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美神戦隊アンナセイヴァー  作者: 敷金
第4章 XENO編
161/227

●第80話 【決着】 -第4章 完-


「おい、こっちだ! 生存者が居るぞ!」


「大丈夫ですよ! 今、助けますから!」


「ショベル、こっちにも回してくれ!」


「レスキュー車、到着しました!」

 


 ここは、西新宿。

 甲州街道と東通りを結ぶ交差点とその一帯は、現在は閉鎖されており、アンナソニックにより破壊されたホテルの瓦礫撤去作業と、レスキュー活動が行われていた。

 三十階建てで高さ百三十メートルに及ぶビルは、ソニックキャノンの直撃を受けて一瞬で全壊。

 巻き込まれた被害者は、宿泊客や従業員など、少なく見積もっても約ニ百人以上と推定される。


 倒壊から約五時間。

 レスキュー隊は、既に何十人かの遺体と、数名の生存者を発見、引き上げ救助していた。


 ただ一人だけ自力で脱出した者がおり、いつの間にか居なくなったりもしたが。


 レスキュー隊の中に、大きな絶望感が拡がり始めた頃。



「おい、あれ、なんだ?」


「え、人形?」


 隊員の何人かが、積み重なった瓦礫に埋もれた、異様な物体を発見した。


「なんだかわからんが、邪魔だな。どかすか」


「おいそっち持ってくれ。行くぞ、せーの……って、重っ!」


「ビクともしねぇ!! なんだよこれ?!」


「なんか、どっかの特撮ヒーロー物みたいな見た目だな」



 隊員達は、全身グレーの薄汚れた謎の人形――のようなものを、発見した。

 それが、アンナパラディンであり、先程までアンナソニックとの戦闘を行っていた存在である事など、誰も気付きようがない。




 




 美神戦隊アンナセイヴァー


    第四章 最終回




    第80話【決着】




 





 ここは、とあるオフィスビルの廃墟。

 かつては大きなテナントが入っていただろう様子を窺わせる、荒れ果てたオフィスの一室。

 既に人が訪れなくなって久しいこのフロアは、全盛期は相当な人数が勤務していたことを窺わせる程広大だ。

 そのほぼ中央の島を取り囲むように、五人の影が佇んでいる。


「サイクロプスは……戻ったようね。 

 基本のメンバーは勢揃いといったところかしら」


 駒沢京子がLEDランタンを掲げると、薄暗がりにヘルメットが浮かび上がる。


「吉祥寺研究所は、ご指示通り爆破しました。

 周辺は大きく陥没してしまいましたが、脱出路は完全に塞がれています。

 アンナユニットの脱出は不可能かと」


 サイクロプスが、感情のこもらない淡々とした口調で報告する。

 京子は、その報告に満足そうに頷いた。


「こちらも、桐沢と匂坂の抹殺に成功したわ。

 この、私の妹……優香がやってくれたのよ」


 そう言いながら、脇に立つ影の肩に両手をそっと載せる。

 

 優香は、どこかつまらなそうな表情を浮かべたまま、なすがままになっていた。



「でさぁ、駒沢ぁ。

 ソイツ、いきなり来て何なの?

 先輩に挨拶も出来ない系?」


 優香を親指で指しながら、黒いパーカーをまとった少女・ウィッチが憎々しげに呟く。

 

「この前の四人もそうだけどさぁ?

 新参の癖に態度デカいのばっかじゃない?

