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美神戦隊アンナセイヴァー  作者: 敷金
INTERMISSION-06
174/226

●第90話【疑念】


 

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第90話【疑念】

 





 ここは、地下迷宮ダンジョン

 研究班エリアでは、勇次と今川、そしてティノといういつものトリオが揃っていた。

 何から空間投影モニタを眺めつつ、難しい顔をしている。

 画面には、少女のようなスタイルの映像が正面・側面・背面と三つ並んで表示されていた。


「これ……どういうことなのよ、ユージ?!」


「そう言われても、俺も想定外過ぎて何も言えん」


「そりゃ、そうですよねえ……たはぁ、これは」


「いったいあの娘達、どうなっちゃってるのよ?」


 ティノが奇声にも似た声を上げる。

 今川は、呆然としながらも袋から取り出したハンバーガーをがぶりと行く。

 そして勇次は、冷え切ったコーヒーを喉に流し込み、いつものように苦々しい表情を浮かべる。


 そんな彼らの背後に力無く歩み寄ると、そっと声を掛けてみる。


「よぉ」


「わっ?! な、な、ガイ?!」


「凱さん! 今まで何処にいたんすか?!」


「凱――」


 三人に近付いたのは、凱だった。

 しかし、顔色が悪く生気もない。

 焦燥し切っているようで、どう見ても万全の体調には思えなかった。


「どしたんすか、凱さん? えらく調子悪そうだけど」


「気にすんな。

 それより、これは?」


 凱も、三人が見つめていたモニタを見る。

 不安げな表情を浮かべたまま、勇次が説明を加えて来る。


「これは、アンナローグのスキャン映像だ」


「アンナローグの?」


「そうだ。ただし実装後のな」


「……」


 凱の表情が険しくなる。

 それを見た今川は、驚いてティノの背後に逃げた。


「どうしたの、アッキー?」


「あ、い、いや」


 戸惑う二人をよそに、凱は勇次に尋ねる。


「どうして今更、アンナユニットのスキャンを?」


「報告は聞いているだろう。

 西新宿の戦闘で、アンナパラディンとブレイザーが大破した」


「ああ、聞いた。

 二人の様態は?」


「それが――」


 勇次の視線が、ティノの後ろに飛ぶ。

 それに気付いた今川は「え、俺?」と言わんがばかりの表情で飛び上がった。


「えっとですね……それが、無事だったんです」


「無事だと?」


「そうなのよ。

 極度の疲労困憊状態で、特にミキは昏睡に近い状態ではあったけど。

 身体的には深刻な問題はなかったわ」


 腕組をしながら、ティノが補足する。

 その言葉に、今川が無言でウンウン頷いている。


「あんなド派手な破損状況でか?」


 ナイトシェイドに送られた資料映像を思い出しながら、凱が尋ねる。


「そうだ。

 だから、千葉愛美に協力を仰ぎ、実装状態における搭乗者パイロットの肉体状態を確認しようとしたのだが」


「その結果が、これってわけか」


 改めて、モニタの映像を注視する。

 映し出されているのは、直立したアンナローグの内部展開の画像。

 頭部、胸部、肩、両腕、腹部、腰、そして両脚と、細かなメカがぎっしりと詰まっている。

 なんと、頭髪のお団子部分やツインテール部分にまで機械のパーツが埋め込まれており、驚かされる。


 だがそれより、もっと驚きだったのは――


「おい、愛美ちゃんの身体は、いったい何処にあるんだ?」


「そう、そこだ」


「そこって?」


「位置を示しているというわけではない。

 お前も見ての通り、アンナローグの中身には機械部品しかない。

 搭乗している筈の、千葉愛美の肉体は何処にもない」


「なんだと……?」


「それで、驚いてたのよ」


 溜息を吐きながら、ティノが視線を向けて来る。


「右腕を失った筈のアリサの腕はくっついているし、千切れた痕跡はないそうよ。

 パラディンに至っては、胸部中枢まで破損した痕があるのに、ミキ自身にはそんなダメージはないわ」


「ただ、二人とも意識不明の状態なんす。

 全くノーダメージではないみたいなんだけど……って、凱さん聞いてます?」


「あ、ああ」


 何度も画面を見返すが、確かに三面図の何処にも愛美の肉体を示すような部位はない。

 それどころか、各関節部には太い軸と球体関節、それを受けるブロックフレームががっちり映し出されていて、明らかに人の肉体が入り込む隙などないことがわかる。


「おいおい、まさか愛美ちゃんはメカ人間になっちまっているってことか?」


「んなアホな」


「いや、この後実装解除した千葉愛美の身体検査も実施したが、ごく普通の肉体だった」


「どういうことだ、それじゃあこれは――」


 衝撃の事実に、凱は驚きを隠せない。

 しかしそれは、この場にいる全員が同じ気持ちだった。


「この事を、本人には?」


「無論、言える筈がない。

 彼女は既に部屋に戻らせている。

 この結果を見ているのは、我々四人だけだ」


「そうか」


「ねえユージ。

 この内部の構成なんだけどさ、これアンナユニットとも違ってるよ?」


 メカニック班リーダーのティノが、不思議そうな顔で告白する。

 三人は、もう一度画面に見入った。


「つまり、どど、どういう事っすか、ティノさん?」


「つまりね、このアンナローグは、アンナユニットの時ともマナミとも違う、全然全くの別物になっちゃってるって訳よ!」


「なんすか、それ…怖っ」


 今川の呟きに誰も反応こそしなかったが、共感は出来た。

 それでは、アンナローグが実装した際、愛美の肉体とアンナユニットは、いったい何処に消えてしまうのか?

 そしてアンナローグのボディは、何処から生まれて来るのか?


