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美神戦隊アンナセイヴァー  作者: 敷金
第4章 XENO編
160/226

●第79話 【敗北】

今週末は外出する為、少し早めに更新しました。



「おのれぇ、京子ぉ!! よくもやってくれたな!!」


 初めて見るような、怒りの感情を抑え切れない勇次の姿。

 その激しい怒号は地下迷宮ダンジョン内に響き渡り、離れた場所に居たティノや今川すらも驚かせた。


「“ソニックキャノン”を使う気だ!

 新宿が――壊滅するぞ!」






 美神戦隊アンナセイヴァー


 第79話【敗北】

 





“Deployed super-vibration devices and started generating echo membranes.

The effect range settings are no longer restricted.

Open the limiter and start filling the voice discharger.

Ejection target, 500 meters ahead.


SONIC-CANON Ready.

10 seconds before launch.”




 身体を僅かに浮かび上がらせ、脚を閉じ、両腕を大きく開く。

 やがて周辺の空気が振動し、街路樹や路面に散らばるアスファルトの破片が激しく揺れ始める。

 アンナソニックの身体は発光し、全体の色が明るくなる。


 その途端、変化が生じ始めた。


 アンナソニックを中心とした半径約百メートル程の範囲は、まるでそこだけ台風が発生したみたいに荒れ始め、大気の渦巻く様が目に見える。



 

“3…2…1…zero.

 SONIC-CANON, Shoot.”




 Rah――――――――――



 アンナソニックの、透明感のある美しい歌声がどんどんオクターブを上げて行き、やがて人間の耳では捉えられない領域に達する。

 彼女の目がカッと開かれた次の瞬間、彼女の前方の景色が、大きく歪み出した。


 現場の周辺、東通り沿いの建物内に避難していた、ほぼ全ての人々の耳に、パン! という短い音が聞こえ、不自然な静寂が訪れる。


 鼓膜が、破られたのだ。


 次の瞬間、道路が、歩道が、街路樹が、街灯が、皆一斉に崩れ出した。


 ビルの窓ガラスは粉々に割れ砕け、中に居る人々に襲い掛かる。

 コンクリートの壁はひび割れ、砕け、崩れ出す。

 歩道の脇の金属製の手すりは大きくひん曲がり、路上に停車していた車は全てのウィンドウが破壊され、次の瞬間ゴロゴロと転がり始める。

 避難していた人々の悲鳴や断末魔は、猛烈な破壊音にかき消され、外に響く事はない。


 やがて“目に見えない力による破壊”は、交差点のアスファルトを剥ぎ取り、ビルの壁を圧し潰し、内部の鉄骨すらも折り曲げる。

 信号機は原型を留めない程に破壊され、あらゆる設置物は次々になぎ倒されていく。


 まだ、破壊は終わらない。


 吹き飛ばされたアンナパラディンにも、衝撃波は容赦なく襲い掛かる。

 轟音そのものが、そのままぶつかってくる。


「……!! …………!!!!」


 彼女の叫びは、もはや何処にも届かない。

 “聞こえない”音の洪水に押し流され、やがてアンナパラディンの身体は、瓦礫と共に、またも遥か彼方へと吹き飛ばされてしまった。

 まるで、大型台風の直撃に巻き込まれてしまったかのように。


「か……はっ……」


 コンクリートの分厚い壁を突き破り、アンナパラディンは、とある大きな建物の中に突っ込む。

 そして、機能を、停止した。






 時間は、多少前後する。



「そうだ、思い出したぞ!

