●第52話 【翼竜】
栃木県佐野市にある、廃墟「金尾邸」。
昭和の時代に既に廃墟化した、かつての豪族が所有していた大邸宅だが、どのような流れによるのか、そこは今は改造され、地下に大きな研究設備が設けられている。
その外観からは想像も出来ないような、近代的なセキュリティ技術が施され、ごく限られた者のみが入場を許されていた極秘施設。
昨日、XENO“オーク”宮藤による強襲が行われた数時間後から、ここは栃木県警らによる厳重な警備が施されていた。
午前10時、栃木県警付属の科学捜査研究所職員達が現場に辿り着いた時点で、同所の調査が開始された。
そしてその場に――桐沢大の姿はなかった。
美神戦隊アンナセイヴァー
第52話 【翼竜】
「違う違う! もっと右の方だ! そう、そこ!
その辺りに大穴が開いているから気をつけろ!
落っこちても知らんぞ!」
ベッドの端に腰掛けながら、桐沢はタブレットPCに向かって吼えている。
その様子を、呆れた表情で高原が見つめていた。
手の中には、今日二つ目になるどん兵衛の天ぷらそば。
警察の現場検証の同行依頼を断固拒否し、代わりにZOOMによる遠隔からの指揮を行うということになったのはいいが、屋外とのやりとりはなかなかスムーズに行かないようで、桐沢はかなりカリカリしていた。
「あのさぁ、お前さぁ。
もうちょっと、静かに出来ないんか?」
「うるさい黙れもてない癖に」
「そ、それは関係ないだろう?!」
「どうせ一万年に一人巡り合えるかどうかっていう奇跡のカノジョにも、フラれたんだろうが。
夕べベッドの中で泣いてるの、しっかり聞いたぞ」
「て、て、てめぇ!! なんで聞いてんだよ趣味悪ぃなあ!」
「諦めろ、お前に次の恋人が出来るのは、もう一万年くらい後だ」
「おい、俺はいったい何歳まで生きなきゃならないんだよ! 不老不死かよ?!」
「一万年輪廻転生し続けて、その間ずっと独り身って意味だ」
「こ、こ、こ、こんにゃろぉ~! 今度という今度は許さねぇ!
俺がてめぇをたたっコロしてやる!!」
「そんな事、言っていいのか?」
「は?」
よく聞くと、どこからかクスクスと笑い声が聞こえる。
桐沢は、自分の膝の上に乗せたタブレットを指差し、ドヤ顔になっていた。
「は、はぁあぁあぁあああああ?!?!」
「立派な殺人予告だったな高原。
良かったじゃないか、警察関係者に直接聞いていただけて」
「あ、あうあうあう」
うろたえながら天ぷらそばをすすると、高原は自分のベッドに潜り込んでしまった。
再び視線をモニタに移した桐沢は、まるで今の阿呆なやりとりなどなかったかのように、現場の者達への指示を続ける。
「そうだ、地下室は結構深い。
落ちるなよ、死ぬぞ!」
「違う! 何度言えばわかるんだ、そこじゃない!!
――えっ、よく聞こえないだと?
今すぐ耳鼻科に行って来い! この役立たず共が!!」
どんどんヒートアップしていく桐沢の声に呆れ、高原はシーツの中で、また溜息を吐いた。
現場の金尾邸では、遠隔から指示してくる桐沢の声が聞き取りづらく、加えてやたらと偉そうな上にわかりにくいという事で、相当なヘイトが溜まっている状況だった。
しかし、黒いロボットが突っ込んだ大穴の存在が幸いし、警察の調査班は問題なく地下施設への侵入に成功。
予定を一時間以上オーバーしたものの、午後一時半過ぎには、問題の「小型冷凍装置」が発見された。
桐沢の連絡で、マイナス20度以下の超低温で保管されている事を理解している調査員は、厚手の手袋を以って装置の上蓋を開ける。
だが、その中から出て来たのが、フィルムケースのような物だったせいか、現場の一同は微妙な顔つきになった。
『そのケースの中に入っているのが、XENOの幼体だ。
常温下に置くと、約三時間ほどで活動を開始する。
しかし、この状態からなら市販の保冷材で更に遅延させることが可能だ』
やや早口で、桐沢がまくしたてる。
しかし、対して現場の空気は非常に微妙だ。
調査員の一人がケースの蓋を開けて中を覗き込み、眉間に皺を寄せる。
「オモチャじゃないですかね?」
