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美神戦隊アンナセイヴァー  作者: 敷金
INTERMISSION-06
172/227

●第88話【月光】


 

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第88話【月光】

 







 山の斜面に建てられた神殿。

 その一角に、駒沢京子は佇んでいた。

 超満月スーパームーンの青白い光は、まるで照明のように白い壁を浮き立たせる。


 雑草の生い茂った地面をハイヒールで踏み締めながら、京子は苛立ち交じりのため息を吐き出した。


「本当に、こんな場所を指定して来たの? 博士は」


「そうです」


 何処からともなく、感情のこもらない答えが聞こえて来る。

 今日の同行者は、トレイン。

 京子は、感情を一切表に出さず、不愛想な彼女が苦手だった。

 しかし、XENOVIAではない以上、誰かしらの力を借りなければ、“招聘”に応じることが出来ないのもまた事実。

 京子はふと、蒼い光に照らし出された円形の池を見つけ、しばしその美しさに見入った。



「気に入ったかね?」



 突然、何処からともなく男の声が聞こえてくる。

 京子は、背筋を伸ばした。


「とても美しい池ですね。

 何かの貯水池ですか?」


「左様。

 これは攪拌池と言ってな。かつてはこの外周部分を動力車が走り回ってアームを回し、池全体をかき混ぜておった。

 今は良く見えんが、銅が溶け込んだこの水は実に見事なエメラルド色をしておってな。

 晴れた日に見ると、それはまた実に見事なものなんだ」


「……」


 何処か嬉しそうな口調で、男が説明を加える。

 しかし京子は、興味なさそうに聞き流していた。


「それで、吉祥寺博士。

 どうしてこのような廃墟へ、私達を?」


「私はここ、尾去沢おさりざわ鉱山跡が好きでね。

 ここは昭和五十三年の閉山まで、実に約千二百年もの歴史を刻んでいた金銀の鉱山でな」


「は?」


「ここがまだ稼働していた頃を私は知っていてね。

 その懐かしさもあって」


「はぁ」


「――全然興味も関心もなさそうだな」


「そうですね、全くどうでもいいですわ。

 それより博士、本題を」


「……そうだな、そうしよう」


 残念そうな呟きと共に、突然、京子の背後に男が姿を現す。

 背の高さは百六十センチ以下、やせぎすで背も曲がり、白髪混じりの髪は頭皮に僅かに残る程度。

 深い皺は男が重ねて来たものを感じさせ、そして異様に鋭い眼光は、片眼鏡モノクル越しに京子を射貫く。

 その独特の気配と雰囲気に、京子は思わず背筋をぞくりとさせた。


「奴らとて、よもや秋田の山奥でこんな会談が行われているとは思うまい。

 ――さて、トレインよ。

 君の口から、第二次実験の結果を報告してもらおうかな」


「承知いたしました」


 返事と同時に、京子の右脇に突然少女が現れる。

 麦藁帽子を被り、薄手の水色のワンピースをまとった小学生くらいの姿。

 トレインは、静かな抑揚のない声で囁くように話し始めた。


「試験体として使用されたXENO幼体全二百十三体のうち、XENOVIAへの進化兆候を見せた者は、最終的に二体のみに留まりました」


「なんと、百分の一を割ったとな」


 驚きの声と同時に、両手を上げる男。

 おどけたような態度を取るも、その目は鋭さを失っていない。


「またこの二体も、相対的に他個体よりはXENOVIAに近いというだけで、私達同様の理性的な行動が取れる存在には成り得ておりませんでした。

 結果、この二体も“SAVE.”のアンナユニットに殲滅されております」


「あの幼女と女刑事のことだな?」


「はい、仰る通りです」


「その二体の、XENO幼体投与状況はどうだったのだ?」


