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108人のその他大勢  作者: ゆうま
1年1学期
24/28

24「Faithlessness④」

 私が知っているあの子は、ここにはいない。


 少し気弱で、たまに大胆で、背が高くて、綺麗で、勉強が出来て、人の気持ちに寄り添える。運動は平均的だけど、綺麗だから様になっていた。

 それが私の知るあの子。


 そんな人がいじめの標的になった正確な理由は知らない。多分、そんなものは必要なかったんだろうと思う。

 それを助けた私にだって、理由はなかった。


 それなのに、あの子は私に懐いた。

 チビで、顔は良くも悪くもなくて、勉強は多少出来なくもないくらいで、運動が苦手で、言葉遣いが悪い。そんな私に懐いた。


 中学のクラスメイトが、私とあの子をなんと呼んでいるかは知っていた。だから私は正解を知っているのだろうと思う。


 だけど今の私は、あの頃とは違う人。だから言わない。私はここで鵜野という名前を手に入れた。違う人になった。

 あの子も佐々木という、私が知らない人になった。


 交わらない方がお互いのため。私はそう、本気で思っている。


 「鵜野さん」


 あの子もそう思っていると思っていた。だから今まで話しかけて来なかったんだと、そう思っていた。それが、どうして今更。


 「今日は大変でしたね。お疲れ様でした、佐々木さん」

 「それ…いつまで続けるの?」

 「すみません、質問の意味がよく分かりません」


 一瞬だけ傷付いた表情になって、またすぐ元の笑顔になる。私は、この表情が嫌いだった。ずっと、嫌いだった。


 「宝探しゲームのときから考えてたの。私は自ら孤独になったのか、結果として孤独になってしまったのか」

 「どちらにしても孤独なんですね」


 あの子は完璧に近い。いじめられはしないにしても、それを理由に同性から距離を置かれていた。それは想像に容易い。

 転校して来たときに、そういう雰囲気に慣れていそうだった。


 「だって、知らない人みたいだから。やっと友達が出来たと思ったのに」

 「平松さんは、友達とは違うんですか」

 「私は貴方が良いの」


 真っ直ぐ見つめられる。卑怯だ。そうやって私を縛り付ける。私はそれが嫌で、違う人になったというのに。


 「いい加減にしろ。私もお前も、互いに知らない者同士だ。お前は私が変わったと言いたいんだろうが、そういうお前は少しも変わっていないのか」


 そんなことはない。派手なヤツらと絡むようになって、クラスのカーストをまるで分かろうとしなかった。

 27人もいて、そこそこだろうと全員が仲良くやれるはずがない。


 「変われてないかな。貴方に引っ張ってもらうのがもう嫌で、貴方と隣を歩きたくて、変わろうと思ったの。少しは強くなったつもりだよ」


 止めてくれ。そうやって私を縛るのは、もう止めてくれ。私は普通の友達がほしかった。普通に平和に学校生活を送りたかった。

 それが気まぐれでお前を助けてから、全てが変わった。


 「入学式の日よりは堂々としていると、私は感じます。人は急には変われませんから、少しずつ変わっていけば良いと思います。影ながら応援していますね」


 態度の悪いメイド。

 それが、中学のクラスメイトが私を馬鹿にするときの渾名だ。そしてあの子は、お前は、気弱なお姫様。


 あの日お前を助けたとしても、お前が私に懐かなければ私の学校生活は変わらなかった。私は変わりたくなんてなかったのに、お前が変えた。

 この高校に入学して、やっと普通の学校生活が送れると思った。なのに、お前はここにいる。

 そして私に干渉し、縛り付けようとする。


 ふざけるな。これ以上私の普通を壊すな。


 「そっか、それが答えなんだね」


 またその顔…。


 「友達だと思ってたのは私だけだったのかな」


 そうだ。私はお前を迷惑に思っていた。


 「答えて。貴方の口からちゃんと聞きたいの」


 掴まれた肩を振り払って、頬を叩いた。


 迷惑していた。嫌だった。

 そう今ここで言えるのなら、とっくに言っている。そう思いながらも強く拒否出来ない。それこそが、私が不誠実である証だ。


 「ちょっと!鵜野さんなにしてんの!」

 「私が悪いの。だから鵜野さんを責めないで」

 「なに言ってんの?なにがあっても先に手出した方が悪いに決まってんでしょ。気が弱いんだから。しっかり言って、戦うときは戦う!」


 化石みたいな考え方だな。確かに暴力はいけないことだ。だがその考えは、言葉の暴力というものが認められていなかった時代の考え方だ。

 今やインターネットでの誹謗中傷で自殺へ追い込んだ事件を、指殺人と言ったりする。それと同じだ。


 「それは違うよ。平松さんは全部を見聞きしてたの?違うよね。私は言葉で傷付けたの。ごめんね、鵜野さん」

 「叩いたことは謝罪します。すみません、佐々木さん」


 学校から与えられた名前で、ただ呼び合う。これで私たちは、本当にただのクラスメイトだ。私はやっと、普通の学校生活を手に入れる。




                  ***




 badly made girl


 自身を失敗作と言った佐藤さんは、どこか吹っ切れた様子だ。昨日とは段違いのスピードでテディベアを作っている。


 「昨日はすみませんでした。私が余計なことをしたばっかりに、ゲームに参加することになってしまって…」

 「大丈夫。なんだかスッキリしたの」


 スッキリしたのは本当だろう。だが、なにかと向き合うためには、本当にあんな方法しかなかったのだろうか。


 「それより、成績はどうだった?私はD-だったんだ」


 1年1学期総合評価のことだろう。どこをどう評価されているのかは不明だ。教科の成績と大きく異なる点でもある。


 「私はDです」

 「そっか。これって、入試の面接等の試験と似た項目かもしれないと思ったの。内面の成長。どうかな?」


 ない話ではない。


 「それなら佐藤さんの2学期の成績は、とても良いですね」

 「どうかな。やっと一歩踏み出しただけだから」


 私は3年の間に一歩も進まないだろうな。変わりたくない。折角手に入れた普通を、変えたくはない。だが、佐藤さんが変われば変わるのだろうか。

 何事も起こってみなければ分からない。だから、そのときになったら考える。


 「その一歩はとても大切ですよ」

 「そうだよね。一歩進もうとする勇気が大切だよね。ウチもそう思う」


 びっくりした…。いつの間に。


 「水野さんですね。急に会話に入って来るのは止めて下さい」

 「驚かせたかな?ごめん、ごめん。でも混ざりたくて。今まで幽霊だったけど、一応手芸部の部員なんだ。だから、仲良くしてよ」


 クラスでもこの調子なのだろうか。重たそうな空気のBクラスには肌が合わなさそうな軽い子だな。


 「興味ないと思うけど、聞いちゃったから言うね。ウチの成績はD-で、評価の方法は同じ結論だよ。考察要素もないもんね?」

 「そうですね。ところで、部活に来たはずですよね。それならどうして、なにもしていないのですか」

 「今日が初なんだ。だから、なにして良いか分からないんだ。教えて?」


 ため息を吐くタイミングが、佐藤さんと完全に同じだった。


 「あそこにあるパッチワークが合作だよ。あれに参加したらどうかな。道具はあのロッカーにある、先輩が残して行ったものを使って良いよ」


 元気良く返事をしてロッカーへ向かう水野さんを、ため息と共に見送った。

来週は登場人物のまとめをクラス毎で更新します。

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