第二十五話 城で再び噂をされていた
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「お兄様、最近街でとても評判が良いと噂の便利屋さんがいるそうですわよ」
「便利屋?」
「えぇ」
研究片手に耳を傾けていたアルティスは、手を止めてエルフィーネを見た。
「それどこ情報なの? なんでエルが街の噂なんか知ってるのさ」
怪訝な顔でエルフィーネを見る。
しかしエルフィーネはそんな視線も意に介さず、あっけらかんとした表情で話した。
「そんなの簡単ですわ」
エルフィーネは少し自慢気に言う。
「私の侍女たちの情報網を侮らないでくださいませ」
ニコリと笑うその顔は幼さを残しながらも、可憐で美しく側にいるものを虜にした。
「なんだ、侍女たちの情報か」
「なんだとは何ですか! せっかくお兄様が喜びそうな話題を持ってきてさしあげましたのに」
「ん? 何?」
どうしようかしら、と焦らし楽しんでいたエルフィーネをよそに、背後からリュウノスケが声を掛けた。
「新しく来た日本人がやっている便利屋でしょう?」
「え!!」
アルティスが驚き振り向くと、エルフィーネはむくれてリュウノスケに詰め寄った。
「リュウノスケ様、せっかく私がお兄様に自慢しようと思ったのに酷いです!」
「フフ、すいません」
リュウノスケは笑いを堪えながら謝った。
「絶対悪いと思ってませんよね?」
アルティスとエルフィーネはよく研究所に入り浸っているため、研究所員ともリュウノスケとも仲が良い。
普通ならば王子と王女にこのように気軽に話せるはずはないのだが、二人があまりに毎日入り浸るものだから研究所員たちとはすっかり立場を超えた仲となっていた。
こういった気軽な会話ももはや恒例となっていたのだった。
「そんなことより、その便利屋をあの新しく来たという日本人の方がされているのですか!?」
「お兄様、そんなことよりって酷い……」
リュウノスケは苦笑しながらも答える。
「えぇ、私もそう聞きました」
「そうなんだ……」
アルティスはブツブツと独り言を繰り返していた。
「お兄様、行きたいのでしょう?」
「え、いや? そんなことはないよ?」
「声が上擦っていますわよ?」
「うぐっ」
「ブフッ……」
そのやり取りを見ていたリュウノスケは思わず吹き出した。
アルティスとエルフィーネはリュウノスケに目をやると、リュウノスケはその視線に気付き咳払いをした。
「ゔゔん、あー、いや、失礼」
それに釣られてか、エルフィーネもクスッと笑いアルティスに言う。
「今回は見逃して差し上げますわ。私も一緒に連れて行ってくださるなら」
「「!?」」
エルフィーネの発言にアルティスもリュウノスケも目を見開いた。
「いや。ちょっと待って! 私も一緒にって?」
「だから私も一緒に連れて行ってくださるなら、と」
「どこに?」
「街に」
思考が停止したかのようにアルティスは固まった。
「いやいや! 駄目だよ! エルを連れてなんて行ける訳ないじゃない!」
「どうしてですの? お兄様はしょっちゅうお忍びで街に行かれているではないですか」
「いや、それは、そうなんだけど……」
エルフィーネに詰め寄られ、たじろぐアルティス。まさかお忍びで街へ行っていることがそんなにバレているとは思っていなかった。
「ぼ、僕一人なら目立たないけど、エルが一緒だと物凄く目立つじゃないか!」
「確かに……」
アルティスが叫んだ台詞にリュウノスケが同意した。
アルティスとエルフィーネの菫色の瞳は王家伝統の色。さらにはエルフィーネの長い艶のある黒髪は有名だ。黒髪自体はさほど目立つ存在ではないにしろ、長く艶のある黒髪に、王家伝統の菫色の瞳。これが揃うと身元がバレる可能性が高い。
いくら治安の良いルクナードといえど、さすがに王族が気軽に出歩ける訳ではない。しかも王族がそんなところにいるとバレた日には、恐らく街中でパニック状態になるだろう。
「なら、色を変えれば良いではないですか」
「えぇ、そこまでするの?」
色を変える、正確には色を変えたように見せる。
魔石を使って身体に結界を張った状態にすると、髪色と瞳の色が変化したように見えるのだ。実際には変わっていないのだが、他人の目には違う色に見えるようになる。