「まるで“アバター”みたいっすね、これ」


 今川が、ぼそりと呟く。


「アバターって?」


「つまりっすね、アンナローグは愛美ちゃんの戦闘用のアバターみたいな存在なんじゃないかなって思うんですよ。

 アップデートプログラムの解析はまだ不充分ですけど、なんかユニットの機械構成に変更を加えるみたいな要素があってですね」


「どういう意味だ?」


「まだわからんす。

 ただ俺が思うに、アンナユニットの機械部品を再構成したボディをアバターみたいにして活躍してるのが、アンナセイヴァーなんじゃないかなって」


 今川の仮説には、誰も頷きを返さない。

 妙な沈黙が生まれ、耐え切れなくなった今川は、自分の発言を取り消すように無言で右手を振った。


「仮にその話がホントだとしたら、じゃあマナミ達の本当の身体はどこ行っちゃったの? ってことになるしね」


「そうなんす。

 だから、俺も強くは主張できないんすよね」


「アバター、か……ふむ」


「どのみち、そういう設計意図や方法があったとしても、それがメンテナンスやバックアップをするスタッフと共有されてない時点で、ありえない事っすけどね!」


 今度の今川の言葉には、全員無言で頷きを返した。


「ときに、アンナセイヴァーの全体状況はどうなってるんだっけ?」


 凱の質問に、勇次が答える。


「ローグとウィザード、ミスティックとチェイサーは健在。

 ブレイザーとパラディンが機能停止で現在修理中だ。

 チェイサーは何処かわからん場所にあるので、こちらでは把握出来ていない。

 搭乗者パイロットは、向ヶ丘と石川ありさ以外は問題ない」


「そうか……」


 回答を聞いた凱は、苦しそうに頭を抱えて、手近な椅子にへたり込んだ。


「大丈夫? ガイ」


「ああ、大丈夫だ。

 ちょっと疲れてるだけさ」


「めっちゃ顔色悪いですよ。

 帰って早く休んだ方が」


「すまねえ、二人とも。

 その前に、どうしても勇次と二人きりで話したいことがあるんだ。

 席を外してもらえねぇかな?」


「……」


 凱の申し出に思わず顔を合わせると、ティノと今川は勇次に目くばせで許可を求める。


「二人とも、今日はもういい。

 ゆっくり休んでくれ」


「ユージにしては優しいお人払い」


「了解っす。

 じゃあ凱さん、お疲れです」


 軽く右手を上げて返す凱を一瞥すると、ティノと今川は静かに退室する。

 途中、心配そうに何度も振り返る二人の姿がエレベーターのシリンダーへ消えて行くのを見届けると、勇次は凱と向かい合うように座った。


「オペレーターも、今日はもういない。

 さぁ、話せ」


 凱が何か言いたげなのを見抜いてなのか、勇次から話を振って来る。

 これも、長年の付き合いから来る彼なりの優しさだった。

 凱は、溜息を一つ吐くと、うなだれるような姿勢で呟き出す。


「登録情報は、見たか?」


元町夢乃もとまち ゆめのの事だな。

 ああ、見た」


 信じ難いものを見るような表情で、勇次は手元に映し出した小さな投影モニタを見つめる。


「あいつが、XENOになっただと?」


「そうだ。

 俺が放っていたウィザードアイが、偶然一部始終を撮影していた」


「動画は後で観る。

 が、お前のその焦燥し切った様子から、嘘ではないことは理解している」


「ああ……悪いな」


 その言葉に、凱はまるで全身の力が抜けたように、テーブルに崩れ落ちる。


「俺は、今のお前に、どう声をかけたらいいのかわからん」


「いいさ、気にするな。

 もう現実は呑み込んだ」


「どうするんだ、これから?」


「言うまでもない。

 もし、これから夢乃が接触を図って来ることがあったら、有無を言わさずすぐに抹消する必要がある」


「うむ」


「この地下迷宮ダンジョンは知らない筈だが、あいつは“SAVE.”の内部事情を事細かに知っている。

 その上、向こう側には駒沢姉妹もいるんだろ?

 ああいうのが現れた以上、いつ最悪の事態が起こるかわからないぜ」


「そうだ。

 事実、アンナソニックのせいでアンナパラディンはああなった。

 これから先は、より過酷な闘いになるだろう」


「そうだな。

 だから俺も、この先夢乃に対する個人的感情は捨てる。

 あいつは――XENOVIA共に殺された時点で、もう」


「言うな、それ以上」


 手を広げて、凱を制す。

 勇次は立ち上がると、卓上のコーヒーメーカーでコーヒーを淹れ始めた。


「ああ、この豆の香り……身に染みるぜ」


「俺にはこんなことしか出来んが」


「十分だぜ。お前の淹れてくれたコーヒーは最高の癒しだからな」


「……」


 しばしの静寂が訪れる。

 コーヒーを淹れたカップをテーブルに置きながら、勇次は睨みつけるような顔つきで話しかける。


「夢乃の話だけではないな?

 他に何があった」


「勇次……」


「夢乃の情報は、地下迷宮ダンジョンのスタッフ全員が即座に把握した。

 にも拘らず、人払いをさせたということは」


「もう、お前に隠し事なんか出来ねぇな」


「いったい何年の付き合いになると思ってるんだ」


「へっ、そうだったな」


 闇の様に暗く深い漆黒の珈琲。

 香り高い一口を口腔に注ぎ込むと、凱はホウ、と息を吐いた。


「やっぱ、たまんねぇなこの香り」


「いつものブルマンとモカだがな」


「いいさ。充分どころか最高だ」


「話す気になったか?」


「ああ、話したいのは――アレのことだ」


 そう言いながら、凱は先程から展開しっ放しのアンナローグのスキャン画像を指差す。


「アンナローグがどうしたんだ」


「いや、ローグじゃない。

 愛美ちゃんだ」


「ふむ」


「正直に話せ、勇次。

 お前、あの子について何処まで事情を知っていたんだ?」


 今度は、凱が睨むような鋭い視線を向けて来る。

 その仕草に、勇次はいささか戸惑った。


「どういうことだ?」


「あの子の出自について、どこまで理解していたのかを聞いている」


「俺は、千葉愛美個人については詳しくは知らん。

 ただ、仙川のメモとアンナシステムの内部に指名があったというだけで」


「本当に、仙川から何も聞いていないんだな?」


「いったいどうしたんだ?

