●第103話【条件】
三日後、午後一時五十五分。
司は、最近入り浸るようになった喫茶AXIAに居た。
「まさかこんなに高頻度で来るようになるなんてねぇ」
店主の翠が、カウンターから呼びかける。
相変わらず客が殆ど入って来ない店内では、八十年代の歌謡曲が流れ続けている。
綺麗に掃除されているものの、昭和のバブル時代……否、それ以前からずっと残っているような店内は、ここだけ時間の流れに取り残されているかのようだ。
しかし、司はこの雰囲気が割と気に入ってもいた。
「なんだ、せっかく来たのに煙たがられるとは」
「そーいう意味じゃないけどねー」
「ちゃんと代金は払って行くし、無駄に長居はしないから安心してくれ」
「あ~、別にいいのよ。
いくらでも長居してって。閉店まで居てもいいのよ~」
「そんなんでいいのか」
「いいのよ、ど~せ趣味でやってるような店なんだから」
「そんなもんか。
いい店だと思うんだがな」
「ありがと♪
これでも昔は、ご近所さんがよく来てくれたりしてそれなりに繁盛してたんだけどね」
「かなり寂れたからな、この辺は」
「そうそう、特に九十年代以降はねえ」
「いくつだよ」
「それは聞かない約束でしょ」
他愛ない時間を、暇を持て余している店主との会話で費やす。
不思議なもので、つい最近知り合ったばかりなのに、もうずっと以前からの付き合いのような気がしてくる。
そんな感覚を味わいながら、司はこの店自慢のブルーマウンテンを啜る。
「美味いな」
「でしょでしょ?」
「なんというか、ここで飲むブルマンはどこか懐かしさを感じるな」
「ねえ、あんた前世って信じる?」
唐突に脈絡のない話を振られ、コーヒーを吹きそうになる。
「いきなりだな。
俺は――う~ん、そういうのは信じない」
「そっか、あたしは信じるんだよね」
「何かそうなるきっかけでも?」
「例えばだよ?
あたしが前世でもここでこうして、喫茶店をやっていて」
「うん」
「あんたが常連さんだったとか」
「面白いな。
それで俺は懐かしさを感じるってか」
「そうそう!
別に実際はどうとか関係なくってさ、面白いと思わない?」
「本当に前世があったなら、俺はそこでも警官なのかな」
「ううん、弁護士!」
「なんで」
「弁護士事務所はしょっちゅう空にして、色んなとこに神出鬼没。
裁判では負けてばっかりで信用なんか全然なくって、仕事も来ないからいっつもここに暇つぶしに来てるの」
「まるで見て来たように言うんだな。
それじゃ弁護士として生計が成り立たないだろ」
「それが、そうでもないのよね」
「なんで」
「世間には言えないような裏稼業をやってるからさ。
そっちで生計が成り立ってるってわけ~」
「裏稼業って」
「そしてあたしは、そんな悪徳弁護士に力を貸している情報屋ってとこね」
「面白い妄想だ」
「そうね、妄想よ妄想」
「相当暇なのはわかった。
でも、そんな前世がもし本当にあったなら、この現世といったいどっちが良かっただろうな」
「さぁね、もし本当にそんな前世だったとしても、比較は出来ないでしょうねぇ」
「そうだな、間違いない。
直接前世を覗きにでも行かない限り、そんなことわからんもんな」
そう呟き、コーヒーカップを置く。
と同時に、司の姿は、まるで空中に溶け込むように消滅した。
翠の目の前で。
「あれ? ホントに前世覗きに行ったの?」
まだ半分ほどコーヒーが残っているカップからは、微かに湯気が立ち上っていた。
美神戦隊アンナセイヴァー
第103話【条件】
突然、周囲の雰囲気が変わった気がした。
つい今しがたまでカウンターに居た翠が居ない。
それに、外から微かに聞こえて来る音も全くしなくなった。
異様な雰囲気に気付いた司は、椅子から立ち上がると店内の様子を窺った。
(なんだ? 何が起きた?
