●第61話 【合流】
ここは、真っ暗闇に包まれた、何処とも知れない建造物の中。
冷え切って滞った空気と、冬も近いというのに肌にまとわりつくような湿気から、ここが普段人の出入りのない所であることはすぐに判断出来る。
そこに、九つの影がほぼ同時に現われた。
「被害状況は?」
「八人中、五人が負傷。
あと、駒沢博士の眼鏡が紛失です」
「最後のはどうでもいいわ。
たった一体の贋作を相手に、無様な結果ね」
吐き捨てるような呟きに、黒パーカーの少女―ウィッチが食って掛かる。
「何言ってんだよ! 自分は何もしてない癖に!」
その脇に立つ、ヘルメットを被った長身の女性―サイクロプスが、彼女の言葉に深く頷く。
「今回はアンナチェイサーなるアンナユニットだけでなく、異常な戦闘力を持つ男性もおりました。
いくらXENOVIAといえど、アンナユニットの防御性能や攻撃力に対処するのには、限度があるかと思われます」
続けて、暗闇から湧き出るように現われた麦わら帽子の少女―トレインが話し出す。
「特に、あのアンナチェイサーという個体の戦闘能力は異常です。
他のアンナユニット達と比べても、常軌を逸したレベルです。
このままでは――」
「そ、そうですよ、博士!
このままじゃ、アンナユニット達に攻め込まれたら、私達なんか簡単に……」
続けるのは、女子高生風の姿をした少女―デリュージョンリング。
四人の抗議を四方から受け、眼鏡を失った女性―駒沢は、不機嫌そうな表情を浮かべる。
「あらぁ、先輩方がそんな頼りないことを仰られてはいけませんわ」
続けて姿を現したのは、豊満なボディに長い髪を湛えた女性。
木更津の廃工場での戦闘で、一番距離を取っていた影の一人だ。
「イリュージョナー……」
「まだ真の実力を発揮されていない先輩方が、そんな事では士気が下がるんじゃないです?」
露骨な上から目線で、四人のXENOVIAを見下すような態度を取る、“イリュージョナー”と呼ばれた女性は、今にも高笑いしそうな表情と態度で、すぐ脇に立つ少女の肩に手を置いた。
「梓さ……いえ、ジャスティスソードも、そちらにおられるへヴィズームも、変身して善戦されたというのに。
それとも、先輩方は何か得策でもおありになったのでしょうか?」
その物言いに激昂し、ウィッチが今にも掴みかかりそうな勢いで吼える。
「うるさいよ! 新人の癖に生意気な!」
「そうは言っても、事実じゃないですか」
今度は、イリュージョナーが手を置いている少女が呟く。
「私達は、五人のアンナユニット共を追い詰めた。
でも、あんた達は――」
「デリンジャー……あんたまで!」
拳を握り、わなわなと振るわせるウィッチは、カッと目を見開いた。
その途端、拳に炎のような赤い光が発生する。
「やめなさい、ウィッチ!」
駒沢が、制止をかける。
「うるさい! 邪魔するなら、お前から――」
「駒沢博士の言葉は、吉祥寺博士の言葉と同じ……なんでしょ? ウィッチ先輩?」
一番奥で、今までずっと黙っていた二つの影のうちの一人が、うっとうしそうな口調で言い放つ。
「ヘヴィズーム、あなたも控えて。
仮にも、先輩なんだから」
「そうね、そうだったわ」
ヘヴィズームと呼ばれた女性は、すぐ横に立つ黒ドレスの女性にたしなめられ、薄ら笑いを浮かべる。
その態度が益々癪に障ったのか、ウィッチが拳の炎を二人に向かって撃ち放った。
だがその炎の塊は、あっさりと受け止められた。
間に割って入った、サイクロプスの左手によって。
「おい!」
「ウィッチ、おやめください。
これ以上は、吉祥寺博士にお伝えせざるを得なくなります」
「ちっ!」
思い切り不機嫌そうな表情で、ウィッチは渋々手を引く。
同時に、各所から含み笑いが聞こえ、それが益々彼女の逆鱗に触れた。
「お前らぁ!」
「黙りなさい、ウィッチ」
「……!!」
「さっきサイクロプスが言った事は、正論ね。
あなた達の戦闘を直接目の当たりにして、思い知らされたわ。
今のあなた達では、あの贋作共には勝てない。
いえ、今一時的に勝てたとしても、いずれ追い詰められるのは自明の理だわ」
駒沢の言葉に、XENOVIA達の声が止まる。
悔しそうな表情を浮かべるウィッチも、こればかりは何も言えなかった。
「だけどね、安心して頂戴。
私が、なんとかする」
「駒沢博士が?」
「あんたみたいなただの人間が、あたし達にいったい何が出来るっていうのよ!」
不貞腐れた態度で呟くウィッチに、駒沢は、異様にギラついた視線を向ける。
その迫力……否、狂気を帯びた視線は、そんな彼女を沈黙させるほどの圧力があった。
「ANX-01S……あなた達に提供してあげるわ」
美神戦隊アンナセイヴァー
第61話【合流】
時計は、午後五時五十分を指している。
ここは、地下迷宮。
中枢部とも云える研究班エリア中央フロアには、メインメンバーが勢揃いしていた。
勇次に今川、ティノ、未来にありさ、相模姉妹、愛美、そして凱。
九人は、このフロアに最も近いエレベーターへ何度も視線を飛ばし、同時に時計を気にしていた。
「ほ、本当に来るの? その、赤影って人?」
「ありささん、タカカゼさんです」
「ぐはっ! 四文字って以外全部合ってなかった!」
「ありさちゃん、真ん中の、“カカ”ってとこだけ合ってたよ!」
「お、おう、ありがとな、メグ」
「えへへ♪
でもぉ、その人っていったいどんな人なのかなぁ?
