●第81話【夢乃】
今回より、しばらくの間一話完結の短編(一部例外あり?)を公開して参ります。
『もうすぐ、東京に入ります。
帰還まで、おおよそ二十分』
ナイトシェイドのナビが、物思いに耽る凱の意識を現実に引き戻す。
「ナイトシェイド、地下迷宮のメインシステムに、情報を登録してくれ」
『承知しました。
どのような情報でしょうか』
「――元町夢乃のことだ」
『夢乃様について、どのような情報更新を?』
ナイトシェイドの質問に、凱は、何かを堪えるような声で、囁いた。
「“SAVE.”諜報班・元町夢乃は、死亡した。
リーダーの俺が、目視で確認したと報告してくれ」
その言葉を唱えた後、凱は、右腕で目を覆った。
元町夢乃。
“SAVE.”諜報班のメンバーであり、北条凱の直属の部下であり、長年の相棒にして恋人。
数年前、地下迷宮構築以前より、井村大玄の懐へと潜入調査を行っていたエージェント。
その目的は、“吉祥寺研究所”の所在と、吉祥寺龍利の行方を突き止めること。
そしてもう一つ、“千葉愛美”の所在を特定・報告、可能であれば連行する事だった。
幸いにして、吉祥寺研究所が隠された施設・井村邸へ潜り込むことには成功したものの、あまりに厳重な管理状況下で思うような連絡行動が行えず、約一年前にようやく凱へ連絡をつけることが出来たのだ。
早速、夢乃のフォローと合流を試みて井村邸へ向かった凱だったが、そこで待ち受けていたのは、XENOとのファーストコンタクトという、想像を絶するトラブルだった。
幸いにも、井村邸内で働いていた千葉愛美を連れ帰る事に成功したものの、XENOの急襲と謎の出火のため、夢乃と離れ離れとなってしまい、再合流に失敗。
やむなく、凱は愛美と共に東京へ戻り、夢乃の捜索は断念するしかなかった。
夢乃からの連絡が一切なかった時点で、既に絶望的な状況であることは想像に難くない。
だが、それでも彼女の能力と機転に期待し、凱は心のどこかで生存報告と、帰還をずっと待ち続けていた。
だが――ウィザードアイが記録していた映像は、その淡い期待を無残に打ち崩した。
美神戦隊アンナセイヴァー
第81話【夢乃】
時は、約一年前のあの日に遡る。
「凱は、愛美と一緒に外へ!」
「お前はどうすんだ?!」
「あの人達を放っておけないでしょ! 逃がさなきゃ!」
「了解!」
井村邸の中に、突如現われた豚の頭を持つ巨人。
それは、今まで情報として聞いていた“XENO”であることは、容易に想像がついた。
しかし、それが何故この場所に、しかも屋内に居たのか。
封印されていた北棟の中から、突如現われたということは。
そこが、夢乃が長年探し続けていた“吉祥寺研究所”か、その関連施設であることは、もはや疑いようがない。
夢乃は、怪物が現われた事に対する焦りと恐怖を感じると共に、より核心に近付いた事に対する高揚感も、同時に味わっていた。
(だけど今は、あの人達を脱出させることが最優先ね!)
足首に装着したフォトンドライブが唸り、光の粒子を噴き上げる。
夢乃の身体はフワリと浮かび上がり、南棟のホールから一気に二階へと飛び上がった。
「梓さん! 理沙さん! もえぎ! 居る?!」
大声を上げながら、二階を飛翔する。
いつものメイド服ではなく、工作員用の特殊スーツを身に纏っている以上、自分の正体を誤魔化す余裕はもうない。
それでも夢乃は、井村依子をはじめとする四人の生命を優先し、この屋敷から脱出させる決意を固めていた。
一番最初に発見したのは、南棟から西棟へ渡ろうとしていた、立川もえぎだった。
「もえぎ! 早くここから逃げて!」
「ゆ、夢乃さん?! 何ですかその格好! コスプレ?」
「違うって!
