第41話【別離】2/4
午後五時半。
いつもよりかなり早い時間帯に、凱とアンナウィザード、ミスティックは中野新橋に到着した。
青梅街道から中野新橋方面へ左折しようと、ナイトシェイドがウィンカーを出そうとしたその瞬間、地下迷宮の女性オペレーターから通信が入った。
『北条リーダー、蛭田リーダーからの連絡です。
只今、アンナパラディンとブレイザーが、目黒区祐天寺正門前にてXENOと交戦中です。
現場状況から、パワージグラットの要請が出ております。
大至急、アンナミスティックに、祐天寺方面へ向かうよう指示をお願いします』
「なに?!」
『アンナローグも、現場へ向かっておりますが、市街地での戦闘の為、現場隔離が必要となります』
「ぐ……」
恐らくこの通信は、恵にも届いているだろう。
一瞬悩んだが、引き続き、中野新橋へ向かう。
凱は、眉間に皺を寄せた。
(よりによって、こんな時に!)
「そ、そんな! む、無理だよぉ!!」
とあるビルの屋上で待機していたアンナミスティックは、悲痛な声を上げる。
今まさにパワージグラットを施行しようという時点で、止められたのだ。
『気持ちは、わかる。
だが、今回のXENOは図体がデカイ割に移動速度が速い。
ブレイザーでも捕まえ切れない上に、周辺環境に障害物や野次馬が多すぎる。
パワージグラットを使わなければ、確実に被害が拡がるぞ』
「で、でも!
猪原さん、もうここに来てるんだよ!
今ここで、あっちに行っちゃったら……」
「勇次さん、私が加勢に向かいます!
ですから、どうか!」
そう言うが早いか、アンナウィザードは目配せをして、飛び立った。
アンナミスティックが、声をかける間もなく。
『聞け、ミスティック』
勇次の通信は、まだ続く。
『お前の気持ちもわかるが、優先度を考慮しろ。
今回の人的被害は報告されていないが、用賀や駒沢通りの事件では、多数の犠牲者が出た』
「ぎ、犠牲者?! たくさん?」
『そうだ、それもたった二日間でだ。
もしかしたら、複数の個体が同時に活動しているのかもしれん。
であれば、早急に各個撃破が必要になる』
「で、でも……」
『猪原家のことは、いわばボランティアだ。
本来、我々がやるべきことではない。
だが、今回は――』
『そこから先は、俺から話す』
勇次の通信に、凱が割り込んできた。
『メグ、聞こえてるか?』
「う、うん、お兄ちゃん……」
凱の声は優しく、それでいてどこか厳しさも含んでいる。
子供に説くような丁寧な口調で、凱は話し出した。
『もうすぐ、猪原夫妻の所に着く。
俺の方から、お二人には説明をしておく』
「でも、それじゃあ」
『メグ、お前も行け。
そして、とっとと片付けて、急いでここに戻って来い』
「――あ!」
『それまで、猪原さん達は俺が引き止める。
ここからは、スピード勝負だぞ』
「う、うん! わかった!
じゃあ、すぐ行って来るね! お兄ちゃん!!」
『ああ、だがくれぐれも油断するなよ!』
「わかった!」
そう言い終えるよりも早く、アンナミスティックは空高く飛び立った。
『凱。
判ってると思うが、下手したら――』
「判ってる。
それ以上、今は言うな」
勇次との通信を切る。
本郷通りの交差点を通り抜け、例のマンションの向かいにあるコンビニから、夫妻が姿を現したのが見える。
凱は重い溜息を吐き出すと、サングラスをかけた。
アンナウィザードが到着した時点で、戦況は大きく変化していた。
なんと、XENO「リザードマン」はいつしか二体に増え、更には祐天寺の敷地内にまでバトルフィールドを移していた。
「くっそ! なんて逃げ足速いんだよ!」
アンナユニットの高速移動は、背面部と腰部に設定されたブースター「アクティブ・バインダー」と「ヴォル・シューター」によって行われる。
しかし大空ならともかく、障害物の多い地上での加速調整は非常に難しく、ここで訓練の差が生じる。
アンナパラディンは善戦するものの、近隣の建物を損壊しないように広範囲で立ち回るのは、アンナブレイザーには荷が重い。
だが、その欠点を突くように、リザードマンはヒットアンドアウェイを繰り返し、ブレイザーを翻弄していた。
まるで、弄ぶかのように。
一方のアンナパラディンも、その巨体からは想像もつかないようなXENOの素早さに、悪戦苦闘を強いられていた。
まるで小刻みにテレポートするかのように、消えては出現し、虚を突いてくる。
攻撃を当て、腕や脚を切断しても、即座に回復する。
その為、双方共に致命的なダメージこそ受けないものの、何時まで経っても戦闘が終わらないという悪循環に陥っていた。
(ここでは、必殺技や風力兵器は使えない。
それを狙ってここに?
いや、まさか……)
“Execute science magic number M-001 "Magical-shot" from UNIT-LIBRARY.”