 ねえ、アンタの人選、どーなってんのよ」


 黒いフードの向こうから、睨みつけるような視線を飛ばす。

 だが優香は、そんなウィッチの態度を、鼻で笑いあしらう。


「ねえ、姉さん。

 この生意気なチビ、潰していい?」


「おやめなさい。

 あれでも、諜報活動にはそこそこ役立つの」


「ふぅ~ん、諜報 し か 役に立たないかぁ」


「そう言わないの。

 優秀なあなたに勝てる存在なんか、居るわけないんだから」


「ま、それもそうか」


 優香は、後ろ頭で手を組み、背伸びをしながらあざ笑う。

 その態度に、いつもの短気が爆発する。


「こ、コイツ! ふざけやがってぇ!!」


 両手をクワッと開き、優香に向ける。

 いつもの、怒り心頭に発した時の彼女の動作だ。


 だが、その動きが、唐突に止まる。


 ウィッチだけではない。

 京子も、優香も、サイクロプスも。

 そして、先程から黙って座っているトレインとデリュージョンリングも、動きを止めて表情を強張らせた。





「ほぉ、これはまた、随分と閉鎖的な場所だな!」





 暗黒の闇の中から、突如、男の声が響く。

 京子をはじめ、全員が一斉に身構えた。


「工場の時も思ったが。

 お前達は本当に、居心地の悪そうな場所ばかり好むのだな」


「誰?!」


 京子が、暗闇に向かって怒鳴る。

 だが、返って来たのはかすかな含み笑いと、足音だけだ。


 足音が、徐々に接近する。

 京子の前に立ち塞がるように、優香と三人の影は、対峙するように前に出た。

 だが――


「仮にも女なのだから、せめてもう少し明るい場所を選んだらどうだ?」


 そう言うと、男はパチンと指を鳴らす。

 と同時に、廃墟の中が突然明るくなった。


「えっ?!」


「ライトが……点いた?」


「どうして?! ここ、通電してない筈なのに?」


 サイクロプスとウィッチ、優香が驚きの声を上げる。


 その一瞬の隙を突き、男は、優香の目の前に瞬間移動した。


「?!」


「お前か? 俺の“処刑人”というのは」


「お、お前……」


「なるほど、なかなかに生意気そうな面構えだな。

 気に入った」


「ぐっ?!」


 男は、いきなり優香の顎を掴み上げる。


「コイツ、離せ!」


 身を捻り手を振り払うと、優香は男に殴りかかる。

 だがそのパンチは、突然浮かび上がった漆黒のマントによって遮られた。


 ハラリとたなびいたマントの向こうには、誰もいない。


「えっ?!」


「フン、結構な活きの良さだ」


 男は不敵に笑いながら、いつの間にか部屋の反対側の壁に寄りかかっていた。

 ウィッチとサイクロプス、そしてトレインとデリュージョンリングを見回し、つまらなそうな溜息を吐く。


「不思議なものだな。

 XENOになってみると、お前達のあらゆる情報が、自然に頭の中に入ってくる。

 各々の能力や、知識、記憶の一部が。

 ――なるほど、XENOはこうやって、情報の共有を図っているのか」


「あなた……もしかして、XENOVIAになったの?

 ――桐沢大きりさわ だい


 京子が、恐る恐る尋ねる。

 男・桐沢は、笑いながら大きく頷いた。


「その通りだ。

 吉祥寺の……否、お前達の罠に嵌められた結果だがな」


「ふぅん、それでお礼参りに来たってこと?」


 顎の辺りを手で拭いながら、優香が京子の前に立つ。

 殺気のこもった視線を真っ向から受けながらも、桐沢は全く恐れることなく、むしろ余裕綽々な態度だ。


「なるほど。それも興があって良いな」


 桐沢は、不敵な笑顔を浮かべ、XENOVIA達を改めて見回す。


「それよりもだ!

 俺は、お前達に伝えることがあって、ここに来た。

 心して聞くが良い」


 突然、マントを翻しながら叫ぶ。

 大きな声が、がらんとしたオフィス内に響き渡る。

 だがその物言いと態度が、ウィッチの逆鱗に触れたようだ。


「はぁ?! 

 桐沢って、この前私らに捕まってブルってた奴だろ?

