●第93話【転地】
「それでは、行ってまいります!」
『気を付けて! 応援してるからね!』
「ありがとうございます!」
ナイトクローラーの声援を耳に、アンナローグは青空に向かって高く飛翔した。
美神戦隊アンナセイヴァー
第93話【転地】
複数のオフィスビルに囲まれた、都会のオアシス的な施設・アイガーデンテラス。
ここはちょっとした公園のようになっており、点在する公園樹を囲むレンガ風の囲いに座り、コンビニや食べ物屋の料理、飲み物を楽しむ人々の姿が散見される憩いの場だ。
しかし今、そこは目を覆うような惨状と化している。
六メートル級の大きさに膨れ上がった、不気味なイソギンチャクのような物体が人々を襲っている。
「た、助けてくれぇ!!」
触手に捕えられた中年男性が、今にも巨大な口に放り込まれそうなその瞬間。
空にキラリと閃光が輝き、猛スピードで飛来した。
「たぁ――っ!」
天空から降り注ぐように現れた桃色の閃光が、男性を捕えた触手を切断する。
空中に投げ出された形になった男性は、化け物の口の中に落下する――という寸前で、急に何かにすくい上げられた。
「大丈夫ですか、お怪我はございませんか?」
「え? え?」
「早く、安全な所へ避難を」
「え、あ、はい!」
自分の身体を軽々と抱き上げるピンク色の少女に驚くも、男性はすぐ目の前の化け物に再び驚き、悲鳴を上げながら一目散に逃走した。
アサルトダガーをくるくると回転させ、逆手に持ち帰ると、ピンク色の少女・アンナローグは化け物の胴体に向かって飛び掛かる。
「ショートソードっ!!」
アンナローグの叫びと同時に、アサルトダガーが変型し、刃渡り八十センチ程の片手剣となる。
それを躊躇いなく化け物の胴体に突き刺すと、全力で切り裂きにかかった。
「たああぁ――っ!!」
両肩のバタフライスリーブが大きくたなびき、全身が発光する。
凄まじい剛力を発揮し、アンナローグは、化け物の胴を横一文字に大きく切り裂いた。
続けて、髪から伸びている四本のリボン・エンジェルライナーが蠢き、化け物の傷口をこじ開ける。
背後から襲い掛かる無数の触手を弾きながら、なんとアンナローグは、傷口から化け物の体内に潜り込んだ。
次の瞬間、今度は縦一文字に亀裂が走り、化け物の身体の半分が切り裂かれる。
と同時に、その中からアンナローグが、複数の男女を抱えて飛び出して来た。
「早く、救急車を!」
「あ、は、はい?!」
「まだ生きておられます、お願いいたします!!」
「は、はいっ!」
化け物から離れた場所に降り立つと、スマホ片手に現場を眺めていた野次馬達に呼びかける。
全身を粘液に浸しながらも真剣な表情で訴えかけるアンナローグの気迫に、野次馬の一人は慌ててスマホを構え直した。
その間に、アンナローグは再び飛翔し化け物の下へ降り立った。
先程の傷は既に治癒がほぼ完了しており、ほぼノーダメージだ。
そこに、まるで空間から湧いて出たように、アンナチェイサーが現れる。
一瞬驚いたものの、すぐに緊張感を取り戻す。
アンナローグは、一旦収納したショートソードを再び取り出すと、同じくブラックブレードを構えるアンナチェイサーと並び立った。
「遅くなった、すまない」
「被害者の救出は完了しました、後は――」
そこまで言った瞬間、どこからともなく、くぐもった気味の悪い声が響いて来た。
『お前らまで、俺の邪魔をするのかぁ!』
「?!」
「喋った?!」
一瞬戸惑ったその隙を突き、化け物が無数の触手を伸ばしてくる。
しかし、更に一瞬の合間を縫い、ローグとチェイサーは空へ飛び上がった。
「サーチスキャン!」
アンナチェイサーの目が輝き、額のマーカーが発光する。
「ローグ、核は底面部だ!
持ち上げるぞ!」
「持ち上げる?! どうやってですか?」
「AIに聞け! 教えてくれる」
「わかりました!
