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01:犬ってこんなに凶暴に鳴くことできるの?

誤字脱字誤用などはどうかお見逃しください。

 バタン、という音を聞いたのを最後に。

 目の前は鬱蒼とした森だった。

 そして、振り返っても変わらない。はてと首を傾げるも、声高に鳴く鳥の声と風に揺れる木々のざわめきしか聞こえないし、見渡す限り見事な森。

 家の裏にある見慣れた雑木林とも違うようだ。

 なんだこれと思いながらスマホを確認するも圏外で、仕方なく落ち葉やら下葉をかき分けて歩き回ってみても、森は森だった。なるほど。


 リュックからカッターを取り出して、枝からたれている蔓を切る。

 指がぎりぎり回るくらいの細い木も、手ノコでささっと切り倒して集めながらちょうどいい場所を探した。

 ぐるぐる歩いて、太めの木が五本いい感じに生えているところがあったので、とりあえずここに決める。傾斜のある場所だが、それほど問題とは思わなかった。

 生い茂っている下草を適当に刈ってある程度すっきりさせ、五本の木の間に集めてきた細い木と蔓を並べた。

 まだ足りないのでここを中心に歩き回ってさらに手ノコを活躍させると、木、枝、蔦、あとよくわからない木の実、岩場に湧き水、などと見たことのないものを含めて十分な数が集まった。いろんな植生が分布しているから豊かな森なのだろう。

 太めの木材を選んで支柱にすべく、五本の木とのバランスを見て穴を掘ってから埋める。スコップの類はさすがに持っていなかったので、ちょうどよさそうな枝の先を平に削ったり尖らせたりして掘った。

 いつもより道具の切れ味がいいような気がして、作業が気持ちいいくらい進むから驚くほど順調である。


 じいさんが日曜大工に凝っていて、もう日曜大工というか重度のDIYというか。

 自宅のリノベーションを自分でやり始めたらハマったらしく、暇をしていると思われていた自分を引き摺り込んできたので、手伝っているうちに道具も一式揃っている次第。

 和室を洋室に変えたり、窓を二重にしたり、ボロボロの台所をカウンターキッチンにもした。失敗もあるが、ホームセンターでもネットでもいろんな材料が手に入るし、作り方を知ることもできる。意外と自分たちでできるもんだなあと思った。

 今日の作業を終えてさあ帰ろう、と。

 たった今付け替えた玄関扉を開けた先に、まさかこんな森があるとは思わなかったが。手ぶらでなくて運がよかった。


 柱を立てたら、それぞれをつなぐようにまた木をくくりつける。地面に傾斜があるのと、蛇とかマダニとかいたら嫌だなと思い一番高い場所は自分の肩くらいにした。

 とりあえず柱用の木と、拾ってきた太めの枝を大雑把に削って噛み合わさるように蔓でぐるぐると縛りつける。天井の張り替えなども含めて、こういう腕を上げっぱなしの作業はしんどいのだけど、アドレナリンが出ているのか疲れも感じずこなせている。めちゃくちゃに余裕。

 蔓はなんの植物か知らないが、力を入れて引っ張ってもちぎれない強靭さがあったので助かった。

 骨組みができたら、その辺の枝を組み合わせて梯子を作り立てかける。

 さて、ここからが本題だ。

 一番多く集めた細めの木たちを骨組みに合わせて敷き詰めるように固定していく。

 頑丈なスノコが床になるような感じにしたくて、一本ずつ順番に並べては蔦で縛る。釘を使いたいが本数が限られているので、蔦ですむならそれを優先した。

 広さは二畳程度。真四角ではないがほぼ四角。多少の隙間はご愛嬌。木が足りなくなれば周りから集めればよかったので意外とすんなり床ができた。乗っても多少たわむものの壊れることはなさそうだ。