「マジカルショット!」
突然、上空から叫び声と共に、無数の光の矢が降り注ぐ。
それは一つひとつが微妙に角度を変え、リザードマンに命中した。
巨大な風船が破裂するような音を立て、アンナパラディンやブレイザーと対峙していたリザードマンの身体が爆ぜる。
蒼色の魔女が降り立ったのは、その直後だった。
「お待たせしました!」
「こちらもですっ!」
もう一体、桃色の閃光が降臨する。
アンナローグだ。
右手でクルクルとアサルトダガーを回転させると、徐にそれを正門の方向に投げつけた。
ギャッ! という短い悲鳴と共に、唐突に出現した“三体目”のリザードマンが破裂する。
アサルトダガーは、胸の中心部を撃ち抜いたようだった。
「げっ! さ、三体目?!」
「何時の間に?!」
「まだ沢山居るみたいです! 呻き声が聞こえます!」
アンナローグは、そう言うと高感度集音センサーで集めた情報を転送する。
その結果を見たアンナパラディン達は、愕然とした。
「き、九体?!」
「そ、そんなに居たのかよ?!」
「どうりで神出鬼没が過ぎると思ったわ。
単純に数で圧してたってことね」
「くそ! 二体敷地の外に出た! 追うわ!!」
そう叫ぶと、アンナブレイザーは祐天寺の敷地外に飛び出す。
そこは、もうハルシネーションの範囲外だ。
少し離れたところで、叫び声がする。
リザードマンが、姿を現して人々に襲い掛かろうとしているようだ。
「こンの野郎ぉ!」
自転車に乗った女性に襲い掛かろうとする直前で、アンナブレイザーが後ろから担ぎ上げ、上昇する。
だが、もう一体が――
「くそっ! 間に合わねぇ!!
こうなったらぁっ!」
グギャアアァァァ!!
暴れ狂うリザードマンを上空に放り投げ、特大の炎をまとったアッパーカットで爆砕すると、アンナブレイザーは即座に地上に戻ろうとした。
その時――
“Power ziggurat, success.
Areas within a radius of 1,000 meters have been isolated in Phase-shifted dimensions.”
「パワージグラットぉ!!」
一瞬、周囲が青白い光に包まれる。
と同時に、行き交う人々や車の姿が、忽然を消え失せた。
アンナブレイザーの眼下には、途方に暮れているもう一体のリザードマンの姿があった。
一瞬ギョッとするが、すぐに技のモーションに移る。
「ファイヤー・キィ――ック!!」
右脚に炎をまとわせ、上空から一気に落下する。
そのまま、アスファルトもろともリザードマンを、真上から叩き潰す。
巨大な爆発が起き、直径五メートル程の陥没孔が発生した。
リザードマンの残骸は、欠片も残っていない。
「こっち、来ちゃったの?」
見上げた空に、エメラルド色の閃光が軌跡を描く。
まだブスブスと燃え続ける炎をよそに、アンナブレイザーは、心配そうな表情で見上げた。
アンナローグによる、リザードマンの位置情報は、アンナミスティックにも送信されていた。
残り七体も全て並行世界に移転され、ようやく本格的な戦闘が行えるようになった。
地響きを立て、地面をめくり上げ、アンナミスティックが豪快に着地する。
と同時に、マジカルロッドを取り出した。
「みんな、遅くなってごめんね!」
「ミスティック! いいの?」
「う、うん。
でも、急いで戻らなきゃならないの!」
「わかりました! 急ぎましょう!」
「わ、私も、頑張りますっ!!」
四人の気持ちが、一つになる。
そして、遅れてやって来たアンナブレイザーも、そこに加わる。
逃げ場を失ったと判断したのか、リザードマンは全員その姿を現した。
残り、あと七体。
「す、すごい数ですね……」
「明らかに、何かがおかしいわ。
これだけ大量の、しかも同型のXENOが一箇所に出現するなんて」
「今は、それよりも!」
「そうだぜ! とっとと片付けて、ミスティックを帰さなきゃな!」
各人が、それぞれの武器を構え、対峙する。
「ごめんねみんな! 力を貸してねっ!
タイプII・スティック!」
マジカルロッドを棒状に伸ばし、姿勢を落として構える。
メグらしからぬ鋭い視線が、XENOを射抜く。
激戦が、始まった。
「トリャアァ――っ!!」
二メートル近い長さの棍型のマジカルロッドを軽快に振り回し、アンナミスティックがXENO・リザードマンの一体に飛び掛る。
ほんの数メートルの距離、咄嗟に横に身を避けたリザードマンだったが、ミスティックはその避けた先に向かって突っ込んできた。
「てやぁっ!!」
虚を突かれた形となったリザードマンは、マジカルロッドの先端の直撃を受け、腹部にダメージを受ける。
表皮と肉、筋肉が弾け飛び、その向こうから、真っ白い何かが覗いた。
即座にAIが、その部分にマーキングを施す。
「核! あそこねっ!!」
即座に距離を縮め、リザードマンが体勢を立て直すよりも素早く、棍を構え直す。
腰と背中から、光の粒子が猛烈な勢いで噴き出した。
「てぇいっ!!」
超至近距離からの、ブースターダッシュ。
アンナミスティックは、マジカルロッドで核を突き刺したまま、寺の敷地内を一直線に疾走した。
その途中、もう一体のリザードマンが進行方向に出たので、そのまま巻き込む。
突然背後から突進して来た仲間の身体に反応し切れず、二体目も、同じように身体を貫かれた。
そのまま、外壁をぶち抜き、道路を横切る。
グエェェェェ……!!