え~と、AIさん……あっ、ハイ! わかりました!」
一瞬で回答を得たらしく、アンナローグは右上腕の腕輪を取り外す。
するとそれは一瞬発光し、アンナローグの上腕から先を大きく包み込むウィンチのような形状に変化した。
何処から取り出したのか、先端に大きなカプセルのアタッチメントを装着すると、アンナローグは躊躇いなく化け物にそれを射出した。
アタッチメントが空中で破裂し、鋼鉄のネットが散開する。
ネットの端は何かを噴射しながら起用に化け物を包み込み、ロックをかけた。
「今だ!」
「はい! う~ん!!」
アンナローグはウィンチを作動させ、ネットごと化け物を吊るし上げる。
そのまま上空へ持ち上げると、どんどん上昇していった。
上空一万メートルまで上昇したところで、アンナチェイサーが通信してきた。
『ローグ、XENOを上空へ放り投げろ!』
「わ、わかりました!
てえぇぇぇぇ――いっ!!」
アンナローグは六メートルもの巨体の化け物を包んだ網を縦方向にぶんぶん振り回し、反動を付けたところで上空に向かって放り投げた。
と同時に、何処からともなく大口径のビームは飛来し、見事に化け物に命中した。
ギャアァァァァ!!
化け物の悲鳴が響き渡り、やがてかき消える。
何が起きたのか理解が及ばずポカーンとするアンナローグに、アンナチェイサーが更に通信してきた。
『このまま戻るぞ、ついて来い』
「え? あ、あの、何処へですか?」
『私達の本拠地』
「承知しました!」
アンナチェイサーに従い、アンナローグは彼女の後に付いていくことにした。
「どうやら、またあのコスプレ軍団が出たようだな。
SNSもその話題で大盛況だ」
島浦は、何処か呆けたような表情でぼそりと呟く。
司はそれに返答はせず、無言でタブレットを操作している。
「ん? どうしたんだそれ?」
「私物だ」
「おいおい、私物を持ち込むなんて」
「ちゃんと調査専用に使ってるものだ。
それとも、経費で代わりの物を購入してくれるか?」
「そ、そこは……稟議なり何なりお前が自分でなんとかしろよ。
もうお前も課長なんだs」
「そのことなんだがな」
困り顔の島浦に、司は真正面から顔を向ける。
「部長に確認を取った。
どうやら例の新部門は、当面極秘扱いだそうでな。
表向きは、俺は引き続きお前の部下としてここに滞在することになる」
「ええっ?!」
「その辺についても、いずれ詳しい説明があると部長が言ってたぞ。
その時に確認してみてくれ」
「あ、ああ……」
「というわけで、捜査用の新しいタブレットをだな」
「わ、わかったわかった!
勤務中は、おかしなことに使うなよ!」
司の物言いに顔をしかめ、島浦は手を振りながらどこかへ行ってしまう。
ふぅと息を吐くと、再びタブレットの画面に見入る。
そこには、大きく「SV」と記されたアイコンが表示されている。
(ここから連中に情報を送信できるとは、面白いものだな。
専用のTeamsみたいなものか?)
早速アイコンをクリックしようとした途端、不意にスマホが鳴動した。
表示されている番号は、全く記憶にないものだ。
「もしもし?」
電話に出てみると、やはり全く聞き覚えのない声が聞こえて来た。
若い女性だ。
『おはようございます! 司課長のお電話で間違いありませんでしょうか』
「うん?! あ、ああそうだが?」
『初めまして! 私、この度“XENO犯罪対策一課”に配属となりました、高輪翼と申します。
いきなりのお電話で大変申し訳ありません!
只今、お電話の方よろしかったでしょうか?』
高輪と名乗る女性は、これまた聞き覚えのない部署の名前を持ち出す。
しかし――XENO?