ねえ、愛美ちゃん?」
「そうですね、その方は、これをお持ちなんでしょうか?」
愛美は、そう言いながら胸元のサークレットを指差す。
恵も、自分の左薬指に嵌っているリングを眺めた。
「あっ、そろそろ時間ですよ」
「いよいよね。
さぁ、どんな人が来て、何を言うのか……期待しましょう」
そう呟きながら、未来は眼鏡のブリッジに指を当てる。
そして舞衣は、不安そうに凱の方へ視線を向けた。
「――来たか」
突然、勇次が呟く。
エレベーターの方向から、高らかな足音が響いて来た。
姿を現したのは、襟の高い黒のロングコートをまとった青年。
そして、その後ろに着いて来る、黒いレザージャケットとデニムのパンツを穿いたセミロングの少女。
「二人だと?」
「だ、誰っすか、アレ?」
「全然、見覚えない人なんだけど……」
「……」
勇次達が、思わず席から立ち上がって驚く。
ただ一人、凱だけは目を閉じたまま、椅子に座り続けている。
未来とありさは頷き合い、他の三人にも合図をした上、勇次達の前にすぐ出られるポジションを確保した。
黒いコートの青年が、異様に鋭い眼差しを向けてくる。
「鷹風ナオトだ」
「俺は――」
「蛭田勇次。
そこに居るのは今川義元、ティノ北沢、北条凱。
そして、そこの五人がアンナセイヴァーのメンバー。
向ヶ丘未来、石川ありさ、相模舞衣、相模恵、そして千葉愛美だな」
全員をぐるりと見回し、名前を言い当てる。
「すげぇ! オレの名前を初対面で正しく言えた人、初めて逢った!」
「わ、私の名前までご存知なんですか?!」
「ふえぇ、すっご~い!」
「何故、知っている?
俺達は、君の事を全く知らんが」
勇次の言葉に答えようとする黒コートの青年より早く、凱が立ち上がり声をかける。
「よく来たな、鷹風ナオト。
そして、宇田川霞。
歓迎するよ」
空いた椅子を指差しながら、凱が落ち着いた表情で語り出す。
その様子に、“SAVE.”の全員が驚愕の声を漏らした。
「お、お兄様?!」
「その人達、知ってるの? お兄ちゃん?!」
「どういうことだ、凱?!」
動揺するメンバーに手をかざし落ち着くように促すと、凱は、鷹風ナオトと宇田川霞と呼ばれた二人を指し、説明を始める。
「この二人は、“SAVE.”の一員だ。
だからパーソナルユニットを持っているし、ここに入って来れる」
「は?!」
「“SAVE.”特捜班。
ごく一部の限られたメンバーだけが存在を知らされている、極秘任務に当たっている別働隊だ。
――まあ、かくいう俺も、おやっさんから聞かされただけで、実態までは詳しく知らないんだがな」
何故か照れ臭そうに笑う凱の言葉に、鷹風ナオトが頷く。
そして、その横の少女は、無表情のままじっと皆を見つめている。
「なんだと……
俺すらも聞かされていないチームがあったというのか?!」
呆然とする勇次に、鷹風ナオトが話し掛ける。
その口調は、どこか事務的で感情がこもっていない。
「北条凱の言う通り、俺達は、お前達とは違う方面で今まで活動して来た」
「違う方面で?!」
「な、何よソレ?」
目を剥く今川とティノをよそに、ナオトの視線は霞に向けられる。
「俺と、この霞の二人が特捜班。
俺達は、XENOVIA共の暗躍を追っている」
「ゼノ……びあ?