 何様だお前? XENOVIAになったからって、何を偉そうに――」


 手の中に火球を生み出し、今にも投げ付けようと構える。

 だが桐沢は、そんなウィッチに向かって、逆手に向けた右手をチョイチョイと動かした。

 

「火の玉を投げ付けるしか能のないXENOVIA、ウィッチか。

 いいだろう、やってみろ」


「コイツ! 調子に乗るなぁ!!」


 完全に挑発に乗ったウィッチは、手の中の火球を桐沢に投げ付けた。

 周りの制止の声も、頭に血が上った彼女には届かない。


 桐沢は、いきなりその場にしゃがみ込み、床を手でバン! と叩いた。

 すると――


「なっ?!」


 桐沢の手前に、突如、高さ二メートル程の大きな黒い壁が飛び出した。

 まるで鋼のような光沢を帯びたその壁は、ウィッチの火球を弾き、霧散させる。

 予想外の状況に、皆が呆気に取られている間に。


「こんな小細工に、まんまと引っかかるようではな」


「?!」


 ガシッ、とウィッチの後頭部を鷲掴みにする。

 桐沢は、一瞬のうちに背後に回りこんでいた。


「ぐ……こ、コイツ?!」


「丁度いい。

 お前には、俺のかませになってもらおう」


「な、にぃ……ぐ、ぐわあぁぁっ?!」


 大きく目を開き、眉間に大きな皺を寄せるウィッチを冷たい目で見つめ、桐沢はそのまま、彼女を片手で軽々と持ち上げる。

 脚をじたばたさせるも、それは一切反撃にならない。


「どうした? 助けてやらんのか?

 お前達の仲間だろう?」


「……」


 サイクロプスも、トレインも、優香も、そして京子も、誰も動こうとも、制止しようともしない。

 そんな彼女達の態度に、ウィッチは、憎悪に満ちた表情を向けた。


「お、お前らぁぁぁぁ!!!」


 地獄の底から響くような声と共に、突如、ウィッチの身体が膨らみ始める。

 バン、と大きな音を立て、下半身が膨れ上がる。

 だが桐沢は、そんな彼女の変身メタモルフォーゼを目の当たりにしながらも、一切表情を崩さない。

 それどころか、益々表情に殺気を込める。


「フン」


「ギ……ィィ……!!」


 ブシュッ、という音が響き、ウィッチの頭が爆ぜる。

 次の瞬間、桐沢は下顎だけになった彼女の口腔内に腕を突っ込み、そのまま――


「う?! う、うぐぐぐぐぐぐぐぐ……!!」


「丁度腹が減っていたのでな。

 気は進まないが、お前で間に合わせるとしよう」


「……!! ……!!」


 首から下だけになったウィッチが、じたばたともがく。

 気道を完全に塞がれたせいか、悲鳴すら上げられない。

 桐沢は、そんな彼女の肥大化しかけた身体を、軽々とねじ伏せた。


「な!」


「ウィッチ……」


「共食い?!」


 やがてウィッチは動きを止め、だらんと手足を垂らす。

 その身体も、やがてぼこぼこと音を立てながら収縮を繰り返し、次第に萎んでいく。

 ものの数分もしないうちに、ウィッチは黒のパーカーだけを残し、桐沢に全て吸収されてしまった。


「フン。

 なんだ、思ったよりも色々な力を持っているじゃないか、この小娘」


「桐沢……あなた、なんてことを」


 震える声で呼びかける京子に、桐沢は、チッチッと舌を鳴らす。


「キリエ、だ」


「は?」


「俺はもう、桐沢大ではない!

 生まれ変わった俺の新しい名前は、“キリエ”だ!」


「キリ……エ?」


「ああ、そうだ!

 そして今日から、俺がお前達を束ねる!」


「なんですって?」


 今度は、チャイナドレスをまとったデリュージョンリングが立ち上がる。

 彼女の訝しげな目線を無視し、桐沢――キリエは、床に落ちた黒いパーカーを拾い上げた。


「俺の力は、お前達にとって必要な筈だ。

 いや、お前達だけじゃない。

 XENOVIA全体にとって、最重要となるだろう」


「何が、言いたいの?」


「俺の能力の一端を、お見せしよう」


 そう言うと、キリエは、黒パーカーを片手に巻き取り、二回ほど宙で振る。

 すると、パーカーはみるみる小さくなり、やがて彼の手の中に納まるくらいのサイズになった。


「忘れ物は、これだったな」


 キリエは、手の中のものを京子に投げ付ける。

 咄嗟に受け止めた京子は、それを見て、思わず目を見開いた。


 ――それは、木更津の廃工場内で紛失した、自身の眼鏡だった。


「わかったか、俺の力が。

 超生産能力、とでも言っておこうか。

 俺は、材料さえあれば、どんなものでも生み出せるのだ!」


 キリエは再びマントを翻すと、驚愕して凍りつく京子を見つめ、心底愉快そうに笑った。


「吉祥寺に仕える、愚かなXENOVIA達よ!