後で説明するから、あなたは早く裏口から脱出して!」
「な、何が起きてるんですか?
あの大声っつうか、叫び声みたいなの何ですか?!」
「バケモノが出て、下で暴れてるのよ!」
「ば、バケモノぉ?! 何それ?!」
「いいから早く!
私は奥様の寝室に行くから、あんたはあの二人にも声をかけて!」
「わ、わわわ、わーりましたぁ!」
何が起きているか把握はせずとも、先輩からの指示が絶対というのが染み付いているせいか、もえぎは素直に東棟奥へ走り去った。
メイド達の個室は西棟の二階だが、井村依子の寝室は一階にある。
車椅子で移動する必要があるため、何年か前に一階へ移ったのだ。
それもあり、余った部屋を用いた、控え室のようなものも隣接している。
(あのバケモノ、こっちに関心が向かなきゃいいんだけど)
夢乃は、先輩メイドの赤坂梓と青山理沙はもえぎに任せることにして、再び一階へと飛び降りた。
フォトンドライブが衝撃を和らげ、軟着地を促す。
南棟・玄関のホールが、一瞬明るく照らされる。
「持ってよ、グレイスエネルギー!」
夢乃は、視界内にXENOが居ないことを確認すると、最速で井村夫人の寝室を目指した。
「梓さん! 理沙さん! 大変です! すぐ脱出を――って、えっ?」
メイド達が共用で使っている、待機用の部屋。
そこに真っ先に飛び込んだもえぎは、まるで待ち構えているように佇む梓と理沙を見て、言葉を詰まらせた。
「何をしてるの、もえぎ?」
「もうすぐ時間よ、あんたも来な」
二人の口調は冷静で、まるで下で起きている騒ぎなど気付いてすらいない様子だ。
「あ、あの、なんか下で、バケモノが出たって夢乃さんが!」
必死で脱出を促そうと説明を試みるが、全く平静な態度を崩さない二人は、彼女の言葉に関心を示さない。
「行くわよ、もうすぐ時間だし」
「い、行くって、何処へ?」
「何言ってるのよ。奥様のお部屋に決まってるでしょ」
「は、はぁ?!」
「夢乃は私が連れてくから、もえぎ、あなたは理沙と一緒に奥様の部屋へ行って」
「あ、あの! 今、それどころじゃ――」
そこまで叫んだところで、理沙の眼が光った。
途端に、もえぎの声が、動きが止まる。
「……?!」
(え、何?! か、身体が……マヒして、動かない?!
さ、催眠術か何か?)
「理沙、何もこんなところで」
「構わないわ。
ほっといたらコイツ、いつまでもグダグダ言い続けるからさ。
無理矢理にでも連れてく」
「そう、じゃあ任せたわ」
身体がピクリとも動かせなくなったもえぎは、いったい何が起きているのかすらわからず、困惑する。
やがて、理沙に軽々と持ち上げられ、肩に担がれた。
(え? え? り、理沙さん、なんでそんなに力があるの?!)
「行くよ」
理沙は、まるでもえぎの体重などお構いなしといった様子で、部屋を出る。
「お願いだから、大事な儀式の前に、余計な騒ぎを起こさないでよね」
(ぎ、儀式?! やっぱり、なんかの怪しい宗教かぁ~~!!)
心の中で、必死に叫ぶ。
だが、ふと気がつくと、
(……え? あ、あれ?)
もえぎと理沙は、一瞬のうちに、井村夫人の寝室に辿り着いていた。
時間にして、一秒もない。
それはまるで、テレポートでもしたかのようだ。
「あら理沙、いきなりね」
「申し訳ありません、奥様。ノックもしないで」
「構わないわよ。
それより、もえぎを降ろしてあげなさい」
「はい」
どさっ、と音がして、もえぎが乱暴に床に落とされる。
(痛っ! な、なんて事すんのよ!)
