●第83話【玩具】
※今回からしばらくの間、物語の時系列から外れた内容の短編を公開していきます。
具体的には、第三部から第四部の間に入るくらいの時期とお考えください。
ここは、SVアークプレイスのミーティングルーム。
珍しく、舞衣が真剣な顔でスマホを睨んでいる。
気のせいか、やや鼻息も荒いようだ。
相模重工株式会社の社長令嬢で、誰もが認めるお嬢様中のお嬢様であり、いつもしとやかで落ち着きに満ちている彼女には、いささか似合わない素振りだった。
「あの、舞衣さん?
何かあったのですか?」
紅茶を運んで来た愛美が、ひょいと顔を覗き込む。
舞衣は、思わず目を剥いてスマホの画面を隠した。
「ま、ま、ま、愛美さん?!」
「すみません、凄く深刻なお顔だったもので。
何か心配事でもあるのかなって」
「い、いえいえいえいえ、そそそ、そんな事はありませんよ!
だ、大丈夫です! あ、おいしそうな紅茶ですね!」
「はい、宜しければどうぞ」
「あああ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
あやしい。
あからさまに、怪しい。
こんなタイミングで、秒間五回のお辞儀。
お人好しで、基本的に人を疑う事を良しとしない愛美でも、さすがに舞衣の挙動不審ぶりは気になる。
だが、気になるだけ。
詮索するのは失礼だと、それ以上は踏み込まないことにした。
(きっと、舞衣さんのことだから、素敵な小説でも読んでおられるか、何か素晴らしい画像を見つけられたのかもしれない)
そんな平和的な解釈をすることにした。
――数分前までは。
美神戦隊アンナセイヴァー
第83話【玩具】
「え~っ! スゴイ!! これは期待大っっっ!!」
突然、舞衣が大声を上げた。
「え?!
あ、あ、あ、あわわわわ!」
洗い物をしていた愛美は、手にしていた皿を落としかけた。
「ひ、ひえええええ! お、落ちるぅ!!」
「えっ? あっ!!」
「ま、舞衣さぁん! 助けてくださぁい、手が滑って!」
「は、はいっ!」
器用に皿をツルツル滑らせ、愛美は今にも落としてしまいそうな状態をキープしている。
あわや、というところで、飛び込んできた舞衣が皿を見事にキャッチした。
「ふぅ、危なかったですね!」
「すみません! 助かりましたぁ!」
「こちらこそ、驚かせてしまいまして申し訳ありません」
「いえいえ、そんなそんな!
それより、さっき一瞬、キャラ崩壊してませんでした?」
「わ、私がですか?」
「ええ、叫ぶ舞衣さんを初めて見ました」
「そ、そんな事はありませんよ?」
「そうですかぁ~? いつも大人しくて声も静かなのに」
「ギク」
ジト目で睨む愛美に、舞衣は、冷や汗をかきながら笑ゴマをかます。
これはさすがにフォローしないと……とでも思ったのか、舞衣は両手を振り、意味不明なジェスチュアをし始めた。
「実はちょっとすごい情報を見つけてしまいまして、それでつい興奮して。
申し訳ありませんでした、以後気をつけますね」
「なるほど、そうだったんですね!
舞衣さんが大声出すなんて、相当すごい情報なんでしょうね」
「そ、そうなんですよ!
実は今年のシリーズから、ロ――」
「ロ?」
「――なんでもありません。
失礼しました」
「へ?」
「わ、私、ちょっと用事を思い出しましたので、外出してまいりますね」
「あ、はい。お気をつけて!」
わざわざ玄関まで見送りをするが、舞衣はまるで逃げるように退出していく。
愛美は、「何か悪い事しちゃったのかな?」と、反省し始めた。
「あ~、それ?
大丈夫だよぉ、気にしなくていいからね、愛美ちゃん!」
一時間後、後からミーティングルームにやって来た恵がフォローを入れる。
ややダウナーになっていた愛美は、その一言でちょっとだけ救われた気がした。
「この時期ねー、お姉ちゃんはいっつもああなるの」
「そうなんですか? いったい何があるのでしょう?」
「う~んとね、お姉ちゃんの趣味っていうか」
「ご趣味ですか! ああ、それで!」
「お姉ちゃん、ちょっと変わった趣味してるからねー」
「そういえば、舞衣さんってどんなものがお好きなんですか?」
素朴な質問に、恵の顔が一瞬強張る。
「あ、え、その、え~とね。
どちらかというと、男の人が好むような趣味、かなぁ?」
「へぇ、意外ですね!
