●第104話【復讐】
ニ十分後、窓の向こうで「時間切れ十分前」を示す、アンナミスティックの“ふしぎな踊り”が始まるまで、男達の話し合いは続けられた。
「なあ、北条君」
「なんだい司さん」
「凄く楽しそうなのに恐縮だが。
こちらのMPが下がりそうなんで、そろそろ止めさせてもらえないかな」
「俺も同じこと思ってたよ」
満面の笑顔で繰り出す摩訶不思議なダンス。
大きな胸やポニーテール、輪の形のイヤリングが揺れ、リボンやスカートがなびく。
四人の男達は、いつしかアンナミスティックから目が離せなくなっていた。
凱が制止のジェスチュアをしてようやくそれが理解されるまで、五分の時間を要した。
“SAVE.”のメンバーより得た情報。
それは、アンナセイヴァーの基本的な情報だった。
アンナローグ、ウィザード、ミスティック、パラディン、ブレイザー、そしてチェイサー。
六人編成で、彼女達は一見コスプレをしているようにみえるが、実際はアンナユニットという機械の身体に置き替えられている。
電装システムを用い、様々な装備を転送して戦闘に活用し、被害を出さないために「パワージグラット」という並行世界への強制転送を行った上でXENOを撃退する。
彼女達は“SAVE.”という私設組織により管理されているが、その本拠地の所在やアクセス方法は非公開。
また、既に知られている千葉愛美以外のアンナセイヴァーメンバーの個人情報も非公開。
その点は、個人情報保護の側面からも理解が及ぶ。
そして、先日西新宿を崩壊させたのは「アンナソニック」という敵対組織が作り出したアンナユニットであり、搭乗者はXENOVIAと呼ばれる存在であること。
ある程度の情報は既知または想定通りだったが、西新宿事件の事情が明確化したのは、司にとって大きな収穫だった。
だが無論、彼らの証言だけでそれが全て事実であると受け止めることは危険だ。
しかし、こちらが持つ情報を“SAVE.”側は強く求めていた。
その交換条件として提示して来たものなだけに、それなりの信憑性はあるだろうと司は解釈していた。
(今は、向こうから提供された情報を鵜呑みにするしかない。
いずれ、その裏付けは取って行かなければならないが)
解散後、司は再び元のAXIAの店内に戻った。
「あれ? いつ戻ったの?」
店主の翠が、驚きの声を上げる。
テーブルの上は既に片付けられており、先程まで同席していた凱やナオト、蛭田勇次という男の姿はもうない。
まるで狸に化かされたような気分だが、とりあえず司は店を出ることにした。
「すまなかったな。でも食い逃げじゃないぞ。
お勘定」
「コーヒーしか飲んでないから、飲み逃げじゃない?」
「そうとも言うな。はい600円」
「あい、まいどありー」
「もうちょっと喫茶店のマスターみたいに言ってくれ」
「ありがとうございました」
「味気ないな」
「どうしろっていうのよ」
コーヒーの代金をしっかり支払うと、司は自分の車に戻り、エンジンをかけるより早くスマホのスイッチを入れた。
フォルダに保存された最新のファイルを展開する。
『あとね、このシフォンケーキはメグが作ったんだよ』
『君のお手製のケーキかい? それは嬉しいね』
『うん♪ そうだよぉ、いっぱい食べてね!』
先程並行世界に移動した直後、司は通信を確認する振りをしてボイスレコーダーアプリを立ち上げていた。
たまたまいつもの口癖が出たのだろうか、人名らしき情報が出たので、司は咄嗟に確認をした。
無意識に、口元がつり上がる。
「あの子の名前は、メグ……か」
録音した音声を止めると、司はすかさず何処かに電話をかける。
十数回のコールで、ようやく繋がる。
「ああ、俺だ。――え、誰だって?