しばらくするとドアがノックされ、梓が入り込んで来た。
――その右手には、腕を後ろに回された夢乃もいる。
両手首は、結束バンドのようなもので縛られているようだった。
(ゆ、夢乃さん?!)
「夢乃、その格好はどういうこと?」
理沙が、物凄く不機嫌そうな態度で、吐き捨てるように呟く。
だが夢乃は、顔を背けて何も返さない。
「コイツ!」
「待って、理沙。
どうせ、ね」
「フン、わかったわよ」
身体にぴったりと密着した黒いスーツをまとった夢乃は、驚いた顔でもえぎを見つめる。
少しずつ身体の感覚が戻って来たもえぎは、井村夫人の姿を視界に入れようともがく。
「昨日のあの男、やはり何処かの潜入工作員のようですね」
「そのようね。
そして――夢乃、あなたもそうだったのね?」
井村夫人が、せつなそうな顔で夢乃を見る。
それを、睨みつけるような視線で跳ね返す。
「あたしを、どうするつもりなのよ!
拷問でもして、吐かせようってつもり?」
夢乃が、今まで聞いたことのないような乱暴な口調で、食って掛かる。
もえぎは、そんな彼女の態度に、衝撃を受けた。
「な……ゆ、夢乃……さん?」
ようやく、声が出せるようになる。
しかし、車椅子に座る井村夫人を含めた三人は、夢乃の方に注視している。
「夢乃、あなたの素性は知らないけど、今までずっと、私達を騙していたのね。
それは……とても悲しいことだわ」
井村夫人が、目元を手で拭いながら囁く。
その態度は、もえぎの目には、本当に悲しんでいるようにしか見えなかった。
「だけど、それはもういいのよ。
私達はこれから、新たに生まれ変わるの。
今夜ここに皆を集めたのは、その為なのよ」
「な、何をするつもりなの? あなた達は?!」
「夢乃、そしてもえぎ。
あなた達も、今夜、生まれ変わりなさい。
そして、私と共にあって欲しいの。
これからもずっと、永久にね」
恍惚の表情を浮かべ、まるで何かに取り憑かれたような態度で唱える。
そんな彼女の様相は、夢乃ともえぎの背筋をゾクリとさせた。
「奥様、愛美はどうします?」
「愛美は……今回は諦めましょう」
「いいのですか?」
「このような事態になってしまった以上、やむを得ません。
いずれ、また逢える時が来るでしょう。
さぁ梓、さっきの話の通り、北棟に火を放ちなさい」
「承知しました。では早速」
(火?! え、ちょ、待って! それって――)
井村夫人の指示を受けた梓が、部屋の奥に隠されていた配電盤のようなものを、片手で操作する。
次の瞬間、遥か彼方で、何かが破裂したような音が微かに聞こえた気がした。
もえぎだけではなく、夢乃も、信じられないといった表情を浮かべている。
「それでは、移動を開始しましょう。
理沙、お願いするわね」
「はい、奥様。
梓、夢乃を預かるわ」
「な、何をするつもりなのよ、アンタ達!」
「うるさい」
またも、理沙の眼が光る。
その途端、夢乃の身体が強張り、動きが止まった。
(ゆ、夢乃さんも?!)
「さぁ、行くよ」
理沙は、夢乃ともえぎの胸倉を掴み上げ、同時に持ち上げる。
それは、明らかに女性とは思えない程のパワーだ。
(り、理沙さんて、本当に人間なの?!)