――十四時か、約束の時間だが)
鷹風ナオトからの依頼で、司はこれからここで彼らと出会うことになっている。
何が目的なのかはわからないが、“SAVE.”のメンバーと逢う事の意味は大きそうだ。
それにしても、あまりにも突然雰囲気が変化したことが気になって仕方ない。
店の外に出てみると、そこは一切の音がしない世界だった。
人もおらず、車やバイク、自転車も、またそれらの出す音も一切せず、遠くから響いてくる事もない。
「なんだこれは? いったい、何が起きた?」
まるで自分以外の全てが消えてしまったような。
そんな状況に驚いていると、先程までなかった筈の黒いスポーツカーと大型バイクが、店の近くに停められていることに気付く。
「待たせたな」
突然、背後から声をかけられて身構える。
そこには、黒いコートを羽織った男・鷹風ナオトが立っていた。
(いつの間に背後に?)
「人を驚かすのが趣味か?」
「何のことだ」
「まぁいい、それより同行者は?」
「今その車から出て来る」
ナオトが指し示す黒い車のドアが開き、二人の男が現れる。
一人は、以前井村邸で出会った男・北条凱。
だがもう一人の、ややくたびれた見た目の目つきが悪い男には、全く見覚えがない。
その男がいきなり睨みつけて来て、一瞬呆気に取られる。
「北条君、久々だな」
「その節はどうも」
「そこの人g――」
司がそこまで言いかけた時、突然、上空から何かが飛来する音が響いて来た。
辺りが静かな分、物凄く大きな音に感じる。
シュバッ! という激しい噴射音を上げ、四人の男達から少し離れたところに、緑色のコスチュームをまとった少女が降臨した。
長いポニーテールと短いスカートが派手にまくれ上がり、司は思わず目を逸らした。
「ぱんぱかぱーん、みすちっく登場~っ♪」
「え? あ、メ……ミスティック?!」
「待て、ミスティック!
お前も同席するなんて聞いてないぞ!?」
目つきの悪い男が、怒りの形相で怒鳴る。
だがアンナミスティックは、そんなのお構いなしといった感じで、きょとんとした表情で流す。
「え~だってぇ、一人だけお外で待ってるの退屈なんだも~ん。
あ、司さんだぁ! こんにちは~♪」
「お、おう、あの時の君か」
「うん☆ お久しぶりで~す!」
井村邸から脱出する際、司はアンナミスティックに掴まって縦穴から脱出している。
その時の事を思い出して、司はわざとらしく咳払いをした。
呑気で元気な挨拶をするミスティックに面喰うも、深々と頭を下げるその姿に、どことなく育ちの良さを感じる。
よく見ると、肩から小さなクーラーボックスのようなものを下げているのが気にかかった。
「早速で申し訳ないが、時間は一時間しかない。
それまでに話を済ませよう」
ナオトが急かすように皆を店内へと促す。
中に入るも、やはり翠が出迎える様子はない。
「さっきまでここの店主が居たんだが、いきなり消えてしまってな」
「司さん、ここは異世界だ」
「いせかい?」
「うん! ミスティックの力でね、みんなを別な世界に送り込んでるんだよ~」
「そういえば、以前にもそんな説明を聞いた記憶があるな。
でも、どうして異世界へ?」
「人が居るところで大っぴらに話せない内容と思ってな。
ここなら我々以外の人間はいないから、存分に話せるだろう」
「なるほど」
司は懐からスマホを取り出し操作をすると、何度か小さく頷いた。
「確かに通信が出来ないな。
理解した」
「こんな説明で理解したのか……」
「この人、妙に理解が早いんだ」
男四人がテーブル席に座ったのを見て、アンナミスティックは店の奥へと姿を消す。
先程から名乗らない目つきの悪い男が、司を睨みながら尋ねて来た。
「で? あんたはいったい何者だ」
「突然なんだね」
「おい勇次! いきなりケンカ腰はないだろ」
「俺は、この男のことを全く聞かされてないんだぞ?
