表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美神戦隊アンナセイヴァー  作者: 敷金
INTERMISSION-06
163/226

●第81話【夢乃】

今回より、しばらくの間一話完結の短編(一部例外あり?)を公開して参ります。




『もうすぐ、東京に入ります。

 帰還まで、おおよそ二十分』


 ナイトシェイドのナビが、物思いに耽る凱の意識を現実に引き戻す。


「ナイトシェイド、地下迷宮ダンジョンのメインシステムに、情報を登録してくれ」


『承知しました。

 どのような情報でしょうか』


「――元町夢乃もとまち ゆめののことだ」


『夢乃様について、どのような情報更新を?』


 ナイトシェイドの質問に、凱は、何かを堪えるような声で、囁いた。




「“SAVE.”諜報班・元町夢乃は、死亡した。

 リーダーの俺が、目視で確認したと報告してくれ」



 その言葉を唱えた後、凱は、右腕で目を覆った。







 元町夢乃もとまち ゆめの


 “SAVE.”諜報班のメンバーであり、北条凱の直属の部下であり、長年の相棒にして恋人。


 数年前、地下迷宮ダンジョン構築以前より、井村大玄の懐へと潜入調査を行っていたエージェント。

 その目的は、“吉祥寺研究所”の所在と、吉祥寺龍利の行方を突き止めること。

 そしてもう一つ、“千葉愛美”の所在を特定・報告、可能であれば連行する事だった。


 幸いにして、吉祥寺研究所が隠された施設・井村邸へ潜り込むことには成功したものの、あまりに厳重な管理状況下で思うような連絡行動が行えず、約一年前にようやく凱へ連絡をつけることが出来たのだ。


 早速、夢乃のフォローと合流を試みて井村邸へ向かった凱だったが、そこで待ち受けていたのは、XENOとのファーストコンタクトという、想像を絶するトラブルだった。


 幸いにも、井村邸内で働いていた千葉愛美を連れ帰る事に成功したものの、XENOの急襲と謎の出火のため、夢乃と離れ離れとなってしまい、再合流に失敗。

 やむなく、凱は愛美と共に東京へ戻り、夢乃の捜索は断念するしかなかった。


 夢乃からの連絡が一切なかった時点で、既に絶望的な状況であることは想像に難くない。

 だが、それでも彼女の能力と機転に期待し、凱は心のどこかで生存報告と、帰還をずっと待ち続けていた。


 だが――ウィザードアイが記録していた映像は、その淡い期待を無残に打ち崩した。



 

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第81話【夢乃】

 







 時は、約一年前のあの日に遡る。





「凱は、愛美と一緒に外へ!」


「お前はどうすんだ?!」


「あの人達を放っておけないでしょ! 逃がさなきゃ!」


「了解!」





 井村邸の中に、突如現われた豚の頭を持つ巨人。

 それは、今まで情報として聞いていた“XENO”であることは、容易に想像がついた。

 しかし、それが何故この場所に、しかも屋内に居たのか。


 封印されていた北棟の中から、突如現われたということは。

 そこが、夢乃が長年探し続けていた“吉祥寺研究所”か、その関連施設であることは、もはや疑いようがない。

 夢乃は、怪物が現われた事に対する焦りと恐怖を感じると共に、より核心に近付いた事に対する高揚感も、同時に味わっていた。


(だけど今は、あの人達を脱出させることが最優先ね!)


 足首に装着したフォトンドライブが唸り、光の粒子を噴き上げる。

 夢乃の身体はフワリと浮かび上がり、南棟のホールから一気に二階へと飛び上がった。


「梓さん! 理沙さん! もえぎ! 居る?!」


 大声を上げながら、二階を飛翔する。

 いつものメイド服ではなく、工作員用の特殊スーツを身に纏っている以上、自分の正体を誤魔化す余裕はもうない。

 それでも夢乃は、井村依子をはじめとする四人の生命を優先し、この屋敷から脱出させる決意を固めていた。



 一番最初に発見したのは、南棟から西棟へ渡ろうとしていた、立川たちかわもえぎだった。


「もえぎ! 早くここから逃げて!」


「ゆ、夢乃さん?! 何ですかその格好! コスプレ?」


「違うって!