 俺は、お前達が真に求めるものを与えることも、叶えることも出来る!

 ――俺の軍門にくだれ!」


 フワリとジャンプし、何故か机の上に立ったキリエは、自分を見上げる五人を見下ろし、満足そうに微笑む。

 そんな彼に対し、優香が一歩前に出た。


 

「ねえ、アンタ。

 本当に、なんでも作れる能力を持ってるの?」


「その通りだ」


「じゃあ、アレ、作れる?」


「アレとは?」


「アンタを殺した奴」


「俺を殺した、だと?」


 優香は、ゆっくりと腕組みをすると、上目遣いでにやりと微笑んだ。


「――アンナユニットって奴なんだけどね」


「俺を殺したシロモノを、俺に作れと?」


「そうよ。そのくらいできるんでしょ?

 それだけ大層な口を聞くからにはさ」


「優香……!」


 不安げな顔つきの京子を無視し、優香は、薄ら笑いを浮かべながら見つめる。

 そんな彼女の頭を乱暴に掴み揚げると、キリエは、口許を大きく歪め微笑んだ。


「面白い。

 その挑発、乗ってやろうではないか」


「期待するわよ」


 まるで今にもキスをしそうなくらい、互いの顔を近づけ、視線を絡め合う。

 凄まじいまでの殺気を纏わせながら。






 地下迷宮ダンジョンに、アンナミスティックからの通信が入ったのは、もうすっかり暗くなってからだった。

 すすり泣きと共に入った報告によると、彼女はアンナブレイザーを保護しながら、周囲の様子を窺いつつ帰還行動を取ることにしたらしい。

 ゴーゴンと闘った新宿中央公園周辺は、今はそうする必要が生じる程、大勢の人々でごった返しているらしい。


 勇次は、出来るだけなだめるような口調で、呼びかけた。


「よく頑張った。

 とにかく、気をつけて戻って来い」


『グス……はぁい』


「ブレイザーは、まだ意識が戻らないのか?」


『うん……それどころか、元に戻らないのぉ。

 こんな変な形になっちゃってぇ……ふえぇ……』


「これが、ブレイザーだと?」


 ミスティックから送信された画像を見て、勇次をはじめとする地下迷宮ダンジョンのスタッフ達は、全員言葉を失った。


 そこに映っていたのは、石川ありさの外観をトレースしたあの姿ではなく、全く別の形になったアンナブレイザーだった。

 全身グレー一色に染まり、全身が薄手の装甲で包まれたような、マネキンを連想させる姿。

 頭部には一体式のマスクのような物を被り、黒いゴーグル状の眼と、エメラルドグリーンのマーカーが目立つ。

 そのマーカーがなければ、それがアンナユニットであると認知出来ないだろう。

 そのくらい、アンナブレイザーの姿は変貌していた。


「勇次さん、これ、どゆ事っすか?」


 今川が、滅多に見せない真剣な表情で呟く。

 アンナブレイザーは、今川がプロデュースしたような存在のためか、相当気になる様子だ。

 しかし、勇次も的確な回答を示せはしない。


「これはどうやら、アンナユニットのスキャンを実行する必要がありそうだな」


 ボソリと呟いた勇次の言葉に、ティノが反応する。


「そうだよ、だから前から言ってるじゃん!

 あの娘達、一度実装状態で検査した方がいいって!」


「うむ……地下迷宮ダンジョンにある時は、常に実装解除状態だったからな」


「ウソつけ!

 ユージの事だから、女の子の身体をスキャンするような真似など出来るか! って思ってたんでしょ!」


 ティノの的を射た指摘に、勇次が一瞬硬直する。

 だが、それに気の利いた返しが出来るような精神状況ではなかった。


『勇次さぁん、メグ、帰るね?

