●第41話【別離】1/4
美神戦隊アンナセイヴァー
第41話 【別離】
案の定、猪原夫妻による凱への連絡が頻発化した。
午前中から二時間程度の間を置き、何度も連絡をしてくる。
時には、ナイトシェイドにオペレーターを演じてもらい、対応を頼むほどだ。
相模姉妹が下校するまでは、どうしてもパワージグラットを行使できない。
それを何度も説明するのだが、こちらがぐずぐずしていると、どんどんタイムラグが開いていくのが我慢ならないのだろう。
あの晩、帰りの車内で何度も説明したにも関わらず、猪原夫妻は、焦るあまりにその事を頭から飛ばしているようだった。
気持ちは痛いほど理解出来るのだが、あくまで好意で動いている立場としては、やはり全ての要求をそのまま受け入れるわけには行かなかった。
「――わかりました、それでは、いつもの時間に」
『いえ、私達が直接、中野新橋に向かいますので、お迎えは結構です』
「ああ、なるほど。
承知しました」
猪原の妻が、感情を抑えたような声で伝える。
確かに、その方が時間は遥かに短縮できる。
聞けば、猪原は有給を取得してまで、かなたとの面会時間を稼ごうしているようだ。
その想いに同情し、胸が張り裂けそうになるが、その気持ちを表には出さず、凱はあくまで平静な態度を装い続ける。
だがそれは、夫妻の為でなく、愛する妹の為であった。
「――以上が、千葉愛美からの報告になる」
「まっずいですね、やっぱり、あの並行世界はどんどん変化しているみたいな」
「しかも、この測定結果だと、あたし達が想定してるよりずっと早いね。
―ユウジ、ぶっちゃけ、あとどんくらいが限界なの?」
今川とティノの言葉に、勇次は自分の端末に向き直る。
アンナウィザードとミスティック、そして凱達がかなたや坂上と会っていた頃、アンナローグは単身で異世界を調査していた。
以前、XENOと戦闘を行った場所を巡り、その様子を撮影してレポートする。
加えて、都内各所の店舗やコンビニを定め、その店内の商品の一部をあえて動かし、それがどう変化を及ぼすかを観察するなど、地道な作業も並行していた。
その結果、XENOとの戦闘箇所は全て元通りになっていた。
また、商品を動かした店舗も、ほぼ全てが元に戻っていることを確認した。
それはつまり、坂上やかなたが述べていた「一ヶ月間」で起きた変化が想定以上に著しかった事を示している。
並行世界で変化が起きるという事は、どんどん別な世界に変わっているという事を意味する。
たとえキャラメル一粒増えただけでも、それは違う世界に変わった証なのだ。
かなた達の居る世界が、どのような理屈で変化を起こしているかは、今の“SAVE.”には知る由もない。
そしてパワージグラットの効果も、今は非常に大雑把な移動を行っているので、多少の変化による世界のずれは無視できるようだ。
だが、それがいつまで続くかは、予想するしかない。
勇次がアンナローグに調査を指示したのは、それを指し計る目安を得るためだった。
「これまで、パワージグラットが使用された回数は十四回。
そのうち、猪原かなたが発見されてからの施行回数は六回。
渋谷のビルの変化は、十三回目で確認されていて、秋川渓谷の廃墟は十一回目。
いったいどの時点で変化したのかはわからないが、仮に十回の施行で以前に移動した世界にいけなくなるのだとしたら――」
「あと、四回?」
ティノの呟きに、今川が首を振る。
「いや、もっと少ないですよ。
だって前回と前々回の間で、急にタイムラグが増加したんですから」
「ああ、そうか。
じゃあ、開きが今までより大きくなっていると仮定したら……えっと、ユウジ、結論出して!」
ティノに応え、勇次は端末に表示した何かのデータを指し示した。
「何よコレ?」
「AIに作成させた、本件のシミュレーションプログラムだ。
これに基いて今の回答を述べると」
ゴクリ、と二人の喉が鳴る。
勇次は、重い溜息を吐き出すと、苦々しそうに呟いた。
「恐らく、あと一回か二回が、限度だ」
勇次が分析した情報は、ティノによって即座にナイトシェイドに伝達される。
そしてそれは、凱と相模姉妹のスマホにも送信された。