 後で説明するから、あなたは早く裏口から脱出して!」


「な、何が起きてるんですか?

 あの大声っつうか、叫び声みたいなの何ですか?!」


「バケモノが出て、下で暴れてるのよ!」


「ば、バケモノぉ?! 何それ?!」


「いいから早く!

 私は奥様の寝室に行くから、あんたはあの二人にも声をかけて!」


「わ、わわわ、わーりましたぁ!」


 何が起きているか把握はせずとも、先輩からの指示が絶対というのが染み付いているせいか、もえぎは素直に東棟奥へ走り去った。


 メイド達の個室は西棟の二階だが、井村依子の寝室は一階にある。

 車椅子で移動する必要があるため、何年か前に一階へ移ったのだ。

 それもあり、余った部屋を用いた、控え室のようなものも隣接している。

 

(あのバケモノ、こっちに関心が向かなきゃいいんだけど)


 夢乃は、先輩メイドの赤坂梓あかさか あずさ青山理沙あおやま りさはもえぎに任せることにして、再び一階へと飛び降りた。

 フォトンドライブが衝撃を和らげ、軟着地を促す。

 南棟・玄関のホールが、一瞬明るく照らされる。

 

「持ってよ、グレイスエネルギー!」


 夢乃は、視界内にXENOが居ないことを確認すると、最速で井村夫人の寝室を目指した。




「梓さん! 理沙さん! 大変です! すぐ脱出を――って、えっ?」

 

 メイド達が共用で使っている、待機用の部屋。

 そこに真っ先に飛び込んだもえぎは、まるで待ち構えているように佇む梓と理沙を見て、言葉を詰まらせた。


「何をしてるの、もえぎ?」


「もうすぐ時間よ、あんたも来な」


 二人の口調は冷静で、まるで下で起きている騒ぎなど気付いてすらいない様子だ。

 

「あ、あの、なんか下で、バケモノが出たって夢乃さんが!」


 必死で脱出を促そうと説明を試みるが、全く平静な態度を崩さない二人は、彼女の言葉に関心を示さない。


「行くわよ、もうすぐ時間だし」


「い、行くって、何処へ?」


「何言ってるのよ。奥様のお部屋に決まってるでしょ」


「は、はぁ?!」


「夢乃は私が連れてくから、もえぎ、あなたは理沙と一緒に奥様の部屋へ行って」


「あ、あの! 今、それどころじゃ――」


 そこまで叫んだところで、理沙の眼が光った。

 途端に、もえぎの声が、動きが止まる。


「……?!」


(え、何?! か、身体が……マヒして、動かない?!

 さ、催眠術か何か?)



「理沙、何もこんなところで」


「構わないわ。

 ほっといたらコイツ、いつまでもグダグダ言い続けるからさ。

 無理矢理にでも連れてく」


「そう、じゃあ任せたわ」


 身体がピクリとも動かせなくなったもえぎは、いったい何が起きているのかすらわからず、困惑する。

 やがて、理沙に軽々と持ち上げられ、肩に担がれた。


(え? え? り、理沙さん、なんでそんなに力があるの?!)


「行くよ」


 理沙は、まるでもえぎの体重などお構いなしといった様子で、部屋を出る。


「お願いだから、大事な儀式の前に、余計な騒ぎを起こさないでよね」


(ぎ、儀式?! やっぱり、なんかの怪しい宗教かぁ~~!!)


 心の中で、必死に叫ぶ。  

 だが、ふと気がつくと、


(……え? あ、あれ?)


 もえぎと理沙は、一瞬のうちに、井村夫人の寝室に辿り着いていた。

 時間にして、一秒もない。

 それはまるで、テレポートでもしたかのようだ。


「あら理沙、いきなりね」


「申し訳ありません、奥様。ノックもしないで」


「構わないわよ。

 それより、もえぎを降ろしてあげなさい」


「はい」


 どさっ、と音がして、もえぎが乱暴に床に落とされる。


(痛っ! な、なんて事すんのよ!)