 お前は確か、千葉の工場で――」


「黙っていろ」


「は、はい!」


 男の運転するバイクは、甲州街道へ出て十二社通り方面へ向かおうとする。

 

 だがその途中で、アンナパラディンとソニックが戦闘を繰り広げている、東通りに面した交差点を通過する必要があった。


 男――鷹風ナオトは、ヘルメットを被るとバイザーを降ろす。

 すると、バイザーの裏側はまるでマウントディスプレイのように、様々な情報表示を映し出す。

 グリップを握り、アクセルを軽く回すと、それに連動して黒いバイクの各部が動き出す。


「行くぞ、掴まれ」


「わ、わかった!」


 後ろに桐沢を乗せ、ナオトは、黒いバイクを発進させる。

 と同時に、バイザー裏のモニタに、何かアラートが表示された。


「まずい、ここは――」


 だが、一瞬遅かった。


 二人の乗ったバイクが東通りを横切ろうとしたその瞬間、凄まじい衝撃波が襲い掛かり、直撃した。


「が――」


 黒いバイクはなぎ倒され、一瞬で吹っ飛ばされる。

 そして桐沢は――ナオトの身体から引き剥がされ、あっという間に見えなくなってしまった。


「桐沢っ!!

 くそっ!!」


 かろうじてハンドルを握っていたナオトは、バイクにしがみつきながら、必死の表情で叫ぶ。


「ドルージュ! シールドオン!!」


『了解』


 ヘルメットの中に、女性のナビゲートボイスが響く。

 次の瞬間、黒いバイクは様々な方向から装甲板を伸ばし、ナオトを包み込むように全体を覆い尽くす。

 だが、バイクは他の車数台と共に、南南西方向へと飛ばされてしまった。


「ぐっ!!」


 新宿文化クイントビルまで吹き飛ばされたバイクの中で、ナオトは激しく頭を強く打ってしまった。


(やはり……阻止は……出来なかったか……)


 ヘルメット越しなので大怪我こそ避けられたものの、あまりに強い衝撃を受け、ナオトの意識は徐々に遠ざかって行った。

 

(このままでは……最悪の魔物が……生ま……)




 


 東通りを南に向かって突き抜けた衝撃波は並大抵のものではなく、一瞬のうちに、東通りと甲州街道が接する交差点周辺を、完膚なき程に破壊し尽くした。


 その破壊された範囲内には、桐沢や匂坂が宿泊していたホテルも含まれる。


 東通り周辺は、巨大な物体に抉り取られたような状態だが、そのホテルだけは衝撃波の直撃を受け、下階層部分を丸々潰されたような形となった。



 崩壊が、始まる。



 桐沢が先程まで、吉祥寺と対峙していたあのホテルは、達磨落としのように崩れ出し、ものの数十秒程で、完全に崩壊した。

 猛烈な粉塵が巻き起こり、周辺の視界は完全に封じられる。

 人々の阿鼻叫喚の声が、崩壊の轟音に混じって響き渡る。

 だがそれも、徐々に、聞こえなくなった。


 アンナソニックの、たった一回の攻撃で、西新宿の一角は、まるで戦争でも起きたかのような壊滅的状況に追い込まれてしまった。


 だが同じ頃、アンナソニック自身にも変化が起きていた。




(あれ?)


 ソニックキャノンが、唐突に止まる。

 モードが勝手に切り替わり、アンナソニックの身体が通常に戻る。

 

「止まった? なんで?!」


 ふわりと着陸したソニックの視界に、何かメッセージが表示された。




“Energy remaining, 5%.

There is about 3 minute left in the operating limit.

Please cancel the implementation and replenish your energy immediately.”




「え、エネルギー切れぇ?! はぁ?

 なんでよ! まだ稼動時間は沢山残ってる筈でしょうがぁ!!」


 アンナソニックの視界内にアラートが表示され、燃料残量を示すゲージが点滅している。

 戸惑っていると、突然通信が飛び込んできた。


『優香、すぐに戻りなさい。

 今ならまだ間に合うわ』


「姉さん! 稼動時間は、まだ充分ある筈でしょ?!