たまたま休憩時間にそれを確認した恵と舞衣は、思わず目を剥いて席から立ち上がった。
教室を飛び出した、恵は、隣のクラスから出て来た舞衣と会い、屋上への階段を駆け上った。
「ど、どうしよう、お姉ちゃん!」
「あと一回か二回だなんて……あまりにも唐突過ぎますね」
舞衣は、早速凱に連絡を取った。
『――ああ、俺も驚いている。
しかし、であれば尚更、迂闊な行動は出来ない』
「す、すぐにあのマンションに行った方がいいのかなあ?」
「私達は、どうすれば良いでしょう?」
『お前達は、最後まで授業を受けるんだ。
いつものように、ナイトシェイドでアークプレイスに戻って、すぐにあの場所へ向かってくれ』
凱は、猪原夫妻が直接現場に向かう事と、少しでも時間を短縮する旨を二人に伝える。
恵も舞衣も納得出来ない表情だったが、兄の指示に背く意味も気持ちもない。
会話を終了させると、授業開始のチャイムが鳴った。
「あ~あ、結局いつもと同じになっちゃうのかあ」
「確かに、今私達が慌てても、事態は変わらないですからね」
「うう、メグも、お姉ちゃんみたいに冷静になりたいよぉ」
そう言って涙目になりかける恵を、舞衣は頭ナデナデでなだめる。
「じゃあ、いつものように校門の前で待ち合わせね、メグちゃん」
「うん! じゃあ放課後にねー!」
約束を交わし、それぞれの教室に向かって走っていく。
だが恵は、途中で足を止めた。
廊下の窓から、青い空を眺める。
「どうしたの、相模君?」
不意に、後ろから声をかけられる。
担任教師の東条が、不思議そうな顔で見つめていた。
「あ、センセ! ごめんなさい、急ぎますから!」
「ああ、うん。
なんかその、大丈夫?」
「ううん、メグ大丈夫でーす☆」
そう言うと、ニカッと笑ってまた走り出す。
その様子を見つめて、東条は優しく微笑んだ。
放課後。
約束通り、校門前で待ち合わせた相模姉妹は、目立ちにくい場所で停車していたナイトシェイドに飛び乗った。
SVアークプレイスに向かう途中、地下迷宮からの通信が入る。
『マイ、メグ、聞こえてるかな?』
声の主は、ティノだ。
「ティノさん! どうされたんですか?」
「今、アークプレイスに向かってるの!」
二人の声を聞いて安堵の溜息を漏らすと、ティノは、改まって話し始めた。
その声は、やや真剣味を帯びている。
『さっき、目黒の祐天寺付近で、XENOじゃないかなって思われる目撃情報があったの。
ミキとアリサ、マナミがそっちに向かってくれてるわ』
「え、こんな時に?」
「そ、そんなぁ!」
『まだXENOだと決まったわけじゃないからね、アンタ達は予定通りに行動して。
でも、もしかしたら――戻って来た早々、力を貸してもらうことになるかもね!』
「わ、わかりました! 勇次さんは?」
『今、研究班総出で、祐天寺の情報分析中!
非常勤のスタッフも呼び出されて、てんやわんやだよ!』
「ふや~、わかりましたぁ」
通信が途切れ、二人は、不安げな表情で見つめ合う。
「どうしよう、お姉ちゃん!
もし、未来ちゃん達の方で、パワージグラットが必要になっちゃったら」
「そうならないことを、今は祈るしかありません。
急ぎましょう」
二人は祈るような気持ちで、SVアークプレイスへの帰路を急いだ。
午後五時二十分、東京メトロ・中野新橋駅。
ここから件のマンションまでは、徒歩でせいぜい数分程度の距離だ。
複雑な路ではなく、細い路をただまっすぐ歩くだけで、とても判りやすい。
猪原夫妻は、前より少し大きな荷物を持ち、マンションの方角へ向かって歩き出した。
凱との約束の時間まで、あと僅か。
夫妻は、例のマンションの前に辿り着くと、訪れた部屋の窓を見つめる。
そこでは、見た事もない若い女性が洗濯物を取り込んでいた。
「やっぱり、本当にあそこは、異世界だったんだね」
妻が、ぼそりと呟く。
夫は、それに無言で頷いた。
「ちょっと、電話してみる」
スマホを取り出そうとする夫の手を、妻が止める。
「待って、もう何回目よ!
これ以上はご迷惑だって」
「だけど、こうしてる間にも、かなたは」
「そうだけど、あの人達は、何の得にもならないのに、私達の為に一生懸命やってくださってるのよ?