 しばらくするとドアがノックされ、梓が入り込んで来た。

 ――その右手には、腕を後ろに回された夢乃もいる。

 両手首は、結束バンドのようなもので縛られているようだった。


(ゆ、夢乃さん?!)


「夢乃、その格好はどういうこと?」


 理沙が、物凄く不機嫌そうな態度で、吐き捨てるように呟く。

 だが夢乃は、顔を背けて何も返さない。


「コイツ!」


「待って、理沙。

 どうせ、ね」


「フン、わかったわよ」


 身体にぴったりと密着した黒いスーツをまとった夢乃は、驚いた顔でもえぎを見つめる。

 少しずつ身体の感覚が戻って来たもえぎは、井村夫人の姿を視界に入れようともがく。


「昨日のあの男、やはり何処かの潜入工作員のようですね」


「そのようね。

 そして――夢乃、あなたもそうだったのね?」


 井村夫人が、せつなそうな顔で夢乃を見る。

 それを、睨みつけるような視線で跳ね返す。


「あたしを、どうするつもりなのよ!

 拷問でもして、吐かせようってつもり?」


 夢乃が、今まで聞いたことのないような乱暴な口調で、食って掛かる。

 もえぎは、そんな彼女の態度に、衝撃を受けた。


「な……ゆ、夢乃……さん?」


 ようやく、声が出せるようになる。

 しかし、車椅子に座る井村夫人を含めた三人は、夢乃の方に注視している。


「夢乃、あなたの素性は知らないけど、今までずっと、私達を騙していたのね。

 それは……とても悲しいことだわ」


 井村夫人が、目元を手で拭いながら囁く。

 その態度は、もえぎの目には、本当に悲しんでいるようにしか見えなかった。


「だけど、それはもういいのよ。

 私達はこれから、新たに生まれ変わるの。

 今夜ここに皆を集めたのは、その為なのよ」


「な、何をするつもりなの? あなた達は?!」


「夢乃、そしてもえぎ。

 あなた達も、今夜、生まれ変わりなさい。

 そして、私と共にあって欲しいの。

 これからもずっと、永久とこしえにね」


 恍惚の表情を浮かべ、まるで何かに取り憑かれたような態度で唱える。

 そんな彼女の様相は、夢乃ともえぎの背筋をゾクリとさせた。


「奥様、愛美はどうします?」


「愛美は……今回は諦めましょう」


「いいのですか?」


「このような事態になってしまった以上、やむを得ません。

 いずれ、また逢える時が来るでしょう。

 さぁ梓、さっきの話の通り、北棟に火を放ちなさい」


「承知しました。では早速」


(火?! え、ちょ、待って! それって――)


 井村夫人の指示を受けた梓が、部屋の奥に隠されていた配電盤のようなものを、片手で操作する。

 次の瞬間、遥か彼方で、何かが破裂したような音が微かに聞こえた気がした。

 もえぎだけではなく、夢乃も、信じられないといった表情を浮かべている。



「それでは、移動を開始しましょう。

 理沙、お願いするわね」


「はい、奥様。

 梓、夢乃を預かるわ」


「な、何をするつもりなのよ、アンタ達!」


「うるさい」


 またも、理沙の眼が光る。

 その途端、夢乃の身体が強張り、動きが止まった。


(ゆ、夢乃さんも?!)


「さぁ、行くよ」


 理沙は、夢乃ともえぎの胸倉を掴み上げ、同時に持ち上げる。

 それは、明らかに女性とは思えない程のパワーだ。


(り、理沙さんて、本当に人間なの?!)