「こんなちっぽけなものが、あの事件の犯人だってぇ?」
「ありえないだろ……」
調査員の一部が、桐沢に聞こえないような小声で囁く。
とはいえこれが主目的ではある為、彼らは渋々、持参した冷凍機にカプセルを詰め込む。
首を傾げながら、天井に大穴の開いた休憩所まで戻った調査員達は、瓦礫の向こうに伸びる暗い廊下に、ふと興味を覚えた。
「この先には、何があるんだ?」
「調べてみるか?」
調査員の一部が、そんな事を囁く。
だが、それが聞こえてしまったのか、突如桐沢の怒鳴り声が響いた。
『そっちには行くな! 絶対だ!』
「なんでですか?」
『そ、それは……色々と、危険な機材が残されているからだ!』
「……」
露骨に動揺する桐沢の態度に、調査員達はしらけた表情を浮かべる。
だがその時、地上から状況確認を求める声が届き、彼らはやむなく外へ戻ることになった。
「ふぅ……ヒヤヒヤさせやがって」
大きく息をつく桐沢の背後から、突然、手が伸びる。
両肩を掴まれた瞬間、彼は大声で悲鳴を上げた。
「わぁっ?!」
「な、なんだよ! びっくりするじゃないか!!」
「た、た、高原ぁ! き、貴様ぁ!」
「何してるのか、覗き見しただけじゃないか!
そんなに大声出すなよ」
「お、お前……本当に天然だな!
だかr」
「もういいわ!
それより、何がヒヤヒヤしたんだ?」
「な、なんでもないっ!」
「?」
高原を振り払うようにすると、桐沢はタブレットを置き、トイレに向かう。
その場に残された高原は、やることがなくなったので、マイクを切るとタブレットの映像に見入った。
「お~、すごく大勢参加してるなあ」
呑気に眺める映像には、地下から上がってきた調査員達が、何かを抱えている様子が見える。
高原は、それが自分達の見たXENOカプセルを入れたものなのだろうと、すぐに理解する。
だがその直後、画面には、想像もしていなかったものが、映り込んだ。
羽音が、聞こえて来る。
現場に居た者達は、最初、それが何の音なのかわからなかった。
何故なら、あまりにも音が大き過ぎたためだ。
カラスなどでは決してない、濛々と突風をも捲き起こすほどの、大きな羽ばたき。
金尾邸の敷地内にばら撒かれた瓦礫や家屋の破片、埃が舞い上がり、現場の警察官や調査員達は、思わず腕で顔を覆った。
「な……なんだ、あれは……?!」
調査員の一人が、上空を見上げ、声を上げる。
それを合図にしたかのように、他の者達も、そしてモニタの向こうにいる高原すらも、その想像を絶する光景に目を奪われた。
金尾邸の上空、僅か数メートル。
そこで、それは翼をはためかせ、こちらをじっと見つめていた。
――それは、「竜」
両腕にあたる部分に、幅二十メートル近くもあるだろう翼を携えた、まごうかたなき竜の姿があった。
ゲームに登場するような、巨大な姿。
現実には存在しない筈の、空を飛ぶ爬虫類。
皮膜を一杯に拡げ、そして巨大な尾を翻し、長い首をもたげている。
それは、誰がどう見ても、あの「ドラゴン」以外の何者でもない。
全身緑がかった灰色の鱗で覆われ、まるで金属の装甲をまとっているかのように、太陽の光を乱反射させつつ、ホバーリングしている。
その鋭いまなざしは、真っ直ぐに、穴から這い上がったばかりの調査員達を睨み付けた。
グギャアァァァ――ッ!!
竜の上げる雄叫びと共に、現場は一気に騒然となった。
「なんだこれは?!」
「り、竜?! ウソだろ……?」
「ドラゴン?! ま、まさかそんな!?」
現場では、驚きの声や叫び声が響き渡った。
そして、このホテル内でも。
「な、なんだこりゃあ?! おい桐沢! たたた、大変だぁ?!」
高原はタブレットを抱え、大慌てでトイレへ向かった。
丁度出て来た桐沢とぶつかりそうになる。
「なんだ、大騒ぎして」
「で、で、で、出た!」
「何が?」
「ド、ド、ド、ドラ、ドラドラ」
「ドラえもんか?」
「もっとすごいもんだ!」
動揺が激しく、上手く言葉を紡げない高原からタブレットを奪い取ると、桐沢は画面に見入る。
途端に、顔色が変わった。
「な……?! もう嗅ぎ付けたのか?!」
「桐沢! これなんだよ!