昔馴染みの常連客の声がわからな……ああすまない、忙しい時間帯だったか。
すまない、緊急で依頼したいことがあってな」
電話の向こうからは、怒鳴り声と賑やかな雑音が聴こえて来る。
しかし司はそんな事おかまいなしに、淡々と要件のみを伝える。
「調べて欲しいことがある。
北条凱、という人物の情報が欲しい。
特に家族関係や交友関係とか、出来るだけ細かく。
――わかってる、依頼料は次回までツケといてくれ」
それだけ言うと、とっとと通話を切る。
液晶画面には「大黒屋」と表示されていた。
美神戦隊アンナセイヴァー
第104話【復讐】
その少女は、青白い顔を上げて道行く人々を睨みつける。
しかし、視線が合うとつい反射的に逸らしてしまう。
必死で、目的の者を捜す。
その場所に立ち止まってからニ十分が経過しようとする頃、右手側から金髪ロン毛の少し日焼けした女子高生が、二人の友人を引き連れて姿を現した。
「ん? あれ? アイツ」
すぐに発見され、舐めるようにじろじろと見つめて来る。
「大垣ぃ、アンタそんなとこでナニしてんのぉ?」
名前を呼ばれ、無意識に硬直する。
金髪の女子高生は、ニヤニヤと嫌らしい笑みを湛えながら近付いて来た。
「丁度いいとこで逢ったわ。
実はさ、今からアタシら遊びにいくんだけど。
ちょっと貸してくんない?」
そう言いながら、右手の人差し指と親指で円を作る。
今まで一度も返したことなどないというのに。
悪びれることもなく、さも当然といった態度で少女に迫る女子高生。
一見笑っているように見えるが、目が全然笑っていない。
「……」
「あん? どしたんそんな反抗的な顔して?
もしかして怒った? やだぁ借りるだけじゃん!
アタシら友達でしょぉ?」
「……違う」
「は?」
「アンタなんか……友達じゃない」
「あれあれ? 大垣ぃ、もしかしてマジギレしてんの? ウケルんですけどぉ」
そう言いながら、女子高生は思い切り力を込めて少女の足を踏みつける。
「あのさぁ、そーいう言い方なくない?
いいの? 言っちゃうよ? ミカに言っちゃうよ? それでもいいん?」
「……好きにすればいいじゃない。できるものなら」
「へえぇぇぇぇええ! 大垣ちゃんスゴイ!
急にエラそうになったねぇ! アタシ感動したぁ!!」
突然大声を張り上げ、威嚇するような態度で更に足を踏みつける。
連れ立った友人達も、ニヤニヤとその光景を見て楽しんでいる。
足を踏みつけられながらも、少女は微動だにせず耐え続けていた。
辺りを行き交う人々は、嫌なものを見るような目で通り過ぎて行くが、誰も止めようとしない。
少女は一瞬悲し気な表情を浮かべると、次の瞬間――微笑んだ。
「実はね」
「は?」
「ちょっとね、躊躇ってたんだ」
「ナニ言ってんの? 頭狂った?」
「いくらあんた達でも、殺しちゃ可哀想じゃないかって」
「は? 殺す? あんたが? 誰を?」
「でも、もうそんなの、どうでも良くなっちゃった」
「おい大垣ぃ、アンタいい加減に――」
「死ね」
少女がそう呟いた瞬間、女子高生の脚に、何かが絡みついた。
黒みがかった緑色の物体。
それは足元の石畳を破壊して、何処からか伸びて来た植物の根か蔓のようだ。
あっという間に女子高生の脚を、胴体を包み込んでいく。
と同時に、はたからでもはっきり聴こえるくらいの、ギリギリ、ギチギチ……という締め付けの音。
「あ?! あ、が……?!」
蔓はどんどん量と長さを増して行き、女子高生の首にまで到達する。
耳障りな音は、とうとう骨が軋むようなものに変わっていく。
苦し気に吐き出される呼吸音に、少女は耳を傾けうっとりとした表情を浮かべた。
「ね、苦しい? ねえ、苦しいの?
そうよね、呼吸も出来ないし、肺も気管も圧迫されてるもんねえ」
「ひ……べ……」
「いい顔ね、素敵よ?
どうかしら、死にそうなくらいの苦しみを長々と味わう気分って」
「ひ……ひぃっ?!」
「ば、化け物ぉ?!」
「あら、あんた達も一緒よ?」
「きゃあああっ!!」
「た、助けてぇ!!」
少女の足元から伸びる蔓は、いつの間にか二人の友人達をも捕えていた。
あっという間に全身を締め上げられ、悲鳴も上げられなくなる。
しかし、一気に絞め殺されることはなく、じわりじわりと嬲っていく。
その異常な光景を目に止めつつも、行き交う人々はあえて見なかったことにして通り過ぎて行く。
少女は、ここまで異様な事態が起きているにも関わらず、無視していく通行人達の有様に激しい嫌悪感を覚えた。
「あ……願……たす、け……」
「え? 嫌よ」
ブジュッ
何かが潰れて弾けるような音がする。
と同時に、女子高生のカッと見開かれた目から光が消えた。
ほぼ同じくして、他の二人も。
はたから見れば、人間大の良くわからない異物を持ち運んでいる少女、という風に見えるのだろうか。
今しがた、ここで三人の人間が殺されたというのに、誰も関心を示さず、悲鳴すら上げない。
「……」
少女はパン、と手を叩く。
と同時に、凄まじい早さで蔓が解かれ収縮し、少女の足元の穴へと吸い込まれていく。
ずた袋を路面に叩きつけたような音が響き、三人の死体が倒れる。
だがもはやその姿は人間のそれではなく、身体中の水分を抜き取られたミイラのようですらあった。
ようやく、誰かが悲鳴を上げる。
(凄い、私こんな凄い力を手に入れたんだ!
