っちゃって」
「あはは♪ 元気なんですね」
思わず笑顔を交わし合う。
「ちょ、ちょっと、そこの人達!」
ようやく現場に到着したという風情の刑事達が、荒れた足場を気にしながら近寄って来た。
レスキュー隊に澪を引き渡し、ふぅと息をついている隙を突かれたアンナローグは、思わずそちらに視線を向けてしまった。
「は、はい!」
「このビル……えっと、渋谷ぱるるで騒ぎを起こしたのは、あんた達だね?!」
「あ、あの、えっと」
「とりあえず、名前と年齢を教えなさい。
それと、何処に住んでるの?
ここで何してたの?! ん?」
年配の男性刑事は、訝し気な表情でアンナローグを睨みつける。
狼狽えながら、ローグは必死で言葉を選ぼうとするが
「ちょっとね、あんたら自分達がどんな事をしたのかわかってんの?
ちょっと、署で話を聞かせてもらうから……任意同行って奴ね」
「あ、あの、こ、困ります!
私は――」
「失礼いたします」
と、突然ローグの背後に青い髪の女性がふわりと降り立つ。
いきなり湧いて出たかのような有様にぎょっとする刑事をよそに、青い髪の女性・アンナウィザードは何かを呟いて人差し指を唇に当てる。
“Execute science magic number M-005 "invisible-vision" from UNIT-LIBRARY.”
「――インヴィジブルビジョン」
科学魔法の詠唱と共に、アンナローグとウィザードの姿が、まるで空気に溶け込むように消えてしまった。
「え?! あ、あれ?!」
年配の刑事は、突然目の前から消失した二人を捜し、辺りをきょろきょろと見回し始めた。
同じように、アンナパラディンも、ミスティックもブレイザーも、いつしか現場からその姿を消していた。
その場に残されたのは、本格的に救助活動を再開したレスキュー隊員達と、事態について行けてない警官達、そしてその様子を伺うマスコミ関係者と野次馬ばかりだった。
『状況をどう見る? チェイサー』
ナオトからの通信に、アンナチェイサーは表情を曇らせる。
渋谷109の最頂部に移動していた彼女は、もう一度周囲をぐるりと見渡すと、静かに呟き始める。
「認知圏外では、目立った者は見当たらない。
現場周辺からも、情報収集機器と思しきものは発見されていない。
少なくとも、XENOVIA共が遠隔で監視している様子はない。
今のところ、だけどね」
『そうか。
だが、野次馬に紛れていた可能性は高いな』
「うん、同感。
奴らがこの件を丸っきり見逃している筈はないからね」
『お前は、奴らの今回の動きをどう読む?』
ナオトが、少しくぐもった声で尋ねる。
しばし顎先に指を当てて考えると、チェイサーはやや自信なさげに答える。
「何かの陽動にしては、あまりにも規模が大きすぎる。
それに、よそで何か起きたような兆しはないんだろう?」
『今のところはな』
「もしかしたら――アンナセイヴァーの対応能力をテストした、とか?」
『テスト……か。
わかった、念の為もうしばらく監視を続けて、異常がないようなら戻ってくれ』
「了解」
アンナチェイサーは、その場からふわりと浮かび上がると、目にも止まらない速さでその場から移動した。
「いいの? アイツらをあのまま見逃して」
何処か苛立ちを感じる声で、髪の短い女性が吐き捨てるように呟く。
「当初の予定だと、あの新人を私達でフォローする筈だったのでは?」
黒いドレスをまとった女性が、落ち着いた静かな声で補足する。
「そうですよ、本当にこれで良かったんです?
後で何か言われても、知りませんよ?」
少し元気な声で、小柄な少女が更に付け加える。
三人の言葉を受け、グラマラスなボディのセミロングヘアの女性は、腕組みをしながら不敵に微笑んだ。
「いいのよ、これで」
「本気で云ってるの? 夢乃」
「本当ですよ。
それから、次にXENOが現れたら、そこに私達全員で向かうんです。
勿論、“実装”して」
「ちょっと、それ本気ですか夢乃先輩?!」
「本気よ。
――それと、これからはコードネームでってお約束でしょ? 皆さん」
「フン、そうだったわね」
「夢乃――ううん、イリュージョナーのことだから、きっと何か考えがあるんでしょうね」
「さすがはジャスティスソード。
その通りです」
彼女達の言葉に、夢乃――イリュージョナーは目を閉じて頷く。
「ここで私達が登場すれば、確かに彼女達の心象は悪化するでしょうね。
でも、それよりもっと効果的な方法があるって気付いたの」
「それはいったいどんな?」
「そう、たとえば――私達で、人間達を助けるとか」
「はぁ?!」
「正気ですか? 夢――イリュージョナー?」
「正気も正気よ、ヘヴィズーム、デリンジャー。
今回は私に立案を任せて。
必ず、劇的な効果を上げてみせるから」
「そう、そこまで言うならお手並み拝見と行くわ」
人混みの中、雑居ビルの影に潜みながら、四人の女性は、先程まで渋谷ぱるるのあった場所を眺め続けた。
一方その頃、新崎未央のマンションでは。
「はぁ……はぁ……」
真っ暗な部屋の中、ボロボロに破れて汚れた衣服をまとった未央が佇んでいた。
その目は恐怖に怯えるように見開かれ、身体は青ざめて小刻みに震えている。
身体のあちこちに血が固まったような汚れが付着しているものの、肉体そのものに損傷はない。
「ぼ、僕……いったい、どうやって帰って来たの……?」
この部屋まで辿り着くまでの記憶が、一切ない。
まるで、瞬時に時間と空間を飛び越えて戻って来たかのようにすら思える。
瓦礫が振って来て、全身に激しい傷みが襲い掛かったところまでは覚えている。
しかし、どうやって渋谷ぱるるの現場から脱出し、こんな恰好のままで戻って来れたのか。
持っていたバッグは失われており、所持金もない。
交通機関を経ないと戻れない距離なのに、そんな状況で帰って来れるわけがないのだ。
「そうだ、澪さんは……ううっ」
急に激しい頭痛に苛まれ、未央はその場でうずくまってしまう。
今までに感じた事のないような不快感と、同時にこみ上げて来る謎の高揚感。
訳の分からない感覚に身体を支配された未央は、床にうずくまりながら身悶えをし始める。
「はぁ……はぁ……か、身体が火照る……
ああ……センパァイ……欲しい、欲しいのぉぉ♪」
掻きむしるように衣服を脱ぎ捨てると、手と指を使い、自慰を始める。
暗闇の中、何度も達し、白濁したものを噴き出しても、身体の火照りが治まることはない。
「せ、センパァイ……欲しい、欲しいのぉ!!
あ、貴方が、あなたがぁ! 絶対にぃぃ!!」
未央の目が、一瞬金色に輝いた。