 どうしてよぉ!!」


『恐らく、未来のせいだわ』


「はぁ?! アイツ? なんで?!」


『迂闊だったわ。

 あなた、未来の策略に嵌められたのよ』


「はぁっ?! 何それ?」


『あの子、わざと戦闘フィールドを大きく展開して、空中戦を仕掛けたりして、アンナソニックのエネルギー消耗を狙っていたようね』


「な、なんでよ! なんでそんな事がアイツに?!」


 戸惑うアンナソニックをなだめるように、女性の声――駒沢京子は言葉を続ける。


『アンナソニックには、グレイスリングが搭載されていない。

 それに気付いたのかもしれない』


「な……」


『無限エナジージェネレーターの“グレイスリング”は、確かに私達の手元にはないわ。

 だから、あいつらのように無尽蔵にエネルギーを使うことは出来ない。

 それを知っていた未来は、アンナソニックには稼働時間に限界があることを悟ったのよ。

 それでエネルギーを消耗するように、わざと大きく動いていたようね』


「あ、アイツ……」


『とにかく、一旦アジトへ戻りなさい。

 大丈夫、すぐにチャージしてあげるからね、安心して優香』


「うう……くそっ!

 で、任務は――当初の目的は、遂行出来た?!」


 アンナソニックは、悔しそうに顔を上げ、ボロボロになった東通りの遥か彼方を見つめる。


『目標のホテルは、完全に崩壊しているわ。

 充分よ、あれなら桐沢が生き残ることは、絶対にない』


「チッ、悔しいけど、それだけでもまだマシかぁ」


 納得の行かない表情で、アンナソニックは実装を解除する。

 周辺に光が飛び散り、再びゴスロリ姿の優香が現われる。

 右腕を摩りながら、再び崩壊した街を一瞥すると、優香は空気に溶け込むように、その姿を消した。




 完全に崩壊したホテルからは、後に甚大な人的被害が出たことが判明する。

 だがしかし、その瓦礫の中には、一体の――全身灰色のマネキン人形のような、謎の物体も埋もれていた。


 その額部分には、エメラルド色に輝く不思議な機械が取り付けられている。







 司は、自身の悪運の強さを、改めて実感した。


 桐沢の居るホテルへ向かおうとした際、XENO事件捜査本部のメンバーに見つかり、拘束され質問攻めに遭っていたのだ。

 捜査本部に属していながら、長時間単独行動を取っていたのだから、やむを得ないことではあるのだが。

 その為、彼らを煙に巻く為に、時間を無駄に費やしてしまった。


 はじめは己の不運に嘆いていた司だったが、その結果署を出るタイミングが遅れた為、ソニックキャノンに巻き込まれずに済んだ。



 西新宿の被害規模は、尋常ではなかった。

 まるで複数の戦車が暴れ回ったかのように、東通り及びその周辺は破壊し尽くされ、もはや立ち入る事すら危険な状態だという。

 先程も、現場を確認する為に新宿署から大勢の警官が出動していったが、情報が混迷しているのか、司の耳に届く内容はいずれも支離滅裂としか思えないものばかりだ。


 無論、桐沢や匂坂の状況も、わかろう筈がない。


「こりゃあ、当分車を出せそうにないな」


 駐車場から署内に戻るしかなくなった司は、不安げな気持ちを押さえ込み、窓の向こうで立ち上る煙を見つめていた。


「こんな所にいたのか、司!」


「島浦課長、どうされました」


「どうされました、じゃないだろう!

 今、とんでもない情報が飛び込んで来た」


 相当焦っているようで、島浦の顔は青ざめ、額には汗が浮かんでいる。

 長年の付き合いで、その言葉が嘘ではなく、更には本当に洒落にならない事態なのだと察する。


「何が起きた?」


「ああ、聞いて驚くなよ。

 ――桐沢達が滞在していたホテルが、爆撃された」


「な……?!」


「しかも、それだけじゃないぞ!