それはなんだ?」
「初めて聞くっスね」
「XENOとは違うの?」
初めて聞く言葉に、勇次達は首を傾げる。
そんな彼らに、ナオトは説明を始めた。
通常のXENOは、他の動物を捕食してその姿と能力を得るが、その方向性は獣性に向きがちで、バケモノのような姿と能力へと進化していく傾向がある。
しかし、中にはそうはならず、捕食した人間の外観と知能、そして記憶までも引継ぎ、その上でXENOとしての能力も併せ持つ個体が存在する。
それらは、当然人間としての知性や理性も持っている為、自分達の正体や存在、そして本拠地を隠しながら暗躍することが出来る。
そういった特殊なXENOである彼らは、自らを“XENOVIA”と呼称するのだ。
「――都内で発生していた連続猟奇殺人事件は、そのXENOVIA達によって意図的に引き起こされている」
「な……なんだと?!」
「ちょ、それ、マジかよ?!」
「えぇ……な、何それ、怖いよぉ、お姉ちゃん!」
「な、なんていうことでしょう!」
ナオトの発言に、“SAVE.”の全員が青ざめる。
言葉を失う者、口元を覆う者、へなへなと椅子に崩れ落ちる者。
恵は思わず舞衣に抱きつき、舞衣は震える妹の身体を支えた。
それ程までに、それは彼らにとってあまりにも衝撃的過ぎる内容だった。
「確かに、何者かの意図みたいなものは薄々感じてはいたけど……
まさか、進化したXENOによる仕業だったなんて……」
未来の呟きに、額の冷や汗を拭いながらありさが同意する。
「それじゃまるで、ガチで悪の秘密結社じゃねえか!」
「……あ!」
ふと愛美は、ある事を思い出し、声を震わせる。
手が、ぶるぶると震え出した。
そんな彼女達とは反比例するような冷静な態度で、凱はナオトに向き直った。
「ナオト、と呼ばせてもらう。
ナオトよ、その情報は重要だが、今日このタイミングでここに来た理由を教えてくれ」
凱の申し出に頷くナオトが話し出そうとした瞬間、場の雰囲気が急に変わる。
「それは、私から説明した方がいいかな」
突然、とても落ち着きのある男性の声が、フロアに響き渡った。
その声に反応し、愛美とありさ、そして特捜班の二人以外の全員に、緊張が走る。
「え? な、なんでこ、こちらに?!」
「うわ、そ、そんな急に来るなんて!」
今川とティノが、普段は見せないようなかしこまった態度で、フロアに入って来た男を見る。
グレーの上品なスーツを纏い、シルバーの混じった髪をオールバックにまとめた気品のある長身の男性は、とても穏やかで優しそうな眼差しを皆に向ける。
その慈しむような瞳に、愛美は、たとえようのない安心感を覚えた気がした。
「ね、ねえ愛美? このだんでーなおっさん、誰?」
「さ、さあ? 私も初めてお目にかかるんですが」
ヒソヒソ話をするありさと愛美に、未来はやや引きつった表情で囁いて来た。
「二人とも、頭を下げて!」
「え? あ、はい!」
「って、なんでよ? 誰だよ紹介くらいしろって!」
言われるがままに深々と頭を下げる愛美に、反発して逆に睨みを利かせるありさ。
そんな二人にも、男は柔らかな微笑みを向けて来た。
「君が、千葉愛美さんだね。
そしてそちらが、石川ありささん。
初めまして、いつも娘達がお世話になっているね」
「え?」
「む、娘……達?」
キョトンとする二人に応じるかのように、横から飛び出して来た者が、男の腕に自分の腕を絡めた。
「パパぁ☆ 来てくれたのぉ?」
「お父様、お声がけ戴けましたら、お迎えに参りましたのに」
男の傍に寄って来たのは、恵と舞衣。
二人は、親しげに接近し、顔を見上げる。
とても嬉しそうなその光景に、愛美とありさは、アングリ口を開けた。
「ぱ、パパ?!」
「ちょ、待って?! ってことは、まさか」
「オーナーよ! この、“SAVE.”の!」
「「 ええっ?! 」」
未来の耳打ちで、二人は思わず大きな声を上げた。
その仕草に微笑むと、男は、胸に手を当てて改めて挨拶をした。
「私の名は、相模鉄蔵。
蛭田君達に“SAVE.”を任せっきりの、役立たずのオーナーだよ」
「ひえっ?! は、は、初めましてぇっ!