 次の瞬間、もえぎと夢乃は、軽い浮遊感を味わった。






 気がつくと、夢乃ともえぎは、肌寒くてとてつもなく広い部屋に居た。


 そこはまるで、大工場の作業現場を思わせるような巨大ルーム。

 無数のパイプや配線が剥き出しになり、縦横無尽に駆け巡る壁。

 スポットライトのような、強烈な光を落とす天井の照明。


 天井の高さは、スポットライトの逆光でよくわからないガ、軽く十メートル以上はありそうだ。

 温かみを感じさせるようなものは何もなく、もえぎは、いつか観たSF映画に出てくるような、宇宙船の中をイメージした。


「ゆ、夢乃さん?」


「もえぎ。あんた、大丈夫?」


「それより、ここ、いったいど――」


 もえぎの声が、不自然に止まる。

 夢乃の背後に何かを見止め、それに驚き硬直しているようだ。

 慌てて振り返った夢乃の視界一杯に、信じられないようなものが映った。



 部屋の中央には、見上げんばかりに巨大な“樹”のようなものが立っていた。



 幹の太さは、直径だけでも軽く十メートル以上はあるように見える。

 見上げても見上げ切れない程に背が高く、あらゆる方向に枝のようなものを伸ばし、床や壁、天井にまで届き全体を支えている。 

 そして枝のあちこちには、毒々しい色の実のようなものが実っており、それは不気味に鼓動し、蠢いている。


 だが、それは明らかに植物ではない。


 その表面には筋肉組織や血管、或いは人間の肌のようなものがあり、まるで「生物組織で形作った樹木のオブジェ」のようだ。

 どくん、どくんと脈打つ木肌と、その上を迸る太い血管。

 無論、こんな巨大で気味の悪い物体は、今まで見たこともない。

 そのグロテスクさは言葉では言い表せない程で、二人は言葉を失った。


「な、何よこれ?!」


「な、何かの映画のセット……じゃない、よね?」


「失礼ね、奥様に対して」


 驚愕する二人の背後で、理沙の声が響く。


「奥様?! どういうことよ!」


「え、え? ど、どういう意味?

