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美神戦隊アンナセイヴァー  作者: 敷金
INTERMISSION-06
168/226

●第86話【適職】1/3

今回は、全三話構成で完結する短編となります。

本日中に全編アップいたします。



 ある日の朝、SVアークプレイスのミーティングルームで、あるトラブルが発生した。


「た、た、た、大変、大変です! お兄様!!」


 珍しく取り乱した舞衣の叫び声で、タブレットを観ていた凱は現実へ引き戻された。


「どうした?」


「愛美さんが、愛美さんが!」


「何があったんだ?!」


 舞衣の必死の様子に反応して、慌てて飛び起きる。

 廊下に出ると、浴室のドアの前で、愛美が大の字になっているのが見えた。


「ま、愛美ちゃん、どうした?!」


 とっさに、愛美に駆け寄って呼びかけるが、何の反応もない。

 なんだか、目を回しているようだ。


「ど、どうしましょう?!」


「舞衣、救急車を呼んでくれ。大至急!」


「は、はい!」


 鋭い声で指示を出すと、凱はすぐに愛美を抱き上げ、彼女の部屋のベッドに横たえさせる。

 呼吸や心拍が止まっている様子はなく、熱もないので、少しだけ安心する。


(いったい、どうしたんだ?

 何かの発作持ちだったとか?)


 ふと、愛美が何かうわ言を呟いている事に気付く。


「はにゃ……お掃除、お洗濯、お料理ぃ……

 あああ、お布団も干しましょう、お風呂のお掃除も……ふにゃら」


「?!?!」


 気が付くと、愛美の目には、ぐるぐると渦巻きが回っている。

 それをみつめる凱も、つられて目がグルグルして来た。


 

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第86話【適職】1/3

 






「過度のストレスぅ?!」


 凱は思わず、素っ頓狂な声を上げた。


「はい、お医者様のお話ですと、そういう事らしくて」 


「愛美ちゃん、なんか、ストレス溜まるような事があったの?」


「い、いえ、そういう自覚は全くないんですけど」


「何か、私達に言えないような事で、悩んでおられたとか、そういう事はありませんか?」


「悩み、ですか……え~と」


 凱と相模姉妹の質問攻めの最中、愛美は、ちょっとだけ思い返してみた。


 SVアークプレイスに越してから、早や一年近く。

 井村邸に居た頃とは比較にならないほど優遇してもらっている今の環境に、文句などあろう筈がない。

 悲しい事もあったが、“SAVE.”の優しく楽しいメンバーとの交流もあり、日々のストレスになるほど悩む程ではない。


 これで、毎日仕事が出来れば、本当に言う事なしだ。


「あっ」


「ねぇ、思い当たる事、あったぁ?」


「え、ええ、まぁその……アハハハ」


「うわ、愛美ちゃんが笑ゴマしてるぅ!」


「愛美さん、大事な事ですから、どうか素直に話してください!

 私達で出来る事でしたら、どんな事でもしますから」


(いやぁ、でも、こればっかりはさすがにぃ~)


 三人の優しい申し出はとても嬉しいのだが、こればっかりは、打ち明ける訳にはいかなかった。




 井村邸に居た時代、愛美は朝早くから夜遅くまで、屋敷中のあらゆる仕事をこなしていた。

 血の滲むような苦労や努力、工夫も重ねてきた。

 所謂ハードワーカーな訳だが、ここに来てからはメイドの仕事が一切ない。

 今まで仕事一筋に生きてきたのに、いきなりなくなったわけだから調子が狂わない筈がない。


 出来る事なら、このマンションの全て部屋の家事を、全部やってしまいたい。

 気を紛らわすため、同じ日に四回も自室を掃除した事すらある。

 だが、そんな僅かな労働では、まったく満たされない。 

 愛美は、言うに言えない言葉を飲み込み、作り笑いを浮かべるのが精一杯だった。



「そうだよねぁ、マナミにも普段の仕事があってもいいよね!」


 研究所で悩みを打ち明け、すぐに回答を出してくれたのは、意外にもティノだった。


「ストレスが溜まるほど労働欲求が高いなんて、すごい事だよなあ。

 感心するっすよ!」


 今川が、食べ終えたハンバーガーの包み紙を丸めながら、感嘆の声を上げる。

 愛美は、そんな言葉に顔を赤らめる。


「そ、そんな大したことでは」


「でもねぇ、マナミのストレスを緩和するための仕事、かぁ。

 アッキー、あんたなんか思いつく?」


「えぇっ? お、オレっすか?

