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美神戦隊アンナセイヴァー  作者: 敷金
INTERMISSION-06
166/226

●第84話【寝巻】

※しばらくの間、物語の時系列から外れた内容の短編を公開していきます。


 具体的には、第三部から第四部の間に入るくらいの時期とお考えください。



 夜九時半。


 自宅での作業を一段落させた凱は、ふぅと息を吐き、軽く背伸びをする。

 地下迷宮ダンジョンから送られた資料の整理と、次に調査しておく必要のある項目の洗い出し、そして勇次達に提出するレポートのまとめなどは、夜の落ち着いた時間に行うのが理想的だ。


 本来なら、このまま日付が変わるまでデスクワークを続けたい所だが、今夜はそうもいかない理由がある。

 


 コンコン


 控えめなノックが響き、静かにドアが開けられる。

 凱は、あえてその方向を向かないで沈黙する。


「――お兄様」


 囁くような声で、少女が呼びかける。

 スリッパのパタパタという音を響かせながら机の傍に近付くと、風呂上りの熱と微かな甘い匂いが漂ってくる。

 凱は、あえて画面を注視する真似をしながら、そっと左手を伸ばした。


 その手を、火照った両手が包む。


「来たか」


「はい」


 凱の手を、愛しそうに自分の頬に寄せる。

 フッと軽く笑い、少女の方を向いた凱は――思わず目を剥いて硬直した。



 風呂上りの黒髪、顔立ちの美しさ、そして漂う気品は、長年育てて来た兄ですら溜息を漏らす程見事なものだ。

 控えめで清楚、謙虚で大人しく、常にしとやかな態度を崩さない絶世の美少女。

 そして、それに相反するような、メリハリのある凶悪ボディ。

 聖女と娼婦の二面性を兼ね備えたような、とても高校生とは思えないような存在。



 そんな少女――舞衣が今、目の前に佇んでいる。

 白いワイシャツ一枚だけを身にまとって。

 

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第84話【寝巻】

 




「あ、あの……すみません、胸が、ちょっときつくて。

 それで、丈も短くて、その」


 顔を真っ赤に染めながら、胸元と股間の辺りを手で隠す。

 そんな彼女に、凱は、搾り出すような声を出した。


「舞衣」


「は、はい」


「まさか、その格好で寝るつもり?」


「だ、ダメですか?」


「……」


 黒のロングヘアに、少し火照った恥ずかしそうな表情。

 Gカップもある豊満な胸は、ボタンが外され谷間が露出している。

 大きな乳房に布が引っ張り上げられた為、裾は両脚の付け根付近まで露出し、長くむちっとした肉感的な脚がほぼ丸ごと剥き出しになっている。

 劣情を抑えろと云う方が無理なくらい、その姿は性的に凶暴過ぎた。

 これが妹でなければ……否、妹であっても、これは――


 しかし、兄の威厳をフル活動させ、凱は耐えた。

 必死で耐えた。

 荒ぶる男の性を、必死こいて押さえ込む。


「なんで今夜に限って、そんなのを」


「これ、“彼シャツ”って言うそうです」


「か、彼シャツ?」


「その、あの」


「だからって、よりによってそんなサイズのを着なくても」


「ご、ごめんなさい!

 その、お兄様のクローゼットにあったので」


 それを聞いて、はたと思い出す。

 もしかしたらこのシャツは、凱のではなく――


 あまりにもサイズが小さすぎる理由を察し、凱は、ハァと呆れた溜息を吐き出した。


「サプライズのつもりかもしれないけどな。

 勝手に服を持ち出しちゃダメだぞ。

 それに、それ古い服だしな」


「ごめんなさい!