『いきなりで大変恐縮ですが、報告がございます。
水道橋の――』
「いやいや、ちょっと待ってくれ。
いきなりなんだ、君はいったい何処からかけている?」
スマホを抑えながら、司は急いで人気のないところへ駆けて行く。
女性の声がかなり大きく、そのせいか普通に話していても周りに聞こえてしまいそうだったのだ。
『はい、私は現在水道橋のXENO出現現場付近です』
「早いな、もうそんな所に?」
『あ、いえ、たまたま近くに立ち寄っていたもので、偶然なのですが』
「そうか。
こちらこそいきなりで恐縮だが、状況は?」
突然の電話で面食らいはしたが、XENO出現の現場に身内が居合わせるのは非常に都合がいい。
この機会に、司は高輪から色々と聞き出すことにした。
アイガーデンテラス最寄りのビルの一角から、窓を突き破って飛び出して来たXENOは、周囲の者を捕え捕食したものの、その後に現れたピンク色と黒のコスプレ少女と思しき者達と戦闘、なんと体内に潜り込み直接被害者を救出するという手段に出た。
しかしこのおかげで、捕食された被害者は重体者が二名含まれてはいるものの、死亡者は出ていない。
白昼堂々と出現したにも関わらず、だいたいの会社が勤務時間帯だったということもあり、被害が拡がらなかったのが幸いだった。
その後、少女達によって上空高く連れ去られた為、XENOの消息は不明という。
「――なるほど。わかった、ありがとう」
『ですが課長、実はそれ以外にも事件が起きておりまして』
「どういうことだ?」
高輪は、更に話を続ける。
現場付近の会社で、XENOが飛び出して来たビルの中では別途殺人事件が起きていたという。
とある社員が突然上司を刺殺したというが……
「――わかった、今はそれ以上はいい。
この短時間で大した情報収集力だ。
どこかで合流して詳細を聞かせてもらいたいな」
多少、高輪に興味を抱き始めた司は、取り急ぎ合流を買って出る。
しかし、現状まだ新しい課―“XENO犯罪対策一課”なるものの本拠地は定められていない。
『それでしたら、いい場所があります。
北新宿なんですが』
「北新宿?
随分地味な場所を指定するな」
『すみません、北新宿一丁目に“喫茶AXIA”というお店があるのですが、そこでお願いいたします』
「AXIA……? なんかどっかで聞いたことがあるような名前だな」
『そこが、現状私達の集合場所となっておりますので』
「おい、いいのかそれ?!」
司は、不安で胸が一杯になって来た。
アンナチェイサーの誘導で、アンナローグは見たこともない山奥の邸宅の廃墟へやって来た。
その中の一室、荒れ果てた書斎のような部屋に入り、中央までやって来ると、突然床が沈んだ。
「きゃっ!」
「静かにしろ」
「こ、これは?」
「我々の本拠地“迷宮園”への入口だ。
勿論偽装しているけどな」
「はぁ」
床はそのままエレベーターになっているようだが、四方の壁は闇のように暗く、いったい何処まで下がっているのか判断が付かない。
AIも、具体的な位置情報を表示してくれない。
数分後、軽い浮遊感を覚えると、エレベーターはようやく停止した。
「実装を解除してもいいぞ」
「え、もう大丈夫なんですか?」
「ああ、もう着いたからな」
「先程仰った、ラビリンスという所にでしょうか?」
「そう」
それだけ応えると、アンナチェイサーはとっとと実装を解除する。
凄まじい光の明滅の後、宇田川霞が「ふぅ」と息を吐く。
暗闇の中、突如開いた扉の向こうには、広大な空間が広がっていた。
何かの工場を思わせるフロアと高い天井、それを横切るように伸びている渡り廊下。
左右の壁の上部には、下を見下ろすようなガラス張りの出窓が無数に設置されている。
また床の中央には見上げる程巨大な機器が置かれ、その周囲には極太の配管が幾重にも施されている。
薄暗いフロアのあちこちにはスポットライトのような照明が配され、奥の方では無骨な機器内に配置されたアンナチェイサーの機体が照らし出されている。