 お兄ちゃん、そっちにいる?』


 寂しそうな口調で、ミスティックが尋ねる。


「生憎だが、あいつはまだこっちには来ていない。

 お前が帰還する旨、伝えておこう」


『うん……わかった。

 じゃあね』


 通信が切れる。

 いつものような元気が全くなかったことから、相当なショックを受けているだろう事が窺い知れる。

 今川は、更に表情を引き締めつつ、語り出す。


「今回は、オレ達の負けっすか」


「うむ、そうだ」


「完っ全に、手玉に取られたよね!

 あ~もう、どうすんのよこれからぁ!」


「まずは事態の収拾っすね。

 ヤバいですよ、アンナユニット同士の闘いなんて想定外だったし、ましてこんなに被害が拡がるなんて思いもしなかったし」


「ミキだって、これからどうやって回収すんの?!

 サポートビークルだって、まだ試作段階だってのにさぁ!」


「ビジョンとオーディック、早く完成させないと、っすね」


 ――そう、アンナパラディンだけは、他のメンバーと孤立した状態で機能停止している為、こちらで回収してやらない限り、搭乗者の未来を助けられない。

 その事を改めて思い返し、勇次は、額の汗を白衣の袖で拭う。


「アンナローグも、ウィザードも、それにチェイサーもテレポートで当面戻れない。

 ミスティックは、ブレイザーを抱えて帰還中。

 もうこれ、完全に詰んでんじゃないっスか!」


「ユージ、そもそも、未来の状態はどうなの?! こっちで調べられないの?」


「アンナパラディンの機能が停止している以上、もはや、生命維持装置に期待をかけるしかない」


「なんつう……」


 三人の言葉が途切れる。

 しばらくの沈黙の後、オペレーターの一人が、突然誰かと会話を始めた。


「蛭田リーダー! 通信です!」


「誰からだ?」


「特捜班の、鷹風さんです!」


「……玉川、繋いでくれ」


「はい」


 玉川と呼ばれたオペレーターが、通信をコネクトする。

 雑音と共に、男の声がすぐに聞こえて来た。


『勇次。

 アンナパラディンの回収のことなら、俺達に任せろ』


「鷹風ナオト……聞いていたのか? 俺達の話を」


『ああ』


「今、何処に居る?」


『現場の近くだ』


「なんだと?」


『俺自身は問題ない。

 アンナパラディンのおおまかな位置は補足している。

 チェイサーが帰還次第、新宿に向かわせる』


「だがそれでは、お前達の負荷が」


『構わん。

 それより、”ディフェンドモード”のブレイザーを開放してやれ』


「ディ……なんだって?」


『ディフェンドモード。

 搭乗者の生命を護る為の特殊形態だ。

 そちらでシステムアジャストをかければ、元に戻り実装解除が可能になる』


「う、うむ、わかった」


『とにかく、こちらは任せろ。

 必ず任務は遂行する』


 静かな口調で、それでいてはっきりと、意志を伝える。

 そんな彼の態度に、勇次は逆に不安を覚えた。


「待て鷹風!

 お前は、今どういう状況なんだ?

 こちらに合流出来そうか?」


『今は困難だ』


「どういうことだ?

 もしかして、お前も巻き込まれ――」


『任務に失敗した結果だ、気にするな』


「任務?」


『動けるようになったら行動開始する。

 チェイサーとの連携もこちらで行う。

 以上だ』


「オイ待て、鷹風!

 ――くそ、ダメか」


 通信は一方的に切られたようで、もう何も聞こえない。

 勇次は、困惑の表情で、今川とティノの方を見つめた。


「鷹風さん、いったいどうなってんすか?

 失敗した任務って、何ですかね?」


「あいつ、新宿にいるんだよね? 

 じゃあ、もしかして……」


「ああ、恐らくそういう事かもな。

 とはいえ、今の我々には助け出すことも出来ん。

 こうなったら、奴の機転に任せるしかない」


「歯痒いね……何も出来ないってのは」


「んなこたぁないっすよ、ティノさん!