「いずれも、まだ本体が生きている時点で投与が行われています」


「そうか」


 顎に手を当て、髭を伸ばすように撫でる。

 男は夜空を眺め、ストレッチでもするように首を軽く揺すった。


「では、二次実験は失敗だったと」


「確かに、無造作にカプセルを投下しての無造作な実験は、失敗と云えると思われます。

 しかし同時に、仮説であった“完全に死亡した個体”への投与については、現状百%の成功結果が出ています。

 以上の事から――」

「生きている状態の生物を取り込んだXENOは、捕食本能が理性を上回り、自制が行えない個体となると見て間違いないようですわね」


 トレインの報告に割り込むように、京子が口を挟む。

 その言葉に、男は大きく頷きを返す。


「ここまで明確な結果が出た以上、もはや断定するしかないようだな」


「仰る通りですわ。

 以前のご指示通り、裏バイトによる拡散行動は中止しております。

 バイト参加者の口封じも、随時進行中です」


「よかろう」


 満足そうに、男は大きく頷く。

 その仕草に、京子は少しだけ安堵の息を漏らした。


「悔しいが、あの男の――桐沢の仮説が正しかった事が証明されたわけか」


 “桐沢”の名が出たところで、京子の表情が露骨に歪む。


「トレインよ。

 ストックされているXENO幼体の残り数は?」


「残りあと十体です」


「それはいかんな。

 ということは、それ以外は」


「はい、全てアンナユニットによって」


「いかんなあ、仙川の手の者は。

 実に厄介だな」


 男が、酷く冷酷な眼光を放ちながら、京子を見つめる。

 またも、背筋が凍り付くような感覚を覚えた。


「さて駒沢博士。

 非常に困った状況だが、君はこれからどうするべきだと思うね?」


 奇妙なほど優しい口調で尋ねる。

 しかし当の本人は、額に汗を掻きながら表情をぐっと引き締める。


「そうですね、XENOの残り数が極端に減少し、実験にも支障が出ている現状を踏まえると。

 やはり“SAVE.”の殲滅が、次の目標かと考えます。

 これ以上奴らに実験を妨害させない為にも、全力で叩き潰す事が肝要となるでしょう」


 強い口調で、宣誓するように言い放つ。

 しかしそんな京子の言葉に、男は不満そうなため息を漏らした。


「違うなあ」


「は?」


「駒沢博士、そうじゃない。

 我々の目的を違えちゃいかんよ」


「しかし! 私達は実際に、あの贋作共のせいで、これまで何度も実験の遅延を――」


「私は、違う、と言ったぞ?」


「――!!」


 男の目が、一瞬金色に光る。

 その際京子は、彼の瞳孔が爬虫類のように縦長になったのを見た。

 月明りが眩しいとはいえ、こんな夜中で、何故かそれが分かったのだ。


 同時に襲い掛かる、言い知れぬ程の圧倒的な恐怖。

 開け放ったままの口が、恐怖でパクパクと震える。

 言葉を途切れさせた京子は、立ったままの姿勢で全身をぶるぶると震わせるしかなかった。


「聞きなさい、駒沢博士」


「は、は……い」


「私達の目的は何か。

 それは人類を強化させ、本当の意味で生態系の頂点に立つことにある。

 それは、わかっていよう?」


「は、はい……」


「XENOもXENOVIAも、いわばその為の手段に過ぎん。

 我々は、脆弱で欠陥構造だらけな“人間”という種族を、あらゆる影響に耐えうる存在に昇華させる為、この研究と実験を行っているのだ。

 それを失念してもらっては困るのだよ」


「そ、それは、どういう……?」


 全身を支配する圧倒的な恐怖に必死で耐えながら、京子は絞り出すような声で尋ねる。

 男はそんな彼女の態度に、満足そうな笑顔を浮かべた。


「君が殲滅を唱える“SAVE.”のスタッフも、私から見たら同じということだ」


「?」


「わからんかね。

 彼らもまた、道は違えど優秀な人材ばかりだ。

 そんな彼らを我らの下に迎え入れられたら、実に有意義ではないかね?」