 柱にした五本の木で一番太いものはひと抱えほどの幹であり、枝振りもよいため登っても折れることはない。これなら安心だなと荷物を詰めたリュックをその枝にぶらさげる。


 ペットボトルのお茶を一口飲んで、床と柱しかない不思議な空間を見渡した。

 壁は必要だとは思うが、優先順位は屋根のほうが高いだろう。今はよくても雨が降ったら困る。まあ、壁がないと吹き込んできたら意味ないけど。テントがあればよかったなあ。持ってないからないものねだりではあるが。

 ひとまず、床から上は手すりのように何本か木を渡して柵を作るにとどめる。

 陽が傾いてきたので、太めの枝を額縁みたいに繋ぎ合わせてから床の端っこに置いて、その辺に生えていたつるつるした葉っぱを敷き詰めてから土を盛って固めた。枯れ葉と枯れ枝を山にして、ここで焚火をしたいのだけど、火かあ。

 アウトドアは、家族で二回くらいキャンプをした経験しかない。

 まして、バーナーやらバーベキューセットやらと便利グッズがそろっていたから、火付けの参考にはならなそうだ。

 こんなことならもっと山とか川とか行っておくんだったなあと思うが、今更どうしようもないので記憶の限りでやってみることにした。


 かまぼこ板みたいな厚さのやつを見つけたので、その縁に溝を掘って、菜箸より太い枝の先を丸くして、カラカラになっているスギみたいな葉っぱを集めてみた。あとススキみたいな穂がついたやつもあったからとりあえずそれも。

 集めながら初めに見つけていた岩場で水も汲んでおく。ペットボトル万歳。

 さて、火である。原始的な方法でいくしかない。

 薪用に枯れた枝なども多めに持ち帰ったが、火がつかないことには始まらないので、袖を捲って気合いを入れる。板の溝に火種を置いて、ひたすらに枝をぐるぐるした。

 擦れている部分が力加減でずれたり火種があちこちに飛んだりして四苦八苦。腕も疲れるが、焦げる臭いと煙が見えることもあり行けると思った。整えてから再度、焦らず慌てず。


 煙の上がった火種に息を吹きかけると赤色が見えた。そっと焚火の中に入れる。

 薪を組んだ下には燃えやすそうな枯れ葉と火種を仕込んでおいたので、見守っていると赤色が大きくなるのがわかった。これでひとまずの明かりを確保することはできた。

 さっき、ココナッツみたいな大きい実も見つけてあり、殻も硬そうだったので割れ目にノミを入れてハンマーで叩く。パカっと割れた中には黄色いミカンの中身みたいなものが詰まっていて柑橘系の匂いがした。

 小指の先ほどを食べてみたが、ものすごく酸っぱかったので脇に置いておく。あー、腹減ったなあ。肉食いたい。

 殻の上側に穴を開けてT字に近い枝を通して固定したら、簡易鍋になりそうだったので工作してから岩場で洗った。

 焚火には、三角形を作った枝を組み合わせて物を吊るせるようにしたので、鍋の取っ手を二つにして蔦を引っ掛けてみたら案外うまくいった。

 水を沸騰させて、一杯目は捨てる。

 二杯目からは飲んでもいいかなと思った。そうこうしているうちに一時間くらい経ったが、ミカンもどきで腹の具合は悪くならなそうだったので食べられる物ということにした。


 水と足場の確保ができるので数日は過ごせるが、問題は屋根と食糧である。

 陽が落ちるにつれて気温も下がりあたりは真っ暗になった。自然での日暮れは洒落にならないくらい暗い。

 リュックに突っ込んであった小さく畳めるダウンジャケットが、まさかこんな役に立つ日が来るとは。いい加減片付けなきゃなと思ってずるずる忘れていたやつだがやはり運がいい。