これなら、復讐できる! アイツらを全員皆殺しにしてやれる!)
その場を立ち去りながら、少女は己の新たな能力に感動していた。
そこに、またあのチャイナドレスの女性が現れる。
「どう? 気に入った?」
「ええ、最高よ!
本当に、この力で恨みを晴らしていいの?」
少し高揚感を伴った表情で、少女はデリュ―ジョンリングに尋ねる。
彼女は、静かに頷きを返した。
「そうよ、思い切りやりなさい。
それでもし、復讐を果たし終えたら……後は、あなたの好きなように、なんでもすればいいわ」
「そうか、今後も私に嫌な事をした奴が居たら、そいつも」
「そうよ、好きなだけ殺しなさい。
誰もあなたを止めることは出来ない。
その能力なら、誰もあなたの仕業だと断定出来ないのだからね」
「ふふっ、そうね。
わかった、思い切りやるわ」
少女――否、新たに生まれたXENOVIAは、心の底から嬉しそうに微笑む。
彼女の立つ周辺の街路樹達が、まるでその笑みに呼応するかのように、激しくざわつき始めた。
風一つ、吹いていないのに。
更に翌朝。
ここは、都内にある某私立高校。
「おーっす」
「うっす」
元気に投稿してくる、少し背が低めの女生徒。
極端に短いスカート、派手な髪型にアクセサリーが山ほどぶら下げられたバッグを肩から下げ、メイクも派手。
そんな彼女は、バスから下りた直後に出会った友達に挨拶をすると、横に並んだ。
「ねー、昨日みうと連絡ついたぁ?」
「え? ううん。
あんたも連絡つかなかったの?」
「そうなんよ、LINEも返事来ないしぃ。
何やってんのアイツ?」
「新しい彼氏出来たって言ってたし、いいことしてたんじゃない?」
「はぁ~、それで丸一日連絡してこないって、ありえなくない?」
「ま~ねぇ。学校で逢ったら聞いてみよ」
「だね――って、あたっ!!」
突然、背の低い女生徒が何かにつまずいて転んだ。
バッグが転がり、スカートがめくれ上がりみっともない恰好になる。
それを見た友達は、愉快そうにゲラゲラ笑い出した。
「ちょっとぉれん、大丈夫?
立てる?」
「わ、悪りい。ちょっと手ぇ貸して」
「うん。よいしょっと」
友達が手を引いて立たせると、れんと呼ばれた女生徒の足に、何かが絡まっている。
それは枯れた木の根のようなもので、細いがしなやかさがあって引っ張っても千切れない。
見ると、それは左手脇にある公園の中から伸びていて、ダイレクトにれんの足首に巻き付いているのだ。
「え、何コレ」
「さっきまで、こんなのなかったのに」
「うわ、気味悪っ。
なんか切るもの持ってる?」
「そんなの持ってないよ!
