24「Faithlessness④」
私が知っているあの子は、ここにはいない。
少し気弱で、たまに大胆で、背が高くて、綺麗で、勉強が出来て、人の気持ちに寄り添える。運動は平均的だけど、綺麗だから様になっていた。
それが私の知るあの子。
そんな人がいじめの標的になった正確な理由は知らない。多分、そんなものは必要なかったんだろうと思う。
それを助けた私にだって、理由はなかった。
それなのに、あの子は私に懐いた。
チビで、顔は良くも悪くもなくて、勉強は多少出来なくもないくらいで、運動が苦手で、言葉遣いが悪い。そんな私に懐いた。
中学のクラスメイトが、私とあの子をなんと呼んでいるかは知っていた。だから私は正解を知っているのだろうと思う。
だけど今の私は、あの頃とは違う人。だから言わない。私はここで鵜野という名前を手に入れた。違う人になった。
あの子も佐々木という、私が知らない人になった。
交わらない方がお互いのため。私はそう、本気で思っている。
「鵜野さん」
あの子もそう思っていると思っていた。だから今まで話しかけて来なかったんだと、そう思っていた。それが、どうして今更。
「今日は大変でしたね。お疲れ様でした、佐々木さん」
「それ…いつまで続けるの?」
「すみません、質問の意味がよく分かりません」
一瞬だけ傷付いた表情になって、またすぐ元の笑顔になる。私は、この表情が嫌いだった。ずっと、嫌いだった。
「宝探しゲームのときから考えてたの。私は自ら孤独になったのか、結果として孤独になってしまったのか」
「どちらにしても孤独なんですね」
あの子は完璧に近い。いじめられはしないにしても、それを理由に同性から距離を置かれていた。それは想像に容易い。
転校して来たときに、そういう雰囲気に慣れていそうだった。
「だって、知らない人みたいだから。やっと友達が出来たと思ったのに」
「平松さんは、友達とは違うんですか」
「私は貴方が良いの」
真っ直ぐ見つめられる。卑怯だ。そうやって私を縛り付ける。私はそれが嫌で、違う人になったというのに。
「いい加減にしろ。私もお前も、互いに知らない者同士だ。お前は私が変わったと言いたいんだろうが、そういうお前は少しも変わっていないのか」
そんなことはない。派手なヤツらと絡むようになって、クラスのカーストをまるで分かろうとしなかった。
27人もいて、そこそこだろうと全員が仲良くやれるはずがない。
「変われてないかな。貴方に引っ張ってもらうのがもう嫌で、貴方と隣を歩きたくて、変わろうと思ったの。少しは強くなったつもりだよ」
止めてくれ。そうやって私を縛るのは、もう止めてくれ。私は普通の友達がほしかった。普通に平和に学校生活を送りたかった。
それが気まぐれでお前を助けてから、全てが変わった。
「入学式の日よりは堂々としていると、私は感じます。人は急には変われませんから、少しずつ変わっていけば良いと思います。影ながら応援していますね」
態度の悪いメイド。
それが、中学のクラスメイトが私を馬鹿にするときの渾名だ。そしてあの子は、お前は、気弱なお姫様。
あの日お前を助けたとしても、お前が私に懐かなければ私の学校生活は変わらなかった。私は変わりたくなんてなかったのに、お前が変えた。
この高校に入学して、やっと普通の学校生活が送れると思った。なのに、お前はここにいる。
そして私に干渉し、縛り付けようとする。
ふざけるな。これ以上私の普通を壊すな。
「そっか、それが答えなんだね」
またその顔…。
「友達だと思ってたのは私だけだったのかな」
そうだ。私はお前を迷惑に思っていた。
「答えて。貴方の口からちゃんと聞きたいの」
掴まれた肩を振り払って、頬を叩いた。
迷惑していた。嫌だった。
そう今ここで言えるのなら、とっくに言っている。そう思いながらも強く拒否出来ない。それこそが、私が不誠実である証だ。
「ちょっと!鵜野さんなにしてんの!」
「私が悪いの。だから鵜野さんを責めないで」
「なに言ってんの?なにがあっても先に手出した方が悪いに決まってんでしょ。気が弱いんだから。しっかり言って、戦うときは戦う!」
化石みたいな考え方だな。確かに暴力はいけないことだ。だがその考えは、言葉の暴力というものが認められていなかった時代の考え方だ。
今やインターネットでの誹謗中傷で自殺へ追い込んだ事件を、指殺人と言ったりする。それと同じだ。
「それは違うよ。平松さんは全部を見聞きしてたの?違うよね。私は言葉で傷付けたの。ごめんね、鵜野さん」
「叩いたことは謝罪します。すみません、佐々木さん」
学校から与えられた名前で、ただ呼び合う。これで私たちは、本当にただのクラスメイトだ。私はやっと、普通の学校生活を手に入れる。
***
badly made girl
自身を失敗作と言った佐藤さんは、どこか吹っ切れた様子だ。昨日とは段違いのスピードでテディベアを作っている。
「昨日はすみませんでした。私が余計なことをしたばっかりに、ゲームに参加することになってしまって…」
「大丈夫。なんだかスッキリしたの」
スッキリしたのは本当だろう。だが、なにかと向き合うためには、本当にあんな方法しかなかったのだろうか。
「それより、成績はどうだった?私はD-だったんだ」
1年1学期総合評価のことだろう。どこをどう評価されているのかは不明だ。教科の成績と大きく異なる点でもある。
「私はDです」
「そっか。これって、入試の面接等の試験と似た項目かもしれないと思ったの。内面の成長。どうかな?」
ない話ではない。
「それなら佐藤さんの2学期の成績は、とても良いですね」
「どうかな。やっと一歩踏み出しただけだから」
私は3年の間に一歩も進まないだろうな。変わりたくない。折角手に入れた普通を、変えたくはない。だが、佐藤さんが変われば変わるのだろうか。
何事も起こってみなければ分からない。だから、そのときになったら考える。
「その一歩はとても大切ですよ」
「そうだよね。一歩進もうとする勇気が大切だよね。ウチもそう思う」
びっくりした…。いつの間に。
「水野さんですね。急に会話に入って来るのは止めて下さい」
「驚かせたかな?ごめん、ごめん。でも混ざりたくて。今まで幽霊だったけど、一応手芸部の部員なんだ。だから、仲良くしてよ」
クラスでもこの調子なのだろうか。重たそうな空気のBクラスには肌が合わなさそうな軽い子だな。
「興味ないと思うけど、聞いちゃったから言うね。ウチの成績はD-で、評価の方法は同じ結論だよ。考察要素もないもんね?」
「そうですね。ところで、部活に来たはずですよね。それならどうして、なにもしていないのですか」
「今日が初なんだ。だから、なにして良いか分からないんだ。教えて?」
ため息を吐くタイミングが、佐藤さんと完全に同じだった。
「あそこにあるパッチワークが合作だよ。あれに参加したらどうかな。道具はあのロッカーにある、先輩が残して行ったものを使って良いよ」
元気良く返事をしてロッカーへ向かう水野さんを、ため息と共に見送った。
来週は登場人物のまとめをクラス毎で更新します。