 き、着替えた方がいいですか?」


 本当なら風邪を引かないように着替えさせるべきなのだろうが、生憎今夜は少し暑いくらいだ。

 どのみち、いつもの薄手のネグリジェに着替えるだけだろうし、と心の中で言い訳をする。


「ま、まあ、別にいいんじゃないかな、そのままで」


「わかりました」


 舞衣は、益々顔を赤らめて、凱にぎゅっと抱き付く。


「お兄様」


「ん」


「今夜は、朝まで、ずっと一緒に居てくださいね?」


「ああ」


「嬉しい……大好きです、お兄様」


「俺は眠れる気がしない」


「え?」


「なんでもない」


 そう言うと、凱は舞衣の腰に手を当て、引き寄せる。


「もう少し、一緒に居るか?」


 凱は自分の椅子に腰掛け、膝の上に乗るように促す。

 丈のめくれを気にしながらも、舞衣は、割と素直に応じた。

 むっちりとした太ももと尻の弾力が、ズボン越しに伝わってくる。

 と同時に、舞衣が両手を首にかけ、更に身体を密着させて来た。


「お兄様抱っこ♪ 好き!」


 急に声のトーンが明るくなり、思わず苦笑する。


「いくつになったんだ~? この甘えん坊め」


「もうすぐ、十歳と七つです♪」


「言い方」


「だって二人きりの時じゃないと、抱っこしてくれないじゃないですか」


「そ、そりゃあ、人前では……無理だろ」


「メグちゃんには、人前でも抱っこしてあげてるじゃないですか! ズルいです」


「あ、あれは! メグが無理矢理乗ってくるから!」


「んー♪」


 左頬に、温かな唇の感触が伝わる。


 薄い布を一枚隔てただけの、裸に近い状態の妹を抱く。

 十五年もの間面倒を見て来た妹、ましてや高校生の少女にするような行為ではないし、そんな事は重々承知だ。

 しかし、妹の方から甘えてくるのだから仕方ない。


 まして今は、これくらいしかしてやれることがない――


 いつもながらの複雑な心境を味わいながら、そして同時に、男としての衝動を全力で抑え込みながら、凱は愛しい妹とのスキンシップを続ける。



「お兄様、大好き」


「ああ、ありがとう。

 俺も、舞衣のこと大好きだよ」


「お兄様……」



 相模舞衣さがみまいと、相模恵さがみめぐみ

 双子の姉妹は、二歳の頃から凱によって世話されて来た。

 

 とある事情により、相模鉄蔵に引き取られた凱は、相模家の邸宅で長年過ごした。

 その際、彼女達の世話をすることになり、既に十五年。

 おしめを替えたり、日々の食事の世話や食育も行い、情操教育も頑張った。


 自分の時間はなくなり、望む望まないに関わらず二人の世話に全てのリソースを持って行かれてしまう。

 それでも凱は、二人が自分の幼少期みたいにならないようにと、必死で耐え、育児に勤めた。

 正に、あらゆるものを犠牲にする覚悟で……


 その成果が実り、二人ともとてもいい子に成長してくれた。

 品行法制、情緒も安定、凱や鉄蔵を困らせるようなことは一切せず、反抗期もなく。

 理想的な程手のかからない、とても良い子に育ってくれた……のはいいが。

 甘えん坊なところだけは、幼い頃からまったく変わっていない。


「それにしても、何故ワイシャツなんだ」


「これは、ありささんが」


「え? あの子が何を」


「この格好をすると……その、か、彼氏が……喜ぶんだよって」


「なんつう入れ知恵しやがるんだ!」

(つうか俺、彼氏認定なのかよ!)


 もう彼氏が居ても良い年頃なのに、これまで全くブレることなく、自分にだけ愛情表現を示して来る。

 そしてそれは、こういったスキンシップという形となり、実に危ういラインを行き来している状態だ。


 いくら血が繋がっていないとはいえ、凱はあくまで、舞衣と恵の兄。

 それも、限りなく育ての親に近い存在。

 だからスキンシップといっても、決して一線を越える事はない。

 あってはならない。


 甘えん坊の舞衣は、寂しくなるとこうして凱の部屋を訪れ、添い寝をせがむ。

 凱はその度に彼女を寝付かせ、翌朝一緒に朝食を食べ、学校へ送り出す。

 それだけのことなのだが、彼女にとっては、それが何より大事であり楽しみのようだ。


 舞衣だけではなく、恵も同様だ。

 彼女も同じように凱の部屋を訪れ、一緒に寝て、起きて、それだけの行為を楽しみにしている。

 ただ今回は、“じゃんけんで負けた”から舞衣が来ただけなのだ。


「メグは、どうしてるんだ?」


「はい、今日は愛美さんとお泊りしてます」


「仲いいなあ、あの二人は」


「そうですね!