引き千切ってみよ?」
「それしかないね。
う~ん……と」
だが、二人が力いっぱい引っ張っても、根は千切れる様子を全く見せない。
それどころか、先程よりも少し太くなったような気もする。
「え? あ、ええっ?!」
突然、友達が悲鳴を上げる。
なんと、いつの間にか彼女の足首にも木の根が巻き付いていたのだ。
それも今度は二本、両足首が捉えられている。
「な、ちょ、ゆい?!」
れんが声を掛けた次の瞬間――ゆいと呼ばれた友達は、物凄い早さで公園の方へ引っ張って行かれてしまった。
石床やコンクリートの段差、他の木々に激しくぶつかり、血を巻き散らしながら。
しかしてそれはあまりにも唐突かつ急速で、行き交う他の生徒達の目にも止まらなかった。
れんが落したバッグも、新たに伸びて来た蔓がすかさず回収する。
「ひぇ……ええっ?!」
今度は、れんの足が引っ張られる。
石床に顔面を叩きつけられ、公園を仕切る段差の角に頭部をぶつけ、雑草と木の根が覆う地面にこすりつけられる。
「ぎ……!」
悲鳴を上げる間もなく、れんは一本の樹の上へと引き上げられてしまった。
そこには、先に引きずられたゆいの他に、もう一人の女生徒が吊るされている。
二人とも身体中血まみれで、身体の半分以上が蔓のようなもので巻き取られている。
「な……ぇ……」
やがて、れんの身体にも無数の蔓が巻き付き始める。
薄れ行く意識の中、最後に彼女の目に映ったのは、木の下で愉快そうに笑っている、大垣美鈴という女生徒の姿だった。
計六人の生徒が行方不明。
しかもそのうち三人は、今朝登校中に姿を消している。
その情報は、校内でたちまちのうちに話題となった。
その全員が普段からグループを組んでいたこともあり、当初は単なるサボりという見解であったが、内三人は前日から行方をくらませている事から、犯罪に巻き込まれた可能性が示唆され、早速警察に通報された。
ここに一人、そのグループの一人であり唯一無事に登校して来ている生徒がいる。
名前は亜紀。
れんやゆい達が加わっているグループのリーダー格であり、一番背が高く性格もきつめ。
自己中心的という言葉を体現するような存在で、大垣を不登校に追い込んだ張本人でもある。
普段は強気な彼女だが、その日はいつもより大人しい雰囲気だ。
教室の中でスマホを見つめながら、亜紀はとあるサイトの情報に見入っていた。
“依頼者からの運搬物(ポケットに入る程度)を運ぶだけの仕事です。
但し秘密厳守の事。
お一人様一回きり、報酬は税込み三十万円。
先着順。”
亜紀の目が輝く。
下の方に申し込み連絡先の電話番号があることを確認すると、躊躇うことなく席を立ち教室を飛び出した。
途中、誰かと肩がぶつかる。
「チッ!」
「……」
ぶつかったのは、亜紀がいつも複数で虐めていた相手・大垣美鈴だった。
いつもなら絡んでいくのが、今はそれどころじゃない。
彼女を強く睨みつけると、急いで階段を駆け下りて行く。
その後ろ姿を、美鈴は静かに見つめていた。
「もしもし、ネットの求人観たんですが、まだ間に合いますか?」
校舎裏でこっそり電話をする亜紀の耳に、ボイスチェンジャーを通しているような不自然な音声が届く。
『はい、まだ間に合います。
お申込みされますか?』
「是非お願いします! えっと、何か必要なものは」
『それでは明日午後四時、JR渋谷駅ハチ公口前改札付近にいらしてください。
こちらのエージェントが品物をお渡しします。
その際の注意を良く伺ってください。
あなたの登録番号は336番です、それをお名前の代わりに申請してください』
「わ、わかりました」
『ご連絡ありがとうございました。
それでは失礼します』
「あ、あの、ちょ」
必要な事を伝え終えると、電話は一方的に切れてしまう。
しかし亜紀は軽くガッツポーズを取り、スキップしながら校舎内に戻って行った。
彼女の周辺に生えていた樹が、ざわめく。
窓からその様子を見下ろしていた美鈴は、スマホを耳にあてながら
「え、まだ?
何故?」
と呟いた。
ここは、とある工場の廃墟。
本来誰も居ない筈の広大な空間に、一人の男が佇んでいた。
彼の近くに、三つの影が現れる。
その者達はゆっくりと歩み寄り、天井の明り取り窓からの光を浴びる。
サイクロプス
トレイン
そしてデリュージョンリングが佇む。
デリュージョンリングは、直前まで何故かスマホを耳に当てていた。
全員を見回すと、キリエはニヤリと微笑む。
「新しいXENOVIAを生み出す流れは、どうやら上手く行っているようだな」
その言葉に、デリュージョンリングが反応する。
「そうね、最近なかなか有望なのを見つけたわ。
近いうちに大暴れする予定よ」
自信満々といった態度で、他のメンバーを見下ろすように顔を上げる。
「そうか、奇遇だな。