 爆撃したのは、戦闘機や戦車みたいな奴じゃない。

 あのコスプレ集団の一人だという話だ」


 その言葉に、司は思わず目を剥いた。


「情報源は?」


「SNSだ、既に動画が拡散されている」

 

「観てみよう」


 司は、スマホを取り出すと適当なワードで検索をかけてみる。

 該当と思われる動画とその関連投稿は、あっさり見つかった。

 どうやら、相当な勢いで拡散されているようだ。



 島浦の言う通り、路上では、紫色の髪と衣装をまとった女性が佇んでいる。

 そして次の瞬間、大きく画像が乱れた。

 短い時間ではあったが、確かに、あのコスプレ集団と良く似た人物が、何かをしている様子だった。


(紫……そんな娘、あのメンバーの中に居たかな)


「他にも色々あるんだが、どうやらコイツが何かを発射したようでな。

 この後、京王プラザホテルの前の路がボコボコに破壊されている映像もあった」


「その“何か”が、この位置からホテルを狙撃したとでも?」


「わからん……だが、この他にも色々動画が上げられていてな。

 とにかく、西新宿の一角は酷い有様のようだ」


「詳細は分析待ちだな。

 それより、桐沢と匂坂は」


 司の質問に、島浦は顔を伏せる。


「ホテルは、まるで爆破解体されたような状態だそうだ。

 無論、被害は甚大だ。

 うちの署の連中も、大勢巻き込まれた……正直、何ともいえん気分だ」


「……」


 思わず走り出そうとする司の腕を、島浦が掴む。

 それはまるで、次の行動を読んでいたようだった。


「落ち着け!

 まだ生存者が居る可能性もある。

 レスキュー隊が現場に向かっているらしいから、今は待つしかない!」


「うぬ……」


「今は、私達に出来ることは何かを、冷静に考えるべきだ。

 そうだろう? 司よ」


「……ああ」


 顔には出さないが、苦々しい気持ちと歯痒い思いが、司の心中で交錯する。


 桐沢と匂坂の無事を祈りながら、同時に助けに行く事も出来ない自身を呪いつつ、司は自分のデスクに腰掛けた。


 隣の高原の席は、未だ空いたままだった。






「アンナパラディンの状態は、どうだ?」


 勇次の、囁くような声が聞こえる。

 誰もが沈黙する中、一人のオペレーターが、寂しそうな口調で返す。


「沈黙……しています。

 反応、一切ありません」


「アンナミスティックと、ブレイザーは?」


「相変わらずです。

 こちらの呼びかけにも応答がありません」


「そうか、わかった」


 がっくりとうなだれるように、勇次は自席の椅子に座る。


 アンナパラディンは、大破の上に所在不明。

 アンナミスティックとブレイザーは、パワージグラットで異世界デュプリケイトエリアからまだ戻らない。

 アンナウィザード、ローグ、チェイサーの三人は、帰還まであと七時間以上を要する。


 このままでは、アンナパラディンの機体と未来自身を回収する手段がない。


「蛭田リーダー、衛星(シェイドIII)からの連絡です。

 アンナパラディンの位置は、98%の確率で、新宿エイ・エクシステーリホテルの敷地内に居ます」


 突然のオペレーターの報告に、勇次は反射的に立ち上がった。


「そうか、シェイドIII!