ただっ広い空間にぽつんと置かれたテーブルでは、鷹風ナオトが一人座って何かを飲んでいた。
「来たか、アンナローグ」
「ナオトさん! ご無沙汰しております」
椅子から立ち上がると、鷹風ナオトはゆっくりと歩み寄って来る。
愛美は、自分の膝に額をつけるような勢いで、深々とお辞儀をした。
「よく来てくれた、歓迎する」
「恐れ入ります。
こちらでナオトさんのご指示を受けるよう伝えられておりますが」
「しばらくの間、な。
知っての通り、アンナセイヴァーはお前以外活動不能な状態だ」
「はい……」
「だがそれは、XENOVIAも察知していることだろう。
だからこそ、奴らは必ずそこを突いてくる。
その対策を、お前を交えてこの三人で行いたい」
「わ、私を交えてですか?!」
驚くアンナローグに、ナオトだけでなく霞も頷く。
「ひとまず、実装を解除してくれ」
「わ、わかりました」
「幸い、スペースは余ってる。
何処でも気にしないで解除していいぞ」
霞が、適当な方向を指差しながら補足する。
それに応じ、アンナローグは近くに倒れそうなものがない、高さ五メートル程の位置にある渡り廊下まで飛び上がった。
「実装解除」
一瞬、派手な閃光に包まれ、アンナローグのピンク色が周囲に霧散する。
アンナローグは千葉愛美に戻り、そして……
「あ、あの!! こ、ここからどうやってそちらに降りればいいんでしょうか?!」
早速、ボケをかました。
殺風景な迷宮園のテーブル席に座らされた愛美は、斜めに向き合って座るナオトと霞を改めて見つめる。
二人とも、いつも真剣な表情で、舞衣や恵、未来やありさのような柔らかさや温かみがない。
初対面の時からずっとそうだが、似たような態度を取る勇次ですら、実際は熱く優しい本音が垣間見える。
それなのに……
(このお二人は、いつからXENOと闘って来られたんだろう?
ずっと、こんな場所で生活してきたのかな?)
愛美は、とても不思議な気持ちになった。
「早速だが、愛美。
お前は、アンナユニットのアップデートについて何か知っているか?」
「あ、アップルクレープ、ですか?」
「美味しそう」
「そうじゃない」
霞の一言を遮るように、ナオトが左手を振る。
「アップデートプログラムとは、アンナユニットを進化させるための特殊なデータだと思えばいい」
ナオトが、愛美の胸元に下がるペンダントを指差す。
これは愛美自身のパーソナルユニットであり、同時に実装用のアイテムでもある大事なものだ。
「これが、どうかしましたか?」
「その中に、アンナシステムのアップグレードプログラムを促すブラックボックスがある」
「えっと……すみません、何がなんだか全く」
「そうか」
ナオトが話し終えるのを待って、次は霞が語りかける。
「井村邸で、お前は井村大玄と闘っただろ?
あの時、何か起きなかったか」
「何か、ですか?」
「そうだ、あの時アンナチェイサーのシステムが、膨大に膨れ上がるアンナローグの反応を捉えている」
「……!」
霞に言われて、ようやく思い出す。
ベヒーモスに変化した井村大玄は、これまで闘って来たXENOの中でも最強クラスの強敵だった。
しかし、ある瞬間爆発的なパワーが漲り、信じられないくらい一方的に撃退してしまったのだ。
どうしたことか、そんな重要なことを、愛美は今まですっかり忘れていた。
「あ、あります! あります!! ありました!」
「三段活用?」
「霞、黙って」
愛美は、あの時の出来事を出来るだけ細かに説明した。
謎の老人と夢の中? で話したこと。
とても励まされたこと。
「ボルテック・チャージ」というキーワードを教えられ、それを唱えた途端、アンナローグが爆発的にパワーアップしたこと。
愛美の説明に、二人の目が大きく見開かれ、驚愕の表情になる。
「――こんな感じだったのですが、お役に立ちますでしょうか」
「役立つ、なんてもんじゃないよ!
凄い、もうそんな段階まで!」
「想定よりも早かったな」
「あ、あの、これはいったいどういうことなんでしょう?