次の瞬間、もえぎと夢乃は、軽い浮遊感を味わった。
気がつくと、夢乃ともえぎは、肌寒くてとてつもなく広い部屋に居た。
そこはまるで、大工場の作業現場を思わせるような巨大ルーム。
無数のパイプや配線が剥き出しになり、縦横無尽に駆け巡る壁。
スポットライトのような、強烈な光を落とす天井の照明。
天井の高さは、スポットライトの逆光でよくわからないガ、軽く十メートル以上はありそうだ。
温かみを感じさせるようなものは何もなく、もえぎは、いつか観たSF映画に出てくるような、宇宙船の中をイメージした。
「ゆ、夢乃さん?」
「もえぎ。あんた、大丈夫?」
「それより、ここ、いったいど――」
もえぎの声が、不自然に止まる。
夢乃の背後に何かを見止め、それに驚き硬直しているようだ。
慌てて振り返った夢乃の視界一杯に、信じられないようなものが映った。
部屋の中央には、見上げんばかりに巨大な“樹”のようなものが立っていた。
幹の太さは、直径だけでも軽く十メートル以上はあるように見える。
見上げても見上げ切れない程に背が高く、あらゆる方向に枝のようなものを伸ばし、床や壁、天井にまで届き全体を支えている。
そして枝のあちこちには、毒々しい色の実のようなものが実っており、それは不気味に鼓動し、蠢いている。
だが、それは明らかに植物ではない。
その表面には筋肉組織や血管、或いは人間の肌のようなものがあり、まるで「生物組織で形作った樹木のオブジェ」のようだ。
どくん、どくんと脈打つ木肌と、その上を迸る太い血管。
無論、こんな巨大で気味の悪い物体は、今まで見たこともない。
そのグロテスクさは言葉では言い表せない程で、二人は言葉を失った。
「な、何よこれ?!」
「な、何かの映画のセット……じゃない、よね?」
「失礼ね、奥様に対して」
驚愕する二人の背後で、理沙の声が響く。
「奥様?! どういうことよ!」
「え、え? ど、どういう意味?
奥様、そこにいるじゃない!」
状況と言葉の意味が飲み込めずに慌てる二人に、車椅子の井村夫人は、場違いなほど優しい笑顔を向ける。
「理沙の言う通りなのよ。
あの樹はね、私自身」
「は? お、奥様、いったい何を……」
「奥様、そろそろ始めても?」
「そうね、説明は――後でもいいものね」
「承知しました」
理沙と井村夫人、そして梓が、何かを相談し、二人を見つめる。
何が起きようとしているのか、訳がわからず動揺するもえぎの前に、梓が一歩踏み出す。
「動いちゃだめよ、もえぎ」
「え? ちょ、梓さん?」
「ちょっと、もえぎに何を――」
夢乃が声をかけた瞬間、
ドシュッ! という鈍い音に続き、大量の液体が床に飛び散る音がする。
夢乃の衣服と頬に、赤く生暖かいものが、降りかかる。
もえぎは、驚愕の表情で、梓を凝視していた。
大きく目を見開き、ゴホッ、と血を吐く。
「あ……? え……?」
「も、もえぎぃぃぃぃ!!」
もえぎの胸に突き刺さったもの。
それは、巨大な爬虫類の「尾」のようなものだった。
目でその根元を追うと、それはなんと、梓の身体に繋がっていた。
否、そうではない。
梓の右腕が突如肥大化し、巨大な爬虫類の尾のように変化したのだ。
それが、もえぎの胸を刺し貫いている。
もえぎの顔色がみるみる青褪め、四肢から力が抜けていくのがわかる。
夢乃は、すかさず足首に装着したフォトンドライブを点火させ、上空に舞い上がった。
判断は、一瞬。
「夢乃っ!」
「くっ! まさか、梓までXENOだなんて!!」
パシュッ、と短い炸裂音が響き、手首を拘束したバンドが、隠しナイフで切り裂かれる。