 でも、今夜は未来さんとありささんも居ますよ」


「何それ! 楽しそうじゃん」


「んー!」


 羨ましそうな顔をする凱に、舞衣が頬を膨らませる。

 その顔がまた可愛らしく、思わず顔がほころぶ。

 見た目はもうすっかり一人前の大人、普段は懇篤こんとくな態度を崩さないのに、中身はまだまだお子様。

 そんなギャップも、舞衣の魅力の一つだ。


 ふと見ると、少し屈んだことにより、ワイシャツの胸元がたわむ。

 その隙間から、舞衣の乳房が丸見えになった。

 薄ピンク色の部分に、目が釘付けになる。


「……!!」


 思わず目を背けるが、その態度に、舞衣が小首を傾げる。


「あの、重い……ですか?」


「え? あ、いや」


「お兄様のおかげで、もうこんなにおっきくなりましたよ!」


 嬉しそうに、無邪気に報告するも、それはナニを差して言ってるんだという気持ちになる。

 過剰な程の抑制を自らに施しているとはいえ、そして相手が妹とはいえ、やはりどうしても反応してしまう。

 そんな時は、この子がまだ小さかった時のことを思い出して中和を図るのが奥の手だ。


 しかし舞衣は、そんな彼の心情などおかまいなしに、Gカップの巨乳を容赦なく押し付けてくる。

 その仕草はまるで、愛欲を求める“女”のそれそのものだ。

 本人には、全く自覚はないのだろうが。


「あのさ、舞衣」


「はい?」


「正直、目のやり場に困る」


「えっ」


「その……胸、な。

 やっぱさ、別なのに着替えない?」


「そ、そうですか。

 ありささんが、“凱さんもこれなら絶対歓ぶよ”って推してくださったのですが」


(あ、あの野郎ぉ~!!)


「お兄様、こういうの、お嫌いでした?」


「い、いや! そんなことはない!

 むしろ好き……いやその」


「?」


「あ、でもさ、なんつうか……嫌じゃない? 舞衣の方が」


「どうしてですか?」


「俺にさ、間近で見られると」


「そんなこと、ないですよ。

 ちょっと、恥ずかしい……ですけど」


 そう言うと、舞衣はなんと、凱の膝の上で向きを変え、向かい合うような姿勢になった。

 凱の目の前十数センチの位置に、大きく開かれた胸元が迫る。

 兄の威厳が、益々試される。


「お風呂でいつも見ているでしょ?」


「そりゃあまあ、そうだけど」


「私、お風呂抱っこも大好きです♪」


「知ってる。

 お前、子供の時から好きだもんなアレ」


「はい。

 メグちゃんもでしょ?」


「そうなんだよ。

 昔は、二人一度に抱っこ出来たんだけどなあ」


「お兄様が愛情いっぱいで育ててくださったからです♪」


「よく言うぜ」


 少し顔を上げ、舞衣の表情を窺う。

 その瞬間、心臓がドクンと鳴った。


 潤んだ瞳。

 せがむような、すがるような視線。

 紅潮した舞衣の顔は、兄に甘える妹のそれではなく――もはや欲情した“女”の表情にしか思えなかった。


「お兄様、ごめんなさい」


 突然、舞衣が呟く。


「急に、どうした?」


「私達のせいで、お兄様はずっと……その」


「ん?」


「我慢、されてるんですよね……」


「え」


 また、心臓がドクンと脈打つ。

 凱は、無意識に目を剥いた。


「何の話だよ」


「私なんかでは、お兄様を喜ばせて差し上げる事はできないですけど……

 せめて、少しでも……って思いまして」


(それでこの格好かよ!)


 舞衣は、知っている。

 元町夢乃もとまちゆめのとの関係を。

 そして彼女が居なくなってからの五年間、他に彼女を作ることもなく、ひたすらに真面目に生き続けて来た事を。

 恐らく舞衣は、男を歓ばせるという言葉の意味を、わかってはいない。

 だが、彼女なりに導き出した解答がコレなのだろうという事は理解出来る。


 凱は、恥じた。

 妹に、そんな事まで心配させてしまう自分の至らなさに。

 だが、いつもは肌の露出を抑えた服しか着ない恥ずかしがり屋の舞衣が、今夜に限って大胆な姿なことに納得も行った。


「私、お兄様を、もっと――」


「それ以上は、言うな」


 そう言いつつ、舞衣の唇を人差し指で塞ぐ。


「気を遣わせた俺の方が悪い。

 お前は、そんなこと気にする必要はない」


「でも……」


「大人の男ってのは、そういうもんだ。

 そうやって、精一杯格好を繕うんだよ」


「……」


「だけど、ありがとうな」


「え?」


「舞衣の、そういう気持ち……嬉しいよ」


 そう言いながら、ぎゅっと抱き締める。

 舞衣の柔肌に直接顔を付ける体勢だが、あえて気にしない。


 心優しい、気遣いの出来る素晴らしい妹。

 兄を労わってくれる、その気持ちが嬉しかった。

 凱は、舞衣が精一杯伝えようとするその気持ちに感動し、目頭が熱くなっていくのを感じた。


「お兄様……愛してる」


「ああ、俺もだ」


「私、お兄様と結婚したい……」


「……」


「お兄様のお嫁さんになりたい!

