●第74話 【激突】
赤城山の奥深く、元・井村邸の地下に拡がる巨大な地下施設「吉祥寺研究所」。
その中では、アンナローグとアンナチェイサー、そしてその後を追うアンナウィザードが更なる探索を続けている。
一方、東京・西新宿では、突如現われた“人を石化させるXENO”ゴーゴンの出現により、大パニックが発生していた。
また、これに応戦するアンナパラディンは機体に甚大なダメージを追い、アンナブレイザーの攻撃も通用せず、かといってパワージグラットもない為、大火力を伴う攻撃も行えず、窮地に立たされていた。
そんな彼女達の許に、アンナミスティックが高速で援護に向かっている。
異世界の東京上空を音速で駆け、あともう少しで現場に辿り着く。
そんな彼女達は、自分達がある者達により、“意図的に”分断されたことを、まだ知らない。
そして、そんな過酷かつ熾烈な状況に追い込まれている彼女達とは別な意味で、極限の状況に追い込まれつつある者が居る。
「どういうことだ、これはいったい?!」
桐沢は、テレビの画面を食い入るように見つめ、もう何度目かわからない溜息を吐き出す。
ゴーゴンによる新宿の状況は、当然のように各放送局の臨時ニュースで取り上げられている。
現場付近で撮影している者が、SNSにアップしたものをピックアップしていたり、或いは上空から撮影していたり。
先程からやかましく鳴り響いているヘリコプターの音が、報道関係のものだということはすぐに察しが付く。
とにかく、今この西新宿は、それまでありえなかった大事件の現場として、日本中の注目を集めている状況にあった。
そしてそれは、桐沢が現在滞在しているホテルから、そう遠くない場所でもあるのだ。
桐沢は、先日誘拐された新宿ワシントンホテルを離れ、今は別なホテルに移動している。
しかし、新宿警察を拠点とする捜査本部の意向で、桐沢に対する取り調べが行われる流れとなった為、彼は大きな移動は許されず、別ホテルへ移動させられる羽目になっていた。
こちらのホテルの食事の方が、桐沢の口に合っていたから良かったようなものの、それでも桐沢は自身の待遇に不満を抱き、また同時に警察の態度の変わり様に恐れを抱き始めてもいた。
『喋らないなら、それでいい。
であれば、俺が掴んだ情報を基に、上層部に君の今後の処置を判断してもらうことにする』
以前、司に言われた言葉を思い返す。
彼は、千葉真莉亜の存在に辿り着き、彼女の行方に自分が深く関わっている事を見抜いている。
恐らく、ホテルを移動させられたのも、この件が関係している可能性が高い。
桐沢は、これ以上警察に追求されることを恐れていたが、その矢先に今回の事件が発生した為、困惑の境地にいた。
(ここまで西新宿にXENOが現われるとなると、俺と無関係ということはありえまい。
奴らは、本格的に、この俺を消すつもりだ!
もう、手段を選ばないということか)
桐沢は、ニュースの内容から、様々な可能性を考慮した。
被害エリアを無尽蔵に拡大する石化ガス拡散は、この周辺に居る者達を足止めし、避難の手段を奪う。
当然、桐沢が逃走を画策した場合、これを封じる効果が生じる。
まして、ガスを受けて石化してしまえば、益々彼らの思う壺だ。
同時に、篭城を続ければやがて警察は懐疑的な態度で接し始めるだろうし、ましてこれ以上大きな移動をさせないように仕向ける可能性も高い。
それはすなわち、そう遠からぬうちにXENOVIA達に居場所が知られてしまう事を意味する。
つまり、今の桐沢は、所謂“詰んだ”状態にあると言わざるを得ない。
そして、本人がそれを一番自覚していた。
「真莉亜のことが知られて、アレが見つかってしまったら、俺は――間違いなく犯罪者として挙げられてしまうだろうな。
だが、かといって今逃げてしまったら、もう保護される可能性はなくなるだろう。
――くっ、なんてことだ!」
ボフッ! と音を立て、ベッドの上に転がる枕を叩く。
何もかも諦めたような表情で画面を見つめていると、いつの間にか、部屋の明かりが消えていることに気付いた。
『絶望のどん底に居る気分はどうだ?』
「な……?」
突如、部屋の中から声が聞こえた。
今、この部屋には自分以外、誰もいない筈なのに――
「だ、誰だ?」
咄嗟に立ち上がり、テレビを消す。
その瞬間、何者かが、ドアの前に佇んでいるのが見えた。
「どうやって、ここに入り込んだ?!」
震える声で、ドアの前に立つ人物に話しかける。
返って来たのは、薄気味の悪い含み笑いだけだ。
しかし桐沢は、その笑い方に、強烈な聞き覚えがあった。
「な……なんだと?!
