●第40話【齟齬】1/4
美神戦隊アンナセイヴァー
第40話 【齟齬】
「わかりました、では、かなたを連れて行きたいのですが――」
あまりにも自然に飛び出した言葉に、凱は思わず面食らった。
「待ってください、猪原さん。
残念ですが、それは出来ません」
「どうしてですか?
こうしてやっとかなたと逢えたのに、また離れ離れになれと言うんですか?」
「それについては、先程何度も説明しましたが」
「ふええ、かなた、パパとママと離れたくないよ~!」
「北条さん、どうかお願いします!
この子を、うちに連れて帰らせてください!」
遂には、かなたと妻まで同じようなことを言い始める。
突然の展開にうろたえる坂上に掌を向けると、凱は、一旦深呼吸して三人に伝えた。
「出来ることなら、私もそうして差し上げたいですが。
かなたさんは、この世界に捕らわれている状態ですから、たとえあの車に乗せても時間が来れば消えてしまい、またこの世界に戻ってしまいます」
「そんな事を言って、かなたを帰らせないつもりなのか?!」
いきなり、夫の口調が変わる。
どうやら激昂すると態度が豹変するタイプのようで、凱は内心呆れたが、顔に出さないよう努めた。
「今の私達は、特別な技術で、無理やりこちらの世界に潜り込んでいる状態なのです。
ですから、いつまでもここに居ることは出来ませんし、この世界にあるものを持ち帰ることも出来ません。
それは、かなたさんや坂上さんであっても同じことなのです」
「そんなこと、やってみなければわからないじゃないですか!」
妻の方も、だんだんヒートアップしてくる。
凱は、やはりこの二人を連れて来たのは失敗だったかと、心底思った。
長年離れ離れになっていた子供と再会し、気持ちが変わってしまったのは理解出来る。
とはいえ、絶対のルールを捻じ曲げることは、不可能なのだ。
だからこそ、事前説明をしておいたのに。
「あの、ちょっと宜しいでしょうか」
申し訳なさそうに、坂上が手を挙げて会話に割り入って来る。
「以前、私も北条さんから詳しく伺い、元の世界に戻れないことを理解しました。
お二人とも、お気持ちはお察ししますが、ここは一度お戻りになられてはいかがでしょう」
「……」
「北条さん、猪原さんご夫婦を、もう一度こちらにお連れ頂くことは可能でしょうか?」
坂上の質問に、凱は一瞬戸惑った。
「ええ、可能です」
「どうでしょう、本日はここで一旦お開きにして、明日以降にでもまたお越しいただくというのは?」
「ええ~っ」
不満そうな顔のかなたに、無言で佇む両親。
何か言いたいが言葉に出来ない苦悩が感じられ、凱も言葉を失う。
「かなたちゃんは、私が責任を持ってお世話します。
ですからどうか、お二人は安心して、本日はお戻りください。
いつでもお待ちしておりますから、また是非いらしてください」
「……」
「……」
「さぁ、かなたちゃん、晩御飯のお手伝いをしてくれるかな?」
「う、うん」
「あ、そうだ、北条さん!
あのお二人にお伝えくださいませんか。
作って頂いた煮込みハンバーグ、とても美味しかったって」
「そうそう! とぉーっても! 美味しかったんだよ!
かなたね、二つもぺろっと食べちゃったの!」
そう言うと、かなたはVサインを翳して急に笑顔になった。
凱はなんとも言えない表情でそれを受けると、静かに頷く。
そして猪原の妻は、その言葉に再び涙ぐんだ。
「煮込みハンバーグ……かなちゃん、大好物だったもんね」
「ああ、二日か三日にいっぺんのペースで、いつもリクエストしてたからな」
相槌を打つ猪原も、いつしか涙ぐみ始める。
そんな二人の様子に、凱はただ目を閉じ、同情するしかなかった。
「ねえママ!
今度来るとき、お弁当持って来てくれない?」
「えっ?」
「かなた、ママの作ったご飯、久しぶりに食べたいの!
ねえ、おねがーい!」
「あ、う、うん、いいわよ」
「わぁい、やったぁ♪」
かなたはゆびきりをせがみ、母と約束を交わす。
その間に、凱は場の雰囲気を変えてくれた坂上に、無言で礼をした。
時間は、もうない。
「もう時間です、ここを出ましょう。
坂上さん、申し訳ありませんが、また寄せてください」
「はい、わかりました。
いつでもお待ちしていますので、ご遠慮なくどうぞ!」
その後、坂上とかなたに見送られ、凱と猪原夫妻はナイトシェイドに乗り込んだ。
何度も振り返り、かなたに手を振る二人の姿に、凱はこみ上げるものを感じていた。
車に乗り込んでものの一分も経たないうちに、リアウィンドウから見えていた二人の姿が消え、それと同時に周辺を歩く人達や行き交う車の姿が現れた。
突然出現したナイトシェイドに驚いたのか、脇を通り過ぎる人々が、不思議そうにこちらを見つめている。
「車を、出しますね」
それだけ呟くと、凱はステアリングを握り込む。
二人の答えはなく、ただ、微かに嗚咽の声だけが聞こえた。