 ずっと、毎日お兄様のお傍に居て、一緒に暮らしたい!」


「……舞衣」


「でも、無理、なんですよね。

 お兄様には……お姉様がいらっしゃるから」


「……」


「私がもっと早く産まれていて、夢乃お姉様と同じくらいの年だったら。

 お兄様は、私のことを――見てくださいましたか?」


「それは……」


 舞衣の目が、今にも涙を零しそうな程に潤んでいる。


 生真面目で何事に一生懸命な舞衣。

 長い間、募らせて来た想い。

 凱は、その想いに気付いていた。


 凱の恋人であり、将来を誓い合った女性・夢乃との出会い、確執、そして和解。

 それらを経た上で、ようやく受け入れた事実は、舞衣にとってあまりにもせつない選択だった筈だ。


 物心つく前から、ひたむきに兄を愛してきた妹。

 いつか結ばれる事を夢見て来た彼女が、現実を突きつけられた時の衝撃は、幾許のものがあっただろうか。


 凱の立場では、それを口にすることは出来ない。

 しかし、舞衣の悲しい想いを察する事は出来る。

 そして、そんな彼女に何もしてやれず、それどころか戦地に赴かせる自身の不甲斐なさが恨めしくなる。


 もし、夢乃と出会うことがなく――否、結ばれることがなかったら。

 果たして自分は、舞衣を選んでいたのだろうか?


 否、それはない。

 何故なら――


「泣くなよ、舞衣」


 零れそうな涙を指で拭ってやる。


「俺達は、家族だ。

 血は繋がってなくても、長い間ずっと一緒に過ごして来た。

 そうだろ?」


「はい……」


「だから俺にとって、お前は――メグも、大事な家族だ。

 これからも、ずっと」


「お兄様……」


「お前達が居てくれて、俺は凄く幸せなんだよ。

 世界一恵まれた兄貴だと思ってる」


「そう、なんですか?」


「そうさ。

 こんなに良い子に育ってくれた妹が二人もいるんだからな。

 これ以上望むのは酷ってもんだ」


「……」


「だから、これからも。

 ずっと傍に居て欲しいな」


「――はい」


 力のない応えが返って来る。

 これが、凱にとっての精一杯の回答だった。


 舞衣の想いは、良く知っている。

 そして同時に、恵も、同じくらいの気持ちを抱いていることも。


 たとえ夢乃との関係がなかったとしても。

 どのみち、凱は舞衣を選ぶことは出来ない。

 同様に、恵を選ぶことも。


 双子でなければ。

 年が離れていなければ。

 

 そんな事は、今まで数え切れないくらい、何度も考えて来た。

 その末に導き出した最良の答え。


 それが「現状維持」。


 もし、それを貫く事が出来るなら、どんな犠牲を払ってもいい。

 そんな覚悟で決意したもの。


 叶うなら、今この瞬間にも、舞衣を抱きたい。

 そして舞衣も、それに進んで応じることだろう。

 だがそれは、決して選んでは行けない選択なのだ。


 今だけではなく、永久とこしえに――




「あのね、お兄様」


「うん?」


「本当はね」


「ああ、どうした?」


「私、お兄様のお部屋に来る時、いつも思ってることがあるんです」


「それは何?」


「私とお兄様が、新婚夫婦ってことにして」


「ぶっ」


「あ、も、もちろん、私が勝手にそう思ってるだけで!」


「ああ、うん、ちょっとびっくりした。

 続けて」


「はい……それで、お兄様と暮らしてるのを想像しているんです。

 駄目、ですか?」


 媚びるような目線で、申し訳なさそうに呟く。

 そうか、そういう考えもあったのかと、凱は心の中で膝を叩いた。


「いや、いいと思うよ」


「そうですか、良かった!」


「それで、これかぁ」


「だ、だって! お兄様に甘えられるの、こういう時だけだし」


「いやまあそうなんだけどぉ~」


「じゃあ私も、皆さんの居る前で抱っこしてもらいます!」


「それ、お前が恥ずかしがって無理なんじゃね?」


「//////」


 少し空気が変わったところで、舞衣を寝かしつけるにはいい時刻になった。

 凱は、舞衣を抱き上げようとして脚に手を差し込み――ギョッとした。


(あれ? この感触は――)