 奥様、そこにいるじゃない!」


 状況と言葉の意味が飲み込めずに慌てる二人に、車椅子の井村夫人は、場違いなほど優しい笑顔を向ける。


「理沙の言う通りなのよ。

 あの樹はね、私自身」


「は? お、奥様、いったい何を……」


「奥様、そろそろ始めても?」


「そうね、説明は――後でもいいものね」


「承知しました」


 理沙と井村夫人、そして梓が、何かを相談し、二人を見つめる。

 何が起きようとしているのか、訳がわからず動揺するもえぎの前に、梓が一歩踏み出す。


「動いちゃだめよ、もえぎ」


「え? ちょ、梓さん?」


「ちょっと、もえぎに何を――」


 夢乃が声をかけた瞬間、


 ドシュッ! という鈍い音に続き、大量の液体が床に飛び散る音がする。

 夢乃の衣服と頬に、赤く生暖かいものが、降りかかる。



 もえぎは、驚愕の表情で、梓を凝視していた。

 大きく目を見開き、ゴホッ、と血を吐く。


「あ……? え……?」


「も、もえぎぃぃぃぃ!!」


 もえぎの胸に突き刺さったもの。

 それは、巨大な爬虫類の「尾」のようなものだった。

 目でその根元を追うと、それはなんと、梓の身体に繋がっていた。


 否、そうではない。

 梓の右腕が突如肥大化し、巨大な爬虫類の尾のように変化したのだ。

 それが、もえぎの胸を刺し貫いている。


 もえぎの顔色がみるみる青褪め、四肢から力が抜けていくのがわかる。

 夢乃は、すかさず足首に装着したフォトンドライブを点火させ、上空に舞い上がった。

 判断は、一瞬。


「夢乃っ!」


「くっ! まさか、梓までXENOだなんて!!」


 パシュッ、と短い炸裂音が響き、手首を拘束したバンドが、隠しナイフで切り裂かれる。

 自由を取り戻した夢乃は、六メートルほど上昇し、そのまま脱出路を求めて飛翔を続ける。

 しかし、何処を見ても脱出に使えそうな場所がない。

 通風孔もなければ、排路のようなものも見当たらない。


 やむなく夢乃は、腰のポーチからごつい腕時計のようなものを取り出し、右手首に装着する。

 文字盤にあたる部分で何かを操作すると、徐に手首を折り曲げ、扉のように見える壁に向ける。


「行ってよ! お願いだから!!」


 バシュッ、という音と共に、腕時計のような機械から、何かが射出される。

 それは、三人の頭上を通り越し、壁に命中すると、轟音を上げて爆発した。

 それは、緊急用の小型テルミット弾。


「くっ!」


 凄まじい爆風が巻き起こり、部屋の一角を煙が覆い尽くす。

 夢乃は、素早くマスクとゴーグルを装着すると、そのまま空中から爆発箇所へ飛び込もうとした。


 だが――扉と壁は、傷一つ付いていない。


「な……?!」


 万事休す。

 振り返った夢乃のすぐ目の前に、理沙が立っていた。

 よく見ると、理沙は、大樹の伸ばした枝の上に立っている。

 滞空したままの夢乃は、理沙の人間離れしたスピードと体幹能力に驚くと共に、何かを確信した。


「手詰まりね、夢乃」


「理沙……っ!」


「もう、諦めちゃいなよ」


 ドスッ! という鈍い音が、身体の中で響く。

 大きく見開いた目で下を見ると、理沙の突き出した手刀が、自身の腹に深々と突き刺さっていた。


「……っ!!」


「本当なら、このまま食ってやりたいところだけど。

 良かったわね、アンタ。

 奥様のお情けを戴けてさ」


「……な、何の……こ……」


 手刀が引き抜かれ、崩れ落ちる。

 マスクとゴーグルが外れ、何処かへ転がって行く。

 夢乃は、頬に冷たい感触を覚えたが、やがて、それも感じなくなった。



 たまたまその部屋に移動していたウィザードアイは、その様子を、一部始終捉えていた。






「可哀想ね、本当に……ああ、夢乃、もえぎ」


「奥様、それよりも、奥様も」


「ええ、そうね。

 二人だけじゃない、この私も――生まれ変わらなければ」


「ご用意してあります。

 さぁ、これを」


「ありがとう、理沙。

 ああ、これで私はようやく、この病魔から解放されるのですね」


 井村夫人は、理沙から受け取ったケースを掲げる。

 それは、直径約四センチ、長さ7センチ程度の円筒型の物体。

 半透明なケースの蓋を開けると、井村夫人は真上を向き、その中身を――呑み込んだ。


「奥様、素敵でございます」


「おめでとうございます、これで、奥様も私達と同じ、XENOに――」


 拍手する梓と理沙。

 だが、井村夫人はその場で倒れ込み、激しく身体を痙攣させ始めた。


「か……は、あぁっ?!」


 身体をかきむしるように身悶えし、苦しげに蠢く。

 その様子を、梓と理沙は、冷ややかな目で見下ろしていた。


「それでは」


「奥様、しばしのご辛抱を」


「は、早く……早く! く、苦しい!!」


「今、楽にして差し上げます」