何故、お前が……いや、アンタが、ここに居るんだ!?」
声が更に震え、完全に怯えたそれに変わる。
遂にはその場にへたり込んでしまった桐沢に、影は、数歩近付いた。
『お前を迎えに来たのだよ、桐沢大』
「……な?!」
影は、片目につけた眼鏡のレンズをギラリと輝かせ、酷くいやらしい微笑みを浮かべた。
「吉祥寺……ぃ!!」
美神戦隊アンナセイヴァー
第74話【激突】
西新宿・十二社通り。
先程、アンナブレイザーとパラディンにインタビューを試みた男達は、方南町方面に視線を向けたまま、硬直していた。
「あ、ああ……」
「ウソ、だろ」
「で、でっけぇ!」
「ひぇ……」
四人は、目の前にある“もの”を見上げている。
自分よりも頭三つか四つくらい上から見下ろす、紅い眼。
その上には、太くて巨大な二本のツノ。
まるで全身が鋼鉄の固まりのような、とてつもなく大きな「牛」。
遥か彼方から、驚く程の速さで突進して来た“それ”が、今、四人の男達を見下ろしているのだ。
その気になれば、容易に手が触れる距離。
あまりに非現実過ぎるその状況に、男達の思考は停止していた。
牛“ゴーゴン”の口が、ゆっくりと開いていく。
口の端からは、煙のようなガスが、ほのかに揺らめいている。
しかし、ありえない程の至近距離に立つ四人は、もう何も出来ない。
圧倒的な恐怖が身体を支配してしまい、もはや“逃げる”という最低限の防衛行動すら取れなくなっていた。
石化ガスが、今にも男達を包み込もうとするその瞬間――
「パワー、ジグラットぉっ!!」
突如、どこからともなく、少女の叫び声が聞こえて来た。
と同時に、男達の目の前に居たゴーゴンが、突如消滅する。
つい今しがたまで、目の前に居た筈の巨体が、まるで幻であったかの如くに、一瞬で消え失せたのだ。
「え……あ、あれ?」
「消え、た?」
「へ……?」
「な、何が起きたの?」
男達は、いつの間にかびしゃびしゃになっているズボンの前を摘み上げながら、歩き辛そうにその場を立ち去った。
“Checking the moving body reaction in the specified range.
--done.
Motion response outside the utility specification was not detected.”
一瞬青白い光に包まれた西新宿の街並から、人の気配が消失する。
不思議そうに顔を上げたゴーゴンは、電柱の上に立つ二つのシルエットを見止めた。
赤き姿の少女と、緑の少女。
「危なかったぜ! ありがとな、ミスティック!」
「遅くなってゴメンね、ブレイザー!
ギリギリ間に合った?」
「上等だ! さぁぁて、こっちの世界に来た以上、もう手加減はしねぇぜ!」
「うん!」
指をバキバキ鳴らしながら、アンナブレイザーが路上にふわりと降り立つ。
少し遅れて、マジカルロッドを構えたアンナミスティックも降りて来た。
無言の睨み合いが、展開する。
数十秒ほど後、アンナブレイザーが動いた。
いきなり、手前の路面に拳を叩き付け、穴を開ける。
「打撃がダメなら、これでどうだ!
――プロミネンス・バーナーっ!!」
ブレイザーの叫びの後、アスファルトの穴に突然炎の塊が現われる。
それはみるみる上空に伸び始め、まるで巨大な蛇のようにうねり出す。
「てぇっ!」
アンナブレイザーが右拳を突き出すと、それに呼応するように、炎の蛇は渦を巻いてゴーゴンに向かって飛んで行く。
まるで意志を持つような動きで、炎の渦がゴーゴンを包み込む。
しかし当のゴーゴンは、啼き声一つ上げない。
「効いたか?!」
「な、なんか、全然ダメみたい!」
「うそぉ、マジかよ?!」
炎が破裂するように消え去っても尚、ゴーゴンは、微動だにせずその場に佇んでいる。
その表情は、気のせいか笑っているようにも感じられる。
続いて、アンナミスティックが前に出た。
「打撃も、炎もダメなんだよね?!
だったら、これはどう?」
アンナミスティックは、一旦マジカルロッドを左手に持ち変えると、右手を真上に向け、両脚を開いて重心を落とす。
右前腕に付けられている四つの宝珠が、肘から順に発光し、手首に至る。
「行っくよぉ!」
腰を捻り、右拳をゴーゴンに向けると、ストレートパンチを繰り出すように腰を捻る。
すると、アンナミスティックの右前腕周辺の空間が歪む。
次の瞬間、激しい閃光を放つ光球が前方に発生し、パンチと共に、ゴーゴンに向かって一直線に飛翔した。
「グラビティ・ジュエルっ!!」
高速で飛来する光球が、ゴーゴンを包み込む。
と同時に、その周辺の空間が激しく歪み、ゴーゴンの像が激しくぶれ出した。
「な、なんだぁ?!」
「近付いちゃダメだよ、ブレイザー!