 今は、テレポートの受け入れに注力ってとこっすね!」


「ああ、頼むぞ今川、ティノ。

 彼女達が戻れば、まだ何とかなるかもしれん」


「任せな! 絶対に安全に帰還させてあげっからね!」


 こんな絶望的な状況でも、気丈に振舞う二人に、密かな感謝の念を送る。

 勇次は、改めてコーヒーを淹れる準備を始めると、自分の端末に向き直った。



“ここからは――より過酷な闘いになるだろう。

 京子がXENOVIA側に居る以上、必ず“SAVE.”の殲滅を企てる筈だ。

 その前提で対策を講じなくては、アンナセイヴァーだけじゃない、我々も、この地下迷宮ダンジョン自体も危機に晒されてしまうだろう。

 対策が、必要だ”


 勇次は、憂鬱な表情で、遥か彼方の天井を見上げる。


 アンナローグ達が、テレポートによる帰還を完了したのは、それから二時間程後のことだった。


 



 過去にないほど大規模な西新宿の被害に対し、警察は早急な対策を講じ、特に被害が甚大な東通りから甲州街道にかけてのエリアを全面封鎖。

 救助隊の救助活動の妨げにならないようにと、まずは京王プラザホテル前からの現場検証を開始していた。

 無論、そこには司と島浦をはじめとした、捜査本部の猛者達も幾人か立ち会っていた。

 時間は、まもなく夜十時になろうとしている。


「しかし、何もこんな時間に現場検証しなくってもなぁ」


 島浦のぼやきに、司が首をコキコキ言わせながら返す。


「どうやら、表向きの正式な現場検証は明日らしいぞ」


「どういうことだ?」


「さっき別の署の知り合いから聞いた話なんだが。

 あのコスプレ集団に対して、警戒態勢を敷くことになるようだ。

 まあ、言ってしまえば、テロ認定するって腹なのだろうな」


「うぉ、やっぱりそうなってしまうのか」


「俺の方が先に知っててどうすんだ、島浦」


「す、すまん。色々忙しくてな。

 しかし、ということは、この現場検証は――」


「ああ、場所が場所だからな。

 更なる最悪の事態を想定して、彼女達の武装やら何やらを早めに分析して、対策を練りたいって腹なのかもしれん」


 そう言いながら、司は上空を親指で指し示す。

 その先には、西新宿最大であり、最重要の機能を有する巨大な建造物のシルエットがあった。


 島浦が、唸るような声を立てる。


「――公安が、動くか」


「もはや、そうならない方が不自然な流れだからな」


 島浦に相槌を打ちながらも、司の胸中は不安で一杯だった。

 脳裏に、井村邸の地下で出会った面々の顔が浮かぶ。




『そういえば、おじさんとご挨拶してなかったよね?』


『今はこんな姿で失礼いたします。

 アンナウィザードと申します』


『えっち』


『そんな事、今更言われるまでもねぇ!

 俺達はな、そんな事、承知の上で闘って来たんだ!』



『あの、私、その……ど、泥棒さんじゃないですからね?』




(彼女達が、テロリストだとは思えない。

 どうしても――だが、であれば、ここで闘っていた連中というのは?)


 いささか頭が混乱して来たが、司は軽く頭を振り、首の後ろをポリポリと掻いた。


(公安が動くとなると、“SAVE.”の連中も、炙り出されるのは時間の問題だ。

 さて、俺はどう動くべきか)


 様々な雑念に苛まれつつも、司は島浦と共に、暗い中で現場検証に立会い続ける。

 路面にポッカリ空いた大穴を見て、どうやらかなりの時間を必要とするだろう事を察する。

 破壊された歩道を、足下に気をつけながら歩いていると、突然、島浦の携帯が鳴り出した。


「はい、どうした?」


『島浦課長、ちょっと来て戴きたいのですが』


 部下の若い警官からの連絡らしい。

 興奮しているのか声が大きい為、司にもはっきりと聞き取れてしまう。

 

