第39話【両親】2/4
翌日、舞衣と恵は、学校が終わった後に校門前で待ち合わせると、急いでナイトシェイドを呼び出した。
SVアークプレイスで実装を済ませると、大急ぎで中野新橋へ飛翔する。
目的は、いわずともかな。
「ウィザード、付き合ってくれてありがとう!
じゃあ行くね、パワージグラット!」
滞空しながら、パワージグラットを施行する。
街の喧騒が、一瞬にして完全に途絶え、静寂が訪れた。
「ミスティック、コンビニからノートを調達しましょう」
「あ、そうだね!」
アンナウィザードの提案で、二人はマンション手前のコンビニに入り込んだ。
以前約束した、かなたとの連絡用ノートだ。
カウンター奥の事務所からマジックペンを拝借すると、アンナミスティックは、ノートの表紙にデカデカと
“かなたちゃん と メグ の連絡ノート☆”
と書いた。
「ミスティック、本名書いちゃってますよ?」
「え? あー! やっちゃった!
……でも、いいよね? どうせ他に誰も見ないんだし」
「それもそうですね」
「それに、かなたちゃんに名前教えちゃったし♪」
「ええーっ!」
「いいじゃんいいじゃん☆
え~っと、ちょっと待ってね」
そう言うと、アンナミスティックは、ノートの最後の一枚を破り、そこに何かを書いた。
「どうしたのですか?」
「ううん、ちょっとね」
ノートの切れ端を折りたたみ、カウンターのレジの横に置く。
そこには
“210円のノート一冊、使わせて頂きます。勝手にごめんなさい!
メグぴょん”
と、書かれていた。
「――というわけでね、かなたちゃん。
パパとママに向けて、メッセージを伝えてくれるぅ?」
「うん! でも、録画するの? 道具は?」
「大丈夫だよ!
お姉ちゃんの目で見たものは、全部自動的に録画されているから」
「えーそうなの?
すごーい!」
「ということは、この前のも、全部録画されてたんですか?!」
「す、すみません!
でも、そのおかげで、私達のスタッフも、坂上さん達のことを認識してくれました」
「そうなんですか、でも、そうなるとなんか照れるなあ~」
坂上は、そう言いながら頭をぽりぽり掻いて照れた。
いつものマンションにお邪魔したアンナウィザードとミスティックは、夕食準備前になんとか間に合った。
今日は報告だけでなく、二人で夕飯作りを買って出た。
坂上は恐縮したが、かなたは大喜びだ。
「わーい☆ ハンバーグ楽しみぃ!」
「なんかすみません、お手伝いまでお願いしちゃいまして」
「そんな、お気になさらないでください!
私達の方こそ、連絡もなくいきなり押しかけておりますので」
「あのねー、味見は出来ないけど、ちゃんとAIで調味料とか成分とか計算するから、心配しないでね!」
「うん、楽しみにしてるねー!」
本日は、かなたのリクエストで煮込みハンバーグとなった。
しかし、滞在時間の都合最後まで作れないので、仕込みだけに留めることにする。
二人は、慣れた手つきで玉ねぎとにんじんを刻み、炒め、合挽肉と卵、牛乳に浸したパン粉と混ぜる。
勿論、ちゃんと使い捨ての薄ビニール手袋を着けてだ。
香辛料や塩を振り混ぜながら、アンナウィザードとミスティックは、見事な連携で調理を進めていく。
アンナミスティックが肉をお手玉のようにポンポンと丸め、かなたがそれを見て大はしゃぎしている。
アンナウィザードは、デミグラスソースやりんご、中農ソースやケチャップでソースを作り始めた。
一通りの準備を済ませたところで、二人は素晴らしく慣れた手順で片付けを終えた。
「後は、もう四十分くらい寝かせてから、オーブンで焼いてください。
その後で、ソースに浸して軽く温めれば召し上がっていただけます」
「煮込まなくてもいいのですか?」
「耐熱容器に入れて、レンジで温めるくらいでいいですよ。
その方が型崩れしなくて、美味しく頂けます」
「わぁい♪美味しそう!
ねえ、お姉ちゃん達も一緒に食べようよー」
「ごめんね、かなたちゃん。
私達、この世界のご飯食べられないのー」
「あっ、そっか!
うう、残念だなあ~」
「それに、今回はもう時間がないので、そろそろおいとましなければ」
「誠に残念です。
滞在時間を延長する方法などは、ないのでしょうか?」
坂上の質問に、アンナウィザードはおおまかな事情を説明した。
今の“SAVE.”の技術では、それは困難なのだと。
「もし、かなたちゃんのご家族をこちらにお招き出来た場合も、一時間がリミットになります。
ですので、申し訳ありませんが、それはご了承ください」
「ええ~、そんなちょっとなのぉ?」
「うん、でも心配しないで!
何回でも連れて来てあげるからね」
「うん♪」
かなたを抱き上げながら、アンナミスティックは笑顔で約束する。
それを横目に、ウィザードはいささか心配そうな表情を浮かべた。
最後にかなたのメッセージを撮影したところで、リミットが近づいた。
このまま部屋の中で戻ってしまうと、本来のこの部屋の住人を驚かせてしまうため、マンションの外に出る必要がある。
二人は、またこの時間くらいに来るかもしれないとだけ伝え、ベランダから外に飛び出した。
「ばいばーい、お姉ちゃん達、またねー♪」
かなたが、元気に両手を振って見送る。
それに手を振り返しながら、アンナミスティック達は夜空に姿を消した。
SVアークプレイスに着き、実装を解除した途端、恵が舞衣に話しかけてきた。
「お姉ちゃん、ごめんね」
「どうしたんですか、急に?」
「だってぇ、いつも付き合わせちゃって悪いしぃ」
「仕方ないですよ、二人揃わないと実装出来ないんだから」
「うん、それはそうなんだけど……」
申し訳なさそうに頭を垂れる恵に、舞衣は笑顔を向ける。
「私達は、いつも一緒の姉妹じゃないですか。
そんなこと気にしないで、メグちゃん」
「お姉ちゃん……マイちゃん……」
少し涙目になっている恵の頭を優しく撫でると、舞衣はそっと抱き締めた。
「あの時のこと、また思い出したのですか?」
「――うん」
「やっぱり。
だから、今回は特に一生懸命なんですね?」
「……」
「私も、あのお二人のことが気になって仕方ないですから、いつでも付き合います。
だから、メグちゃんは本当に気にしちゃいけませんよ」
「マイ……ちゃん。
うん、ありがとう」
胸の中で、嗚咽が聞こえる。
舞衣は、さらにぎゅっと抱き締めると、恵の頭を撫で続けた。
SVアークプレイスから退出し、再びナイトシェイドに乗り帰宅しようとする二人に、誰かが遠くから声をかけてきた。
「はぁはぁ、よ、良かった、間に合いましたぁ」
「えっ、ま、愛美さん?!」
「どうしたの、愛美ちゃん?」
息を切らしながら駆け寄ってきた愛美は、膝に手を当てて呼吸を整えると、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「あの実は、明日から私も、パワージグラットの調査に加えて頂きたいんです」
「ど、どうしてですか?」
「うん、それはいいんだけど、どうして急に?」
「ええ、実は勇次さんからの依頼でして。
あ、違いました。
“オーナー”という方からの、だそうです」
愛美のその言葉に、舞衣と恵は思わず顔を見合わせた。
「パパが?!」
「お父様が?!」
「――へ?」