そんな状態でいったい何を話せというんだ?」
「それを言うなら、私も何も聞かされていないんだがな」
少し呆れた口調で、背もたれに身体を預けながら応える。
弱り顔の凱はナオトの方を一瞥すると、何かを促した。
「この人は、司警部。
新宿署の刑事だ」
「け……?!」
勇次が、文字通り椅子から飛び跳ねて驚く。
座った姿勢から随分と器用な真似をするなと思いながら、司は先程から放置されているコーヒーカップを手にした。
「あ、司さん。
それ飲まない方がいい」
「どうしてだ?」
「この世界のものは、俺達の世界に持っていけないんだ。
だからそのコーヒーを今飲んでも、元の世界に戻った途端に腹の中から消えちまう」
「そうなのか、なかなか条件が厳しいんだな」
「それはそうと、鷹風! 凱!
今回の主旨と、何故警察関係者が同席しているのか説明しろ!」
空気を読まずにいきり立ち続ける勇次に、凱は溜息を付きながら説明する。
「この司さんが、以前井村邸に潜入した時に同行してくれた人だ」
「この男が、あの時の?」
「改めて、司という。
今は“XENO犯罪対策一課”という新部署の課長をやっている。
よろしく」
「「 XENO犯罪対策一課? 」」
凱と勇次の声がハモる。
鷹風も、表情には出さないまでも少し驚いている様子だ。
「そんな課があったのか」
「いや、つい先日いきなり出来て私達も驚いている」
「警察って、そういうもんなのか……」
「色々とXENOに関わってしまったのでな。
恐らくその縁で、急な人事が決められたんじゃないかと思ってる」
「なるほど、部外者ではあるが限りなく我々に近しい存在ということなのだな?」
「そういうことだ。
よかったら、君の名前も窺わせてもらいたいのだが?」
「――蛭田勇次だ」
「俺達“SAVE.”の最高責任者なんだよ、こう見えても」
「こう見えてもとはなんだ!」
凱とのやりとりにほくそ笑みながら、司は隣に座るナオトに話しかけようとする。
だがその時、アンナミスティックが嬉しそうな顔でこちらにやって来た。
手には色々なものが載っているお盆を持っている。
「は~い、お待たせしましたぁ♪」
「え、ナニコレ」
テーブルの上には、コーヒーとケーキ、そしてミルクや砂糖が次々に置かれていく。
笑顔で給仕するミスティックに、司は目を剥いて尋ねた。
「この世界のものは食べられないのでは?」
「大丈夫だよ! これはねぇ、元の世界から持って来たものなの~」
「ああ、さっきのクーラーボックスの中身って」
「うん、そうだよぉ!
これね、ゆーじさんが淹れてくれたコーヒーなんだよぉ。
ちゃんと保温出来る水筒で持って来たの。
あとね、このシフォンケーキはメグが作ったんだよ」
「君のお手製のケーキかい? それは嬉しいね」
「うん♪ そうだよぉ、いっぱい食べてね!
