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108人のその他大勢  作者: ゆうま
1年1学期
22/28

22「Why can you do that?①」

 夏休みの登校日直後から始まったインディアンポーカー大会は、今日無事に最終日を終えた。

 2日目の勝者Bクラス小倉くん、3日目の勝者Aクラス天野くん、4日目の勝者Cクラス栗原くんによる勝負。


 1日目の勝者であるCクラス高橋さんは不参加。同じクラスである栗原くんとどちらかしか参加出来ない。そう言われ、Cクラスは栗原くんを選んだ。

 理由は、圧勝だったからだろう。

 栗原くんが入学式の日に負けたのは、わざとだろうとは思っていた。だが、同じメンバーでやって圧勝するとは思わなかった。


 Cクラスは唯一所持ポイントが0になる生徒がいなかったクラスだ。個人のポテンシャルが思ったより高いのかもしれない。だが、それなら何故Cクラスに。

 …分かっていることか。村瀬くんが悪目立ちしているだけだ。


 「やっと終わったね。お疲れ様」

 「どうもです」


 そんな言葉がほしいわけではない。というか、求めている言葉なんてない。この人の言葉なんて求めてない。黙っていてほしい。


 「相変わらずがっつくね、三谷くん」

 「黙って下さい」


 本名も知らず、高校を卒業すれば会わない。会えないと言う方が正しいだろう。そんな人物と交際する人は、多分いない。


 正確に言えば、交際という明確な関係が欲しいわけではない。友達以上恋人未満みたいな関係。

 付き合っていたのかと問われると、違うと答える。けど、そんな雰囲気の思い出がある。そんな風になりたかった。

 こんな条件だからって、誰でも良いわけではない。


 誰にも心を開かない人だけをずっと見ているのは、疲れる。


 「じゃあキスしてくれれば良いのに」

 「必要のないことをする気はありません」


 肘を押され、膝カックンをされたときのようにバランスを崩す。顔が近くなる。


 「好きな人と以外はしません」

 「それ以上のことをしようとしてるのに?」


 ただの生理現象だろ。好きな人と以外しない人だっているだろう。だが俺はそうではないし、先輩だって違う。


 「初めから言ったはずです。先輩は代わりだって。先輩も同じのはずですよね」

 「私は代わりにして良いって言っただけ。私にとって、代わりなんていない」


 背筋に、悪寒が走った。


 「そんな顔しなくても良いのに」


 手がゆっくりと頬に、迫って来る。それを反射的に振り払った。想像より勢いがあったけど、謝罪の言葉は口にせず駆け出した。


 建物の陰で服と呼吸を整え、歩き出す。

 ひとりになりたくて、でもひとりになりたくなくて、ショッピングモールの方へ向かった。


 「三谷くん」


 聞きたかった声。呼んでほしかった声。


 「林か。こんなところでどうした」

 「今ね、丁度みんなが寮に戻る時間なの。だから見てる」


 この場所は吹き抜けのようになっている。下を覗く林の横に立った。

 林の言う通り、寮へ戻るであろう生徒がよく見えた。けれど、そのひとりひとりを認識することは難しい。そんな距離だった。


 「人がゴミの様だ。ってやつか」

 「檸檬かな。梶井基次郎の檸檬」


 街を浮浪し手に入れた檸檬を爆弾に見立て、デパートに置いて去る。詳細は覚えていないが、そういう物語のはずだ。

 つまり林は今、こんな想像をしているということだろうか。


 寮に戻る生徒たちに、悪戯をする。


 「一人になりたくないけど、独りでいたい。そんなときに、ここはとってもお勧めだよ。想像なら、みんなどんなこともしてくれる」

 「それなら邪魔したな」

 「ううん、私が呼び止めたんだもん」


 やっと俺の方を向く。浮かべている笑顔は、今にも消えてしまいそうな儚げな笑顔だった。


 「勘違いだったらごめんね。三谷くん、私のこと好きだよね」

 「……………ああ。でも答えなら分かっている。俺には応えなくても良い。けど水野には応えてやれよ」

 「うん。でもどうして良いか分からなくて」


 だから確認して、それを聞こうと思ったのか。向けられている感情に愛情か友情かの違いはあれど、人を想うという点では同じだ。


 「友達だとは思うのか」

 「分からない。打算のない友達がいなかったから。三谷くんはどっちも分かるかなって。いつも普通に優しくて、時々打算的だから」


 優しいと感じるかは人によるだろう。だが確かなことは、俺が基本的に打算的なヤツだということだ。

 指摘しないでいるのか、本当にそう思っているのか。分からないな。


 「見破られていたか。恥ずかしいな」

 「ほら、否定も肯定もしない。具体的なことは言わない」


 ただ適当なことを言っているだけだ。

 もしこれを優しさだとするなら、田口くんは詐欺のいい鴨になりそうだ。宝探しゲームのあと吉江くんに懐かれて、行動を共にしている。


 「想像してみても、どんな気持ちなのか分からないの。だから現実味がなくて。それで聞いてみようって思ったの」

 「俺には難しい質問だ。気持ちに答えなんてないからな。加藤くんに聞いてみたらどうだ」


 加藤くんは本当に優しい。林が納得出来るかは分からないが、加藤くんなりの答えを教えてくれるだろう。


 「苦手なの。加藤くんは、ただ優しいから。頼んでもないのに親切にして、あとでなにかを要求されそう」

 「随分な偏見だな」

 「うん、そうかもね。でも嫌なものは嫌なの。それに私は、三谷くんの答えが聞きたい。三谷くんが一生懸命考えてくれた答えが聞きたい」


 頼られている感じがするのは、悪い気はしない。


 「そうだな…。せめてここだけでも打算的でなかったら友達になれた。そんな子なら少しはいたりしないか」

 「難しいかな」


 友達のちょっとした基準すら分からないと、取っ掛かりがない。

 ただ、分かったことがある。林はゲスい打算を多く目にしなければいけない環境に生まれた。大企業の社長の娘とか、政治家の娘とか、そんな感じか。

 誰でも持つ、友達や家族やクラスメイトに少しでも良く見られたい。そんな打算が小さな打算に見えるのだろう。


 そして、その違いが分からない。


 「考え方なんて、人に言われてすぐに変わるものではない。ゆっくり2人で考えるのも手かもな」

 「三谷くんは、もう一緒にいてくれないの。教えてよ、恋」

 「…妹が少女漫画を集めている。俺もちょくちょく読むんだが、そういうことを言った登場人物は大抵どうなると思う」


 こてん、と首を傾げる。その顎を持って、顔をぐっと近づける。


 「こんな感じで予告なくキスされて、よく分からない良い感じのこと言われる。それで何故かときめくんだ」

 「多分それも偏見だよ。でも…」


 ふわりと良い匂いがして、唇に柔らかいものが当たる。


 「これで私、ヒロインになれたかな」

 「………寮に戻る」

 「待って。キスして良いか聞かれてるのかなって。三谷くんに恋が出来そうだからしただけで、誰にでもはしないよ」

 「ああ」


 林にとっては、それくらい簡単に出来ることだってことだ。言っていることは分からないではない。だが、こう思わずにはいられない。


 何故それが出来たのか?

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