Ⅲ「存在」
教室に入ると、教室には半分くらい生徒がいた。全員妙に良い姿勢で、パッと見て同じに見える姿勢で、じっと座っていた。
なにこれ怖…
でも同じようにしておこう。日本人は集団を演じるのです。
私の後に入って来た人も戸惑いながら同じようにする人が多い。担任であろう先生も戸惑っている。
「おはよう。ここは警察学校かなにかかな」
その冗談であろう言葉にくすりとでも笑う人はいない。面白くなかったし、これは仕方がない。
「入学おめでとう。Aクラスの担任を務める赤城です。よろしく」
最前列に座る、オーラのある人がお辞儀をすると全員がお辞儀をする。
全員なので、もちろん私も。仕込みもなく出来てしまうのが日本人なのかな。違うよね。この集団、おかしいよね。
「ポイントの制度については事前に資料を送ったし、支給した端末でいつでも見られるから割愛するね。不明な点があったらいつでも聞いて」
1円と1ポイントがイコール。配布されたポイントは7万5千ポイント。つまり7万5千円の仮想通貨をなんの苦労もなしに手に入れた。
他の人はこの事実をどう思っているのだろう。
「君たちに配布されたポイントは、入学試験を突破してAクラスに配属された祝い金だよ。大切にね」
確かに、苦労もなしに大金を手に入れれば金銭感覚が狂う人もいそう。
「クラス委員を設けるんだけど、立候補や推薦ではなく学校側で決めることになっているんだ。鈴本くん、お願いね」
「お断りします」
はっきり、きっぱり。そう言われた。その物言いに、先生が少したじろぐ。先生もオーラにやられたのかな。
「決まったことなんだ」
「では理由を教えて下さい」
「賞に応募したとする。絵でもなにかの文章でも良い。楽器だとコンクールかな。それの選考理由って、教えてもらえるの?」
先生の例え話は、的を得ていた。
「自分で言うのもなんですが、俺は性格に難があります。学校側はそれを理解していますか」
「さてね。でも君なんだよ」
「分かりました。引き受けます」
その言葉は、深いため息と共に言われた。
私はその背中が泣いているような気がして、抱きしめたくなった。もちろんしませんとも。
兎も角、断った理由が面倒だ、なんて理由じゃない。それは多分、クラス全員が分かったと思う。
「3年間クラス替えはない。全ての行事は、クラス単位で行われる。良いね」
なにそれ億劫。このクラス、なんか変なんだよね。
普通初めは、友達を作ろうと話しかける。話しかけてもらいたそうに振る舞う。気にせず自分の好きなことをする。大抵その3択じゃないの?
集団から弾かれるのを恐れて同じようにするっていうのもある。分かる。実証済みだし。最初にやったの誰。
「鈴本くんはクラス委員の集まりに。それ以外は解散。30分後、テレビの電源を付けるのを忘れないようにね」
先生と鈴本くんが去った後も、誰も姿勢を崩さない。どうすれば良いんだろう。
集団から弾き出されたくはない。だけど特別親しい友達が欲しいとも思わない。授業とかのときに余り者にならなければ、それで良い。
5分が経った頃、ひとりの男子が教室を出て行った。何人か続けて出て行くとは思ったけど、出て行ったのは女子ひとりだけだった。
これで誰か会話でも始めないかな。そう思った私が愚かでした。すみません。
30分が経った頃、誰かがテレビの電源を付けた。
映っているのは、鈴本くんを含めて4人。多分全員クラス委員。ネクタイの色が全員違う。クラスで別けられていることは明白。
先生が持っていたファインダーにもクラスのネクタイの色と同じ、青が入っていた。担任ですら、クラスがそんなに重要なんだ。
『各クラスのクラス委員、Aクラス鈴本、Bクラス吉江、Cクラス栗原、Dクラス佐々木。以上4名で勝負を行います』
これからクラス単位でこういう勝負をするんだ。学校が選んだ各クラスのリーダーの勝負か。面白い。
でもいざ自分がやるとなったら、心中穏やかじゃないよね。
鈴本くんの顔を、初めて正面から見た。
オーラがあるのはやっぱりそう。だけど背中だけじゃなくて、雰囲気まで今にも泣き出しそう。
本当にやりたくなかったんだなって思う。でも私が代わりに出来ることじゃない。だからなにも言わない。
クラス単位で行うってことは、指示出しをしなくちゃいけない。全員が思い思いに動いて良い結果が得られるはずがないから。
この勝負で、クラスメイトの信頼を得なくちゃいけない。
得られなくたって、誰か他の人がリーダーをやれば良いかもしれない。だけどクラス委員という役割に変更がないなら、それは難しい。
クラス委員しか出来ないことが用意されているはず。
勝てば信頼を得られるわけじゃない。負けたら信頼されないわけじゃない。クラスメイトが納得出来る勝負をしなくちゃいけない。
30分の間になにがあったのかは分からない。だから多分だけど、3人はそれを理解している。
頑張ってね、Bクラスのクラス委員。独りで踊ってて。
『全員一斉に、使用するポイントを宣言して下さい』
Aクラス3万、Bクラス5万、Cクラス2万、Dクラス1万…か。ほら、明らかに使用ポイントがおかしい。
元手が多ければ勝てるってわけでもないけど、有利ではある。だけどこの勝負の目的は勝つことじゃない。
勝とうとしているのは、ひとりだけ。
この時点で誰がこの勝負の目的を達成出来ないかは明白。でも圧勝したらどうなるかは分からないか。
だけどそれは無理じゃないかな。
『第一ゲームを開始します。親から順にカードを引いて下さい』
机の真ん中にぽつんと置かれた山札から引いたカードを額に当てる。
『親、Aクラス鈴本。順位と賭けるポイント、カード予想を宣言して下さい』
観戦している側からは全部見えているから当然分かる。だけど、鈴本くん視点では微妙なライン。
どうするんだろう。
『4位1万、♧5』
Dクラスの使用ポイント全てか。思い切るね。それほど自信を持てるカードだって思わせたいのかな。
Bクラス吉江くんは3位1万、♦7。Cクラス栗原くんは2位1万、♥J。Dクラス佐々木さんは1位1万、♧K。
Cクラス栗原くんはどういうつもりだろ。
鈴本くんがあまり大きい数を言えないのは分かる。まさか、4位で5と予想するならって乗せられたのかな。
『全員一斉に、自分が引いたと思うカードを宣言して下さい』
――へぇ
Aクラスのテーマは「存在」です。