あとミルクとお砂糖も、ナオトさん用に一杯持って来たからね~」
「な、なんで」
「愛美ちゃんから聞いたの。
ナオトさん、ブラックコーヒーが飲めないからって」
「……」
ミスティックのその言葉に、三人の男達が失笑する。
顔を赤らめて俯くナオトの姿は、とても新鮮に思えた。
「じゃあ、あっち行ってるからね。
ごゆっくり~☆」
「ああ、残り時間十分前には声かけてくれ」
「は~い!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら遠ざかっていくミスティックを見ながら、司はふぅと息を吐く。
「気遣いの出来る良い子だな、彼女は」
「いつもあんな感じで、誰かに何か振舞ってるんだ」
「そうか、じゃあせっかくだし、話を進めながらありがたくいただくとしよう」
早速コーヒーを一口飲んで、司はハッと顔を上げる。
「このコーヒー、この店の味とよく似てる」
「えっ、すごい。
そういうのわかるんだ?」
「ついさっきまで飲んでたしな」
「……昔のバイト先だ、ここは」
勇次の呟きに、三人が思わず顔を上げる。
「えっ?! お前のバイト先の喫茶店って、ここだったの?!」
「もうずっと前の話だけどな。翠さんには色々教わったもんだ」
「へぇ……意外な繋がりだな」
驚く凱と司が視線を動かすと、ナオトが無言でコーヒーにミルクと砂糖をたっぷりと入れている様子が見えた。
「美味いな、このケーキ」
「ホントだ。コーヒーによく合う」
「うん、美味い」
ミスティックのシフォンケーキを食べ、三人が感嘆の声を上げる。
「これだけ料理上手なら、さぞ良い嫁さんになれるだろうな」
司の呟きに、凱は酷く嫌そうな顔をした。
その頃、現実世界の都内某所。
とあるビルの屋上に、一人の女性が佇んでいた。
落下防止柵の向こう側に立ち、眼下には行き交う人々や車が小さく見える。
高校生くらいだろうか。
誰も彼女がそこに居ることに気付いていない。
誰も注目すらしようとしない。
“こんな時でも、私は、誰にも気付いてもらえないんだ……”
少女の目に涙が浮かぶ。
でも、もうそんなことはどうでもいい。
柵を掴んでいるこの両手を離してしまえば、もう全ての苦しみから解放されるのだから。
“さよなら……”
心の中でそう呟き、少女は手を離す。
まるで吸い込まれるように、身体が宙を舞う。
――だがその瞬間、身体の落下が不自然に停止した。
「えっ?!」
少女の身体が、まるで見えない力に捕まれているかのように、不自然に宙を漂う。
「えっ? えええっ?!」
ゆっくりと元のビルの上に引き戻されると、そこに一人の女性が近付いて来た。
先程まで、誰もいなかった筈なのに――
「まだ若いのに、もったいないわ」
「放っといて! 私は死ぬの! もうこんな世界は沢山よぉ!」
「そんな事、言っちゃダメよ」
女性――赤いチャイナドレスをまとった妖艶な美女は、場違いなハイヒールの踵を鳴らして近付く。
そして少女の額に優しく手を触れると、しばらく目を閉じる。
何故か、抵抗が出来ない。
「――そう、酷い虐めにあったのね。可哀想に」
「だから何よ! あんたには関係ないでしょ?!」
「復讐、してやりなさいよ」
「え?」
「復讐よ、復讐。
あなたを貶めて蔑んだ連中を追い詰めて、地獄を見せておあげなさい」
「そ、そんなこと……私には」
「もし、その力が今手に入るとしたら、やる? 復讐を」
美女の優しくも冷酷な質問に、少女は躊躇わずに頷く。
その反応に満足そうに微笑むと、美女は少女の手を取って立ち上がらせた。
「いいわね、その復讐に燃える瞳……最高だわ。
あなたならきっと、良いXENOVIAになれる」
「ぜの……び……?」
――ドシュッ!!
その瞬間、美女の身体から太い槍のようなものが生え、それが少女の腹部を貫通した。
あまりに一瞬のことで、避けようがなかった。
「ゴフッ……!」
「ごめんね、力を授けるには、一度死んでもらわなきゃならないのよ」
槍のようなものが引き抜かれ、少女は信じられないものを見るような目で絶命する。
じわじわと拡がっていく血の海の中に、美女――デリュ―ジョンリングは胸元から取り出した小さなカプセルの中身をとき放つ。
そこから零れ落ちた半透明の物体が、素早く蠢いて血の海を泳ぐ。
そして少女の亡骸に辿り着くと、傷口からその体内に潜り込んだ。
ゴボ、グボ、ゴボ……という、不気味な音が響き渡る。
冷酷な眼差しで見下ろしながら、デリュージョンリングはその様子を一部始終窺っていた。
――少女が、再び起き上がるまで。
全員コーヒーとケーキを嗜んだところで、いよいよミーティングが始まる。
勇次は相変わらず司に対して懐疑的な態度だが、凱も完全に気を許しているわけではないようだ。
その為、彼らは最初は聞き手に回り、司会進行はナオトが務めることになった。
「いきなりだが、司さん、あんたと組みたい」
まさにいきなりの告白に、三人がギョッとする。
「鷹風、いきなり何を言い出すんだ?」
「まさか司さんを、“SAVE.”に入れたいとかいうのか?」
凱の言葉に首を振ると、ナオトは司を手で指し示す。
「“SAVE.”は私設とはいえそこそこ大きな組織だが、警察組織との繋がりはない。
だから外部組織がどのような動きを以てXENOに相対しているか、指し図ることが出来ない」
「その為に、スパイが必要ということか」
司の目つきが変わる。
だが、ナオトはそれを真向から返した。
「物も言い様だな」
「しかし、何故私にそんな話を?