スポーツとかゲームとか、そういうところですか?」
「え、えへへ、う、うん、どうかな~?」
あやしい。
あからさまに、怪しい。
あからさまに正答を避けている恵の態度に、これはきっと何か秘密があるなと愛美は理解した。
しかし、それ以上は追及しないのが愛美流でもある。
その後、特に何もなくお茶を楽しんでいた愛美と恵だったが、そこに賑やかなのが飛び込んで来た。
「おいーっす!
おっ、愛美にメグいるじゃん!
ねーねー、みんなで昼飯食いに行かない?」
赤色の熱血戦士・ありさちゃんだ。
言われてみれば、もうすぐお昼時である。
「ありさちゃーん♪ いらっしゃーい!」
「いらっしゃい、ありささん!
お昼ごはんでしたら、私が何か作りますよ?」
「え~? なんか悪いじゃん。
それよりさ、これ見てみて」
そう言いながら、ありさはスマホの画面を二人に見せる。
そこには、食べログか何かの、お店の情報が書かれていた。
“焼肉80分食べ放題 お一人様1,200円!
本日レディースデー 女性の方さらに-200円!
国産黒毛和牛の高級肉も!(数に限りがあります)”
「どうよこれ?」
ニヤリと微笑むありさと、目をかっ開く恵、そしてキョトンとする愛美。
「焼肉、ですか?
私、食べたことがないんですよ」
「えっそうなの?
だったら行ってみない?」
「わぁ~~♪ 行きたい行きたい行きたいぃ!
ねーねー行こう! 皆で行こうよぉ!」
食神・恵は当然のように大歓喜だ。
ありさは、愛美に焼肉の食べ方やポイント、そして魅力をじっくりとプレゼンした。
「ええっ?! お、お肉を、取り放題ってホントですか?!
どれだけ焼いて食べてもいいということなのですか?!」
「そうだよ~、しかも次々に補充されし、焼き方も自分で調整できるから最高なんよぉ~」
「それにね、サラダとかぁ、ご飯とかぁ、デザートも食べ放題なんだよぉ☆」
「デザートもですか! 素敵過ぎますね!」
「あ、メグ。
この店な、あと日替わりスープ二種類にカレーやうどんまであって、更に今ならドリンクバーまでサービスなっだってよ!」
「きゃぁ~っ♪ 何それ最高ぉ!
ねーねーやっぱり行こう?」
「このチーズフォンデュって、あの溶かしたチーズを絡めるものですか?」
愛美の発見に、他の二人が沸き立つ。
「ええっ?! そんなのまであるのぉ?!」
「なんと! こりゃあもう行くしかないなぁ~!
愛美、さぁありったけの好奇心を振り絞って、覚悟を決めるのだぁ!」
「は、はい……だ、大丈夫かな」
「わーい、焼肉焼肉ぅ♪ メグ超楽しみ~!
愛美ちゃん、慣れてないうちは、メグが焼いてあげるから安心してね~♪」
「はい、ありがとうございます!」
なんだかんだで焼肉食べ放題に行く事になった三人は、支度をして早速マンションを出ることにした。
「ところで、未来ちゃんは誘わないのぉ?」
「そりゃあもう、一番最初に誘ったさね」
「そなの? もしかして断っちゃったの?」
「あ、だいたい想像つきました」
「うん、『なんで毎回毎回そんなにハイカロリーの食事ばっかりしなきゃならないのよ!』って」
「ありゃりゃ、もったいない~」
そんな話をしている時、愛美は、ふとあることを思い出した。
「そういえば、さっき舞衣さんがおでかけすると仰ってたんですが」
「おお、舞衣にも声かけてみっか?」
そう言いながらスマホを取り出すが、恵が何か慌てた様子で止める。
「にゃはは、お姉ちゃんは大丈夫だから!」
「え、そうなの?」
「舞衣さん、焼肉屋さんお好きじゃないんですか?」
「ううん、そんなことないよ! 超大好きだよ!
大好きすぎて、出禁になった店が五件くらいあるs――なんでもない!」
「出禁って行ったね」
「出禁って言いましたね」
ありさと愛美は、大黒屋で見たあの凄惨な光景を思い出し、青ざめた。
「く、詳しくは、35話と36話参照っ!」
「さては、メグさんも」
「ギクッ」
「今回はほどほどにしとけよ、メグ!