 女の子の仕事なんて、分かるわけないじゃないっすか」


「それもそうかぁ。永遠の独身男には想像も出来ないわよねぇ」


「永遠っ?!」


「永遠とはエターナルって意味よ」


「いやそれ、普通逆じゃないっすかハーフな人?」


「あの、何か良い働き口などありませんか?

 私、皆様に一方的に養っていただいている事がしのびなくて」


 愛美が、申し訳なさそうに頭を下げる。


「愛美ちゃんは、普段アンナローグとして精一杯戦っているんだから、全然一方的じゃないっすよ?」


 今川が慌ててフォローするが、愛美の真剣な表情は崩れない。


「いいえ。あれは、私に課せられた運命のようものです。

 決して、代償を求められるようなものではありません」


「な、なんて真面目なんだ!!」


「どんなにひっくり返しても、アリサからは絶対に出てこないセリフだね」


 そんな事を呟きながら、ティノはふと、いつも白衣を着て難しそうな顔で座っている男の席を見る。

 使い古されたコーヒーメーカーと、コーヒーの粉を入れた缶が目に止まる。


「そうだ! いいのがある!」


「えっ? 本当ですか?」


 思わず顔を上げる愛美にウインクすると、ティノは、なぜか不敵な微笑みを浮かべる。


「あるよぉ! マナミの力を、思う存分発揮出来る仕事がね!」


「えっ、マジっすか! すげぇやティノさん!」


 愛美に続き、今川もハッスルする。


「ふっへっへ、あたしにまぁかせなさい!」


 何故か腕組みをして立ち上がったティノは、べふーんと鼻息を荒げ、自信満々で頷いた。 








 いつものように仕事を終えて帰宅した勇次は、溜息を吐き出しつつアパートの階段を登っていた。


 彼は、もうずっとこの安アパートに住み続けている。

 築年数・推定五十年、部分的に老朽化が激しくアンペア数も少ない。

 だが風呂トイレ別の2LDKで駅も近く、その割に家賃も格安なので、住み心地はいい。

 ほぼ寝るためだけに帰っている状態だが、ここが勇次にとってもっとも落ち着ける場所なのは間違いなかった。


「むうっ?!」


 自分の部屋の明かりが点いている。

 それどころか、何やらコトコトと物音がする。


 勇次の身体に、一瞬のうちに緊張感が漲る。


(俺の部屋に忍び込むだと? 恐れを知らぬ奴め。

 ……かなり散らかっているからな。ヘタしたら遭難するぞ?)


 ただ漲っただけだった。


 部屋の中で、ナニかに埋もれてあがくドロボー(黒服で頭にほっかむり付き)の姿を思い浮かべながら、勇次は、緊張感を漲らせ、入り口のノブに手をかけた。

 僅かに開いたドアの隙間から、ほのかに良い香りが漂ってくる。


「あっ、お帰りなさいませっ☆」


「むおっ?!」


 ドアの向こうから顔を覗かせたのは、愛美だった。


「ち、千葉愛美?!

 な、なぜお前がここにいる?」


 勇次の顔を見て、腰の高さくらいまで頭を下げる。

 なぜだか知らないが、ご丁寧にメイド服まで身に付けている。

 あまりに場違いな状況に、勇次は、思わず目をこすった。


「お疲れだったでしょう。どうぞお上がりください」


「だから、どーしてお前がここに居る?!」


「ハイ、実はティノさんからご紹介されたんです。

 勇次さんのハウスメイドのお仕事を」


「ハウス……メイド?!」


「はい、勇次さんの御宅を片付けたりお料理をしたりする仕事をいただいた訳です」


「そんな事、俺は頼んだ覚えはないっ!」


「えー、そんなぁ!

 ティノさんは“私が説明しとくから、気にしないでやっちゃえ!”って」


 もちろん、ティノからはまったく聞かされていない。

 恐らく、今回は言い忘れたのではなく、意図的に言わなかったのだろう。

 絶対に、めんどくさくなった、だけだろうが。


「あ、あいつはぁぁぁ!

 と、とにかく! 我が家にまかないもお手伝いもいらん!」


「そうですか~?