 あたりは鳥をよく見かけるのと、たまにリスっぽいものなどがいるような気がしたが、暗くなると遠くから犬の遠吠えが聞こえてきた。

 野犬かなにかだろうか。

 高床式だから安全、とは言い切れず念のため一番太い木にリュックを戻し、何本かの木の枝と一緒に自分も登ることにする。


 遠吠えは次第に意味を変え、唸り声と枯れ草を踏む音が近くなってきた。

 一匹ではない。思っていたより多い。焚火には薪をたっぷり足したため、煌々と夜に炎が浮かんでいるが、群れの足音がすぐそこまでくると明かりの中に犬の影が映し出された。狼を思わせる鋭い顔つきの群れである。

 作った高床式は彼らにとって不審なものだろうから、いっせいに足元をぐるぐると見て周り匂いを嗅ぎ、唸り声を上げた。たぶん、人の臭いが染み付いている。

 どうやら、懐くタイプの相手ではなさそうだ。むしろなんだかこっちが餌になりそうな気配まである。執拗にくんくん周りを嗅ぎまくっている。

 そんな彼らが、木の上で体勢を変える身じろぎ音を聞き逃すはずはなく、多過ぎる視線が一直線に向けられた。


 犬ってこんなに凶暴に鳴くことできるの? てくらいに牙を剥き出しにして敵意をあらわにしてくるのだが、木の上にいることが功を奏してジャンプしたり幹にのしかかってもここまでは来れないようだ。

 でも、少し間違えれば自分が落ちて噛み殺されそうである。

 放っておいても解決しなさそうだったのでどうにか追っ払わなければ。

 相手を観察しながら、手元の枝の先を削って鋭くしていく。全部を加工し終えたところで、狙いをつけて勢いよく投げつけた。ドスッと音がして地面に突き刺さる。

 何匹か怯んだが吠える声が大きくなって木に飛びついたり、せっかく作った高床式に乗ろうとしたり。強固な造りではないからめちゃくちゃに揺れている。

 流石に梯子を登れてはいないけれど、それも時間の問題のように思えた。炎が揺れて薪が転がるのが見える。火を消しておくんだった。


 荷物は木の上に避難させておいたから、一口しか齧っていないミカンもどきを投げつけると一匹の顔面に当たってキャン! と高い声が響いた。続けて手元にある先を削った枝をザクザクと投げる。

 手持ちが少なくなったところで、今登っている木の枝で切れそうなところを切ってわさわさ葉のついたまま落とした。

 大きいものには怯むのだろう、一斉に走って逃げていったのにホッとしつつ油断はできないから木の上で一夜を明かすことにする。

 火がついたままの薪が散らばったが、高床式に使ったものは生木ばかりだったのと、剥き出しの土のおかげで周りに燃え移らなくてよかった。

 煙を上げて燻っているものも含めて集めてから水をかけて消す。高床式と焚火の改良が必要なことはよくわかった。

 とりあえず、今晩は木の上にいるしかない。

 暗闇の中で高床式を作るわけにもいかないが、なにもせずに枝にまたがっているだけでは不安定だから、集めまくっていた蔦を張り巡らせてネットのようにして寄りかかっても大丈夫なようにする。幹とか枝はゴツゴツして痛いが寝れないことはないだろう。

 いい感じのところに身を収めて今夜は寝ることにした。あと屋根もどうにかしないといけないんだったなあと思ったところで意識は落ちた。


 朝日が眩しくて目が覚めると、体が凝り固まっていたが犬の姿はなく壊れかけた高床式と地面に突き刺さったり散らばっている枝たち。

 夜にまた来るだろうか。本当は周りを散策したいところだが、身の危険を第一に考えると犬対策が最優先である。崩れかけた高床式を解体して作り直すことにしよう。

 まずは、高さが低すぎるので自分の身長よりは上にしないとなと。支柱も増やして頑丈にしたいが、あまりやりすぎると相手の足場を増やすことになるかもしれない。

 木の枝を投げるだけなのも芸がないし、犬なら学習してそのうち通用しなくなる可能性もある。どうしたもんかなあと思いながら、大きなあくびをひとつ。思い切り背中を伸ばしてから、寝癖でぐしゃぐしゃな髪を混ぜた。


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