 玉川、パオと連携して、アンナパラディンの機体回収に適した策を検討してくれ。

 地下迷宮ダンジョン内のAIを使用して構わない」


「了解しました」

「ハイ、承知しました」


 玉川、包と呼ばれたオペレーターが、気合のこもった返事をする。

 その元気さと健気さが、少しだけ勇次の気力を引き上げる。


「恐らく、今後の鍵はミスティックとブレイザーになるだろう。

 だがもし、あの二人も、XENOにやられてしまっていたら――いや、考えまい。

 必ず、無事で戻ってくる」


 誰に言うでもなく、呟く。

 勇次は、絶望に満ちた顔で、遥か彼方の天井を見上げた。






 一方その頃、井村邸地下に閉じ込められた三人は、地下迷宮ダンジョンの受入態勢が整うまでの間、広大な地下空洞について再調査を行うことにした。

 既にアンナチェイサーが放ったテクニカルポッドにより、ほぼ全体の状況は把握済みではあった。


 しかし、あの「大樹」は発見されていない。


 まるで、忽然と姿を消してしまったかのようだ。


「そんな……いったい、何処へ消えてしまったのでしょう?!」 


 今にも泣き出しそうな顔で、アンナローグが呟く。


 いったいどのようにして生成されたのか、地下洞窟は非常に複雑な形状に枝分かれしており、まるで巨大な蟻の巣のようになっていた。

 その全ての末端まで、アンナチェイサーのモジュール「テクニカルポッド」は飛翔したが、大樹はおろかXENOも、他の生物も一切発見出来ず仕舞いだった。


 その結果に納得が行かず、アンナローグは自身の目で確かめに飛んだが、一時間も飛び回って、とうとう諦めたようだ。


「XENOは、テレポート能力を持っている」


 突然、アンナチェイサーがローグの背後で呟く。

 その言葉に、ウィザードと共に顔を上げる。


「それは、以前のネコマタの話でしょうか?」


 アンナウィザードの質問に、チェイサーは首を横に振る。


「いや、違う。

 XENOやXENOVIAは、全ての個体が瞬間移動の能力を持っている」


「ほ、本当ですか、それは?!」


 思わず声を上げるローグに、チェイサーは尚も続ける。


「思い当たることはあるだろう?

 あの神出鬼没ぶりは、擬態や高速移動などでは説明がつかないことだ。

 現にあの大樹ですら、この有様だからな。

 逃走するXENOを完全に追い詰めることは、今の我々には困難だ」


「そ、そんな」


「それでは、奥様は……」


 悲しげな顔になるローグの頬を、チェイサーがトンと指を当てる。


「あれは、井村依子ではない。

 惑わされるな」


「で、でも」


「あれは、XENOを生み出す最も危険な存在だ。

 現実を見ろ。

 井村依子では……お前の慕う存在では、ない」


「……そう、ですね」


「あいつは、いつか我々が追い詰め、排除せねばならないものだ。

 それ以外、考えるな」


「……」


 うなだれるアンナローグに心配そうな視線を向けながら、ウィザードが尋ねる。


「チェイサー、教えてください。

 私達は、これからどうすればいいのでしょう?」


「それは――」


 わざと視線を逸らすように俯き、腕組みをする。


「私にも、わからない。

 ただ、ここからの闘いは、今までよりも過酷になっていくだろう」


「過酷に……」


「少なくとも、これまでのような生活は、難しくなるな」


「……」


 その一言を最後に、三人の会話は途切れる。

 

 ベヒーモス“井村大玄”を倒しこそしたものの、吉祥寺研究所は再調査不能な状態に陥り、自分達は一歩間違えれば一生脱出出来ない状況に陥っていた。

 ここから出られたとしても、ここに隠されていた謎を知る事は、二度とない。


 言葉には出さずとも、三人は、強い敗北感に苛まれていた。



 地下迷宮ダンジョンから、テレポート使用許可の連絡が届いたのは、その数分後だった。



 




