第6話【旅立】2/2 -第1章 完-
いつしか、雨は止んでいた。
燃え行く館、天を焦がす炎。
愛美の暮らしていた思い出の館は、完全に火に包まれ、既に崩壊も始まっていた。
それを遠目に眺めていた凱は、小さな光が飛翔してくるのを見つけた。
「愛美ちゃん! こっちだ!」
手を振る凱に反応し、光が降り立つ。
弾けるように光が霧散すると、その中には、疲れ果てた表情の愛美が立ち尽くしていた。
「お疲れ、愛美ちゃん」
「凱さん……私は、これからどうしたら……」
今にも泣きそうな愛美を、凱は抱き寄せようとした。
だが、彼女の体表にまだ残留している熱がジリジリと感じられ、手を引く。
愛美は無言で振り返り、燃え続ける館を見つめていた。
「梓さぁ―ん! 理沙さぁ―ん! 夢乃さぁ―ん! もえぎさぁ―ん!!」
愛美は、ありったけの声で、何度も呼びかけた。
「奥様ぁ――!! 奥様ぁ――!!」
だが、誰も、答えを返しはしない。
崩壊し始めた館の二階。
炎渦巻く二階の一室の窓。
四体の影が、こちらを見つめている事に、二人は最後まで気付かなかった――
時計は、午前6時になろうとしている。
車は、ようやく東京に入った。
既に夜は明け、眩しい朝日がビルの谷間から差し込んでくる。
ハンドルを握る凱と、ただ窓の外を眺めている愛美は、あれからずっと無言のままだった。
大雨でずぶ濡れになったメイド服は後部座席の足元に置かれ、今の愛美は、毛布に全身を包んでいた。
「寝なくてもいいのかい?」
「大丈夫です」
「そ、そうか」
これで、五回目のやりとり。
間が持たず、凱は物凄い居心地の悪さを感じていた。
"千葉愛美様、宜しいでしょうか"
その時、車内に女性の声が響いた。
さすがの愛美も、これには反応する。
「だ、誰か他に乗っておられる……のですか?」
「ああ、これはね。
この車が喋ってるんだ」
「えっ?!」
"初めまして、千葉愛美様。
ご挨拶が遅れてしまいまして、申し訳ございません。
私は、ナイトシェイドと申します"
「え、あ、はい、は、初めまして!」
空気が、ようやく変わる。
ナイトシェイド――凱達の乗る黒いスポーツカーの絶妙な間の取り持ち加減で、二人はようやく話しやすくなったようだ。
"愛美様を、これより都内の宿舎へお連れいたします。
本日はそこでお身体をお休めください"
「あ、ありがとうございます!
……って、本当に、この車サン、お話出来るんですか?」
きょとんとした顔で、尋ねてくる。
その表情が、初めて出会った時に戻った気がして、凱はようやく安堵した。
「ああ、こいつは車に見えるけど、ホントは車じゃないんだ」
「え?」
「超装甲機動要塞ナイトシェイド。
手っ取り早く言えば、こいつぁ車の姿をしたロボットなんだ」
「ろ、ロボット?! ロボットって、あの……こういうのですか?」
そう言うと、愛美は突然角ばった表情になり、ぎこちなく腕を動かしてみせる。
「な、なんだよそれ?!」
「ロボットって、人型でこういう動きをするもの、じゃないのですか?」
真面目な顔でロボットムーブを繰り返す愛美に、凱は思わず吹き出した。
「どっからそんなの知ったんだよ!
まあとにかく、コイツは俺のパートナーで、頼りになる奴なんだ。
これから付き合いも長くなると思うから、よろしく頼むよ」
"愛美様、どうぞよろしくお願いいたします"
「は、はい! こちらこそ、どうぞよろしくお願いします!」
助手席に座ったまま、ぺこぺこと頭を下げる。
その仕草に、凱はまたも吹き出してしまった。
「凱さん、お尋ねしてもいいですか?」
しばらくの間を置き、愛美が話しかけてくる。
その反応に、凱は少しだけ気持ちが高ぶった。
「凱さんは――いえ、凱さんだけじゃなくて、夢乃さんも、先程私に話しかけてくれた男の人も。
皆さんは、いったい何者なんですか?
どうして、私のことを知っているのですか?
どうして、私を東京に連れて来たのですか?
そもそも、私はなんで、空を飛べたり、火事の中で動けるようになったんですか?」
「ま、待った、待った!
一気に質問しないでくれ!」
「は、はい! すみません!」
「え~と、どこから話せばいいやら……あ、そだ」
凱は、懐からスマホを取り出すと、ぺぺぺと操作し、何かを表示させて愛美に見せ付けた。
画面には写真が表示され、そこには、二人の少女が写っている。
一人は、長い髪と切れ長の目が特徴的な美少女。
そしてもう一人は、長髪をポニーテールでまとめた、同じく切れ長な吊り目の美少女。
寄り添うようなポーズの二人はとても美しく、そして瓜二つだ。
愛美よりも年上のようで、とても大人びた雰囲気を漂わせている。
しかし、その二人の顔を見た愛美は、表情を強張らせた。
「こ、この方々は?」
「ああ、俺の"妹達"だ」
「い、い、もうと、さん、たち?」
「コイツら、双子なんだよ。
明日、この二人が君に色々教えてくれることになってる。
俺達のことは、この娘達から聞いて欲しい」
「へ? あ、は、はぁ」
愛美は、凱から手渡されたスマホの画面を見て、青ざめていた。
(この、お二人――めちゃくちゃ、キツそうなタイプに見える!)
双子の姉妹の顔を見て、愛美は、真っ先に「青山理沙」のことを思い出した。
もっとも苦手意識を抱いていた、二番目に古参の先輩メイド。
いつも自分に冷たく当たり、今回も、冷酷な解雇通達を突きつけた人物。
そんな理沙と、この写真の二人は、どことなく顔つきや雰囲気が似ているのだ。
(ど、ど、ど、どうしよう!
こ、この、少し上目遣いな表情、綺麗なんだけど鋭い目線……ひぃ!)
「まあ、こんなナリだけど本人達は結構ほわほわした感じだから、気軽に話せると思うんだ」
(ウソだっ! ぜ、絶対にウソだっ!
きっと、また私は、このお二人に厳しくされて、大変な毎日を送るに違いないんだわ!)
「わ、わかりました」
「おお、わかってくれた?」
「誠心誠意、お勤めさせて頂きたいと思います。
精一杯尽力いたしますので、何卒、よろしくお願いいたします」
「ま、愛美ちゃん?」
愛美は、凱のスマホを抱きしめながら、何故かガタガタ身体を振るわせ始めた。




