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美神戦隊アンナセイヴァー  作者: 敷金
INTERMISSION-04
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 第36話【食神】3/3


 ここは、嵐吹き荒れる森の中に佇む、古い洋館。

 カーテンの隙間から覗く豪雨と、風に揺られる木々の様子は、薄暗い室内にさらなる不穏をもたらしていた。


 この館のメイド・ありさは、今日も主人の言いつけに従い、この“秘密の部屋”にやって来ていた。

 いつも、日々の最後にやってくる大切な「奉仕」。

 ありさは、これまで自分に与えられ続けた羞恥な行為の数々を脳裏に反芻させて、思わず身震いをする。

 わざと短い丈に調整されたマイクロミニのスカートの端を、恥ずかしげに手で整える。

 すでに火照り始めた肉体が、そんな行為は無駄な事だと告げているが、その仕草は自身に残された

「最後の恥じらい」であり、せめてもの抵抗のつもりだった。


 抵抗?

 自分に、今更何の抵抗が必要だというのだろう?


 まだかろうじて正常を保っている思考と、自身の中に生まれた「羞恥な行為を求める」本能が、無意味な葛藤を繰り広げる。

 そんな時、ひときわ大きく響いた雷鳴の光に混じり、暗闇の向こうで、小さなろうそくの明かりが灯った。


「待たせたな」


 年輩の男性の、静かな声が響く。

 その声は、ありさの中の衝動を、ひときわ激しく突き動かしていく。


「いえ……ご主人様」


「相変わらず、美しいな。

 今夜もまた、お前の可愛らしい躰で楽しませてもらうよ」


 主人の声の一つひとつが、ありさの中の「理性」を破壊していく。

 最後にかすかに残った冷静な気持ちを司る部分が、今の自分に奇妙な分析を施す。


 嗚呼、自分は、もうこのお方に全てを握られているのだ。

 そう、全てを……

 

 その解答が導き出された瞬間、ありさの中に構築されていた“人間”としての自意識と理性が、音を立てて崩壊した。


「さあ、こちらへ来るのだ。

 何をすればいいか、わかるな?」


「はい…」


 男の側にやってきて、すでに火照りまくった肉体の一部を、両手で軽く包む。

 そして、意を決して見上げたその先には――



「ぐえへへへ! ぺっちゃん!!

 どーでぇ、すっかり肉奴隷になっちまった感想はよ?! えー?!」



「ぐわ―――――っ!!

 寄るなさわるな近づくなこの人間ケムシ! 体毛ゲルゲ!」




「はっ?!」


 気が付くと、ありさはテーブルの上に突っ伏していた。

 隣では、未来と愛美が、ぐったりともたれかかっている。

 ラーメン屋の店内に香る独特の匂いで、ようやく、自分がどういう状況に置かれていたのかを思い出した。


「ゆ、夢か…。あああああ、嫌な夢だった~!!」


 そう呟いて、はたと気が付く。

 いや待てよ、たしか自分達はあのドルゲ魔人達に敗北して……


「じ、じ、冗談じゃない!

 に、逃げてやるっ! 逃亡してやるっ!!

 それでもダメだったら、あたしのファイヤーキックで!!」


「あ~、ありさちゃん☆」


「よかった、気がつかれたのですね?」


 こっそり場から抜け出そうと踵を返した直後、背後から、聞き慣れた優しい声がダブルで響いた。


「マイ、メグ? ど、どーしてここに?」


「うふふ♪ もうちょっとだけ待っててねー!」


「私達も、ここに食べに来たんですよ。

 もう“終わり”ましたから」


「へ?」


 言葉の意味が飲み込めず、小首を傾げるありさは、周りで硬直している店員達と観客、そして瞳に気が付く。

 そして、ひょいとテーブル周辺の状況を覗き、絶句した。



 食べかけのラーメンもそのままに、完全にグロッキー状態で突っ伏している威張田三兄弟。


 重ねられた空のどんぶりは、合計15杯、小皿15枚……90ポイントは稼いでいる。


 しかし、自分達が本来座っていた筈のテーブルの脇には、合計22杯のどんぶりと、36枚の小皿が重ねられていた。


 ポイントは146。

 これ以上ないくらいの圧勝だった。

 にも関わらず、現在のテーブルの主達はまだ何かを食べているようだ。



「お代わりお願いしまーす♪」


「あ、私は、棒餃子をあと六皿お願いします」


 その声にようやく我に返り、慌てて厨房に走る何人かの店員達。

 瞳は、もはや何も言う事はなく、ただ「やれやれ」と肩をすくめるだけだった。


「誰か、何が起きているのか、あたしに説明して」


「うーん、なんかあの人達があんまり酷いこと言うからね~」


「思わず、私達も参戦してしまったんです」


「はぁ_!

 ちょ、待って」


「でも、幸い勝つことが出来ましたので、やっと本当に食べたかったメニューを注文しているところなんですよ」


「や、やっと注文って――え゛え゛え゛え゛~~~っっっ?!?!」


 ありさの驚愕の声に、やっと、未来と愛美は意識を取り戻した。


「ぼ、ぼ、棒餃子お待ち」


「と、と、特製雪降チーズラーメン、お待ち」


「あーっ、これ」


「え?! な、何か?!」


「これ、普通盛りですよね?

 メグ、さっきと同じ大盛り注文したつもりだったのにぃ~」


「いいじゃないですか、メグちゃん。

 もう一杯注文すればいいだけですから」


「あ、そうだったね!