「何かあったのか?」


『はい、エイ・エクシステーリホテルの中から、奇妙なものが発見されまして』


「奇妙な物?」


『来て頂けませんか? 少し遠いですが』


「こうなったら、行かん訳にはいかんだろ」


 通話を切ると、「聞いただろ?」といわんがばかりのアイコンタクトを仕掛けてくる。

 司は、無言で肩をすぼめた。


 二人は、歩き難いでこぼこした歩道を進み、甲州街道の交差点まで急いだ。





 無数のスポットライトに照らされ、まるで昼間のように明るくなっている一角に、救助隊の隊員と警察官達が集まっている。

 島浦と司は、先程電話してきた警官に誘導され、彼らの中に紛れ込んだ。


「な、なんだあれは?!」


「人形? なのか?」


 数メートル先に、何か奇妙なものが置かれている。

 二人は、クレーンで引き揚げられたばかりと思われる、人型の物体に見入った。

 先程、救急隊員が瓦礫の中から発見したものである。


「あんなもの、どこにあったんだ?」


 島浦の質問に、若い警官が答える。


「それが、ホテルの瓦礫の中から出て来たんだそうです。

 えらく重たいみたいで、中型のクレーン車でようやく引っ張り出せたみたいなんです」


「おいおい、クレーンって」


「あれは、まさか……」

 

 司はふと、以前聞いた話を思い出した。




『あんた、あの子がふらついたとしても、支えたりしちゃダメだぜ』


『どうしてだ?』


『両腕が、間違いなく折れる』


『意味がわからんが』


『あの子、ああ見えても乗用車二台分くらいの重量があるからな。

 支えようなんてしたら、ペシャンコだぜ』




 以前、井村邸潜入直後に、北条凱に言われた言葉を思い返す。


(まさか……あれも、アンナユニットだというのか?!)


 アンナローグも、見た目こそ違えどありえないくらいの超重量だった。

 共通点は、ある。

 しかし、あまりに外観が似ていないこともあり、司は非常に戸惑った。

 態度にこそ、表しはしなかったが。


「司、もしかしてアレが、このホテルを破壊した――」


「恐らくな」


 二人が顔を見合わせているその最中、突然、周囲が騒がしくなった。


「おい、なんだあれは?」


「人が落ちてくるぞ?!」


「女? 飛んでる?!」


 周囲の者達が、上空を見上げながらしきりに声を上げている。

 彼らの指差す方向を見ると、周囲の明かりに照らし出された“人間らしきもの”が、ふわりと舞い降りて来るのが見えた。


 司は、その姿に、強烈な見覚えがあった。



 ピンク色の髪。

 長くたなびくリボン。

 そして、ピンク色のメイド服。



 ほんのりと光を放ちながら、まるで天使のように優雅に降り立つ。

 どこかせつなそうな表情を浮かべ、取り囲む人々を見つめている。


(アンナローグ? 何故ここに?!)


 想定外の状況に、さすがのポーカーフェイスも崩れる。

 横では、何故か島浦が興奮した声を上げていた。


「おおお、おい、おい!