ドラゴンって実在したのか?!」
「慌てるな非モテ男!
こいつはドラゴンじゃない! XENOだ!」
「だ、誰が非モt――って、えっ?!」
「まさか、ここまで完成度が高い進化を遂げた個体がいるとは……素晴らしい!」
「お、お前、今なんて」
「なんでもない!」
桐沢がタブレットを掴み叫ぶ中、高原は、彼の背後からタブレットの画面を、スマホで咄嗟に撮影した。
突然現れた竜は一気に降下し、鋭い啼き声で威嚇し始めた。
やがて、竜の喉が異様に膨らみ始める。
約一メートル程の大きさの球状にまで肥大化させると、竜は地上の警官達に向かい、大きく口を開いた。
ギャボワァァッ!!
耳をつんざくような大きな聲と共に、竜は、異常なほど大きく拡張させた口腔全体から、濁った液体を大量に吐き出した。
それは何度にも渡り吐かれ、あっという間に金尾邸の敷地を埋め尽くしていく。
その場に佇み、竜を警戒していた警察官や調査団達は、全員その謎の液体を浴びてしまった。
「うわっ?!」
「な、なんだこりゃ?!」
ほんの、数分間の出来事。
現場に居た大勢の警察関係者の殆どは、何が起きたのかすらまともに把握することが出来ず、パニック状態に陥った。
不思議な事に、竜はそんな彼らに目もくれず、突如大きくUターンして遥か上空へ飛び去ってしまった。
「なあ、桐沢」
「ああ」
「なんなんだ、あれ?
あれも、XENOなのかよ?」
「あんな、現実に居る筈のない生物など、XENO以外にありえん」
「あれも、お前のいう進化の結果なのか?」
「ああ、そうだな。
どう進化したのかは知らんが」
「で、あんなすごいXENOが、どうして急に現れたんだ?」
「それは――ああっ?!」
何かを思い返したのか、桐沢は再びタブレットを持つと、画面に必死で呼びかけた。
「おい! XENOは、XENOのカプセルはどうなった?! オイぃ!」
必死の形相で、桐沢は現場の者達に呼びかける。
マイクがミュート状態になっている事にも気付かずに。
「うぐっ?!」
「ぐ、ぐはぁっ!!」
「う、うぼぁ……く、苦し……!!」
金尾邸の警官達、調査員達が突如苦しみ出したのは、その数分後だった。
彼らは次々に苦しげな悲鳴を上げ、倒れ、のた打ち回り始めた。
四肢を激しく痙攣させる者、顔を紫色に染め、泡と吹き出す者、激しく嘔吐し始める者。
桐沢のタブレットへ映像を飛ばしていた大元のカメラも、所持者が倒れたようで、真っ暗な映像と今にも死にそうな苦悶の声しか届かなくなった。
「な、なんだ? 何が起きてるんだ!?」
「わ、わからん! わからんが……もしや、さっきのアレは、毒か?!」
「どどど、毒ぅ?!」
「危なかったな高原。
我々も現場に行っていたら、これに巻き込まれていたところだぞ?」
「あ、アホかぁ! お前、何呑気に安心してんだよ!」
高原は、大慌てで島浦に電話を入れた。
十数分後。
金尾邸には、二十を越える死体がそこら中に転がっていた。
全員が苦悶の表情を浮かべ、息絶えている。
誰一人動かないその現場に、突如、一人の女性が降り立った。
それはまるで、虚無の中から湧いて出て来たかのようだ。
黒いドレスをまとったその女性は、廃墟の中を進み、死体を無造作に踏みつけると、先程地下に潜っていた調査員の前で止まる。
そっと屈むと、彼の傍に落ちている小型の機器を拾い上げる。
ケース型になっているその機器を開放すると、白い冷気と共に、あのケースが姿を現した。
女性はそれを見て満足そうに微笑むと、再び立ち上がった。
「回収、完了しました。これより帰還します」
腕時計のようなものに呼びかけると、僅かな間を置き、何者かの通信の声が聞こえて来た。
『さすがのお手並みね、感心したわ』
「ありがとうございます、駒沢博士」
『長居は無用よ、すぐにそこから離脱しなさい。――梓』
「承知しました」
黒いドレスの女性は、小脇にケース型の機器を携えると、まるで虚空に溶け込むように、その姿を消した。