 じゃあ、これもらいますから、もう一杯大盛お願いしまーす☆」


「私も、大盛でお願い致します――」


 勝利の……否、食の女神達の狂宴は、まだ当分終わりそうになかった。






 その後、地下迷宮ダンジョンに立ち寄った五人は、早速、先程とんでもない出来事を勇次達に報告していた。


「でもさあ、舞衣達ってなんであんなに食べられる訳?

 あたし、今でも信じられないよ」


「私も、です。

 だって、結局お一人ラーメンが……えっと何杯でしたっけ」


「十三杯以上、よ」


「ひえっ?!」


「そこに加えて、一品物がそれぞれ24皿くらいでしょ?

 人間じゃないよ、もう」


 先程の状態をいまだに認知出来ない三人は、事実を反芻しつつも、それに疑いを抱き続けていた。


「えー、そんなひどいよぉ。

 いつもはそんなに食べてないんだから、たまにはいいじゃなーい」


「そうですよ。私達、いつもは皆さんと同じかそれより少ないくらいしか食べませんし」


 ささやかな姉妹の反論に、勇次は頭を抱え、今川は堪え切れずに吹き出してしまった。


「あははっ☆ そうそう、すっかり忘れてたよ。

 二人とも、実はものすごい大食いなんだよね。凱から聞いた事あったわ」


「そ、そうなの?!」


 ありさの反射的な問いに、勇次はコクコクと頷く。


「相模姉妹が中学生の頃だったか。

 皆で食べ放題の焼肉屋に行った時の、あの凄まじい光景は――一生忘れられん」


「あ、それオレ知らないっすよ? どうなったんです?」


「あ~! いや~ん!

 勇次さん、話しちゃダメぇ!」


 慌てまくる恵に口を抑えられ、勇次は、顔を真っ赤にして沈黙した。


「い、いったい何があったんですか?! その時?」


 困惑した愛美が未来の方を見ると、何かを思い出したのか、未来の顔が青ざめていた。


「愛美、世の中にはね、知らなくてもいいことがあるのよ」


「ひえ?!」



「そういや、あの剛毛筋肉兄弟はどーしたん?」


 ありさの呟きに、恵が少し心配そうな表情で応える。


「なんか、救急車で運ばれてっちゃった」


「かなり無理をされていたご様子でしたから、それがいけなかったのかと」


「あ、あの三人が……病院!」


 未来の顔が、さらに青ざめた。


「ちょっと可哀想だけど、慣れない事するからだよー。

 普通の人は、自分のペースで無理しないように食べないと危ないのにぃ」


「……」


「あのー、、オレさっきから聞いててすごく不思議な事があるんだけど?」


 突然、今川が疑問を唱える。


「ありさちゃん達が負けたら、肉奴隷って奴にされる事になってたんでしょ?

 対戦相手だった三兄弟って、結局負けた訳っすよね。

 じゃあそいつらが払う代償ってどーなるの?」


「あっ」


「そ、そういえば、そういう事は何も話していなかったように思います!」


 未来と愛美が、同時に驚きの声を上げた。


「いっそ、そいつらを肉奴隷にしてやれば良かったんじゃない?」


「ぐげっ! あっきーさん冗談キツイよぉ」


 ありさが気色悪そうに拒絶する。

 そんなやりとりの中、未来は、舞衣のハンドバッグに差し込まれている茶封筒に気が付いた。


「マイ、それって何?」


「あ、これですか? う~んと」


「賞金だって」


 そういわれて、ようやく思い出す。

 確か25ポイント獲得で三万円、以降は5ポイント獲得ごとに賞金アップだとか。

 愛美は、両手の指を折り曲げつつ、ポイントの計算を始めた。


「って、いくら入ってるの?」


「えーと、205ポイントだから……わわわっ☆」


 封筒の中には、臨時の小遣いとするにはあまりに巨額な札束が入っていた。


 総額で、二十一万円。


「ど、ど、どうしましょう!

 まさかこんなになるなんて思いませんでしたから……おろおろ」


「瞳の奴も、とんでもないキャンペーンを考えてしまったな。

 お前達が二人で行ったら、アイツ破産するぞ」


「あれ、勇次さん。あそこの店長と知り合いなの?」


 ありさの疑問に、勇次はしかめっ面で頷く。


「凱とアイツは、昔からの腐れ縁だ」


「へーっ」


 適当に驚くありさ達をよそに、相模姉妹は、臨時収入の扱いについて話し合っていた。



「これから、お兄様に何かご馳走を作って差し上げましょう」


「あ、お姉ちゃんそれイイ!! それで行こうよ!」


「ねーねー、余ったらナニ買うのー?

 なんかおごってよぉ」


 猫なで声で迫るありさに、舞衣は苦笑いを返す。


「残りは、お兄様に預けて貯金していただくつもりです」


「きーっ、お嬢様はこれだから!」


「って、ちょっと待って」


 和やかな雰囲気の中、突然、未来が奇声を上げた。


「はん? どーしたの、未来?」


「これからご馳走って、あなた達、まさか、まだ食べるつもりじゃ……?!」


 未来の質問に、姉妹は、笑顔で頷きを返した。


「ええ、そうですよ」


「だって、お夕飯作ってるうちに、お腹空いちゃうもん☆」





「わあ☆ お二人とも、すごいです! これが、“健康のなせる業”っていうものなのですね?」


「ま、愛美、それ絶対違うから」


 地下迷宮ダンジョンに、朗らかな笑いと壮絶な恐怖が充満した。

 聖なる胃袋を携えた天使達は、きっと、この世のすべてを食い尽くして尚、食欲を訴える事だろう。


 未来は、一人勝手に想像を巡らせ、身体を振わせていた。



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