 お前、あの研究所で何を見つけた?」


「本当に知らないということで理解するぜ。

 聞いてくれ――」


 凱はコーヒーを飲みながら、額に手を当てつつ淡々と語り始めた。


 吉祥寺研究所に潜入し、井村大玄と遭遇したこと。

 彼はXENOであり、研究所の最深部へ彼らを案内したこと。

 その先で見た、巨大な「樹」のこと。

 そして、その「樹」が生み出したXENOのこと――


 あまりにも常軌を逸した展開の説明に、勇次はコーヒーを飲むのも忘れて聞き入った。


「――その後、俺達は舞衣やメグのおかげで脱出出来た。

 だがその時はまだ、その場にウィザードアイが残っていたんだ。

 その後の展開を、ウィザードアイはしっかり記録していた」


「そこに、何かが映されていたのだな?」


「ああ、そうだ。

 なあ勇次。

 その巨大な“樹”がXENOを生み出したという話を覚えた上で、これを観てくれ」


 そう言うと、凱は腕時計から何かの指示をナイトシェイドに行う。

 しばらくすると、テーブルの上に自動的に新しいウィンドウが展開し、何かの映像が浮かび上がった。






『千葉愛美……お前はな、人間ではないのだ』


『人間では、ない……

 それは、どういう、意味でしょう?』


『聞いたままの意味じゃよ。

 お前は元々、吉祥寺達が作り出したクローンの一体だ。

 先程、お前も見たであろう?