「!!」


 京子の顔が、ひきつる。

 その瞬間、横でトレインがクスクスと笑っているのが見えた。


「君の唱える“SAVE.”の殲滅は、私の目的とは真逆なのだよ。

 彼らをも迎え入れ、共にこの壮大な研究を行っていく。

 それが私――吉祥寺龍利きちじょうじ たつとしの当面の理想だ」


「……そ、それは……そればかりは!!」


 鬼の形相で、吉祥寺を名乗る男を睨む。

 憎悪すら感じさせる彼女の表情をしばし見つめると、吉祥寺はあざ笑うように鼻を鳴らした。


「駒沢博士。

 何故君だけが人間のままなのか、わかるかね?」


「――?」


「“SAVE.”を離反した君は、あまりにも自我と野望が強すぎる。

 もし君をXENOVIAにしていたら、君は必ず、我々にも反旗を翻すだろう」


「……!」


「わかるな、私の言っている意味が」


「くっ」


 吉祥寺の“術”により、気絶してしまいそうな程強烈な恐怖心を植え付けられたにも関わらず、彼を睨み返す程の怒りを突出させた京子。

 そんな彼女に、トレインは珍奇なものを眺めるような視線を向けた。


「吉祥寺博士。

 今後のご指示を」


 一歩前に踏み出すと、トレインが吉祥寺に尋ねる。

 本来、それは京子が言うべきことだ。

 京子は、苛立ちを込めた視線をトレインに投げつけるが、当の本人は歯牙にもかけていないようだ。


「トレインよ。

 現在、まだ都内に潜伏中のXENOの数は?」


「四十七体です」


「思ったよりも多いな。

 第三次実験に移る前に、整理する必要があるな」


「かしこまりました」


「せ、整理?!」


 ようやくまともに喋れるようになったのか、京子が疑問の声を上げる。

 吉祥寺は、円形の池を眺めながら、まるで独り言のように呟き始めた。


「今残っている者達は、獣性が大きく表出化しているだけの連中だ。

 理性の欠片もなく、ただ人間や動物を食らう事しか考えていない、非生産的な存在に過ぎん。

 我々の求めている進化の大系から、外れてしまった者共と言ってもいい」


「は、はぁ」


「次の第三次実験が開始されれば、奴らは我らにとって邪魔な存在となる。

 今のうちに、処分してしまわなければならない」


「吉祥寺博士、次の実験とは……?」


 京子の質問に、吉祥寺は振り返りながら答える。

 何故か、満面の笑みで。


「これからは“望む者達”に与えるのだよ」


「の、望む者?」


「そうとも。

 人間を超越したいと望む奴らや、今の状況を打破したいと願う奴らの夢を、叶えてやるのさ」


「意味が、わかりませんが、それは」


「わからんかね?

 要するに、君のような者を見つけて行くのだ」


「わ、私のような、ですって?」


「心の中にどす黒い野望を秘めているような者は、歪んではいるものの、非常に強い精神力を持っている。

 その精神力が、強力な能力を持つXENOVIAを生み出すのだ」


 不敵な笑みを浮かべつつ、吉祥寺はまるで演説でもするような口調で呟く。

 だがその様相は、京子の中に植え付けられた根拠不明な恐怖心を更に煽る。

 爬虫類のような目が、再び京子を貫く。


「君も、私の望む成果を成し遂げた暁には、XENOVIAとして迎え入れることもやぶさかではない」


「ほ、本当ですか?!

 私も、優香と同じように――」


「ああ、だがその為の課題は、まだまだ多いがね」


 吉祥寺は、トレインに視線を向ける。


「さて、具体的な指示だ。

 実験前の整理については、君が中心となって動きたまえ。

 速やかに実行し、遅くとも夏までには終えるように」


「かしこまりました」


「そして駒沢博士。

 君には次の実験の準備と――君の始めたお遊びのけじめを付けてもらう」


「けじめ、ですって?」


「そうとも。

 君の妹の、あの……アンナ……ええと、何だったか」


「アンナソニックの事ですね!

