7「Trust②」
栗原くんはクラス委員戦で、ポイントを稼ぐことなく敗れた。元手の多かったBクラス吉江くんも敗れた。
オーラから既に違うAクラス鈴本くんは置いておくにしても、Dクラス佐々木さんはなんなの。自信ないですーって顔しといて。
…それは真っ先に解決するべきことではないわ。
全てを見た後で、栗原くんを責められる人なんていない。自分だったら出来ないって思ってしまうから。アタシだってそう。
でもこのまま有耶無耶にするのは良くない。
学校が決めたクラス委員だから、仕方なくリーダーもさせる。そんな雰囲気になるに決まってる。
それは反乱の火種になる。どんな課題が用意されてるかまだ全然分からない。だけどクラスの団結が必要になる課題は必ずある。
「ごめんね、カッコ悪いところ見せちゃったね」
教室のドアを開けた栗原くんは、申し訳なさそうに笑った。なんと言って良いのか分からないのか、教室は静か。
「本当よ。こんなリーダー、アタシは信頼出来ないわ」
私の声が妙に響く。
「うん。だから、僕はちゃんとクラス委員をやろうと思う」
「言ってる意味が分からないわ」
だって、負けたままでなんていられないものね。
「負けたままでいられないから。僕にも一応、意地はあるんだ」
「良いんじゃない?重要なのは、当人が決意を固めること。そして、それをクラスメイトが受け入れること」
それを多数が賛成する前に言ったら意味がないわ。
「ありがとう」
賛成の雰囲気に微笑むと、私と視線を合わせる。
「嫌な役させてごめんね。ありがとう」
「…別に良いわよ」
それに気付けるなら、あの勝負でもっと気付くことがあったはずよ。なんで第一ゲームで♥Jなんて宣言したのか、分からないわね。
クラスのリーダーとして上手くやっていく方法は、西尾さんが言って栗原くんが実行した今の方法以外にもある。
勝負自体で力を示すこと。
そっちの方が簡単ではあるけど、ミスをしたときが少し怖いかも。だったら、ミスごと受けれてもらった方が良い。
まさか、わざと?だったら侮れないわね。
「副委員なんてないみたいだけど、このクラスでは設けるのはどうかな。僕ひとりじゃ不安だろうから。その方が僕も安心だな」
これって、ただの責任分散?じゃあ普通に敗れたってこと?
「この学校のルールも分からない内に独自のルールを作るのは危険よ」
「相手は後出しじゃんけんをしてくる。指を咥えて待っていてもなにも出来ない。良いと思う」
「なにか不都合があって副委員をなくしたとする。でも一度選ばれたっていうフィルターがかかるわ」
自信は傲慢に繋がる。傲慢は敗因の大きな要素のひとつと言っても良い。
選ばれた当人だけの問題でもない。その人を頼ればなんとかしてくれる。そう思ったら終わり。
自分で解決しようとしない人は、終わってるのよ。
「特になにも考えずに提案してごめん。もう少し待った方が良かったね。でも、そういう考えがあることを覚えておいてほしいな」
本当に考えなしなのか分からないわね。食えないわ。
「一先ず、こういうゲームみたいなものがあったときは僕が基本の作戦を考えるよ。それで、みんなの意見を聞かせて」
了解の返事が教室を埋める。
「今いない人には改めて説明するよ。今日は解散にしよう」
教室から人が減っていく。大人数がその通りに動いてる。その現実が、リーダーシップがあることを示していた。
ただ否定するだけの私とは違う。
「さっきは本当にありがとう。えっと…」
3人になった教室で、私に微笑む。
「本宮よ」
自己紹介をしたCクラスメンバーの名前を言っていく。
「じゃあ最初に残った人は、みんないてくれたんだ」
「戻って来るだろうから待とうって言ったのよ。早々に敗れた人がしたいことなんて、分かり切ってるもの」
言い訳か謝罪。上手くリーダーに出来なければどうしようかと思ったけど、成功して良かった。
困ったように笑ってから、視線を西尾さんに向ける。
「西尾さんも、積極的に発言してくれてありがとう。大勢いるから誰かが発言するって思って、発言しにくいのに」
「私はあなたがリーダーで不安なだけ」
西尾さんは、誰がリーダーに指名されたって不安だって言うと思う。要は、他人に任せるのが不安なだけ。
だけど西尾さんがリーダーっていうのは、私は不安。やりたいならやれば、なんて思えない。
「そうだよね。でもクラスの決定には従ってもらうよ。残りのクラスメイトが全員反対しても、過半数にはならない。空気に流されたって意見を変えることを許すのは良くない。分かるよね」
西尾さんは明確な返事をしなかった。でも、鞄を持って教室を出て行ったことが返事のようなものだった。
「わざと負けたわね」
決定的な材料もないのに言い切ったのは、ちゃんと理由がある。
それを持ってると思わせるため。持ってなくても、そう断定してしまうくらいに信頼がないのだと知らせるため。
「どうかな。本当のことを言わないと、信頼してくれない?」
髪さえも掴ませてくれない回答。妙な人がリーダーになってしまった。
「どっちだとしても、栗原くんは結果に対する効果的な発言をしたわ。それについての実力は、認めざるを得ない」
「ありがとう」
微笑んだ栗原くんが鞄を持つ。私がなにも言わなければ、話は終わり。栗原くんは教室を出て行く。
これを逃せば、きっと栗原くんは今以上になにも答えない。それで良いの?でもなにを言えば、聞けば、なにが見えるの。
教室のドアが開いて、閉まった。
ひとりになった教室のドアを開けて、閉めた。
昼食と夕食をコンビニで適当に見繕って、部屋に戻った。今日はもう、この部屋を出ることはないだろうと思う。
私には、5つ上の姉がいる。ここの卒業生。帰って来た姉は、しばらく部屋から出て来なかった。
私は幼かった。小学6年生になる春休みだった。
その他大勢でいるのは簡単。リーダーだけを信じていればなんとかなるんだから。でも、リーダーはひとりひとりを信じなくちゃいけない。信じてもらわなくちゃいけない。それがどれだけ…
そう言って泣く姉の気持ちが分からなかった。年齢を重ねて、言っている意味は分かるようになった。
そして今日、私はそれを体験した。
信頼されていないリーダーはリーダーではない。祭り上げられるだけのリーダーはリーダーではない。
姉がどういう意味で言ったのかは分からない。だけど、優秀な人だった。きっとリーダーとして苦悩があったんだろうと思う。
あの掴めないクラスメイトを、リーダーとして信頼する。そしてサポートする。私は、そう心に決めた。