ペシャンコになっちゃうからねっ!」
「え? そ、そうなの?!」
「うん!」
大きく頷きながら、ミスティックが腕を引く。
すると、それに呼応するように、空間の歪みがひときわ激しさを増し、やがて硬い物を無理矢理押し潰すような、耳障りな音が響いて来た。
ゴーゴンの周辺の路面が、半径五メートル程の円を描いて、陥没する。
アンナブレイザーは、その一連の破壊を見つめ、アングリと大口を開けた。
「ま、まさか、超重力ってヤツ?
あんた、そんな攻撃も出来るの?!」
「うん♪
どう? スっゴイでしょ?」
「う、うん、マジで、すごい……」
胸を張ってドヤ顔で微笑むミスティックに、ブレイザーは、何とも表現しがたい複雑な表情を向ける。
「なんかこの、パワーバランスの差がありすぎない? アンナユニットってさぁ?」
「そんなことないよぉ、ミスティックは、ブレイザーみたいに炎使えないしぃ」
「そりゃそうかもだけどさぁ――って、ちょ、ミスティック! アレ!」
突然、アンナブレイザーが顔色を変え、ミスティックの身体の向きを変える。
視線の彼方では、押し潰された空間の中で、尚も立ち続けるゴーゴンの姿があった。
「んにゃあ?! ぐ、グラビティジュエルでもダメなのぉ?!」
「いや、そんなはずはない!
あんだけきつい攻撃を受けたなら――」
確かに、ゴーゴンは立ち上がった。
しかし、さすがにかなりのダメージを受けてはいるようで、強固な四肢はブルブル振るえ、立っているのがやっとのようにも見える。
体表の装甲もでこぼこにへこみ、また巨大な頭部のツノも、いささか曲がっているようだ。
しかし、それでも赤い眼は爛々と輝き続け、全身から溢れる力も感じられる。
脚のダメージは徐々に回復し始めているようで、やがて震えも収まって来た。
だが、身体のでこぼこまでは治っていない。
「やべえ、回復するっての、忘れてた!」
そう言いながら、アンナブレイザーは耳に手を当てる。
「おいパラディン! パラディン聞こえるか?!
ミスティックが来てくれた! 合体攻撃仕掛けるぞ!
――おい、聞いてるのか?!」
通信が通じず困惑するブレイザーに、向かって、アンナミスティックが急にぺこぺこ頭を下げ始める。
「あ、あのね、ブレイザー……ゴメンね」
「へ?」
「さっき、大ピンチな状況だったでしょ?
だから急ぎ過ぎちゃって、パラディンの位置を補足し切れないうちに、パワージグラットかけちゃったのぉ!」
「え、えええええええ?!
ってことは、アイツだけ……」
「うん、パラディン、元の世界に置いてけぼりにしちゃったのぉ!」
「だあぁぁ!! マジかぁ?! どーすんだよぉ!」
「ふえぇぇん、ごめんなさい~!」
アンナブレイザーの叫びを合図にするように、ゴーゴンが反撃を開始した。
驚くような瞬発力でダッシュし、重力圏を抜ける。
そして、そのままミスティックとブレイザーに、体当たりを敢行した。
「うわあぁっ?!」
「きゃああっ!!」
バキッ! という硬い物が砕ける音が、二人の耳に届く。
気が付くと、二人は切りもみ状態で、街路樹よりも更に高い所に舞い上げられていた。
一瞬の間を置き、アスファルトに叩き付けられる。
凄まじい衝撃が、全身を貫いた。
視界内に、物凄い数のアラートが表示され始めたのは、その直後だった。
「痛ったぁ……な、何これ?! 色んなところが故障してるって!」
「こっちもだ! 動けるか?! ミスティック!」
「う、うん! すぐに修理を――」
「あ、危ねぇっ!!」
よろよろと立ち上がった所に、再びゴーゴンが突進して来た。
捻じ曲がったツノを前方に翳し、まるで暴走トラックの如き迫力で突っ込んでくる。
アスファルトがめくれ上がり、地震のような振動が伝わってくる。
ブレイザーは、咄嗟にミスティックに体当たりした。
「きゃあっ?!」
鋼鉄同士が激しくぶつかり合うような音を立て、アンナミスティックは、反対側の歩道まで吹き飛ばされた。
「痛いよぉ、ブレイザー! もお~、なんで急に――」
ミスティックの言葉が、そこで止まる。
空中に、何かが舞っている。
くるくると回転しながら、弧を描いて落下していく“それ”が何か、彼女は一瞬理解出来なかった。
「ぐ……あぁぁぁぁ―――っっ!!」
右腕を押さえて、路面で身悶えるアンナブレイザー。
それを視認した直後、ガラン、という大きな音を立てて、先程まで宙に舞っていた“それ”が落ちてくる。
アンナミスティックは、目を剥いて硬直した。
――それは、アンナブレイザーの、右腕だった。
『パラディン、聞こえるか』
勇次の声と共に、彼の顔がサブウィンドウに浮かび上がる。
どうやら、一瞬眠ってしまっていたようだ。
若干鈍った感覚を振り起こし、アンナパラディンは身体を起こした。
「き、聞こえます。
状況は、どうでしょう?」
視界内のあちこちに、まだアラートが表示されてはいるものの、いくつかは回復を示すグリーンの表示に切り替わっている。
ふぅ、と安堵の息を吐くと、アンナパラディンはゆっくり立ち上がった。
『アンナミスティックがそちらに到着し、アンナブレイザーとゴーゴンを巻き込んでパワージグラットを実行した。
どうやら置いていかれたようだな』
「ええっ、そうなんですか?
