●第57話 【七号】
そこには一人の、見たこともない少女がいる。
紫色のセミロングの髪、黒一色のコスチューム、黒いグローブとブーツ。
そして、ところどころに輝く金色のライン。
先程見た五人の少女達と同じような姿だが、何処か異質な印象を与える。
機械の起動音を鳴らしながら、黒い少女は、真っ向から女性を睨みつけていた。
「何者ですか?」
腕を破壊されたにも関わらず、黒ドレスの女性――XENOは、冷静な表情で尋ねる。
黒一色のメイド服をまとった少女は、たじろぐ事なく、凛とした態度で、堂々と答えた。
「――アンナユニット、七号」
「そう、あなたが、あの黒いロボットなのね」
黒ドレスの女性の顔に、初めて感情のようなものが浮かぶ。
カッと目を見開き、人間とは思えない、まるで爬虫類のような縦長の瞳孔の眼で、少女を睨みつける。
少女の背後に立つ司は、その会話を聞き逃さなかった。
(あの、黒いロボット……だと? この少女が、何か関係しているのか?)
司が声をかけようとしたその瞬間、少女の背中が、突然光に包まれた。
それは、両肩の後ろから噴き出し、周囲を照らしていく。
同時に、ジェットエンジンの起動音に似た音が響き渡る。
次の瞬間、轟音を立て、少女は黒いドレスの女性に向かって突進した。
爆音が轟き、二人は、そのまま上空へと飛翔していった。
美神戦隊アンナセイヴァー
第57話 【七号】
「何だあれは……?」
「つ、司さん!」
「匂坂さん、ご無事ですか?!」
多少咳き込んでいるが、幸い、匂坂は大きなダメージは受けていないらしい。
それにほっとするが、司はすぐに顔を上げ、離れた場所から怯えた顔で佇む青年を睨み付けた。
「高原。
お前、どうしてここにいるんだ?」
今の出来事を、陰から見つめていた高原。
桐沢の警護を指示されている彼が、ここにいる筈も、理由もない。
司は、感情を必死で押し殺しながら、出来るだけ冷静な口調で尋ねた。
「あ、あの……洋子ちゃんが……」
「は?」
「れ、連絡が着かなくて……それで、何度も……
食われたって、XENOが……あああ……」
「何を言ってるんだ?
それより、今、桐沢はどうなってる?!」
「洋子ちゃん……洋子ちゃあん!!
どうすれば、どうすればいいですか俺ェ!! 洋子ちゃん、本当に食われてたら!!」
話していることが支離滅裂過ぎて、会話が成立しない。
司は高原を無視し、島浦に再度連絡を取ろうとするが、相変わらず通じない。
「くそっ、どうなっているんだ?!」
「恐らくですが、この周辺に、何か妨害電波みたいなものが張り巡らされているのでは?」
匂坂が、横から呼びかける。
よもやと思いはしたが、異様に少ない人通りや車の状況から、この周辺に何者かが細工を施しているだろうことは想像に難くない。
「匂坂さん、すみませんが、ちょっと付き合って戴けませんか」
「え? え、ええ。何処へ?」
「この先のホテルに、桐沢が保護されているのです。
彼の安否を確認する必要が――」
「ち、ちょっと待ってください!
それは、桐沢と会うかもしれないという事ですか?」
突然、匂坂が顔色を変えて反発する。
「それなら、断ります!
私は今、アイツを見かけたら、殺してしまうかもしれない。
それほど、私は奴を憎んでいるのです!」
「匂坂さん……」
ある程度の反発は予想していたが、それ以上の剣幕に、戸惑う。
桐沢の安否は、早急に確認しなければならない。
数秒考え込むと、司は、水辺でしゃがみこんでいる高原を無理矢理立たせ、頬を張った。
「高原! 目を覚ませ!」
「つ、司さ……」
「俺は、桐沢の安否を確認してくる!
お前は、そこに居る匂坂さんを警護しろ!
せめて俺が戻るまででいい! 出来るな?!」
「え、あ、あの」
「一刻を争う! やれるな?」
「は、はい……」
やや自信なさげではあるが、さっきよりは目の色がしっかりしている。
司は、匂坂に高原と共に居るよう伝えると、ワシントンホテルまで全力で走り出した。
(いったい、何が起きたんだ?)