 お任せください、あれなら――」


「そうだ、それそれ。

 それを使って、せいぜい“SAVE.”の目を引き付けてくれたまえ」


「……」


「あの屋敷のメイド達も使うといい。

 おお、君の妹も含めれば五人――ちょうど奴らと釣り合うのではないか?」


「お言葉ですが。

 あのような贋作共を駆逐するのは、アンナソニック一体だけで十分です!」


 眉間に皺を寄せ、上目遣いで吉祥寺を睨む。

 しかし、彼はただにやりと笑うだけだ。


「あの新宿の件、戦況を聞いていないとでも思っているのかね?」


「……ぐっ……」


「君の意志は関係ない。

 君達はただ、私の指示に従えばそれでいいのだよ」


 それだけ言うと、吉祥寺はうざったそうに右手をぱっぱっと振る。

 “これで話は終わりだ”という合図でもある。

 京子は、悔しそうに唇を歪めながら、再び池を眺める吉祥寺の背を睨みつけた。


「そうだ、駒沢博士」


 数十秒程の沈黙の後、突然、吉祥寺が話しかける。


「はい」


「君の所に行ったらしいな、あの男」


「桐沢大……キリエのことですか」


「どうやら、生まれ変わって幾分やんちゃになったようだな。

 だが思惑はともあれ、協力的な態度は見るべきものがある。

 あの男の面倒も、見てやってくれよ?」


「それは……」


「なんせ、第三次実験に使うXENOは、あいつに量産して貰わなければならないのだからな」


 その言葉に、京子はハッとさせられる。

 XENOは生殖能力を持たない為、繁殖することが出来ない。

 つまり、今あるストックの十体だけでは、実験に用いるには絶対数が足りないのだ。

 

 しかし、“コロニー”を用いれば話は別だ。

 桐沢大が生み出したという、XENO幼体を生産可能な“コロニー”という存在が、何処かにある。

 それを、キリエとなった彼から聞き出す必要があるということだ。


(あの男と、協力体制を敷けというの……?)


 京子は、正直な所理解が及んでいない。


 吉祥寺が生み出したとされる、クローン個体を生み出す“コロニー”。

 その手法を応用して、桐沢が生み出したとされるXENO量産用の“コロニー”。


 いったいこれらはどういうもので、どういう存在なのか?

 京子には、その辺の情報が一切与えられていない。


 コロニーは、二つ存在する?

 一つは、吉祥寺研究所地下にあるのはわかっており、それは“井村依子”を改造したものだという。


 では桐沢は、何をどうやって“コロニー”を?

 吉祥寺は、何か知っているのだろうか?


「博士、キリエの知っているコロニーというのは」


「それを、私の口から云わせるのかね?」


「え?」


「駒沢博士、その質問は――NGです」


 横から、トランスが制止をかける。

 見ると、吉祥寺の雰囲気が、先程までの飄々としたものとは違うものになっている。

 どこか――怒っているような。


 その気配を察し、京子は咄嗟に


「なんでもありません」


 と、取り下げた。




「それでは、本日はこれにて失礼いたします」


 それ以後、一切何も喋らなくなった吉祥寺に向かい挨拶すると、トレインは京子を伴い暗闇の中に消えて行った。

 テレポートだ。


 誰もいなくなった鉱山廃墟の中、じっと池を見つめていた吉祥寺は、突然大声を上げて笑い出した。



「ハハハハハハハ! そうだ、それでいいんだ! ハハハハハ!」

 


 夜空に浮かぶ、蒼白い満月。

 その淡い光が照らし出す吉祥寺の影は、廃墟の壁や山の斜面に、無数の頭を持つ怪物のようなシルエットを浮かび上がらせる。



 その大きさは尋常ではなく、数百メートルにも及んでいた。



 


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