 妙な違和感を覚えるが、あえて無視して舞衣をお姫様抱っこで持ち上げようとする。

 だがその時、裾がめくれ上がり、舞衣の下半身の一部が露出した。


 一筋の剥き出しのラインが目に止まり、思わず硬直する。


「お兄様? どうなさいましたか?」


「――舞衣」


「は、はい」


「さっき、ありさが教えたって言ったよな? この格好のこと」


「え、ええ」


「今度ギルティだな」


「えっ?!」


 凱は悶々とした気持ちを、先程までの数十倍もの理性で無理矢理押さえ込み、舞衣を寝室のベッドへと運んだ。


「何かあったのですか? 教えてください!」


「どうしてお前は、こういう時だけ都合良く鈍感なんだ」


「え? え?」


「もういい、行くぞっ」





 ベッドに舞衣を横たえると、寝室の明かりを消す。

 否、急いで消す必要があった。


 紅潮した顔で凱を見つめる舞衣は、気付いていないようだが、丈の短いワイシャツは横たわった時点で派手にめくれ上がっている。

 破廉恥な妹を持つ兄は、呆れた溜息を吐き出した。


「お兄様ぁ、来て♪」


 艶のこもった声は、誰が聞いてもその意味を取り違えること必至だろう。

 だが凱は、「俺は賢者だ如何なる誘惑にも動じない賢者なのだ」と、心の中で三回唱えた。


「こぉの、甘えん坊JKがぁ」


「うふふ、抱っこぉ、抱っこぉ♪」


「待て待て、今行くから」


「早くぅ♪」


 もし今ここに盗聴器が仕掛けられていたら、聞いている奴は絶対に誤解するだろう。

 そんな会話が炸裂する。


 自身も横たわり、タオルケットをかけると、即座に舞衣が抱き付いて来た。

 脚を絡め、少しでも密着しようとする。

 女の生の感触に全身を包まれ、凱は、暑さも相まって地獄のような状況に追いやられた。


「お兄様ぁ、抱っこぉ」


「はいはい、よいしょっと」


「うふ♪」


 身体の向きを変え、抱き返してやる。

 ふと、手が舞衣の腰から下に当たる。

 だが、抵抗はしない。


「舞衣……」


 凱は、そのまま手を滑らせ、舞衣の尻から脚にかけて、ゆっくりと撫で回した。


「お兄様……やん」


 甘ったるい、子供のような匂いが鼻腔をくすぐる。

 凱は、自身の下半身にかかりそうな舞衣の脚をゆっくりどかすと、安堵の息を漏らした。


 舞衣の下半身を撫でるも、本来手に当たるべきものが、ない。


「舞衣」


「はい、お兄様」


「ありさから、ナニを吹き込まれたかは知らんけど」


「?」


「パンツまで、脱ぐな」


「……あの」


「反論は却下な」


「舞衣のお尻、おっきすぎないですか? 大丈夫ですか?」


「な、何の話だ?!」


「だって……」


「舞衣の身体で、嫌いな部分なんて一つもない」


「//////」


「さぁ、おやすみ」


「おやすみなさい、お兄様」


 腕枕の姿勢になり、舞衣を寝付かせにかかる。

 ゆっくりと頭を撫で続けていると、いつも安心して眠りに就く。

 昔から寝つきは良かったので、そこに苦労させられた記憶がほぼないのが救いだ。


 そろそろ寝付いたかなと思った頃、舞衣が、急に凱のパジャマの袖を引っ張ってきた。


「まだ起きてたのか」


「ねえ、お兄様」


「どうした?」


 優しく尋ねると、舞衣は、掠れるような声でこう囁いた。






「キスして……」






 凱は、ふっと微笑むと、舞衣の額に軽く唇を付ける。

 だが、舞衣は軽く首を振ってみせる。


「本当に、キス……して」


「おい」


 袖を掴む手に、力がこもる。


「お願い……そうしたら、舞衣、ちゃんと寝るから。

 ねんねするから……」


「いや、あのな」


「メグちゃんには、内緒にします。

 だから――」


「……」



 舞衣の顎先を軽く指で摘み、くいっと引く。

 薄暗がりでも分かるほど、舞衣の表情はうっとりとしている。

 身体のぬくもりを全身で感じながら、凱は、しばし自分の中の何かと葛藤した。