南通りには、相変わらず車が一台も走っていない。
道路を横切ろうとした時、司は、奇妙なものを見かけた。
「なんだ、これは?」
新宿NSビル方面……議事堂通り辺りだろうか。
そこに、見上げんばかりに巨大な、白く輝く壁のようなものがそそり立っていた。
まるで道路に沿うように、取り囲むように、遥か彼方まで続いている。
それの意味はわからないが、今はそれどころではないと、司はホテルのロビーへと飛び込んだ。
黒いドレスをまとった女性は、黒いメイド服の少女に遥か上空まで押し上げられた。
雲を突き抜けたあたりで、女性は背中から巨大な翼を生やし、それで強引に脱出を図る。
少女の腕を払いのけ、急旋回すると、少女の背後に回り込む。
いつの間にか復元された腕が、再び長い尾となり、まるで鞭のように少女へ叩き付けられた。
「ぐっ!」
激しい打撃音が響き、少女が姿勢を乱す。
しかし、肩や脚、腕の各部からバーニヤを点火させ、体勢を立て直す。
星空の中、ホバーリングしながら睨み合う二人。
「もしかして、桐沢さんを護っていたのは、あなた?」
「……」
「まぁ、いいわ」
黒いドレスの女性は、腕を交差させると、突如背中を数倍に膨らませた。
羽根も肥大化し、右腕が膨張して竜の頭のような形になる。
女性の頭部は胴体に潜り込み、代わりに太い足が生えて来た。
みるみるうちに変型し、巨大化すると、全身に金属のような光沢が走り出す。
ものの数秒で、女性は、あの巨大な竜型の姿になった。
だが、そんなおぞましい変化を目の当たりにしながらも、少女の表情は変わらない。
エメラルドの瞳に光が迸り、手の中に、突如「刀」のようなものが出現した。
『名前くらい、聞いてもいいかしら?』
竜が、くぐもった声で尋ねる。
対して少女は、フッと鼻で笑い、応えた。
「――私は、アンナチェイサー」
そう言い終えると同時に、少女――アンナチェイサーは、刀を構えて突進した。
その刃は漆黒で、月明かりを受けて妖艶な輝きに満ちている。
「こいつら、強い!
やっぱり、今までのXENOとは全然違う!!」
アンナブレイザーが、悔しそうに吼える。
アンナウィザードとパラディンも、無言でその言葉に頷いた。
八本脚の、約十メートルにも及ぶ巨大なトカゲ型のXENO。
どんな攻撃を加えても致命傷には至らない防御力と治癒能力、その巨体に似合わない機動力、そして強烈な火炎攻撃。
どの性能を見ても、今まで闘って来たXENOとは比較にならない。
加えて高い知能も持ち、三人を同時に相手にしながらも、その時点で攻撃にすぐに移れない者を的確に見定め攻撃し、しかも他の二人の攻撃を最小のダメージに抑えつつ防ぎ切る。
三人は、今までの自分達の闘い方が、いかに力押しに頼っていたのかを痛感させられていた。
『パラディン! 状況はどうだ!』
通信で勇次の声が届く。
先ほど、連続のストンピングを食らい右肩から背中にかけて損傷を受けたアンナパラディンは、持てなくなったホイールブレードを収納しながら、辛そうに応える。
「劣勢です。
かなりの苦戦を強いられています」
『お前達が対峙しているXENOは、以降、“UC-14 ゲイズハウンド”と呼称する。
パラディン、ウォールウィンドを使えるか?』
「やってみます!」
ゲイズハウンドと命名された巨大トカゲに向かって、アンナパラディンは両手を開いた。
「風よ!!」
彼女を中心に、突風が発生する。
横向きの竜巻のような猛烈な風が叩き付けられ、ゲイズハウンドは思わず顔を背けて退く。
そこを、すかさずアンナブレイザーが追う。
「今だ!」
アンナブレイザーは、何を思ったか、突然自分の足元を拳で殴りつけた。
ボコン、と音を立て陥没した孔に、真っ赤な炎が残留する。
これを左右同時に行うと、アンナブレイザーは立ち上がり、ゲイズハウンドを真っ直ぐ指差した。
「プロミネンス・バーナー!!」
アンナブレイザーの叫びと共に、二つの穴から、炎の柱が立ち上った。
それはまるで意志を持つように渦を巻き、膨れ上がり、太陽のプロミネンスを思わせる弧を描いてゲイズハウンドに襲い掛かった。
風に乗り、炎の渦が加速する。
グワアァァァ――ッ?!