俺もそこそこ有望そうな株を発見した。
いずれ活躍してもらうが――それよりも」
そこまで呟くと、キリエは急に表情を引き締める。
「ところで、最近少々気になっていることがある。
例の四人が下級XENOの粛清を行っているが」
「何か問題でも?」
トレインの質問に、キリエが大きく頷く。
「数が多すぎる」
「えっ?」
「粛清対象のXENOの数は、もうそんなに多くはない筈だ。
しかし、それにも関わらずあの四人が追う者達の数は一向に減る兆しが見えない」
「XENOの幼体には、限りがある……」
「そうだ、その殆どをお前達の手引きで都内にばら撒いたんだったな」
「そうです。
しかし、闇バイトでの求人情報は全て控えてあるので散布した幼体の数量は把握しています。
それを上回る数が蔓延っている筈は」
今度は、サイクロプスが言葉を挟む。
「それが第一段階の実験なんだったな」
しばらくの沈黙の後、キリエは、地の底から響くような恐ろしい声で唱えた。
「何者かが、我々とは別なルートで、XENOをばら撒き続けているのだとしたら」
「まさか、そんな」
デリュ―ジョンリングが、ぼそりと漏らす。
「もしそうだとしたら、現在ばら撒かれている幼体は誰によって……いえ、どうやって数を増やしているのですか?」
サイクロプスの疑問は、その場にいる者達全員の共通見解だった。
キリエは顎に手を添えると、何故か不敵に笑い出した。
「まあ、下級XENOの粛清は吉祥寺が指示したことであって、我々の、XENOVIAを増やす目的とは直接関係はないがな」
「それでは、放置すると?」
「そうは言っていない」
マントをはためかせると、キリエは三人を睨みつける。
「しばらく様子を見よう。
どのみち、あの四人が活動する場が増えるのはこちらにとっても好都合だ。
――あの、アンナユニットをまとって者達に出会え易くなるのだからな」
そう言うと、大きく口元を歪めて笑う。
そんな彼の視線を受け流しながら、デリュ―ジョンリングは後ろに隠したスマホを軽く握りしめた。
ここは迷宮園。
相変わらず広いベースフロアを鼻歌混じりに掃除している愛美は、ふと、外出しようとしている霞の姿を見止めた。
「霞さん、おでかけですか?」
「あ、うん」
「どちらまで?」
「あ~、ちょっと野暮用」
「そうですか、どうかお気をつけて」
愛美の言葉に、霞は無言で片手を挙げて応える。
どこか元気がなさそうなその姿に、愛美は少し不安を抱いた。
「愛美」
入れ替わるように、今度はナオトが姿を現す。
その両手には、先程給仕したコーヒーのマグカップが握られている。
それを受け取りながら、愛美は静かに尋ねた。
「霞さん、大丈夫でしょうか?
なんだか元気がないようですけど」
「ああ、それなら心配は要らない」
「そうなんですか?」
「最近どたばたしていて、全然摂取してなかったもんな。“アレ”」
「“アレ”ですか?」
「そう、アイツの大好物」
「そういうことなら、私が作りますのに――」
「そういうことじゃないんだ」
愛美を制するように手をかざし、ナオトは静かに呟く。
「あいつはな、ハマってるもんがあるんだ」
「ハマってるもの?
いったい何ですか?」
「ああ、それは――」
その後、ナオトの言葉を聞き、愛美は目を大きく見開いた。
「いらっしゃいませぇ」
自動ドアが開き、聞き慣れたメロディが鳴る。
外気と大きく異なる室温に一瞬戸惑うと、霞は真っ先にインスタント麺のコーナーへと向かう。
ここは、コンビニ。
霞が通い慣れた一番近間のコンビニで、既に何処に何があるのか熟知している。
そんな中、棚の中央辺りに
次郎リスペ極太バリカタ麺
と、ぶっといロゴで書かれたカップ麺を見つける。
「あ、あったぁ♪」
最近めっきり見なくなり、よもや発売中止になったのかと不安に思っていた、霞最大の推し麺。
どうやらラス一のようだ。
大喜びでそれを手に取ると、すぐ傍で「えぇ~」という声が聴こえる。
見るとそこには、四~五歳くらいの小さな男の子が、残念そうな顔でこちらを見上げていた。
彼の視線は、霞の手の商品に注がれている。
恐る恐るそれを指差してみると、男の子は涙目で頷く。
「あ、あうあう」
男の子とラーメンを交互に見つめる。
彼は、今にも泣き出しそうで目に涙を浮かべている。
「こんな小さな子が、こんなごっついの食べるの?!」という考えがふと浮かんだが、
「はい」
「えっ」
「いいよ、どうぞ」
「いいの? ありがとう、お姉ちゃん!」
霞は、手に持ったラーメンを男の子に手渡した。
「やったぁ! パパぁ、あったよぉ! 探してたラーメン!」
「おうそうか! ありがとな!」
棚の奥から突然現れた、霞の三倍はありそうな体格の男性が、男の子の頭を撫でながら嬉しそうにカゴに入れる。
それを見ながら、霞は呆然とその場に立ち尽くした。