アンナミスティックが止まるよりも早く、二体のリザードマンは、奇声を上げて灰化する。
粉々に砕け散ったリザードマンの残骸を振り払うと、アンナミスティックは、気迫のこもった視線を祐天寺の方へ向けた。
「あと、五体! 急がないと!!
――タイプIII・ソード!」
マジカルロッドを剣の形に変形させると、アンナミスティックは、即座に科学魔法を唱えた。
“Completeion of pilot's glottal certification.
I confirmed that it is not XENO.
Science Magic construction is ready.MAGIC-POD status is normal.
Execute science magic number C-016 "Accelerate " from UNIT-LIBRARY.”
「アクセレートっ!!」
詠唱と共に、アンナミスティックの袖とスカート、エプロンが、まるで風に煽られているようになびき出す。
全身の色が明るくなり、瞳の色が、エメラルドから黄金に変化する。
ジェットエンジンの稼動音のようなものが響き渡り、アンナミスティックの周囲に乱気流のようなものが発生した。
“Confirmed the execution instruction of ACCELERATE.
From this, switch to HIGH-SPEED MODE.
Changed the arithmetic processing function to 100 multiply.
Connect the adapter for heavy acceleration to GRACE-RING.
Forced cooling and forced exhaust heat of each joint are performed in parallel.”
ドン! という破裂音と共に、アンナミスティックは、凄まじい速度で走り出した。
まさに、目にも止まらない速度で。
一陣の疾風が、戦場を駆け抜ける。
「ひえっ?!」
「わっ?!」
「えっ!?」
「きゃあっ!」
他のアンナセイヴァーも、唐突に発生した超高速移動物体に翻弄される。
アンナユニットのカメラでも補足出来ない程の超高速で、アンナミスティックは、皆が闘っているリザードマンに襲い掛かった。
次々に腹部を貫き、或いは横一文字に切り裂く。
加速の影響なのか、マジカルロッドの破壊力は常軌を逸したレベルに高まっている。
棍が触れた端から、みるみる肉体が裂け、破裂していく。
猛烈な砂塵と石粒を巻き上げ、あっという間に、四体のリザードマンを破壊していく。
核をあっさりと破壊され、XENO達はその身を崩壊させていった。
シュウゥゥ……という排気音を立てながら、アンナウィザードの背後で止まる。
「これで――あと一体!」
「み、ミスティック」
「め、メグ……?」
「メグさん……ですか?」
アンナブレイザーとローグは、思わず息を呑む。
目の前に立っているのは、彼女達が知るアンナミスティック――メグではない。
鋭い眼光に、全身から漲る殺気。
背後から炎のように燃え立つ、闘志。
それは、他の四人の背筋をぞくりとさせるほどの迫力を秘めていた。
目の色が元に戻り、たなびく袖やスカートがふわりと降りる。
それと同時に、寺の本堂の方から、バキバキという激しい破壊音が聞こえて来た。
「あれは?!」
「な、なんだありゃ?!」
「この、巨体は――」
本堂の天井を突き破り、見上げるような巨体が姿を現す。
ギャオォォォォ――!!
まるで怪獣のような雄叫びを上げ、周辺の空気を振るわせる。
それは、先程まで闘っていた者達よりも、三倍近い高さに膨れ上がったリザードマンだった。
「XENOが巨大化?!」
「チィッ! この前のクマ野郎みたいなパターンかよ!」
「こ、こんな大きなXENO、どうすればいいんですか?!」
「皆さん、散開してください!」
アンナウィザードの指示で、他の三人が周囲に散らばる。
だが、アンナミスティックだけは、その場を動かない。
巨大リザードマンは、本堂の残骸を踏み潰しながら、意外にも素早い動きでこちらに迫ってくる。
威嚇するように、耳障りな鳴き声を立てる。
「もぉっ! 時間がないのにぃ!」
バン! と大きな音を立て、アンナミスティックはマジカルロッドで地面を叩く。
石畳が割れ砕け、傍にいたアンナローグはギョッとした。
「急ぎましょう! 皆さん、ご協力をお願いします!」
アンナウィザードが呼びかけ、ミスティック以外の三人が深く頷く。
そしてミスティックは、射抜くような怒りのまなざしを、巨大リザードマンに向け続けていた。
マジカルロッドを握る手に、力がこもる。
(待っててね、かなたちゃん!
絶対に、絶対に、パパとママを連れてそこに行くから!!)
グオオォォォォ――!!
巨大リザードマンが、雄叫びを上げる。
それを合図にするように、五人は同時に地面を蹴り、飛翔した。