猛烈な二重攻撃を食らい、ゲイズハウンドは初めて悲痛な悲鳴を上げ、のた打ち回った。
「やった、効いたか?!」
「まだです!」
今度は、アンナウィザードが動く。
ウィザードロッドに乗り宙に浮かび上がると、ブラウスの胸元を開いた。
“Water-cartridge has been connected to the MAGIC-POD.”
胸の谷間から取り出した水色のカートリッジを、右上腕のパーツにはめ込む。
アンナウィザードの全身が、一瞬水色に変化した。
真っ直ぐに伸ばした右手人差し指の爪が濃い紺色に変わる。
左手で象ったVサインを覗き、ゲイズハウンドを照準に捉えた。
「ジェット・デルーグ!」
右人差し指の先から、レーザーのような高圧水流が射出される。
一直線に空間を切り裂き、水流は、ゲイズハウンドの左側面の脚を片っ端から切断した。
アンナウィザードの指の動きは、まだ止まらない。
水流は更にボディを走り抜け、胴体側面をバックリと切断した。
しかし、アンナパラディンの風に拘束され、更に炎の渦が邪魔し、反撃に移れない。
ゲイズハウンドの、必死の悲鳴が轟く。
そのけたたましい声に、アンナローグやミスティックと対峙していたライオンボディのバケモノが反応する。
『くっ! いいとこだったのに!!』
バケモノは舌打ちをすると、二人を一瞥して空に舞い上がった。
「追うよ、ローグ!」
「は、はい!!」
アンナミスティックの掛け声に乗り、アンナローグは路面を蹴り、上昇する。
バケモノはゲイズハウンドの前に降り立つと、三人に向かって尾の棘ミサイルをばら撒いた。
「効くかよ、そんなもん!!」
更に火力を高めたプロミネンスバーナーが、着弾前に棘を全て焼き払う。
その轟炎を突き破り、アンナブレイザーがバケモノの顔面を狙う。
「ファイヤー・パァ――ンチ!!」
巨大な火球をまとった拳が、バケモノの顔面を抉る。
爆発音を伴って、バケモノの顔が粉々に吹き飛んだ。
しかし、まだ倒れてはいない。
顔を失いつつも、ゲイズハウンドをかばうように佇むバケモノは、何処から出しているのか、その姿に似合わぬ“少女の声”で喋り出した。
『時間は稼げた』
「なに?!」
『次は、絶対に潰すからね。アンナユニット』
「な……!?」
そう言い残すと、二体のXENOは、まるで空気に溶け込むように消滅した。
何の痕跡も残さずに。
追って来たアンナローグやミスティックも含め、五人全員が、その様子をしっかりと見届けていた。
「アンナユニット、って言いましたよね……今」
「ええ、確かに言ったわ」
「どういうことだ?! 奴ら、あたしらの事を知ってるのか?!」
アンナウィザード、パラディン、ブレイザーが、驚愕の表情のまま、XENO達の居た地点を見つめる。
そこに降り立ったアンナローグとミスティックも、思わず目を剥いた。
「そんな……パワージグラットの中から、脱出出来るの?!」
「それに、消えちゃいましたよね?! そんな力もあるのでしょうか、XENOは……」
絶望する二人に、今度は今川の通信が届く。
『パワージグラットの効果に捉えられた対象は、逃げることは出来ない筈だよ。
もしかしたら、逃げた先で効果時間が過ぎるのを待ってるかもしれない』
「だったら、すぐ追わなきゃ!」
反応するアンナブレイザーに、アンナパラディンが首を振る。
「見たでしょう? ゲイズハウンドは、人間に擬態可能よ。
二体とも人間の姿になれるなら、いくらでも隠れようはあるわ。
XENO専用のレーダーでもない限りは、追跡はほぼ無理よ」
「なんということでしょう」
「な、なんだか、急に敵のレベルがアップした感じだよぉ!」
それぞれの想いを口にする。
だがアンナローグだけは、夜空を見上げながら、全く別なことを考えていた。
(あの声は――似ている、あの方に。
でも……そんな筈は……)
パワージグラットの効果時間は、残り後数分に迫っていた。
ワシントンホテルに辿り着いた司は、受付で事情を話し、ホテルマンと一緒に桐沢達の部屋へ向かう事となった。
だが、いくらノックしても誰も応じない。