自由を取り戻した夢乃は、六メートルほど上昇し、そのまま脱出路を求めて飛翔を続ける。
しかし、何処を見ても脱出に使えそうな場所がない。
通風孔もなければ、排路のようなものも見当たらない。
やむなく夢乃は、腰のポーチからごつい腕時計のようなものを取り出し、右手首に装着する。
文字盤にあたる部分で何かを操作すると、徐に手首を折り曲げ、扉のように見える壁に向ける。
「行ってよ! お願いだから!!」
バシュッ、という音と共に、腕時計のような機械から、何かが射出される。
それは、三人の頭上を通り越し、壁に命中すると、轟音を上げて爆発した。
それは、緊急用の小型テルミット弾。
「くっ!」
凄まじい爆風が巻き起こり、部屋の一角を煙が覆い尽くす。
夢乃は、素早くマスクとゴーグルを装着すると、そのまま空中から爆発箇所へ飛び込もうとした。
だが――扉と壁は、傷一つ付いていない。
「な……?!」
万事休す。
振り返った夢乃のすぐ目の前に、理沙が立っていた。
よく見ると、理沙は、大樹の伸ばした枝の上に立っている。
滞空したままの夢乃は、理沙の人間離れしたスピードと体幹能力に驚くと共に、何かを確信した。
「手詰まりね、夢乃」
「理沙……っ!」
「もう、諦めちゃいなよ」
ドスッ! という鈍い音が、身体の中で響く。
大きく見開いた目で下を見ると、理沙の突き出した手刀が、自身の腹に深々と突き刺さっていた。
「……っ!!」
「本当なら、このまま食ってやりたいところだけど。
良かったわね、アンタ。
奥様のお情けを戴けてさ」
「……な、何の……こ……」
手刀が引き抜かれ、崩れ落ちる。
マスクとゴーグルが外れ、何処かへ転がって行く。
夢乃は、頬に冷たい感触を覚えたが、やがて、それも感じなくなった。
たまたまその部屋に移動していたウィザードアイは、その様子を、一部始終捉えていた。
「可哀想ね、本当に……ああ、夢乃、もえぎ」
「奥様、それよりも、奥様も」
「ええ、そうね。
二人だけじゃない、この私も――生まれ変わらなければ」
「ご用意してあります。
さぁ、これを」
「ありがとう、理沙。
ああ、これで私はようやく、この病魔から解放されるのですね」
井村夫人は、理沙から受け取ったケースを掲げる。
それは、直径約四センチ、長さ7センチ程度の円筒型の物体。
半透明なケースの蓋を開けると、井村夫人は真上を向き、その中身を――呑み込んだ。
「奥様、素敵でございます」
「おめでとうございます、これで、奥様も私達と同じ、XENOに――」
拍手する梓と理沙。
だが、井村夫人はその場で倒れ込み、激しく身体を痙攣させ始めた。
「か……は、あぁっ?!」
身体をかきむしるように身悶えし、苦しげに蠢く。
その様子を、梓と理沙は、冷ややかな目で見下ろしていた。
「それでは」
「奥様、しばしのご辛抱を」
「は、早く……早く! く、苦しい!!」
「今、楽にして差し上げます」
そう呟くと、理沙は右手で手刀を作り、躊躇わず一気に振り下ろす。
彼女の一撃は、井村夫人の首を、一瞬で切断した。
どぼっ、と大量の血が溢れ出し、床を濡らす。
「梓、もえぎと夢乃にも、ケースを」
「わかってるわ。
それより、奥様の首を繋げ――」
だがその途端、想定外の自体が起こった。
ゴゴゴ……と音を上げ、大きな振動が発生する。
見ると、部屋の中央にそそり立つ大樹が、激しく揺れ動き始めた。
部屋の上部を覆う枝は、まるで触手のように蠢き、伸び始める。
なんと、首を切断された井村夫人の近くに枝の一部を寄せると、その死体を器用に巻き取った。
「あっ!」
「こ、これは?!」
みるみるうちに、井村夫人の身体は、頭部ごと大樹に絡み取られてしまう。