ち、千葉愛美と申します!
こちらこそ、舞衣さんと恵さんには、非常にお世話になりまして!」
「あ、あわわ、じゃあ、あたしにあのマンションとか、生活費とか出してくれてるのは……」
「そうよ、全部この方」
「ひぃっ! し、失礼しましたぁ!
い、石川ありさでございますっ!!」
何故か身体を硬直させて敬礼するありさに、相模は思わず吹き出した。
「はは、君達の活躍はいつも聞いているよ。
アンナセイヴァーとして、いつも危険な任務にあたってくれていて、本当に助かっている。
ありがとう」
とても優しい労いの言葉に、愛美とありさは、良い意味で言葉を失う。
そして相模は、ナオト達にも顔を向けた。
「そして、君達もな。
今まで本当にご苦労だった。
これからは、この地下迷宮を拠点に、更なる活躍に期待するよ」
「ああ」
「はい」
ぶっきらぼうな返答をするナオトと霞に、またも勇次が声を上げる。
「ち、ちょっと待ってもらおうか、オーナー!
それは、いったいどういう意味だ?!」
「ちょ! オーナーに向かって、なんつー口の利き方すんのよアンタわぁ?!」
「イデデ! か、髪が絡んでる!!」
思わず勇次にヘッドロックをかけるティノに、相模はまぁまぁ、となだめるジェスチュアをする。
いまだ腕にまとわりついている恵の頭を撫でると、ナオト達を指して、話をし始める。
「本日只今より、彼ら特捜班を君達に合流させる。
これからは、共同で活動してくれたまえ。
頼んだよ、蛭田君、凱。
そして、地下迷宮の諸君」
「合流……」
相模は、更に続けた。
これまでXENOの調査と暗躍阻止を続けていたナオトと霞だったが、XENOVIAが出現した時点で共同戦線を張ることが、以前から決定されていたのだという。
ここからは、アンナセイヴァーが集めてきた実戦データと、ナオト達が集めて来た情報を掛け合わせ、更にXENOを、XENOVIAを追い詰めていくのだ。
それは正に、“SAVE.”にとっての「第二段階」へ進む為のスキームと云えるだろう。
説明を終えた相模は、先程までとは違う真剣な表情で、その場の全員に告げる。
「皆も知っている通り、この東京は……いや、この日本は、本来あってはならない脅威に冒されている。
やがて、それは世界へと拡がってしまうだろう。
それを阻止し、それまでの平和な生活を取り戻す為に、我々は今まで何十年もかけて準備を進めて来た。
その集大成に向けて、“SAVE.”は変化して行かなければならない。
それには、君達の理解と協力が必要だ。
わかってくれるね?」
優しくも、どこか厳しさも含んだ相模の言葉は、その場のメンバー全員の心に染み入っていく。
だが、勇次だけは納得の行かなそうな表情のままだ。
「オーナー、一つ聞きたい」
「何かね?」
「XENOVIAとやらが出て来たら、この鷹風達と合流する事が決まっていた、と言ったな?
どうして、そんな事がわかっていたんだ?
それも、まさか――」
「君の察した通りだ。
これも、仙川博士の記した例のノートの記述によるものだ」
「やはり、仙川の予言か……わかった、それなら納得するしかないな」
諦めたように溜息を吐く勇次。
そんな彼をよそに、相模は、未来達アンナセイヴァーに向かって話し出す。
「特捜班にも、アンナユニットが存在するんだ。
いわば、六体目というところかな」
「なんですって?」
咄嗟に、未来が反応する。
「そこの、霞君がその搭乗者だ。
よろしく頼むよ」
そう言いながら、ナオトの横にいる霞を指し示す。
相変わらず無表情な彼女は、相模に手招きされて近づいて来た。
まるで睨み付けるような鋭い視線が、未来をはじめ、他の四人に向けられる。
「なんだコイツ、いきなりガン飛ばしやがって」
「や、やめてください、ありささん……」
「初めまして。
実働班リーダーの、向ヶ丘未来よ。
今初めて聞いたのだけど、あなたもアンナユニットを?」
「そう」
「これからよろしく」
身長差のせいで、見下ろす形になる未来と霞。
未来は、表情を引き締めたまま、そっと右手を差し出す。
だが霞は、その手を取ろうとしない。
僅かに戸惑う未来に向かって、霞は、感情のこもらない声で、はっきりと言い放った。
「先に言っておく。
お前達と、馴れ合うつもりはない。
私は、今まで通り一人で行動させてもらう」