 唇と、唇が、触れ合う。


 ほんの一瞬、一秒間にも満たない口付け。

 それでも、舞衣は満足したように、熱い吐息を漏らした。


「お兄様――愛してます。

 ずっと……永遠に」


「ああ、俺もだ」


「おやすみなさい、お兄様」


「……」


 舞衣の寝息が響き出したのは、それからおおよそ十分くらい経過してからだった。






「あ~あ、今頃、お姉ちゃんは仲良くしてるんだろうなぁ~」


 テーブルにべた~と崩れ落ちながら、恵が呟く。

 そんな彼女の背中をさすり、愛美は心配そうに覗き込む。


「そんな、元気出してくださいメグさん」


「そうだよ、せっかくあたしらが付き合ってやってんだからさ」


「そうよメグ、私達は私達で楽しくやりましょう」


「うん、ありがとう、みんな!

 メグ、みんなのこと大好き!」


「おっ、告白されちゃったよ! こりゃあ彼氏になるしかないな」


「ありさ、黙りなさい」


 テーブルの周りに、ありさと未来もやってくる。

 少し涙目になりかけていた恵は、そんな彼女達の励ましに奮い立つことにした。


「うん、ごめんねみんな!

 ゴメンね……本当に、ゴメンね……」


「え、ちょ、な、泣かないでください~!」


「ああ~、どど、どうしよう未来?!」


「こういう時はね、皆で何かしましょうか」


「お、いいね! あたしゲーム持って来た」


「素敵です、ありささん!

 皆で楽しくやりましょう!」


「で、何持って来たの?」


「げ、ゲーム&ウオッチの、ファイア……」


「何これ」


「知らないの? 1980年くらいに販売してた、任天堂の」


「なんでそんな古いの持ってるのよ! 持って来るのよ!」


「ひ、ヒィィ! なんかすんません!

 この前、ハードオフに売っててつい……」


 そんな阿呆な会話をしていると、突然、笑い声が聞こえて来た。


「あはは♪ ありさちゃん面白~い♪」


「あっ☆ メグさん復活ですね?」


「ごめんね、ありがとう!

 メグ、もう泣かないね! 元気出すよ!」


「おっ、その調子だ!

 さて、じゃあどうする? これから」


「そうね、もうみんなパジャマに着替えてるし、寝室行ってお喋りでもしましょうか」


「わは! それ賛成です!」


「メグもさんせーい♪」


「よぉし、じゃあこのありさ様が、一人でトイレに行けなくなるような怖ぁ~い話をたっぷりとだな」


「却下! 却下、却下よぉぉ!!」



 ここは、SVアークプレイス内にある、愛美の部屋。

 そこでは、じゃんけんに負けてしょぼくれているメグを励ますため、ささやかなパジャマパーティーが催されていた。







「おはようございます、お兄様♪」


 頬への軽いキスで、目が覚める。

 ベッドの横には、カーテン越しの朝陽に照らし出された舞衣の姿があった。


「夕べは、ありがとうございます」


「ん、おはよ。

 何が?」


「えっと……色々です♪」


「う~ん、眠い。あと五分」


「じゃあ、舞衣も一緒に♪」


 そう言いながら、またも抱きついてくる。

 だが――妙に肌のぬくもりが露骨に感じられる。


 良く見てみると、舞衣のワイシャツは前が完全にはだけており、裸身がほぼ丸出しの状態になっていた。

 形の良い、大きな乳房が完全に露出し、美しい肢体が容赦なく晒されている。

 朝陽の照り返しで、いつも以上に生々しく浮き上がる舞衣の姿は、もはや神々しさまで感じる程の美しさだった。


「え? あ……す、すみません!

 ぼ、ボタンが……」


「舞衣」


「え……キャッ」


 凱は、舞衣を抱き寄せると、再びタオルケットの中に潜り込む。

 二人の声が、途切れる。





 脱ぎ捨てられたワイシャツが床に落ちたのは、それからしばらく後のことだった。




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