枝はゆっくりと死体を持ち上げ、枝が密集する上部へと運んでしまった。
梓と理沙は呆気に取られ、その様子を、ただ眺めているしかない。
「こ、これは……」
「奥様は、どうなってしまうの?!」
やがて、大樹に更なる変化が起きる。
枝木の全てが、まるで硬直したかのように動きを急激に止め、続いて色が変わっていく。
青白い不気味な肌色といった感じだった木肌が、今度は血を思わせる真っ赤な色に染まる。
何が起きているのか全く理解が及ばない二人は、やがて、何かに気付いたように、頭に手を当てた。
「奥様?!」
「奥様の……声が、聞こえる?!」
二人は、頭の中に直接響いてくるような“何か”に反応し、視線を上げる。
「奥様の本体が、クローンの奥様を……吸収した?」
「――はい、はい……ええ、承知しました。奥様」
梓が、何かを受信して、夢乃ともえぎの死体に向き直る。
「理沙、聞こえた?」
「ええ、聞こえたわ。
これはこれで、成功ってことで、いいのかな」
「奥様がご満足なら、それが私達にとっても一番良いことよ。
それでは予定通り、この二人にも――」
「そうね、XENOのケースを」
梓は、理沙と共に、既にこと切れている二人の肉体に、ケースから取り出したXENOの幼体を投与した。
「夢乃。
あんたの能力、あたしは結構買ってるのよ。
期待してるからね」
「もえぎ。
あなたには、愛美を……頼むわね」
――静かな時間が、流れる。
床に倒れていた二つの陰が、ゆっくりと起き上がった。
「あたし、死んだんじゃなかったの?」
「間違いなく、死んでたわよ。
梓に刺されてね」
「夢乃さんは?」
「私も、理沙に殺られた」
「じゃあ二人とも、なんで生きてるんでしょうね?」
「だいたいの想像はつくわ」
「生まれ変わるって、こういう意味?」
「さぁね、知らないわ」
もえぎと夢乃は、大穴の空いた衣服を指でなぞり、首を傾げながら立ち上がる。
傷口は、もうない。
辺りに散らばる大量の血痕と、充満する鉄の臭い。
それらは、以前よりも遥かに敏感に感じ取れるような気がした。
部屋の中央の大樹は、先程と同じように、微動だにせず佇んでいる。
夢乃、もえぎ、そして梓と理沙は、大樹に向かって跪いた。
「奥様――そのようなお姿に」
「ちょっと信じられないけど、私達……なんだか、通じ合ってる気がする」
「わかる? 夢乃、もえぎ。
奥様の言葉が……そして、私達の意志が」
「ええ、伝わるわ」
梓の囁きに、夢乃が頷く。
否、夢乃“であった”別な何か、が。
「本当ならここで、愛美を皆で食らうつもりだったんだけどね。
あの邪魔者のせいで……」
「大丈夫ですよ、理沙先輩。
あの男の始末は、私がつけますから」
「早速頼もしいじゃない、夢乃。
期待するわよ?」
「ええ、理沙先輩と梓先輩、そして奥様のご期待に応えますとも」
そう呟くと、夢乃は――不敵な笑みを浮かべる。
そして、その脇に立つもえぎの顔も、今まで見たこともないような邪悪な笑顔で満ちる。
四人は、揃って大樹を見上げる。
それに応えるように、大樹は、轟音を上げて全体を大きく揺さぶった。
――ウィザードアイの記録した映像は、ここで途切れている。
元町夢乃は、もう、いない。
代わりに、夢乃の姿を奪い取った、忌むべき存在が誕生した。
凱は、ナイトシェイドのステアリングを、強く握り締める。
だがウィザードアイに記録されていた衝撃の映像は、これだけではない。
そしてそれも、凱は、見てしまったのだ。
(俺は、これから……あいつらに……あの子に、どんな顔を向ければいいんだ……!!)
凱は、心の底から戸惑っていた。