すみませんが、私にも教えてもらえませんか?」
愛美の懇願に、ナオトと霞はしばらく顔を見合わせる。
何か言い渋っているようだったが――
「あの、ナオトさん」
「ん」
「先程のマグカップ、もしかしてコーヒーを?」
「ああ、すまない。
後で洗うから」
「よろしければ、私がお代わりをご用意させて戴いてもよろしいですか?」
「え」
「あ」
愛美の申し出に、ナオトと霞が揃って同じリアクションをする。
何故か二人とも、酷くあどけない表情で見つめている。
「ご存じかもしれませんが、私、ハウスメイドをやっておりましたので。
どうかお任せください」
「それなら、あっちにキッチンが」
「霞」
「だって、私も愛美のお茶飲みたいもん!」
「あー」
「え? か、霞さん?」
「……忘れて、今のは」
なんだか意味不明な展開があった気がしたが、愛美はとりあえず気にしないことにした。
「詳しいお話は、お茶の後になさいませんか?」
「あ、ああ」
「それでは霞さん、申し訳ありませんが」
「うん、こっちだよ」
霞の案内で、愛美はフロアの奥に向かって行く。
その後ろ姿を、テーブルに頬杖を突いたナオトが、ぼんやり眺めている。
「相変わらず、仕事となるとテンション上がるんだな」
誰に言うでもなく、独り言を呟いた。
ここは、都内からやや外れた所にある工場の廃墟。
通電など何十年も前に止まっている筈なのに、その敷地内の古びた建物の一角だけ、ぼんやりと照明が灯っている。
窓には、何人かの人影が蠢いているのが見える。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ボロボロになったスーツをまとった会社員風の男が、肩で息をしながら壁に手をついている。
酷く体力を消耗しているようで、顔色も悪く、今にも倒れてしまいそうな程憔悴し切っているようだ。
そんな彼を、チャイナドレスをまとった美女と、ゴスロリ風の衣装を身に着けた女性、そして黒いマントを羽織った男が見つめていた。
「残念だったな、邪魔が入って」
「それでも、あの状況からよく生還したわよねぇ、大したものだわぁ」
「攻撃を受ける瞬間にテレポート能力に目覚めたのか。
なかなか見所のある奴だ」
黒マントの男・キリエと、ゴスロリの女・優香が呟く。
その言葉に反応して、会社員風の男がギロリと睨み返して来た。
「な、何が、この社会を滅茶苦茶にぶっ壊すことが出来る……だ!
なんなんだあの無茶苦茶な女共は! あんな連中、聞いてないぞ?!」
男は相当苛立っているようで、手足もぶるぶると震えている。
そんな彼の背に手を置きながら、チャイナドレスの女・デリュージョンリングは優し気な口調で語りかけた。
「説明不足だったのは謝るわ。
でもね、あいつらはもう大丈夫よ。
次に出て来たら、私達が何とかしてあげる」
「ほ、本当か?」
「ええ、本当よ。
だからあなたは、あなたをクビにした会社を、今度こそ潰して御覧なさい」
「そ、そうすれば、何をしてくれるんだ?」
男の、キラついた物欲し気な目に、優香は露骨に嫌そうな顔をする。
「ヤダねぇ、人から何か貰う前提なの?」
「まあ待て、こいつはまだ人間だった時の性質が色濃く残っているだけだ。
じきに……なくなる」
そう言うと、キリエはマントをバサッと翻し、男に接近した。
入れ替わるように、デリュージョンリングが離れる。
「おい、お前」
「な、なんだ?!」
「お前の居た会社を破壊することが出来たら、更なる力を与えてやろう」
「更なる力だと?」
「そうだとも! 日中お前を倒しかけたアンナユニットをも超えるような、素晴らしい力をな」
「そ、それをもらえたら、俺はどうなる?」
益々ぎらついた目線を向けて来る男に、キリエはニヤリを微笑んで、囁くように告げる。
「より大勢の人間を食らい、あらゆる者を蹂躙する絶大な力を得られるだろう」
「お、おお……」
男は嫌らしい表情でベロリと舌なめずりをすると、キリエの言葉に感銘を受ける。
そんな彼らの様子を眺め、優香は眉間に皺を寄せた。
「フン、こんな奴のフォローに、アンナソニックを使えってことぉ?」
「そういうこと」
優香の真横に異動したデリュージョンリングが、流し目で彼女を見つめる。
「吉祥寺博士のご命令に背きかけた私達にとって、これは最大の名誉挽回のチャンスだもの」
「名誉挽回?」
「そうよ。
千葉愛美を生かしたまま捕えるという、最大優先度の命令を、ね」
デリュージョンリングの瞳が、金色に輝いた。