アルティスは普段、街へお忍びで出かけるときにあまり変装などもしない。服装だけは平民服で行くが、髪色もそのまま、瞳は眼鏡をすることで誤魔化している。
魔石を使って変装するのには抵抗があるからだ。色を変化させる魔石はそれなりに高価な代物だ。身の安全のために必要とされ、王侯貴族は大抵持っているものだが、それを自分の都合で、しかもお忍び歩きのために使うのはどうにも気が引けたのだ。
「お願いです。私も一度くらい街を自由に歩いてみたいのです」
エルフィーネはアルティスに詰め寄り懇願した。そんな真剣に詰め寄られると妹に弱いアルティスは大概折れる。
「はぁぁ、分かったよ」
「ありがとうございます! お兄様!」
そんな二人のやり取りを苦笑しながらリュウノスケは見詰めていた。
「でも目立つ行動は絶対しないこと、僕から絶対離れないこと、良いね?」
「はい!」
エルフィーネは女神のように美しい笑顔で喜んでいたが、アルティスは深い溜め息を吐き、リュウノスケは苦笑するしかなかった。
翌日、平民服に身を包んだアルティスは護衛の二人と共にエルフィーネの部屋へと向かった。
扉を叩き中へと促されると、同じく平民服で待っていたエルフィーネ。
平民服といえど明らかにどこかの貴族のような雰囲気にアルティスは苦笑した。
自分もあまり平民ぽくはないのだろうが、エルフィーネのそれはどこかのお嬢様がお忍びで来ました、といったような雰囲気。大丈夫だろうか、と少し不安になるアルティス。
しかしエルフィーネはそんなアルティスの心配に気付くこともなく、自慢気に魔石を取り出した。
ネックレスになった魔石を身に付ける。深緑色の宝石が一粒。そのネックレスを身に付けた途端に、エルフィーネの髪色は黒から深緑色に、瞳は菫色から翡翠色になった。
侍女たちが感嘆の声を上げていた。
「エルフィーネ様、そのお色もとてもお似合いですわ」
「ありがとう」
侍女たちは褒め称えているが、アルティスは苦笑していた。
「エル、その魔石はあまりみだりに使用してはいけないよ?」
「分かっていますわ。今回初めて使うのです。今回だけです」
エルフィーネもそこは真面目な顔でアルティスを真っ直ぐに見詰めた。
アルティスもエルフィーネが軽々しく使用している訳ではないことは分かっていた。だからそれ以上は何も言わない。
「では行こうか」
アルティスとエルフィーネ、護衛二人、侍女が一人。皆が平民服という出で立ちで、街へと向かった。
「エル、その便利屋って、場所を知っているの?」
街へ到着したは良いが、行先が定まっているのか。とりあえず便利屋で新しくやって来た日本人に会ってみたい。
「えぇ、それはこのアンが知っています」
エルフィーネは一緒にやって来た侍女の両肩を背後から掴み、アルティスの前へとぐいっと押した。
「エ、エルフィーネ様!」
侍女は突然アルティスの前に突き出されたものだからあわあわしている。
一緒にやって来たアンはエルフィーネ付きの侍女の一人で、普段身の回りの世話を担当している。だから必然的に世間話をよくしているのも事実ではあるのだが、平民出身でしかも年若いため普段侍女たちの中では一番の下っ端だ。余計な情報を王女に聞かせたと咎められることを恐れていた。
エルフィーネから今日一緒に同行するように頼まれたことも、アンの胃を痛くさせていた。
エルフィーネのことは美しく優しい王女で好意を持ってはいるが、やはり普段親しくしてたとしても友人のように気軽に会話をしたり遊んだりするような仲ではない。どうやっても気を遣う、さらには何か起こってしまっては大変なことになる、と気を揉んでしまう。
しかも王子付きだ。緊張の対象が二人。
出来れば一緒に来たくはなかった、というのがアンの本音だ。
「ね、アン、貴女は便利屋さんの場所を知っているのでしょう?」
「は、はい……、あの、私の両親が利用したことがあると言っていましたので……」
アンの両親は王都で何やら商売をしているらしいので、その手伝いでも依頼をしたのだろうか、とアルティスは考えた。
そのままアンに付いて行く形で便利屋へと向かったのだった。
道中思い出したかのようにエルフィーネがアルティスに振り向き聞いた。
「そういえばお兄様、ラズヒルガはどうされたんですか?」
「えっ!?」
アルティスは目を見開き驚いた表情をした。
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