●第37話【異界】1/3
「パワー・ジグラットっ!」
左手の人差し指と薬指を折り曲げ、それ以外の指を伸ばし“印”を形づくる。
左前腕に装着された、金色の装飾具が展開し、手首の宝珠が青白い閃光を放つ。
その光が、伸ばした指を通じて広範囲に放射された。
アンナミスティックの視界――モニタ上には、まるでベクタースキャンのような映像が展開し、仲間四人と、闘うべき相手“XENO”三体を捉える。
合計七体のシルエットに瞬時にカーソルが当たり、黄色く変化する。
と同時にサブウィンドウが展開し、周辺状況が簡略画面で表示され、効果範囲指定エディタが読み込まれた。
相模恵の脳波を感知したサポートAIが、パワージグラットの効果範囲を定め、アンナミスティックの左腕を介して「フェイズチェンジフレーム」を生成、磁場を発生させる。
フレーム内部は、次の瞬間「デュプリケイトエリア」に転換され、アンナミスティックと七体のシルエットは、この世界から姿を消した。
――今回のXENOは、UN-11「コボルド」。
犬型の頭部に人間の身体を持ち、1.5メートルと2.3メートルの個体が入り混じり、三体出現した。
場所は、中野区弥生町二丁目の、閑静な住宅街。
「よっしゃあ、これで闘いやすくなったぁ!」
パワージグラットの施行は、各アンナユニットにレポートされる。
それを受け取ったアンナブレイザーは、待ってましたとばかりに、両手首のファイヤーナックルを装備した。
「ファイヤー・パァ――ンチ!」
炎を噴き出したファイヤーナックルが、アンナブレイザーの拳を赤熱化させる。
反動をつけてコボルドに飛び掛ったブレイザーは、巨大な火球のようになった拳を、真っ直ぐぶち込む。
核のある胸の中心部を、炎の拳で打ち抜かれたコボルドは、そのまま道路を横切り、ラーメン屋の正面の駐車場まで吹っ飛ばされた。
停められていた車に激突し炎上すると、コボルドは断末魔を上げながら消失した。
「アンナキック!」
空高く舞い上がったアンナローグが、空中で急旋回、一番大きなコボルドめがけて飛び蹴りを敢行する。
両肩のアクティブバインダーを空中で作動させ、標的に向かって自分自身を撃ち出す。
真っ直ぐ伸ばした右脚が、まるで槍のようにコボルドを貫いた。
「タイプII・スティック!」
専用装備“マジカルロッド”を、2メートルほどの長さの棒状に変形させる。
棒術のような構えを取ったアンナミスティックは、残った最後の一体に向かって、激しい連打を繰り返した。
「たぁ――っ!!」
攻撃の勢いは凄まじく、小さな交差点を幾つも越え、茶色いマンションの前までコボルドを後退させる。
全身を殴打され、フラフラになったコボルドの核めがけて、アンナミスティックはマジカルロッドの先端を真っ直ぐ突き出した。
ギャアァァ――ッ!!
女性の声が混じったような、甲高いコボルドの悲鳴。
みるみる崩壊していく肉体からマジカルロッドを引き抜くと、アンナミスティックは無意識に額を拭った。
だがその時――
「お疲れ様、みんな」
美味しい所を持っていかれたアンナパラディンが、やれやれといった表情で話しかける。
少し遅れて、アンナウィザードもやって来た。
「お疲れ様でした。
ミスティック、パワージグラットの解除をお願いします」
「……」
「ミスティック?」
「……え? あ、うん。
ジグラット・オープン!」
ミスティックがパワージグラットを解除する直前、アンナセイヴァーの五人は、空に舞い上がった。
美神戦隊アンナセイヴァー
第37話 【異界】
一時間後、地下迷宮に戻った愛美達五人は、早速本日の戦闘に関するミーティングを実施した。
ミーティングルームに集合した五人と勇次、凱は、天井から下がるスクリーンに注目する。
アンナパラディンが保存した映像データを見返しながら、今回のXENOの傾向を分析し、次回出現時に備えて更なる対策を検討する目的だ。
「今回のコボルドは、明確に人間の形状を維持し、更に逃走経緯から、高度な知能を有している可能性が益々高まった。
以前、向ヶ丘が提示した通り、XENOは一旦人間を捕食し、そこから別な動物を更に捕食することで、一種の“キメラ”化を果たし進化すると判断すべきだろう」
勇次の切り出しに、凱が頷きながら返答する。
「頭が犬ってだけで、それ以外はまるっきり人間の形だしなあ。
でかいけど」
「ワーベアの時から、急に人間型の混じったパターンが出て来たように思えますね」
「その前のジャイアントラットの時も、最終形態の手前までは人間態だったし。
もしかしたら、今までのXENOもみんなそのパターンだったのかもしれないわね」
舞衣と未来が、更に意見を付け加える。
愛美とありさは、特に話に加わるわけではなく、ただじっと映像を見つめていた。
一方、恵はというと。
「メグさん?」
「え? あ、何?
愛美ちゃん?」
「どうされたのですか?
さっきから、ぼうっとされてますが」
愛美が、心配そうに顔を覗き込む。
その言葉に反応して、凱が飛び上がるような勢いで席を立った。
「大丈夫か、メグ?! 具合でも悪いのか?
向こうで少し横になるか?」
「だだだ、大丈夫だよぉ~。お兄ちゃん」
「でも、なんかさっきから変だよメグ?
何かあったん?」
二人の肩越しに、ありさも反応する。
彼女達に首を振ると、恵は少し困った表情で呟き出した。
「あのね、気のせいだと思うんだけど」
「うん?」
「さっきね、メグがコボルドを倒した後なんだけど」
「ふむふむ?」
「直ぐ傍にあったマンションの二階にね」
「何かあったの?」
心配そうに、次々に皆が恵の顔を見つめてくる。
恵は、ため息を吐き出して、思い切ったように続きを語り出す。
「――女の子がね、居たの」
恵の発言により、ミーティングは一気に大混乱となった。
パワージグラットにより生成された空間内は、並行世界に転換されるが、そこには生物は一切いない。
街中でよく見かける雀やカラス、猫や小虫なども、一切存在しないのだ。
無論、人間がいる筈など全くありえない。
しかし、嘘をつけない上に素直な性格が知られている恵が、そんな素っ頓狂な嘘を吐くとも考えがたい。
「検証よ!
ミスティックの記録映像を確認しましょう!」
未来の発案に、全員が同意する。
急遽、開発班リーダーの今川も招聘され、更にはメカニック班リーダーまでもが呼び出された。
九人に増え、賑やかになったミーティングルームでは、アンナミスティックからパラディンに転送された視覚映像データが再生されることになった。
「め、メグちゃん、嘘だよね?
人が居たなんて」
「あっきー黙って!
あ、XENOがもうすぐ倒されそう……この後だね」
不安げに尋ねる今川を、メカニック班リーダーが抑える。
コボルドが崩壊し、それを見届けた後、アンナミスティックが斜め左方向に視線を向けた。
マンションというより、ちょっと良い造りのアパートにも見える建物が映り、その二階のベランダには――
「な……?!」
「ウソ……でしょ?!」
「……??」
そこには、確かに“少女”が映っていた。