 あれか? あれが謎のコスプレ集団か?!」


「落ち着け島浦!」


「さ、サイン貰ってきてくれないか、司!」


「おま、そこか?!」


 年甲斐もなく顔を赤らめている島浦に軽蔑の眼差しを向けると、司は人混みを掻き分け、前に出た。


 アンナローグと、目が合う。


「あ……」


「……」


 一瞬、二人の間に、奇妙な静寂が訪れる。

 だがそれは、誰かの叫び声で唐突に打ち切られた。


「あ、オイ! 見ろ!」


「あれ? どこ行った?!」


 周囲の隊員や警官達が、騒ぎ出す。

 彼らが指差す方向を見ると、いつの間にか、あのグレーの人形が姿を消していた。

 唖然として眺めていると、今度は、アンナローグの方に変化が現われた。

 彼女の姿が、徐々に薄ぼけていく。


「なん…だ? あれは」


「き、消えるのか? 消えちゃうのか、おい!」


 否、消えたわけではない。

 今までは、僅かに全身が発光しているような状態だったのに、それが消失したのだ。

 加えて、全体的に色彩が薄まり、風景に溶け込んでいるような錯覚を受ける。

 とにかく、何かの機能で視覚を混乱させているらしいということは、司にも理解出来た。


 そして、次の瞬間――


「あっ!」


「飛んだ?!」


 大勢の目の前で、アンナローグはふわりと浮き上がると、突如猛加速し、夜の空へ消えていった。


 その場に残った者達は、まるで狐に摘まれたような感覚で、その場に呆然と立ち尽くしている。

 まるで、集団幻覚でも見たかのような状況。

 しかし、先程のグレーの人形のようなものが消えているのは、紛れもない事実だった。


「つ、司! これはいったい、どういうことなんだ?!」


「わからん……俺にも、何がなんだか」


「お前なら、あいつらのことが何かわかるんじゃないのか?」


「そのつもりでいたんだが……」


 しばらくの間を置いて、司は理解した。

 恐らく、アンナローグは現場の者達の目を引く為に現われた、いわば陽動。

 実はアンナチェイサーもおり、そちらが隙を見て、あの人形を回収したのだろう。

 アンナチェイサーのステルス機能については、井村邸地下の研究施設で直に見て、記憶に新しい。

 

(今度は、してやられたか)


 司は、諦めの溜息を吐き出し、先程までグレーの人形のあった場所を見つめる。

 しかしこれで、あの人形も、“SAVE.”に関係するものであった事がハッキリした。


(これはもう一度、彼女らとコンタクトを取らなければならんな)


 どこか離れたところで、バイクのエンジン音と、走り去るエキゾースト音が鳴り響く。

 しかし、今の司達には、そんな事を気にしている余裕はなかった。



 名残惜しそうに空を眺めている島浦の右ほっぺに、司は軽くペチンと裏しっぺを当てた。






『マスター、そろそろ戻らないと、皆様が不審がります』


 ナイトシェイドの声が、静かに囁く。

 しかし、運転席に座ったままの凱は、言葉を返そうともしない。


 既に何度目になるかわからない、とある動画を見つめながら、酷く深刻な顔をしている。

 否、それだけではない。

 うっすらと、目に涙すら浮かべている。


『マスター』


「わかっている……わかっている。

 だが、今は……戻れん」


『AVアークプレイスに、直接戻られますか?

 報告は、こちらで適当に行っておきますが』


「ああ、すまん。

 頼む」


『承知いたしました。

 発進しますので、シートベルトをお願いいたします』


「……」


 その言葉にハッとして、凱は、ようやく動画再生を終えた。




 ナイトシェイドのフロントウィンドウに投影されていた動画映像。

 それは、約一年前に凱自身が放った、ウィザードアイの記録したものだった。


 井村邸焼失時、奥深くに潜入し「大樹」に長い間捕らわれていたものの、解放されたのだ。

 AIによる独自判断で、広大な地下空間を飛翔していたウィザードアイは、膨大な映像資料を蓄えていた。


 だが、その中には、あまりにも衝撃の大き過ぎる内容がありすぎた。

 凱の精神の許容量を、越えてしまうほどのものが。



『もうすぐ、東京に入ります。

 帰還まで、おおよそ二十分』


 ナイトシェイドのナビが、物思いに耽る凱の意識を現実に引き戻す。


「ナイトシェイド、地下迷宮ダンジョンのメインシステムに、情報を登録してくれ」


『承知しました。

 どのような情報でしょうか』


「――元町夢乃のことだ」


『夢乃様について、どのような情報更新を?』


 ナイトシェイドの質問に、凱は、何かを堪えるような声で、囁いた。




「“SAVE.”諜報班・元町夢乃は、死亡した。

 リーダーの俺が、目視で確認したと報告してくれ」



 その言葉を唱えた後、凱は、右腕で目を覆った。








 【XENO編】  完





第四章完結です。

ここまでお付き合い戴きまして、本当にありがとうございました。


次回からは、ショートエピソード(ギャグ編含む)を数本挟み、第五章に移行する予定です。

引き続き、お付き合いの程よろしくお願いいたします。

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