あたしらまで巻き添え食うのはゴメンだからね」
「はぁ~い」
「とにかく、舞衣さんにはお声がけしない方がいいんですね?」
「うん! 今日は確か、アレの日だから」
「「アレ?」」
「ううん、なんでもない~!」
「なんだか今日は、お二人とも変ですねぇ」
小首を傾げながら、愛美はありさと恵と共に、渋谷方面へ向かうことにした。
二月も後半となったとはいえ、まだまだ寒い。
いつもは比較的軽装な三人も、この日ばかりはしっかり上着を着込んで防寒対策を施している。
何故か恵だけはミニスカートにブーツで寒そうだが、本人は意外にケロッとしているようだ。
「寒くねーの? メグって」
「うん、大丈夫だよー! 上あったかいし」
「メグさんて、いつも生脚だからすごいですよねー」
「うん♪ お兄ちゃんが似合うって言ってくれたから、ずっとこんな感じかな」
「凱さんには、いつかしっかり言うとかなあかんなぁ」
「何故関西弁?」
楽しいお喋りに夢中になりながら、三人は目的の店に到着した。
『焼肉食べ放題 0298渋谷店』と記された看板を見て、ありさと恵は「おお~♪」と歓喜の声を漏らす。
はっきり言って、高校生くらいの少女達が訪れるようなタイプのお店ではない雰囲気だったが、そんなことはお構いなし。
三人は、早速入り口に入るが――
「うわっ! すっげぇ待ち人数!」
「ふやぁ! ネットの宣伝効果すんごいんだねぇ」
「申し訳ありません、あと一時間くらいはかかると思います」
店員が、申し訳なさそうに伝えてくる。
三人とも、結構お腹が空いて来ているのだが、もう頭の中は焼肉一色なので、よそで食べる気も起こらない。
「しゃあない、とりあえず名前書いといて、少し時間潰して来ようぜ」
「そだね、そうしよっか!」
「あ、じゃあ私、名前書いて来ますね。
確かここに……えいっと」
「何故、かけ声」
異常なほど綺麗な字で、何故か「石川ありさ」と席待ち用紙に記名した愛美は、ぴょんぴょん飛び跳ねながら二人の後を追った。
「で、何処行こうかありさちゃん、愛美ちゃん?」
「そうですねぇ、私は右も左もわからないので」
「あー、じゃあさ、良かったらちょっと付き合ってくれない?」
声を上げたのは、ありさだった。
「んー、メグはいいよ! 何処行くの?」
「あのね、そろそろ出てる頃じゃないかなって思ってさぁ」
「出てる頃?」
「うん、あのね――」
ありさが行きたがったところは、ビックカメラの四階。
そこに見に行きたいものがあるのだという。
「あー、そうだやっぱ今日だ!」
「いったい、何があるのですか?」
「へへへ、新しい“戦隊”のロボットが出るのさ!」
「ロボット、ですか!」
突然、謎のロボットムーブを始める愛美。
真四角になった目と顔に、恵は思わず吹き出した。
「ありさちゃん、おもちゃに興味あるの?」
「いやぁ、さすがにこの年でおもちゃってのはね。
でもさ、今やってる“希望戦隊ワンダフルジャー”って奴の1号ロボが凄くてさ!」
ありさは、足を止めて突然興奮気味に話し出す。
日曜日の朝に放送している特撮番組で、子供だけでなく、大きなお友達にも人気が高い作品なんだそうだ。
「そのロボットの玩具がさぁ、シリーズ初の五十センチの大きさなんだって!
しかも十二体合体なのに関節フル可動でね、しかも超合金なんだってさ!
本体重量も三キロあるんだって! いやあ、一度見てみたくってねえ」
「な、何を言ってるのか、メグにはサッパリわからないよぉ!」
「わ、私もです!
あの、チャージアップして、AIさんに尋ねても宜しいでしょうか?」
「わわわ、ダメ駄目だめーっ」
「しょぼん」
「でさ、ちょっとだけ見に行かせて!
大丈夫、数分もあればいいから」
なんだか妙に張り切っているありさを、愛美と恵はどこか愛らしそうに見つめる。
「そういえば以前、名乗りガーとか言ってたことがありましたよね」
「あったねえ、あの時は酷い目に遭っちゃったんだよね!」
「あの時のありささんも、今みたいに張り切ってましたよね!
あれ、でも確か、あの時――」
「あ~、ありさちゃあん、待ってよぉ!