すみません、目立ちにくい場所で回復していたもので」
『やむを得まい。
それより、現場に残っているようであれば、被害者の映像をこちらに送信してくれないか』
勇次の要求に、パラディンは小首を傾げた。
「わかりました。何かあるのですか?」
『今回のXENOの行動が、不可解でな』
勇次が、苦々しい表情を浮かべつつ呟く。
「不可解?」
『そうだ、今回のゴーゴンは被害者を大勢石にしたが、捕食行動は確認されていない。
まして、これまでのXENOのように身を隠したりせず、堂々と出現した。
まるで、自分の存在を知らしめることそのものが目的みたいだ』
「そう、ですね。
私も、そこは気になっていました」
『もしかしたら、あのXENOは……いや、あのXENOを使役している何者かは、我々が考え付きもしない別な目的の下に活動しているのかもしれんな』
勇次の眉間に、皺が寄る。
そしてアンナパラディンも、いつしか険しい表情になっていた。
「その、使役している者というのが――」
『ああ、鷹風ナオトの言っていた、“XENOVIA”という連中だ』
「XENOVIA――
わかりました、早速調査に向かいます」
通信を切ると、アンナパラディンは、先程通り過ぎた中央通りへと飛翔する。
「ハルシネーション」の光学迷彩で自身を隠蔽しながら接近すると、もうゴーゴンが居なくなったと判断したせいか、警察関係者らしき人々が、調査を開始しているようだった。
現場を隔離するためのテープを張り巡らせ、石化した人々や事故を起こした車両を調べている。
そんな場所の端にこっそり着地したパラディンは、何故か足音を忍ばせながら、手近にある犠牲者の石像に近付いた。
彼女の眼が、体表の様子を記録し、分析する。
手をそっと触れてみると、意外にも僅かに弾力が残っており、完全に硬化しているわけではないように感じられた。
「蛭田博士、何かわかりそうですか?」
『うむ……さすがにサンプルを直接調べなければわからんが。
そういえば、ゴーゴンは“電撃”も使っていたな?』
「ええ、僅かではありましたが」
『であれば、もしかするとこの石化現象は――』
勇次がそこまで言った途端、アンナパラディンは、まるで身体に突き刺さるような“殺気”を感じ、反射的に振り返った。
「!?」
しかし周囲には、特に怪しいものや人物は居ない。
変わらず、警察官達が調査を行っているだけだ。
「い、今のは……?」
『おい、どうした、パラディン?』
「い、いえ、なんでも……ありません」
不安げな表情を浮かべながら、アンナパラディン――未来は、周囲をきょろきょろと見回す。
ほんの一瞬だったが、明らかに、自分に向けられた強烈な殺意。
それは、他の事に気を取られていた彼女すらも反応する程だ。
そんな恐ろしい程の感覚を、今まで感じたことはない。
「……」
アンナパラディンは、尚も周囲を注意深く確認し、AIもそれに協力する。
しかし、やはり何も変わったものはなかった。
首を傾げながら、アンナパラディンは、また勇次と通信を続ける。
そんな彼女の姿を、建物の窓から見下ろす一人の少女が居た。
「未来……」
美しくなびく長い髪に、黒い衣装。
そして、美しくも鋭い眼差し。
憎悪のこもった、表情――
黒装束の少女は、しばらくアンナパラディンを見つめた後、踵を返し、何処かへ姿を消した。