 我が妻の生み出した者共の姿を。

 ――お前は、あのようにして、この場所で生み落とされたのじゃ』


『……な?!』






 画面に写ったのは、井村大玄が転じたXENO・ベヒーモスとアンナローグの会話だった。

 その内容に、勇次の表情が強張る。


「なん……だと?」


「俺がなんで、さっきあんな事を聞いたか、わかってくれたか?」


「う、うむ……だが、しかし……これは」


 さすがの勇次も、動揺を隠し切れないようだ。

 額に脂汗を掻き、口元を手で押さえて、何度も映像を再生する。


「愛美が……あの化け物の樹が生み出したクローンだと?」


「そうだ。

 この場所には、この二人しかいなかった筈だ。

 井村がウィザードアイの存在と機能を意識した上で、わざわざこんな会話をする事も考えにくい。

 ――俺は、ヤツの言っていた事は事実だと思ってる」


「うむ……」


「だが、だとしたらあの子は――千葉愛美の正体は」


「……XENO、の可能性があると言いたいのか?」


 囁くような声に、凱は真剣な面持ちで頷きを返した。


「今、愛美は何処で何をしている?」


 迫るように、凱が尋ねる。

 しかし勇次は、言い淀むような態度を示す。


「――相模姉妹と一緒だ」


「!!」


「相模恵が精神的に参っていてな。

 相模舞衣と千葉愛美に連れられて、ミーティングルームに移動した。

 今頃は二人が休ませている頃だろう」


「……」


 凱は、ぐいっとコーヒーを飲み干すと、慌てて立ち上がる。

 だがその腕を、勇次が掴んで止めた。


「何をしやがる!」


「待て凱! 落ち着け!」


「しかし! 愛美の正体がわかった以上、不用意にあの子達の傍に居させる訳には!」


「だから落ち着け! パーソナルユニットのことを忘れたのか!」


 声を荒げながら、勇次は立ち上がって更に凱を引き留める。

 凱は、抵抗しない。


「お前も分かっているだろう。

 千葉愛美にも、パーソナルユニットがある。

 もしお前の懸念が現実となれば、パーソナルユニットがアークプレイスのシステムと連動し、こちらに情報を送信する筈だ」


「だが、異常事態が起こった後ではもう!」


「千葉愛美がここへ来て、まもなく一年。

 彼女が今まで幾度、他のメンバーと同じ時間を共有していたと思うんだ」


「そうは言うが、もしものことがあったら」


「もしあいつがXENOであるなら。

 この一年間、パーソナルユニットが変化を連絡しない筈がない。

 異常を感知すればアンナユニットの実装も強制停止する。

 だから、あの映像を撮るための実装だって行えない筈だ」


「……」


「疑心暗鬼になる気持ちは分かる。

 確かに、あいつの素性は今後はっきりと確かめる必要はあるだろう。

 だが、それよりも大事なのは――信じてやることではないのか」


 真剣な眼差しで、諫めるように囁く。

 勇次のこんな物言いは、凱にとって初めてだった。


「千葉愛美はXENOではないと?」


「そうだ」


「では、あの映像はどうなる?」


「きっと、何か裏がある筈だ。

 千葉愛美は、この一年間、必死にXENOと闘い多くの人々を守って来た。

 “SAVE.”の多くの仲間達との交流も深め、今や我々にとってなくてはならない存在となっている。