愛美ちゃん、おいかけよ!」
「え? あ、はい!」
まるではしゃぐ子供のような勢いで、どんどん先に行ってしまうありさ。
そんな彼女を、二人は微笑みながら小走りで追いかけた。
ビックカメラ四階。
このフロアには、大きな玩具店がある。
ありさが突進していく姿を横目に、愛美は非常にカラフルな商品郡の美しさに目を奪われていた。
「素敵ですねえ! メグさん、これはどういうものなのですか?」
「これはねー、女の子向けの商品で、今とっても人気があるんだよ。
綺麗だよねー」
「この、“拡がる不快ブルジョワ”って、前にありささんが熱く語っていらした番組の商品ですか?」
「あ、そうだよ! お姉ちゃんも好きなんだよね。
メグも付き合わされて観てるけど、結構面白いんだよー!」
“付き合わされて”というところに、恵の想いが滲み出ている気がして、愛美はちょっと心が痛んだ。
でも、誰に? という疑問は、この時は浮かんで来なかった。
しばらくして、少し離れたところから、ありさが手招きしているのが見えた。
「これだこれー! DX超合金・希望合体ワンダーオー!
うひ、箱が重い! これ、子供が持ち帰るの無理じゃね?」
歓びの琴線に触れまくっているらしく、ありさは子供のようにはしゃぎながら、玩具の箱を何度も手に持ち微笑んでいる。
「ありさちゃんも、こういうの大好きだよね~」
「そういえば、あちらのショーケースにとても大きなロボットのオモチャが飾られていましたが、これの中身でしょうか?」
「え、マジ? 見に行こう!」
「あ~ん、ありさちゃぁん、待ってよぉ!」
ありさの声に、周りの客が何事かとこちらを見ている。
愛美は恥ずかしそうに、それでも彼女の後を追った。
ふと見ると、玩具店の一角に、子供達が大勢集まっている。
そこはどうやら玩具の試遊コーナーらしく、沢山の玩具が並べられ、子供達が楽しそうにそれを弄っている。
「――ここはですね、この部分をこう、折り曲げて……そうそう。
それから、ここに嵌めるんですよ」
「お姉ちゃん、こう?」
「はい、そうですよ! 良く出来ました」
「お姉ちゃぁん、こっちはどうするのー?」
「はいはい、こちらはですねー」
子供達に混じって、女性が一人、しゃがみながら何かを教えている。
はじめは保護者の一人かと思ったのだが、何かおかしい。
愛美は、ふと足を止め、その女性の後ろ姿を凝視した。
長いストレートヘア、丁寧な口調、そしてどこか気品のある雰囲気。
その女性は、子供達に玩具の扱い方をレクチャーしながらも、見事な手さばきでロボットの変型合体をこなしていた。
先程ショーケースでみかけた、五十センチ級の大きなロボット玩具を、まるでパズルを解くような勢いでみるみる形を変えていく。
子供達の興味と関心、そして尊敬の眼差しが注がれている。
「お姉ちゃん、スゲー!」
「合体はやーい!」
「ボクにも貸してー」
「僕にもー」
「はいはい、どうぞ」
子供達に囲まれ、楽しげに玩具で遊ぶ女性。
愛美は、その人物に、妙な見覚えがあった。
「あの」
「重いから、無理しないでくださいね。
あ、こっちのは、そう……そこ、そこに付けるんですよ」
「もしもしー」
「それはね、腕に変型するんですよー」
「あのー、すみませんー」
「え? あ、はい――」
何度目かの呼びかけでようやく気付いた髪の長い女性は、肩越しに振り返り、目を剥いた。
「ひ――」
「やっぱり! 舞衣さん、こんな所にいらしたんですね!」
「ひ、ヒイィィィ――ッ!!」
手に持っていた玩具を試遊台に戻すと、女性は両手で顔を隠し、突然逃げ出した。
「あ、ちょっと、待ってください、舞衣さぁ~~ん!」
「ひ、人違いです! 人違いです!
わ、私は、相模舞衣などではございませぇん!!」
「ご自分で名乗ってるじゃないですかぁ!」
顔を隠しながらも、何故か器用にお客を避けて逃走する舞衣。
ロングスカートを穿いているとは到底思えない猛スピードで走り去る彼女に、愛美は追いつけそうもなかった。
「ま、舞衣さん! こんなに足早かったんですかぁ?!」
「あの~、すみません」
突然、背後から声をかけられる。
振り返ると、そこには見知らぬ二十代後半くらいの女性が佇んでいた。
なにやら、手に大きな荷物を持っている。
「今の方のお知り合いですか?」
「え? は、はい!」
「実はあの方に、うちの子をずっと見てて戴いてまして。
とても助かったんですよ」
「あ、そ、そうなんですか?」
「でね、コレ……あの方、お忘れになってるみたいで」
「へ?」
そう言いながら、女性は手に持っている荷物を掲げる。
しかしかなり重たいようで、「よっと」と小さな掛け声を出している。
「これ、お渡ししておいた方がいいのかなって思いまして」
「あ、はい! ご丁寧にありがとうございました!」
「よろしくお伝えください」
深々と頭を下げる女性に、同じくらい頭を下げた愛美は、荷物を受け取る。
「うっ……!!」
荷物は想像を絶する重さで、ズッシリと腕に負荷をかけてきた。
「あ、愛美、こんなとこに居たぁ!