仮にも公的機関の人間に、いきなり情報を横流ししろというのは無謀だと思わないのか?」
「思うさ。
だからこそ、こちらもそれなりの情報を提供する。
その為に彼らを呼んだ」
「って、それで俺達か?」
「事前相談もなしに、独断で動き過ぎだぞ鷹風!」
「おいおいちょっと待ってくれ、そちらの中でまとまり切れてない話を振られても、こっちだって困る」
「聞け、みんな」
戸惑う三人を制すると、ナオトは神妙な面持ちで語り始める。
ナオトの真意は、こういうものだ。
現在の“SAVE.”や警察組織では、XENOによる事件はどうしても後手後手に回ってしまう形となる。
それでは被害を食い止めるにしても限界があり、何より即応性に欠ける。
いくら“SAVE.”が手広く活動しているにしても、公的機関でない以上、その情報収集力には限界が生じるし、一方の警察も情報を掴めたにしてもXENOに対抗する術がない。
いわば“SAVE.”と警察は、お互いに欠けている部分があり、同時に補い合う事が出来るのではないかというのが、彼の主張だった。
「確かに、現在の警察の力ではXENOの犯罪をただ見ていることしか出来んし、対策も打てないからな」
「そうだろう。
何か対策は検討しているのか?」
勇次の質問に、司は苦い顔をする。
先日、青葉台つつじが報告した資料の内容が、脳裏に浮かび上がる。
「残念だが、理想論だけが先走っている状況だ。
なんせXENOは、死ぬとすぐに肉体が消滅するからな。
科警研はXENOに通用する装備が必要ではないかと考えているようだが」
「実際に生きてるXENOに使用しないとわからないわけだしなあ」
「そう言う事だ。
確かにそういう意味では、“SAVE.”の持つノウハウは非常に欲しい所ではあるがね」
司の言葉を受け、凱が無言で勇次を見る。
しばらく唸った後、
「司さん、と云ったな。
あんたは我々以外で最もXENOと関わった人だと思うが、鷹風の申し出についてはどう思ってるんだ」
「そうだな、俺個人としては、面白い話だと思うし協力体制は必要だと思っている」
「司さん、なら」
「しかし、それはあくまで私個人の話だ。
警察組織の一員としての立場では、今のところYESと言う事は出来ない」
「……だろうな」
少し残念そうに、凱とナオトがうなだれる。
ふと窓の外を見ると、アンナミスティックが一人でとぼとぼと周辺を散策している様子が窺える。
「とはいえ、だ」
しばしの沈黙を破り、司が続ける。
「実は私自身、君達“SAVE.”と関係を結びたいと思ってはいたところだ。
特にXENO犯罪対策一課なんてもんに配属されてからは、な」
「司さん……」
司の申し出に、凱とナオトが顔を上げる。
しかし勇次だけは、変わらずいぶかしげな表情のままだ。
「そこでこちらからの提案なんだが。
お互いに“試用期間”を設けないか?」
「試用期間?」
「そうだ、一定期間ここに居る者達の間で協力関係を築き、その後にそれを継続すべきかどうかを選択するんだ。
もし君達が、私との協力関係を続けるのに支障が出るというなら関係を切ればいい。
そうでなく継続するメリットを見出すなら、続ければいい。
そういう判断はどうだ?」
「なるほどな。
だがその場合、大きな支障が出る可能性もある」
鋭い視線を向けたまま、勇次が呟く。
「ああ、それは分かってる。
例えばこの中の誰かが、XENOになってしまった場合だな」
「――ほぉ」
司の反応に、初めて勇次が表情を緩める。