司の胸中に、不安が渦を巻く。
「すみません、ドアを開けることは出来ますか」
「少々お待ちください」
ホテルマンの青年が、スマホで誰かに確認を取っている。
それを見た司は、自分のスマホの画面を見た。
アンテナがしっかり三本立っている。
「今、責任者がマスターキーを持ってまいりますので、今しばらくお待ちください」
「ああ、ありがとうございます」
司はその間に、島浦に電話をかける。
コール二回で出たが、彼の声は相当慌てているようだ。
『どうした司?! 全然連絡がないから心配したぞ!』
「ああすまん、実は――」
『お前か? この近辺の道路を封鎖したのは?』
「は?」
『お前じゃないのか……じゃあ、いったい誰が』
「どういうことだ? 説明してくれ」
島浦は、司達が闘いに巻き込まれていた間、周囲がどうなっていたかを説明する。
なんと、公園通り、都庁通り、議事堂通りの三本の道路が、北通りから南通りにかけて一斉封鎖されていたようなのだ。
しかも車両だけでなく、歩道も含めて全面通行禁止とされ、このエリアは完全に隔離された状態となっていた。
にも関わらず、封鎖現場には誰もおらず、ただ道を塞ぐ看板だけが立てられており、しかもそれが先ほど一斉に消滅したのだという。
『まるで狐につままれたような気分だ。
おかげで余計な大渋滞が起こるし、緊急車両も大周りを強いられてな。
うちの署が責任を追及されてるぞ』
「閉鎖? だから、あんなに不自然に……」
そこまで話していると、責任者らしき中年男性が、マスターキーを持って駆け寄って来た。
司は、島浦との通話を繋いだまま責任者に事情を伝え、ドアを開けてもらうことにした。
『どうした、桐沢に何か起きたのか?』
「どうやらそうらしいんだが――」
司の声が、止まる。
ホテルの室内には、誰の姿もなかった。
新宿上空では、いまだ竜――ワイバーンとアンナチェイサーの闘いが続いていた。
巨大な鞭のように振り回される尾を巧みにかわし、アンナチェイサーはワイバーンを攻撃する。
「トォッ!」
短い気合と共に、背に回り込むと、刀を深々と突き刺す。
致命傷には至らないようだが、アンナチェイサーは刺しっぱなしのまま離脱した。
ワイバーンが体勢を変え、次の攻撃に移ろうとするよりも早く、アンナチェイサーの背中から、突如、無数の黒い物体が射出された。
――ミサイルだ。
それは全て複雑な軌道を描き、一つ残らずワイバーンに命中した。
ギャアアアア!!
両方の翼の皮膜を破られ、更に喉から腹部にかけてごっぞりと身体を削り取られたワイバーンは、悲鳴を上げながら落下していく。
しかし、アンナチェイサーは、それ以上追わない。
滞空したまま、落下していくワイバーンを、冷たい眼差しで見つめ続けるだけだ。
「――作戦完了」
『了解。
下の方もケリが着いたようだ。
幻覚地形は、先程解除した』
「どうすればいい?
戻って、実装解除してもいいかな」
『大丈夫だ。
ただし、アンナセイヴァーには気付かれるな』
「うん……わかったよ、ナオト」
そう言うと、アンナチェイサーは空中でターンし、まるで落下するように地上を目指して飛んだ。
「事態が急変し過ぎて、何がなんだか、なんだけど」
「ねぇユージ!
ワイバーンは何処に行ったの?」
「シェイドIIIから映像が届いた。
何故か西新宿上空に居たらしいが、突然落下を始めて、途中で消えた」
「また、消えたんです?」
「どーいうことなのよ! いつからこの世界はロールプレイングゲームみたいなモンスターが出るようになったの?!」
「そんなこと、俺が知るか!
それより、奇妙だが」
「どしたんです? 勇次さん?」
「あのワイバーンは、どうしていきなり上空に飛び上がったんだ?
しかも、上昇中に変身している」
「えっ? それってどういうこと?」
「わからんが……まるで、姿の見えない“何か”と闘っていたかのような、不審な動きをしているな」
それだけ呟くと、勇次は、古びた液晶モニタに、送られて来たワイバーン滞空中の映像を映し出し、今川とティノに見せた。