どしたん?」
「あれぇ? そのお荷物なぁに? 何か買ったのぉ?」
駆けつけたありさと恵が、不思議そうに尋ねる。
だが、愛美の手の荷物を見て、表情が強張った。
「え? 買ったの? アレを?!」
「あ、いえ、そうじゃなくて」
「これって、あのオモチャなのかなあ? おっきいねぇ」
「これ、すっごく重いんですよ! 助けて欲しいです!」
「どれどれ……うごっ?!」
荷物を受け取ったありさは、小さな悲鳴を上げた。
「え、お姉ちゃんが?!」
「そうなんです、だからたぶん、これは舞衣さんが買われたものじゃないかと」
「ちょっと、メールしてみるね!」
「舞衣がぁ? これを?
まあ確かに、戦隊物好きそうではあったけどさぁ」
ありさが疑わしそうな顔で、袋の中を覗き込む。
それは確かに、新発売の「ワンダーオー」ではあった。
「もしかして、そのお母さんが勘違いしただけで、他の人の買い物なんじゃね?」
「そうかもしれませんね、舞衣さんとイメージ繋がらないですものね。
じゃあこれは、お店の人に伝えて預かって頂いた方が――」
「あ、それ、お姉ちゃんので間違いないと思うよ!」
話を遮るように、恵が補足する。
「え? そうなの?」
「マジですか?!」
「これ、メグからお姉ちゃんに渡しておくから、大丈夫だよ!
お姉ちゃんも、これ置いて来ちゃって困ってたみたいだからー」
「あ、そ、そうなの……」
「舞衣さんの趣味って、そういう……」
愛美とありさは、思わず顔を見合わせた。
そろそろ、順番が近付く頃合いだ。
焼肉屋に着くのとほぼ同時に、席に案内される。
愛美達三人は、店員に誘導され、席に着く。
「さぁて、ようやく食えるぞぉ~」
「お腹空いたねぇ~」
「ふやぁ、すごい豪華ですね~!
あちらのコーナーから、お肉を取って来るんですか?」
「そうそう! あ、もう取りに行ってもいいんだよ。
時間制だから急ごうぜ」
「「 はーい♪ 」」
ありさの掛け声に、二人は元気に応える。
早速席を立ち、肉が置かれているコーナーへ向かおうとすると――
愛美は、またも途中で足を止めた。
「うわ……あの人、すごっ」
「どうしたの、愛美ちゃん?」
「あちらの方、凄くって……」
「ん~?
……げっ」
珍しく、恵が潰れかけた蛙のような声を漏らす。
少し離れた席に、山と詰まれた皿。
その枚数は、二十枚や三十枚どころではない。
それとは別に、一皿に山のように詰まれた肉がいくつも。
その上、ご飯用のお茶碗まで何段も重ねられている。
明らかに十人以上はあるだろう量に思えるが、その席に座っている人は一人だけのようだ。
ビュッフェコーナーに向かう人々が、皆その異様な席に注目する。
そこに座るのは、長い髪で上品な紺色のワンピースをまとった、若い女性のようだ。
「お、お姉ちゃん!!」
「ひえっ?! 舞衣さん?!」
二人には気付く様子もなく、舞衣は、平然とした表情で黙々と焼肉を食べ続けている。
その食事の様子は非常に上品で、決して汚く下品ではない。
だがしかし、消費されていく量が尋常ではない。
ビュッフェコーナーで並んでいるうちに、積まれていた“山盛りの皿”が、一つ消滅していた。
「舞衣さん、こんな所にもいらしたんですね!」
「ひ、ヒィッ?!」
「お荷物、預かってますよ。後でお渡ししますからね。
あのオモch――」
「ひ、人違いです! 人違いです!
わ、私は、相模舞衣ではございません!!」
「ご自分で名乗っておられるじゃないですか」
「ま、愛美ちゃん……そっとしといてあげてぇ~」
鉄板の上に隙間なし、という具合に並べた肉をひっくり返しながら、舞衣は、顔を背けるようにして身を縮めた。
「本日のサービス品、黒毛和牛肉の肩ロース入りましたー。
量に限りがございますので、お早めにお召し上がりくださーい」
店員の声が店内に響いた途端、舞衣は、真剣な眼差しですっくと立ち上がった。