「君達からすれば、もし私がXENOになってしまった場合、それまでの情報提供が仇となるだろう。
逆も真なりで、こちらにとってまずい状況に陥る可能性がある情報漏洩は頂けない。
その問題をどうするか、だが」
「確かにそうだ。
ひとまずのところ、提供できる情報内容は精査する必要が出るだろうな」
「あとは……これか?」
そう言いながら、凱は自分の身に着けている腕時計をかざす。
勇次とナオトが、同時に頷く。
「であれば司さん。
あんたに、我々が提供するアイテムを身に着けて欲しい」
「アイテム?」
「ああ、装着者の身体情報をモニタリングする為の装置だ。
見た目は普通のアクセサリーだが、もし装着者の身体に大きな異常が生じた場合、こちらですぐに気付く事が出来る」
「なるほど、もしXENOになったらそれが即そちらにも伝わるというわけか」
「実は、もう用意してある」
コートの内ポケットに手を突っ込むと、ナオトは小さなケースを取り出して司に示した。
「これが、その?」
「簡易型だが、パーソナルユニットだ」
「おい鷹風! 俺の許可なく――」
「心配するな。これには通行手形の機能はない。
本拠地までは入れない仕様だ」
声を荒げる勇次を抑え、ナオトが説明を続ける。
「それを常時、身に着けていて欲しい。
生活に支障を来たすものではない筈だ。
そこからの情報が途切れた場合、俺達はあんたへの連絡を途絶する」
「ふむ、面白いな。
では、お借りするとしよう」
「ということは、同意してくれるのか司さん?」
「ああ。
ただし、こちらからも条件がある」
「条件?」
「そうだ。
君達の主力部隊となるアンナセイヴァー。
彼女達の基本情報くらいは、伝えて欲しい」
司の視線は、窓の外で楽しそうに浮かんだりくるくる回っているミスティックに向けられる。
だが、またしても大きくめくれ上がったスカートを見て、視線を逸らす。
司の視線に気付いたのか、ミスティックが笑顔でこちらに手を振っていた。
「どうする勇次、問題ないか?」
凱の振りに頷きつつ、勇次は慎重な面持ちで司を見つめた。
「司さんとやら。
ここでの会話は、一切他言無用で頼みたい。
まずは、それを約束してもらえないか」
「構わないが、口頭での約束でいいのか?」
「というと?」
「口止めであるなら、それ相応の何かが代償として必要じゃないか。
それで初めて、相手は口外しない事にメリットを覚える」
「それが、アンナセイヴァーの情報だ。
それと交換条件だな」
「わかった、それで了解しよう。
しかし、アンナセイヴァーという名称はこちらでも使わせて欲しいものだが、どうか」
司の申し出に、三人は思わず顔を見合わせる。
「さすがにいつまでも“謎のコスプレ集団”と呼ぶのも難だしな。
せめてうちの課内だけでも、正式名称で通したいと思ってね」
「そっか、そうだなぁ」
「わかった、あんたは実際にアンナセイヴァーとも接触しているわけだし、構わないだろう」
「商談成立、というところか」
ナオトが顔を上げるが、司は首を横に振る。
「まだだ、むしろここからが本題だな。
肝心の情報交換がまだだ」
「承知した、ではまず何から行くか」
ようやく乗り気になって来たのか、勇次が身を乗り出してくる。
凱とナオトも、コーヒーを飲み干して椅子に浅く座り直した。
ニ十分後、窓の向こうで「時間切れ十分前」を示す、アンナミスティックの“ふしぎな踊り”が始まるまで、男達の話し合いは続けられた。