 そう呟くと、理沙は右手で手刀を作り、躊躇わず一気に振り下ろす。



 彼女の一撃は、井村夫人の首を、一瞬で切断した。

 どぼっ、と大量の血が溢れ出し、床を濡らす。



「梓、もえぎと夢乃にも、ケースを」


「わかってるわ。

 それより、奥様の首を繋げ――」



 だがその途端、想定外の自体が起こった。



 ゴゴゴ……と音を上げ、大きな振動が発生する。

 見ると、部屋の中央にそそり立つ大樹が、激しく揺れ動き始めた。


 部屋の上部を覆う枝は、まるで触手のように蠢き、伸び始める。

 なんと、首を切断された井村夫人の近くに枝の一部を寄せると、その死体を器用に巻き取った。


「あっ!」


「こ、これは?!」


 みるみるうちに、井村夫人の身体は、頭部ごと大樹に絡み取られてしまう。

 枝はゆっくりと死体を持ち上げ、枝が密集する上部へと運んでしまった。


 梓と理沙は呆気に取られ、その様子を、ただ眺めているしかない。


「こ、これは……」


「奥様は、どうなってしまうの?!」


 やがて、大樹に更なる変化が起きる。

 枝木の全てが、まるで硬直したかのように動きを急激に止め、続いて色が変わっていく。

 青白い不気味な肌色といった感じだった木肌が、今度は血を思わせる真っ赤な色に染まる。


 何が起きているのか全く理解が及ばない二人は、やがて、何かに気付いたように、頭に手を当てた。


「奥様?!」


「奥様の……声が、聞こえる?!」


 二人は、頭の中に直接響いてくるような“何か”に反応し、視線を上げる。


「奥様の本体が、クローンの奥様を……吸収した?」


「――はい、はい……ええ、承知しました。奥様」


 梓が、何かを受信して、夢乃ともえぎの死体に向き直る。


「理沙、聞こえた?」


「ええ、聞こえたわ。

 これはこれで、成功ってことで、いいのかな」


「奥様がご満足なら、それが私達にとっても一番良いことよ。

 それでは予定通り、この二人にも――」


「そうね、XENOのケースを」


 梓は、理沙と共に、既にこと切れている二人の肉体に、ケースから取り出したXENOの幼体を投与した。


「夢乃。

 あんたの能力、あたしは結構買ってるのよ。

 期待してるからね」


「もえぎ。

 あなたには、愛美を……頼むわね」





 ――静かな時間が、流れる。




 床に倒れていた二つの陰が、ゆっくりと起き上がった。


「あたし、死んだんじゃなかったの?」


「間違いなく、死んでたわよ。

 梓に刺されてね」


「夢乃さんは?」


「私も、理沙に殺られた」


「じゃあ二人とも、なんで生きてるんでしょうね?」


「だいたいの想像はつくわ」


「生まれ変わるって、こういう意味?」


「さぁね、知らないわ」




 もえぎと夢乃は、大穴の空いた衣服を指でなぞり、首を傾げながら立ち上がる。

 傷口は、もうない。


 辺りに散らばる大量の血痕と、充満する鉄の臭い。

 それらは、以前よりも遥かに敏感に感じ取れるような気がした。


 部屋の中央の大樹は、先程と同じように、微動だにせず佇んでいる。


 夢乃、もえぎ、そして梓と理沙は、大樹に向かって跪いた。


「奥様――そのようなお姿に」


「ちょっと信じられないけど、私達……なんだか、通じ合ってる気がする」


「わかる? 夢乃、もえぎ。

 奥様の言葉が……そして、私達の意志が」


「ええ、伝わるわ」


 梓の囁きに、夢乃が頷く。


 否、夢乃“であった”別な何か、が。


「本当ならここで、愛美を皆で食らうつもりだったんだけどね。

 あの邪魔者のせいで……」


「大丈夫ですよ、理沙先輩。

 あの男の始末は、私がつけますから」


「早速頼もしいじゃない、夢乃。

 期待するわよ?」


「ええ、理沙先輩と梓先輩、そして奥様のご期待に応えますとも」


 そう呟くと、夢乃は――不敵な笑みを浮かべる。


 そして、その脇に立つもえぎの顔も、今まで見たこともないような邪悪な笑顔で満ちる。


 四人は、揃って大樹を見上げる。

 それに応えるように、大樹は、轟音を上げて全体を大きく揺さぶった。






 ――ウィザードアイの記録した映像は、ここで途切れている。


 

 

 元町夢乃は、もう、いない。

 代わりに、夢乃の姿を奪い取った、忌むべき存在が誕生した。





 凱は、ナイトシェイドのステアリングを、強く握り締める。



 だがウィザードアイに記録されていた衝撃の映像は、これだけではない。

 そしてそれも、凱は、見てしまったのだ。



(俺は、これから……あいつらに……あの子に、どんな顔を向ければいいんだ……!!)




 凱は、心の底から戸惑っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