 それは、わかるな?」


「それはわかるさ、だがな」


「確かに、疑う余地はある。

 だが凱、俺がそういった可能性を、一番最初に考えなかったと思うのか?」


「……」


 勇次は、自分のコーヒーカップを取り、一気に飲み干す。

 既に冷めていたのか、またも苦々しい表情を浮かべる。


「仙川の予言の内容を、誰よりも疑ってかかっているのはこの俺だ。

 そんな俺が、仙川が指名したからといって、はいそうですかと千葉愛美を受け入れると思っているのか」


「確かに、疑り深いお前なら、幾重にも確かめようとするだろうな」


「その通りだ。

 その為のパーソナルユニットでもある」


「わかるように、説明してくれ」


 凱の申し出に、勇次は深く頷く。

 そして、絞り出すような声で応えた。


「実は相模舞衣の協力で、これまで戦闘を行ったXENOについて周辺環境の測定と記録を行って来た」


「前に話していたな。

 確かXENOセンサーみたいなものを作りたいって話だろ」


「そうだ。

 だがそれを行った結果、興味深い結果がまとまって来ている。

 通常の生物が発する生体電流は、皮膚に対して外側から内側に向かって流れているのだが、負傷すると内側から外側に流れが変化するんだ。

 この特性を参考に――」


「回りくどい。

 率直に話せよ」


「う、うむ……つまりだな。

 XENOは正体を現そうとする瞬間、身体が大きく変貌するせいか、生体電流がそれまでの流れに対し逆転する事がわかった」


「なんだと? それは本当か?」


「そうだ。

 XENOの変態は、膨大な生体電流の逆転現象を起こし、それが周辺の大気に影響を与えて窒素酸化物が大量に発生する。

 この変化はなんと十メートル範囲にも及んでな、アンナウィザードはそれをキャッチしていて――」


「もっかい言うぞ、回りくどい!」


「う、うぐ」


 どうしても専門的な説明に流れてしまう癖を咎められながら、勇次は必死で要点だけをまとめようとする。


「要は、そういった変化が起こる事を、俺は事前に予測していたんだ。

 パーソナルユニットは、その仮説に基づいた設計がはじめから行われている」


「つまり、なんだ」


「少しでもXENOっぽい挙動が現れれば、それはこちらにすぐ分かるようになっている。

 無論、過去の調査履歴も完璧に保存している。

 お前や私、オーナーをも含めた、全スタッフの分のな」


「おう……それはすげぇな」


「その検分も抜かりはない。

 その結果、少なくともこの時点までで、千葉愛美を含めた全員にXENO化を疑うような異常は起きていない。

 それくらい、スタッフの細かな変化に気を配っているのだ」


「要は、愛美は……問題ないということか」


「そうだ。

 信じろという精神論を無暗に振りかざすつもりはない。

 ちゃんと根拠もあるということだ」


「ふん……」


「千葉愛美は、少なくとも今は心配ない。

 だがお前が懸念する通り、いずれその素性を明確化する必要はある。

 それについては、俺が責任を持って果たす」


「妙に、あの子の肩を持つな。

 この前のあの件で、情が移ったんじゃないだろうな?」


 凱の指摘に、勇次の顔がみるみる紅潮していく。


「そ、そんなわけがあるか!

