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108人のその他大勢  作者: ゆうま
1年1学期
6/28

6「Faithlessness①」

 緑色のリボンをした子と目が合った。存在感が妙に希薄で、それなのに目を惹かれる。そんな不思議な子。


 「お願いがあるの」

 「な、なに?」


 向こう側が見えそうな、透明な声。でもなにかが濁っていて、決して本心は見えない。表情もなくて、なにを考えているのか全く分かりそうもない。


 「そのリボンを15分貸してほしい。それで、そのことを誰にも言わないで」

 「なんで?」

 「秘密。だけど無償で、とは言わない。5,000ポイント」


 1ポイントに1円の価値がある、学校での通貨。それを入学当日クラスに行く前に、個人に使う。こんな面白い子もいるんだ。


 「もうひとつ条件。影で様子を見る許可をちょうだい」

 「分かった。本当に誰にも言わないで」


 邪魔をされる心配はしないんだ。


 「ポイントに誓って。私は佐藤(さとう)。あなたは?」

 「まだ分からない」

 「端末を見れば分かるよ」

 「()()()まだ分からないの。後払いでお願い」


 やりたいことは分かった。でも、一体なんの意味があるんだろう。


 「分かった。良いよ」


 自分がしていた赤いリボンを取って、リボンを付けてあげる。極々僅かにだけど、表情が変わった。多分、笑った。


 「ありがとう」


 言うが早いか、歩き出す。


 立ち止まって辺りを見回していた子にぶつかった。決して“と”ではない。“に”で間違いない。明らかにぶつかりに行った。

 まさか、この隙にすり替えるつもり?どこに持っているかも分からないのに。


 軽く謝り合った2人。明らかにぶつかられたのに謝るなんて、相手の子は優しいを通り過ぎてお人好しと言える。

 でも、なんであの子?元から狙っていたみたいだけど。


 再び私の前に立ち、取ったリボンを今度は私に付けてくれる。端末を確認して私の目をしっかりと見た。


 「ポイント送る」


 QRコードを出すとそれが読み取られる。すぐにポイントが送られて来た。


 「約束」

 「うん、ポイントに誓って」


 小さく頷くと、私に背を向けて歩き出す。


 「待って。あなたの名前は?」


 振り返ったときに、長い黒髪が綺麗に揺れた。スカートが計算されたように、綺麗になびいた。艶めく唇に、自然と目が行った。




                  ***




 担任の説明を聞いて、じわじわと理解していった。


 『各クラスのクラス委員、Aクラス鈴本、Bクラス吉江、Cクラス栗原、Dクラス佐々木。以上4名で勝負を行います』


 そしてこの瞬間、私は自分の安易さを呪った。

 私はこれから3年間、このクラスに常に不誠実でなくてはいけない。ポイントに誓って、約束をしてしまったから。


 佐々木さんは、ぶつかられた子だった。本当のクラス委員は―――


 端末を入れ替えることで名前を入れ替え、クラス委員を押し付けた。

 どうやってクラス委員について知ったのかは分からない。聞いても教えてくれるとは思えない。

 分かるのはただ一点だけ。


 私は自分が思っているよりも遥かに愚か。


 『Bクラス吉江の所持ポイントがなくなりましたので、負けとなります。Bクラス吉江は退室して下さい』


 アナウンスで我に返る。鈴本くんが4万ポイント、佐々木さんが5万ポイント。Bクラス吉江くんが負け。

 鈴本くん、当てたんだ。すごい…。


 『親をDクラス佐々木に交代し、第六ゲームを開始します』


 これで最後になるかも。それなら、鈴本くんの勝ちになる。


 『親、Dクラス佐々木。宣言して下さい』


 2位1万、♦4の宣言。鈴本くんの勝ち決定。今までのは、ただの勘だったんだ。


 『Aクラス鈴本、宣言して下さい』


 2位1万、♥6の宣言。よし。


 『第六ゲーム勝者、Aクラス鈴本。親が二巡したため、クラス委員によるインディアンポーカー対決を終了します』


 良い勝負だった。佐々木さんを選んだのは、一先ず間違いではなかったってことで良いのかな。


 テレビが砂嵐に戻る直前、鈴本くんがなにか言いかけていた。独り言って様子ではなかったから、佐々木さんに話しかけたんだろうと思う。

 彼女が本物の佐々木さんではないと知っている身としては、気になる。


 「もう戻って良い?背中痛い」


 誰も動こうとしないことに痺れを切らしたんだと思う。

 普段なら黙って集団を演じそうな自主性のなさそうな人。表情と言葉の色が薄くて、仕草という仕草がない。


 「鈴本くんが教室に戻って来るかもしれないし、待とうよ」

 「仮に戻って来たとして、だからなに?」


 負けたなら励ますことは、クラスメイトの義務に含まれるかもしれない。でも勝っている。

 しかもポイントを増やしている。カードを大きく外したことだってない。第四ゲームの3人ともKだったあれは悔しかったかもしれないけど。


 それに教室に来るという保証はない。すぐに寮の自室に戻るかも。私ならそうしたいし、そういう人は多いと思う。

 それでも待つこと自体を頭から否定しないこの女子生徒は、案外良い人なのかもしれない。


 「連絡しようか。教室でみんな待ってるよって」


 意外な発言をした男子生徒が視線を集める。困ったような仕草をしても、表情は笑顔のまま。


 「教室に入らずにドアの前にいる鈴本くんに、僕が声をかけたんだよ。教室の様子がおかしいって戸惑ってたよ」


 あの空気を作ったのは、鈴本くんだと思い込んでいた。

 沢山の人が同じ色をしただけの、ただの空間。気持ち悪いくらい、教室の中が同じ色で満ちていた。


 「僕も入りたくないなって思って、時間稼ぎに連絡先の交換をしたんだ。機械に慣れてない祖父母のように、ゆっくり操作したよ」


 いつまでも穏やかに微笑む。それは、少し不気味でもあった。


 「そして教室に入って、同じようにした。妙にオーラがあるとは思うよ。でも鈴本くんも、高校生になりたてのただの子供だよ」

 「――長とは組織の頂点である。それと同時に、組織全体の犬だ。組織の存続と利益のためなら、あらゆる非道も喜んで行う――わたしの好きな言葉」


 随分と黒々しい言葉たち。私は使わない言葉だけど、言いたいことはなんとなく分かる。


 クラスのリーダー。それになるために必要なことを、鈴本くんはしただけ。なりなくないけど、決まったからには仕方がない。

 少しでもAクラスという集団を演じた鈴本くんには、勝負のあと集団がどう演じるのか分かったんだと思う。あ、でもそれなら…


 教室のドアが、開いた。


 「鈴本くん、お疲れ様」

 「ありがとう」


 なんて言うんだろう。これで、この後の一言で、Aクラスの方針が決まってしまうかもしれない。


 「途中、ハラハラさせただろ。悪かったな。勝ったことになっているが、元手を考えれば佐々木の勝ちと言って良いだろう」

 「そんなことないよ。プラスになったポイントはDクラスより多いんだから。それに、鈴本くんすごかったよ」


 Aクラスは、完璧を目指すことになった。けれど“一定の成果”が認められれば許される。そしてそれは、クラスの雰囲気で決定される。

 違う色が無理矢理ひとつの色にされた。そんな瞬間だった。

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