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108人のその他大勢  作者: ゆうま
1年1学期
8/28

8「Escape from escape①」

 クラス委員戦の後、教室に入って来た吉江くんは浮かない表情をしていた。元手が多いにも関わらず、あっさり負けたことを考えれば当然だ。


 「お疲れ」

 「ありがとうございます。あんなに手酷くやられてしまうとは思いませんでした。クラス委員なんて、やっぱり柄じゃなかったみたいです」

 「いきなり勝負しろって言われて、あの2人みたいな勝負が出来る方がすごいけどな。吉江くんは頑張ったと思う」


 ホームルームが終わった後すぐに出て行った生徒にも声をかけていた。本当に良い人なのか、良い人を演じているのか。


 「そう言ってもらえると、ありがたいです」

 「柄ではなかったって言っておいて、やる気満々ね」

 「決まったことですから。でもそうですね。僕も矛盾していると思います。では、こうしませんか?」


 黒板に自分の名前を書くと、足立(あだち)さんにチョークを渡す。


 「今ここには27人のクラスメイトの内23人がいます。投票するんです。誰が“その役割”を果たすのか」


 勝負で信用を得られなかったから躍起になっているのか。やりたくないなら譲れば良いだけのこと。

 もちろん面倒は起こるだろうが、今だって十分面倒だ。


 「自分で言ったんだから自分でやろうよ。僕は嫌だよ、リーダーなんて」


 黒板には森川(もりかわ)と書かれている。


 「投票しようと言ったのは私ではないわ。他薦がいけないなんて、誰か言った?私には出来ないもの」

 「それなら吉江くんで良いと思う」

 「どうして選んだのかも分からないのに、学校の決定に全て従うつもり?」


 分からないことはないけど、肯定は出来ない。そんな都合の良いことは許されない。許して良いはずがない。


 「足立さん、それは間違ってる。変える力を得てからしか、夢を見てはいけない。妄想ならいくらでも膨らませて良いと思う。だけど夢は、それを叶えられる可能性のある人しか見てはいけない。だから間違ってる」


 俺のこの考えが、全ての人に対して正しいなんて思わない。それに、夢と妄想の境目なんて曖昧だ。

 だけど言わなかったら絶対に伝わらない。言わなくても察してくれなんて、甘えだ。俺はあんな風にはならない。


 「少なくとも、正しくない」


 兄さんみたいに操り人形でいるのは嫌だ。だからここに来たんだ。ここで結果を残して、自由になりたい。

 俺は、自由が欲しいだけなんだ。


 「俺も田口(たぐち)くんの意見に賛成だ。他人が選んだリーダーが気に食わない。だが自分には出来ない。だから自分が選んだ他人にやらせる」


 三谷くんの目付きは、元々鋭い方だと思う。その目付きが、更に鋭くなる。


 「それで良いと、本気で思っているのか」

 「ウチもおかしいと思う」


 重くなった空気を、水野(みずの)さんは意に介さなかった。欠伸をした後、続ける。


 「自己紹介を促したりして、リーダーシップは多分十分あるんだと思うよ?でも変な理由で推薦された人にリーダーなんて、してほしくないな」

 「そもそも僕自身が嫌だって言ってるんだけどね」

 「結局、それが全てだ」


 今後勝負で学校から役割が与えられるであろう、学校から指名された吉江くん。他薦でやる気のない森川くん。

 どちらがリーダーをやるべきなのかは明白だ。


 「僕部屋に戻るね。付き合ってられないよ」

 「押し付けられていても知らないからな」


 三谷くんの言うことはブレてない。何故なら三谷くんは、吉江くんを応援してるわけではないからだ。

 便宜上相応しい人物がいるにも関わらず何故、他の人物をリーダーに据え置くのか。そう聞いてるだけ。

 リーダーに据えようとしている人物と提案した人物が同一人物であれば、もう少しこの言い争いは分かり易かったのかもしれない。


 「折角逃げて来たのに。子供だって大人だって、みんな自分勝手じゃないか。僕はやらない。絶対に。誰も信じない」


 絶対、がどちらに付くのかは分からない。だけど、森川くんが自己紹介を促した理由がなんとなく分かった気がする。


 自分勝手な大人から逃げて、自由になれたと思った。そう信じたかった。

 信じられる人を見つけたかった。そんな時間が少しでも多くあることを願った。こんな結果を見せられれば、泣きたくなる。当事者でなくとも泣きたいくらいだ。


 ドアを閉めるときに、ちらりと見えた森川くんは泣いてなかった。でも多分、心の中では静かに泣いてる。


 「俺が行く。俺たちって互いのこと知らねぇだろ。誰がなに言ったってなんも聞こえねぇよ。けどさ、軽音に入部するつもりだって言ってただろ?趣味ってのは最強なんだ。任せとけ」


 踏み出しかけてた足を戻して、小倉(おぐら)くんの背中を見送った。




                  ***




 入学式から1ヶ月が経っても、リーダーのことは保留になったままだった。1ヶ月間ああいった勝負は行われてない。


 森川くんは無事小倉くんと打ち解け、軽音学部で楽しく過ごしてるらしい。小倉くんのことだけは信用してるみたいで良かった。

 足立さんは子犬系の堀井(ほりい)さんに懐かれてる。非科学科学実証部というものを作りたいらしい。一体なにをするのだろうか。

 三谷くんと水野さんは、何故か気の弱そうな(はやし)さんを真ん中に置いて平和そうな日々を送ってる。


 本人が嫌がっても党派は存在してる。吉江くん派が9人。森川くん派が8人。無所属が8人。仲の良い人に合わせてるだけの人もいる。

 俺は気ままなぼっちライフ中なので無所属だ。将棋部に入部したが、一度も行ってない。幽霊部員というやつだ。


 「3人1組になれ」


 こういうことは初めてだ。吉江くんが余るだろうな。吉江くん派は、吉江くんのなにかに賛同してるわけではない。

 便宜上のことか、森川くんが気に入らないかのどちらかだ。誰からも嫌われない人はいない。注目されれば嫌われやすくもなる。

 逆に森川くん派は、森川くんを慕ってる人が多い。森川くんはほぼ宣言通り、小倉くん以外は信じてないけど。


 吉江くん派は無所属に近い人もいる。適当に声をかけてペアを調整。俺は余ってしまいそうな吉江くんと加藤くんに声をかけた。


 「気を遣ってもらってすみません。僕が余るとただでさえ歪なことが更に歪になってしまいます」

 「なに考えてそう言ってるのか知らないけど、常に難しく考えて生きてて楽しいの。俺はただ…」


 分かってる。でも、もう少し。まだ逃げてたい。


 「面倒な役をやりたくないから、媚を売ろうとしただけ」


 逃げて辿り着いたここから、逃げてたい。


 「任せられそうな方がいて、良かったです」


 だけど眼鏡の奥のこの瞳からは、どう足搔いても逃げられない気がした。

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