 失礼ながら、随分お掃除のしがいのあるお部屋でしたが」


「ほっとけ! いったい、どこまで手を付けたのだ?」


「もう全部、済ませてしまいましたけど」


「ぬわにっ?!」


 愛美の言葉に、慌てて部屋の中に飛び込む。

 勇次は目の前の光景に、思わず目を疑った。


 万年床。

 出し忘れたゴミの袋。

 洗いそびれていた食器類の山。

 脱ぎ捨てられた衣類。

 無造作に放られたDVDやBluray。

 舞衣が誕生日プレゼントだと行って送りつけた、ナントカ戦隊のロボットの玩具。

 十年前に無理矢理売りつけられて、先日やっと支払いが終わった英会話セットの教材。


 それらが、すべて本来の位置から姿を消しており、きっちり整えられていた。


 衣類などは洗濯が行き届き、窓際に干されている。ゴミなんか一片たりとも落ちていない。

 本棚の端に溜まっていたはずの埃すら、見当たらない。

 窓も、一枚一枚丁寧に磨かれ、見事な光沢を放っている。

 布団も、シーツやタオルケットは完璧に洗浄され、綺麗に整えられている。

 これ以上注文の付けようのない、完璧な仕上がりだった。


「お、お、おおおぉぉぉおおっっ?!?!」


「大丈夫です、大切そうなものは勝手に捨てたりしていませんから」


「ま、まるで他人の部屋にいるようだ」


「お食事の準備も出来ておりますが、どうなさいますか?」


「そんな事まで?」


「はい☆ ティノさんから“容赦なくテッテー的にやってくれ”と申し付けられましたので、思う存分腕を振るわせていただきました!」


 声が弾みまくっている。

 ここ最近の、どことなく元気のない愛美では、もうない。

 初めて見る溢れんばかりの明朗さに、心身共に疲れきった勇次は、完全にあてられてしまった。


「と、とりあえず、礼は言っておく。

 俺は四時間後に地下迷宮ダンジョンに戻るから、すぐ寝る。

 お前も、早くアークプレイスに戻って休むといい」


 彼なりの労いの言葉をかけるが、愛美は途端に不満そうな顔つきになる。


「あの~実は私、よろしければここに、しばらく住み込みさせていただきたいと思うのですが」


「めわにっ?!」


「ティノさんからは、“どうせしばらくしたら元に戻っちゃうんだから、愛美の気が晴れるまでずっと居たら?”と仰せつかっております!」


「ば、ば、バカを言え!!」


「今川さんも“そうっすね! 絶対それがいいっす!”と、ご賛同くださいまして」


「あの男わぁ~!!」


 あまりにとんでもない申し出に、一瞬のうちに疲労感が吹っ飛ぶ。

 せっかくの愛美の申し出ではあったが、さすがにそのまま受け入れることは出来ない。

 勇次は、コホンと咳払いをして、愛美に向き直った。


「ここは、一人住まいで契約している。

 同居人が増えたら、大家が黙っていない」


「それなら大丈夫です!

