第38話【神隠】2/4
地下迷宮に帰還したアンナセイヴァーは、実装解除後、すぐに映像情報の提供と報告を行った。
坂上という、予想外の人物が登場したことで、勇次や今川、ティノ達の間に更なる戦慄が走る。
また、坂上が提供してくれた並行世界の情報は非常に貴重なもので、勇次と今川は何度もリピートして内容を確認していた。
「でも、えらいこと頼まれちゃったじゃないの、あんた達。
そんな安請け合いしちゃって、いいの?」
「だってぇー、可哀想なんだもん!」
「そりゃ、あんなちっちゃな子がいるんじゃ、同情する気持ちもわかるけどねぇ」
「ねぇユージさん、よっしーさん、あの人達を助けてあげることは出来ないの-?」
「あ・き・ち・か! オレ、義元だからっ!!」
「あひゃぁ~! ごめんなさ~い!」
恵が皆に懇願するものの、誰も回答を返さない。
否、返せないのだ。
「並行世界にあるものを、こちらの世界に持ち込むことは出来ない。
それはわかっているな、相模恵」
「うん、でも、どうしてなの?
そこが、よくわかってないんだよね、メグって」
小首を傾げる恵に、今川が説明をしようとしたところに、ずいっとティノが身を乗り出した。
「聞いて、メグ。
並行世界はね、一見人がいないだけでこの世界とおんなじに思えるけど、実際は全然違うの」
「えっ? そうなの?」
「うん、今のところその違いはハッキリわからないけどね。
もしかしたら、物質の構成があたしらの世界と違ってるかもしれない」
「うん? どういうこと?
メグよくわかんない」
「もしもの話よ。
例えば、並行世界の物をこの世界に持ってきた途端、大爆発したりね」
「えぇっ?! そ、それはないでしょ?」
「ちょ、それはなんか意味がわからんよ?!」
「いや、ないとは限らないよ、メグちゃん、ありさちゃん」
驚く二人に、待ってましたとばかりに今川が言葉を挟む。
「向こうの世界にあるハンバーガーが、こっちの世界だと爆発する物質で構成されている可能性もなくはないんだよ」
そう言いながら、どこから取り出したのか、やたらでっかなハンバーガーをパクつく。
「ひえ?! 自爆バーガーですか?!」
「いや愛美ちゃん、例えばの話。
別にトイレットペーパーでも、マンホールの蓋でも、ダンプカーでもいいんだ」
「トイレットペーパーはともかく、後の二つはなんでそんなの持って来たってモンなんやな」
「トイレットペーパーも、こっちの世界で買ってくださいって思います」
「いや待って、話逸れる」
今川の話は、こういうものだ。
並行世界とは、自分達の今居る世界のすぐ近くに存在しているものだが、微妙に違いがある。
一番目立つ違いは生物が居ないことだが、それ以外にも、気付かれていない別な「何か」があるかもしれない。
つまりそれは、現実世界と並行世界で「概念」が異なっている証拠なのだ。
であれば、それは一見平凡で安全そうなものであっても、現実世界にどのような悪影響を及ぼしてしまうか、わかったものではないのだ。
当然、現実世界の物体が並行世界では危険なものになる可能性もある。
パワージグラットは、そういった“違い”を強引に捻じ曲げ、現実世界の物体を無理やり並行世界の「概念」に馴染ませているのだ。
しかし、当然ながらそんな力技が長続きする筈もない。
パワージグラットの制限時間はその為のリミットで、実際の限界よりかなり多めの安全的余裕を設けてはいるものの、一時間で強制的に再転送されるように設定されているのだ。
「そういえば、何かの本で読んだ学説であったわね。
今のこの世界は、私達生命体が生きるためにあらゆる事柄が都合良く出来ているけれど、それはそういう世界だから感じられるだけで、もし都合の悪い別な世界だったら、そもそも生命体なんか存在しえなかっただろう、って」
「ちょっと何言ってんのかわかんない」
「ごめんねありさ。
あなたには難しすぎたかしら」
「ムカ! えーえーどうせあたしゃ頭悪いですよすみませんねぇ」
「あ、あの、私も良く理解出来ませんでした。
申し訳ありません!」
「あ~愛美ぃ、あたしの味方はあんただけだよぉ~!」
「むぎゅ」
各人が様々な反応を示す中、二人だけ、少し不満そうな表情を浮かべる者がいた。
勇次と、恵だ。
「じゃあ、かなたちゃんと坂上さんは、どうしてあの世界で暮らしていられるのかなあ?」
「そうだ、あの世界で二人が生きて行けている以上、少なくとも通常の生活を送れる範囲では、問題はないのではないだろうか?」
「でも、さすがにそういうのを調べるのは、今回の主旨じゃないよねえ、ユウジ」
「う、うむ、確かにそうだ」
ティノの突っ込みに、勇次はわざとらしい咳払いをする。
だが恵は、
「ねえ、あの二人がどういう人達なのか、調べてみてもいい?
メグ、とても気になってしょうがないの」
「ああ構わん」
「ホント? やったぁ☆
ユージさん大好き♪」
意外にもストレートに許可を出した勇次に、恵は思わず抱き付いた。
大きな胸に顔を覆われ、両手をジタバタさせながら悶絶する。
その様子に、ハンバーガーを咥えたまま、今川が冷たい視線を向けた。
「あ~、もごぐまままびいっわわ、わいっふふぇ~、ふぉもどふふぇふぇ!」
「あー、もう羨ましいったらないっすねー、このドスケベ。
――と、仰っておられます」
「通訳サンクス、マナミ」
「でも恵、調べるってどうするの?
何か手がかりでも?」
「う~んと、まずインターネットで調べてみて、それから……う~んと」
恵が困り顔で小首を傾げると、メンバーの背後から、聞き慣れた声が響いて来た。
「そういう事なら、諜報班の俺の出番じゃないかな」
「あっ! お兄ちゃん♪」
遅れてやって来た凱を見止め、恵は席から立ち上がると、全速力で駆け寄っていく。
一瞬の間を置き、バフンッ! という謎の衝突音と、グエッという凱の嗚咽が聞こえて来た。