 俺はだな、どんな時にも皆を信じたいだけだ!」


「そうか、お前の考えは良くわかったよ」


 それだけ呟くと、凱は椅子から立ち上がる。


「正直なところ、俺は確証がまだ持てない。

 愛美の正体も、疑っている。

 だが、お前がこれまで入念に調べて来たデータを信用しないわけでもない。

 しばらく、様子を見る」


「うむ。そうしてくれ」


「ああ」


 ふと、視線が柵の向こうに向く。


 研究班エリアを初めとして、地下迷宮ダンジョンは卵型の巨大な空洞の外周から、無数の足場が中央に向かって伸びている構造だ。

 その一つ上に研究班のエリアが存在する。

 胸の高さまである柵の向こうは虚空であり、その下十メートル程下の最下層部にはメカニックドックがある。


 そこにいくつもの見慣れない「物」が置かれていることに、凱は気付いた。


「もしかして、例の奴が完成したのか?」


「そうだ、もう少しタイミングが早ければ、あの二人をフォロー出来たかもしれんのだが」


「いや、それは仕方ねぇだろ。

 それにしても、この短時間でよく完成させられたな!」


 興奮気味に話す凱に、勇次は少しだけテレ顔になる。


「アンナセイヴァーを支援する為の、サポートビークル達だ。

 ナイトクローラー、ビジョン、オーディック、そしてハウント。

 これらが諜報班と特捜班共有の支援機として配属される。

 AIの教育も完了済だ」


「恩に着るぜ、勇次!

 これがあれば――」


「ああ、“多少は”彼女達の闘いも楽になるかもしれん」


「多少は、か」


「残念ながらな」


 眼下のメカニック班用ドックフロアに置かれているのは、市販車とよく似たバン型の車両が数台。

 ラフテレーンクレーンに似た大型特殊車両が一台。

 ドックの一番奥深く、まるで壁にぶら下げられているような状態の、平たい形状の乗り物。

 そして何より目を引くのが、大型のコンテナを連結させた真っ黒なアメリカントレーラーだ。


「あのトレーラーが、前に話していた……」


「ああ、そうだ。

 あのコンテナの内部には、この地下迷宮ダンジョンの機能と同等の設備が搭載されている」


「出来れば、使わずに済ませたいな」


「同感だ」



 二人の会話は、そこで途切れる。

 凱は踵を返すと、ティノや今川が姿を消した方向に向かって歩き出す。

 そんな彼に、勇次は声をかけた。


「俺は、千葉愛美を信じる」


 その言葉に、凱は無言で右手を上げた。






 十数分後、SVアークプレイス。


 ミーティングルームへと続く廊下を歩いていると、誰かが向こうからやって来る。

 凱は、思わず足を止めた。



「あ、凱さん! こんばんは」


「愛美……ちゃん。

 こんな遅い時間に、何を?」


 凱の質問に、愛美は頬を赤らめて答える。


「はい、実は舞衣さんとメグさんをお部屋にお連れしたのですが、お二人とも凄く疲れておられたようで、すぐに寝てしまったんです」


「あ、ああ」


「それで、お二人をベッドに寝かせて参りまして、ついでにお部屋も片づけていました。

 今から自分の部屋に戻ろうと思いまして」


「そ、そうか。ありがとう。

 世話をかけたね」


「いいえ、とんでもない!

 それより凱さんも、なんだか元気がないようですよ?

 お身体を労わってくださいね?」


「おう、ありがとうな。

 愛美ちゃんも、お疲れ。

 ゆっくり休んでくれよな」


「はい、承知いたしました。

 明日、舞衣さんとメグさんと一緒に、未来さん達のお見舞いに行くんです」


「そうなのか、うん、わかったよ。

 二人によろしくね」


「はい、それじゃあ、おやすみなさい!」


「おやすみ」


 こちらを元気づけようとしているのか、少し無理のある元気な態度で愛美は接してきた。

 その態度に、良心が傷む。


 ミーティングルームに入り、寝室を覗き込むと、大きなダブルベッドで舞衣と恵が一緒に眠っていた。

 ぐっすり眠っているようで、軽い寝息を立てている。


(良かった……)


 二人の頭を軽く撫でると、一気に気が緩んだのか、急激な眠気に襲われた。


(俺も、今夜はここで、厄介になるかな)


 階層の違う自室に戻るだけの気力は、もうない。


 もう一つの寝室に向かって歩き出しながら、凱は、先程の愛美の笑顔を思い浮かべていた。




INTERMISSION-6は、今回のエピソードで終了となります。

次回より、第五章開始となります。

引き続きのお付き合いの程、何卒よろしくお願いいたします。

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