 ここは、西新宿。

 後の調査により、ソニックキャノンが発射された京王プラザホテルの正面を中心に、半径約270メートル範囲内が、特に甚大な被害を受けている事が判明した。


 範囲内の建造物は、倒壊こそ起こさなかったものの、窓ガラスや外壁の大規模破損が発生し、道路各所はまるでブルドーザーで掘り起こしたように滅茶苦茶になっている。


 街路樹は葉の殆どを落としており、中には真ん中からぼっきりと折れてしまったものもある。

 街灯は割れ、鉄柱は捻じ曲がり、路上に止めてあった車は当然として、地下駐車場に停車中の大半が破壊され、中には出火を伴ったものもある。


 その中でも特に、中心部から半径150メートル以内の惨状は凄まじく、もはや“戦地”の如き有様だ。


 建物の中はもはや原型を留めないほどに荒れ果てており、無論、人的被害も尋常ではない状況だ。

 鼓膜が破られただけならまだしも、崩れた瓦礫や割れた窓ガラスによるダメージで大怪我をした人が続出し、中には音響攻撃のショックで死亡した被害者も出た。


 ゴーゴン出現による避難が迅速に行われていたとはいえ、それでも被害人数は数千人規模と想定され、また被害圏内に都庁が含まれていたこともあり、西新宿はもはや、その機能をほぼ完全に失ってしまった。


 だが、一番の被害を被ったのは、ソニックキャノンのターゲットとなったホテルだ。

 東通りと甲州街道を結ぶ交差点に面した「新宿エイ・エクシステーリホテル」は、完全に崩壊している。


 そしてその中には、アンナパラディンも埋もれたままになっている。



 レスキュー隊が早急に派遣され、ホテルとその周辺の救助作業を開始したのが、事件後一時間以内。

 

 ホテル内及び、その周辺の施設、建物内に居た人々は、膨大な量の瓦礫の下敷きになっている。

 状況はかなり絶望的であったが、それでもレスキュー隊の面々は、必死になって救助活動を行い、一人でも多くの生存者を救い出そうと努力していた。



 だが、そんな時――


 ガラガラ、と音を立て、突然、瓦礫の一部が崩れ始めた。



「いかん! 退避しろ!」


 レスキュー隊のリーダーと思しき人物が、崩れ出した瓦礫の近くで作業をしていた隊員に呼びかける。

 幸い大した崩壊はなく、救助活動に支障を来す程ではなかったが、次の瞬間、彼らの目の前で信じ難いことが起こった。



 瓦礫の下から、人間の腕が出て来たのだ。


 しかも、それはがっしりと瓦礫の一部に捕まり、自身の身体を引き上げようとしているようだ。



「生存者だ!」


「無理しないでください! 今、助けますから!」


 数名のレスキュー隊員が、腕の近くに駆け寄ろうとする。

 だが、彼らが辿り着くよりも早く、腕の主は、地上にその姿を現した。

 ぼろぼろになった衣服をまとい、身体中を粉塵で汚しながら。

 しかも、全く弱っている様子を見せずに。


 瓦礫の隙間から自力で脱出したのは、一人の男だった。

 パンパン、と身体を軽く払うと、呆然としているレスキュー隊員達を一瞥する。


 フン、と鼻を鳴らすと、男は、隊長と思しき人物を指差した。


「貴様ら! 何をグズグズしている」


「え……?」


「この真下に、まだ生存者が三、四人居る。

 今なら、まだ間に合うだろう。

 ぼうっとしている暇があったら、とっとと助け出せ!」


「え、あ、はい、わかりました!」


「フン!」


 男は、慌てて活動を再開させるレスキュー隊をよそに、甲州街道に向かって歩き出す。

 その途中、ボロ布同然になった自分の衣服に気付き、チッと舌打ちをした。


「これでは格好がつかんではないか」


 男は、足下に転がるコンクリートの破片を片手で掴むと、それを力強くブン、と振る。

 すると不思議なことに、コンクリートはぶわっと柔らかく広がり、黒くて丈夫そうな生地で縫われた「マント」に変貌した。


「ふむ、まあ、悪くはないか」


 男はマントを大きく振り回して羽織ると、既に暗くなった空を見上げ、カッと目を見開いた。



「おのれ、吉祥寺め。

 まんまと、俺をハメてくれたな!

 フン――だが、見ているがいい。

 俺は、お前の思い通りにはならん!」



 マントを翻すと、その下からは、黒いスーツのような衣装が覗く。

 先程まで身に纏っていたボロ服は、既にない。


 

 男はニヤリと微笑むと、空高く舞い上がり、夜空へと消えた――




次回、第四章最終回です。

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