 ここに来る前、大家さんにご挨拶をさせていただきました。

 そしたら、“あの勇次さんにこんな人が居たなんてねー。わかった、そういう事なら遠慮なく部屋を使っていいよ!!”と仰ってくださいまして」


「ぬわんだと?!」 


「しかも、お部屋の鍵と一緒に、大根までいただいてしまったんです。

 しかも、二本も。

 泥付きで葉もこんなに青々とした、とってもいいものです♪」


「あの人、家庭菜園持ってるからなあ。

 って、そんな事どーでもいい! お隣に迷惑が」


「そちらも、ご挨拶ついでに事情を説明させていただきました。

 皆さんとてもいい方で、すぐにご理解いただけましたよ」


「なんだってぇ?!」


 どうやら、この部屋に入る前に、徹底的な根回しを行ったらしい。

 愛美の素直で丁寧な物腰なら、ここの住人達も、反感を抱く事はないだろう。

 だが、だからと言って、こんなとんでもない申し出がすんなり受け入れられたという事が、にわかに信じられなかった。


「今度、お隣の学生さんに、お料理をおすそ分けさせていただこうかと思うのですが、構いませんか?」


「って、待て、愛美!」


「はい?」


「お前は、たしかメイド時代の仕事が充分に出来なくて、ストレスを溜めていたんだよな?」


「はい、そのようです」


「この部屋の事は、もう十分やってくれたのではないか?」


「エ? あ、まぁそうですが」


「だとしたら、もはやここに留まる意味はあるまい。

 どこか別な奴の家に出向いて、同じようにしてやれ」


 できるだけ、やんわりと愛美を遠ざけようと試みる。

 だが当の愛美は、そんな勇次の言葉に、目を潤ませてしまった。


「な、何だ!」


「そんな~、私、そんなに不必要でしょうかぁ~」


「えっ?! い、いや、そんなつもりでは」


「私、一生懸命やりますから。お留守をお守りしますから、どうかここに居させてください~」


 愛美のウルウル目が、さらにバーストアップする。

 両手を握り、懇願するような目つきですがる愛美の姿は、独特の迫力を感じさせた。


「だ、だがな、未婚の男女が一つの部屋の中で暮らすというのは、大変不謹慎なわけで…」


「ゆ~じさ~ん、お願いします~!! このままでは私、ストレスが身体をダメにしてしまいます~」


「なんだか、えらく懐かしいフレーズだなそれ」


 いつしか、愛美は勇次のワイシャツの裾をつかみ、本気ですがり付いていた。

 返答に困っていると、隣の部屋のドアが激しく開け放たれる音が響いた。



「HEY!! ミスターヒルタ!」


「ぬうっ?!」


 ドアを開けて身を乗り出したのは、隣の住人・ベサメムーチョ天堂寺(年齢不詳・男性)だった。

 季節外れ&似合わないアロハシャツを来た謎の日焼け中年は、一度見たら末代まで忘れられないような濃い笑顔で語りかけた。


「ユーは、奥手すぎるネ!

 マっナミちゃ~んはとても良く出来た、グッドでグッダーでグッデストなハウスメイッよ!

 それなのに断るなんて、なんてアンビリーバボォね!」


 怪しい英語と日本語の混合攻撃に、思わず圧倒される。


「は、はあ」


「マっナミちゃ~ん、ここで諦めたらノーグッド!

 がんばってミスターヒルタのハートをゲッチュウラブラブするアルね!!」


「は、はい、わかりました天堂寺さん!」


「わかるなあぁっ!!」


「HAHAHA!! マナミちゃん、何かあったらエニターイム相談するネ!

 もしミスターヒルタがワガママ言ったら、ミーがサーモンランで木っ端微塵にノカウトしてやるネ!!」


「わかりました! どうもありがとうございます!!」


「HAHAHA!! ヘイ、ミスター!

 マっナミちゃ~んを生涯大事にするアルよ、このラッキーボゥイ♪」


「し、し、生涯~?!」


「それではシーユァゲーンネクスタ~イム♪ HAHAHA!!」


 言いたい事だけ言い立てて、ベサメムーチョ天堂寺はとっとと自室に戻って行った。


「お前、こんな感じで、周りの連中手なづけたのか?」


「皆さんとすごくウマが合ってしまいまして。

 皆さん、ちょっと変わってらっしゃいますけど、とてもいい方ばかりですね~」


「ちょっとどころじゃないわい!」


 なんとなく、勇次の逃げ道は、すべて塞がれているような気がしてきた。




 約四時間後。


 妙に爽やかになった布団の中で目覚めると、勇次は、手近に用意した衣服に手を伸ばす。

 気のせいか、短い睡眠だった筈なのに、意外にすっきりした目覚めだ。


「おはようございます♪」


「ぬわっ!」


 すぐ傍で響く、女性の声に一瞬硬直する。

 愛美は、布団の隣で丁寧に正座して、勇次の起床を待っていたようだ。


「お目覚めですか?

 お風呂を用意してありますが、お使いになられますか?」


「え? あ、ああ、じゃあ、せっかくだから」


「かしこまりました! では、お着替えを脱衣場にお運びいたします」


「ぬえっ?! そ、そこまでせんでも」


「構いませんよ! 細かな事は、すべて私におまかせくださいっ!!」


 そう言うが早いか、愛美は着替えを掴むと、スキップまじりでバスルームへと駆けて行った。


「勇次さん!」


 バスルームの向こうから、愛美の呼びかけが響く。


「な、なんだ?」


「お背中、お流ししましょうか?」


「い、いらんいらん!」


「わかりました。もし必要でしたらご遠慮なくどうぞ!」


 その言葉に、勇次の鼻血は決壊した。



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