私達は、そのご好意に甘えてるだけなんだから」
「……」
それ以上、会話が続かなくなる。
夫婦は、そのまま路地の端に立ち止まり、凱達が来るのをひたすら待ち続けた。
駒沢通り・祐天寺前交差点。
祐天寺の正門付近、その向かいにある駐車場に、二人の少女の姿があった。
アンナパラディンと、ブレイザーだ。
夕刻とはいえ、まだ周囲は明るく、周辺は行き交う人々も車も多い。
だがそんな中、二人はそこへ降り立たざるを得ない状況に陥っていた。
いったい、何処から現れたのか。
駐車場には、車を何台も踏みつけながら蠢く、巨大なバケモノが居た。
その姿は、まるでトカゲ。
しかし、四肢が異様に長く、また体長も推定三メートルはあり、更に尾の長さも加わって、相当な巨体に思える。
そのバケモノの姿は既に大勢の人々に見られており、その為、野次馬達もかなりの距離を置いてその様子を窺っているようだった。
破砕したフロントガラスに前脚をかけ、そのトカゲ型のバケモノは、数メートル先に降り立った二つの光を凝視した。
空から舞い降りたアンナパラディンとブレイザーの姿に、野次馬達がざわつき始める。
アンナブレイザーは、軽く舌打ちした。
「どうすんだコレ、思いっ切り見られてるじゃねえか!」
「今更だけど、こうするわ」
アンナパラディンの、右手首の宝珠が、閃光を放つ。
“Completeion of pilot's glottal certification.
I confirmed that it is not XENO.
Science Magic construction is ready.MAGIC-POD status is normal.
Execute science magic number C-014 "Hallucination" from UNIT-LIBRARY.”
「ハルシネーション!」
アンナパラディンが、科学魔法の幻覚地形を唱える。
その途端、駐車場周辺に広範囲の光学スクリーンが、瞬時に形成される。
駐車場の中に居た筈の三体の影は、その瞬間、消滅した―-ように見えた。
「ふぇ?! あ、あんたも、科学魔法使えたのかよ?!」
「あの二人に比べたら、ほんの少しだけね。
さぁ、今のうちに」
「オッケー!」
その声と同時に、トカゲ型のバケモノと二人は、同時に跳躍する。
三つのシルエットが、空中で激しく激突した。
「祐天寺正門前で、アンナパラディンとアンナブレイザーが交戦開始」
「XENOの映像情報が届いています」
「周囲に大勢の人が集まっています。
XENOの敏捷性を考慮すると、非常に危険な状態です!」
「パワージグラットによる現場隔離が求められます!」
オペレーターの声が、慌しく響く。
地下迷宮のオペレーティングエリアでは、勇次と今川が、空間投影型の巨大モニタを見つめ、苦々しい表情を浮かべていた。
「只今より、この度のXENOを“UC-12 リザードマン”と呼称する。
ただちに、リザードマンの移動速度と運動性能を分析。
情報を二人のAIに送信しろ」
勇次の指示に、女性オペレーター達が行動を開始する。
その脇で、今川は持ち込んだノートPCを叩きながら、大きく眉を顰めた。
「やっぱこれ、この前用賀で出て来た奴と同じっぽいですね」
「だろうな。
しかし今回の奴といい、どうして突然、こんなところに現れたんだ?」
「結構、大きく東に移動してる感じですね。
だって、あの後、用賀付近で同じようなのを見かけたって話ないですもん」
「まあ、所詮SNSだから、正確性に乏しい情報だろうが。
それが本当だとすると、何故、そんな移動を?」
「それがわかりゃ、苦労はしないっすけどね」
「何かを――追っている、とか?」
悩む二人の下に、ショートボブの金髪を振り乱しながら、ツナギ姿の女性が駆け寄ってきた。
「ユウジ、アッキー!
もうすぐ、パワージグラットの時間でしょ?
どうなってるのこれ?!」
「こっちも困惑しとるわい!」
ティノは、馴れ馴れしく勇次の肩に手を載せると、モニタに向かって身を乗り出した。
「あのさ、ミスティックに連絡して、パワージグラットの範囲を広げてもらったら?」
「それで、どうしろというんだ」
「だからさー、中野新橋から祐天寺まで、一気にパワージグラットで包み込んじゃうのさ。
範囲設定拡張するだけだから、余裕でしょ?
そうすれば、XENOは隔離出来るしミスティック達は目的果たせるしで、一石二鳥じゃないの?」
暢気な提案に、今川が首を振る。
「あ~ティノさん、それ無理っす」
「なんでよ!」
「パワージグラットのユーティリティは、あくまでアンナミスティックの有視界範囲内でしか転送対象を設定出来ないんですよ」
「は? どゆこと?!」
「つまりだ!
アンナミスティックは、祐天寺と中野新橋の両方とも、その場に居なければならなくなる!」
「え、ちょっと待って!
じゃあ、もしかして――」
青ざめるティノに、今川は、やむなく冷酷な結論を述べざるを得なかった。
「そう、結局どっちか一方にしか、パワージグラットは使えないってことっす」




