21「Faithlessness③」
ずっと学校を窮屈に思っていた。クラス委員なんてさせられて、期待に応えなくちゃって気が張っていた。
だから夏休みを待っていた。
でもいざ夏休みとなると、なにをして良いのか分からなかった。それで、友達がいなかったんだって気付いた。
思えばいつも一緒にいる子たちとは、放課後遊ぶことが少なかった。部活のせいだと思っていたけど、違った。
それは高橋さんも同じだったのかもしれない。
圧倒的な勝負を見せておいて、飽きたという理由で終わらせる。その風変りなところを感じ取られて、距離を置かれていたのかもしれない。
「みんなが賭けてくれたポイントなのに、ごめんねー。でも最終日では投げ出さないから、大丈夫だよ」
Dクラス村瀬くんと2人になった第七ゲーム、高橋さんは第八ゲームで終わらせることを提案した。
まず0.1万を賭けて高橋さんが勝つ。そして2万を賭けて村瀬くんが勝つ。元手が4.3万だった村瀬くんは、4.5万まで増やして終えることが出来る。
普通にやって勝つのは難しい。どちらにしても負けるなら、少しでも可能性がある方を選ぶ。もしかしたら、村瀬くんも飽きただけかもしれないけど。
理由は兎も角、村瀬くんは高橋さんの提案に乗った。
「栗原くんも、そうだよね」
クラス委員でのゲームはわざと負けた。それなのに、負けたのに、クラス委員に選ばれたという事実が、周囲が僕に強さを求めた。
この高校は倍率が高い。きっとそれも影響しているんだと思う。それから謳い文句もかな。エリートの定義なんて曖昧なのに。それに卵だよ?
みんなそれだけ自分に自信があるってことなのかな。
僕には自慢出来ることなんてない。地元では周囲より少し勉強が出来るだけの、普通の少年だった。
なんの才能もなくて、勉強は県内での順位すら良くなくて。それなのに、こんなところに来てしまった。
部活の先輩たちに聞いたけど、クラス分けの方法を具体的に知っている人はいなかった。全て憶測や思い込み。
成績が芳しくない生徒がいる以上、合否に学力テストだけが関係しているわけではないことは明らか。でも他の要素が面接等の試験だけなのかは、疑問。
「今度は頑張るよ」
本宮さんや西尾さんが口を挟むかと思ったけど、なにも言わなかった。わざと負けたと知ったクラスメイトが不満を抱くことを分かっているからかな。
クラスメイトから信じてもらうためのゲームであると同時に、他クラスへの力を示すゲームでもあった。それにわざと負けた。
なにも思わない方が無理なんだと思う。
「明日は松本くんだね。頑張って」
「うん…。でも期待しないでね」
その力のない笑顔を見て松本くんには隠し事があると、なんとなく思った。僕にも隠し事があるから、フィーリングってやつかな。
***
「最悪だ。加藤くんがあんなこと言ったせいで、2日目以降のヤツ。特に2日目の俺がやりにくくなったじゃねぇか」
「クラスでなにかあったの?」
「なかったらこんなこと言わねぇよ」
今回は相当ご立腹。でもいつも詳細は教えてくれないんだよね。
「大人しくしときゃ良いのに、笑ったんだよ。そんなんだから、収まるものも収まらねぇ。大変だったんだ。険悪ムードのまま解散。どうすんだよ、本当に」
話してくれた。嬉しい。
「明日頑張って、雰囲気を取り戻すしかないかもね。でもBクラスって元々内部分裂とかで酷かったんだよね?」
「別に。森川くんを推してるヤツらだって本当は分かってるからな。そこまで険悪じゃねぇよ」
そうなんだ。最初のイメージって本当に大切。
「言うなよ」
「言わないよ。念押しされるなんてショック」
拗ねたような顔も可愛い。
「ねぇ、もしCクラスの生徒が面接等の成績が良くない生徒が多いなら、上手くまとまっていると思う?」
「傍から見ればそう見える。唯一つ、純粋に仲が良くて楽しそうなクラス。それが他のクラスから見たCクラスじゃねぇの」
「最初の通り、見えるだけ。秘密だよ」
ふーん、と曖昧な返事をして、僕の肩に頭を乗せる。
「どうしたの?」
は、初めて自分から触ってくれた…!
「言ったじゃねぇか。疲れたんだ。明日もあるからな」
手を伸ばそうとした瞬間、肩から頭が離れる。
「誰だ」
「Cクラス坂下。邪魔して悪い。この先に俺のお気に入りスポットがある。お前らのことは撮ってない」
手にカメラを持っている。そういえば写真部だったっけ。
「誰にも言うなよ」
「個人的な付き合いは友達だろうと恋人だろうと俺には関係ない。好きにしろ。俺は景色を撮りに来ただけだ」
全く驚かない。動揺しない。嗤ったり不愉快そうな顔をしたりしない。それが、弱みを握られたみたいで不服に思った。
「驚かないんだね」
「これでも驚いてる。画面の中の出来事だと思ってたが、案外身近なことだったんだな。同級生にいるんだから」
そのスカした態度が気に入らない。
「男が好きなことと、クラスでリーダーをすること。この2つは全く関係のない事柄だ。俺と2人は元々友達ではない。俺には関係ない」
「僕はクラス委員でなければ無価値だって言いたいの?」
「揚げ足を取るな。白い目で見られることが多い。それを自覚してるから、口止めしたんだろ。リーダーがやり辛くなる。だから言っただけだ」
気に入らない。今の反応や言葉だけでなく、あの浮足立ったクラスの中で地面に足を着けていることも、なにもかも気に入らない。
肩にそっと手が添えられる。
「黙ってるって言うんだから良いじゃねぇか」
その手がすぐに離れてしまう。
「良いか、目の敵にするなよ。上手く隠してるつもりでも、すぐにバレて理由を聞かれる。その場では誤魔化せても、嘘はその内綻ぶ」
「…うん」
僕に小さく微笑むと、坂下くんを少し睨んで足を踏み出した。その後を追って僕も歩き出す。
「いつかこの裏切りが明らかになったら、どうなるのかな」
「裏切りって大袈裟だな。確かに今日は少しクラスのことを話はしたが、誰かが零しててもおかしくねぇ内容だろ」
本当に高校だけの付き合いなんだ。本名とか出身地とは知らないし、また会えるなんて思ってはいない。
だけど少しもそれを見ていない。それが悲しい。
僕が隠しているこの事実。それは、いつも普通が一番って言いながら、普通に愛情を持って育ててくれた両親を裏切ることになる。
だから僕は、いつも僕に不誠実でいた。
ここではどうせ3年間だから。親にも会わないから。そう思っていたけど、普通に暮らしていた僕には普通から外れることが難しかった。
僕たちは付き合ってはいない。けど、なんとなくそんな人が出来た。それは、僕には奇跡だった。
「もし恋愛対象の性別のことなら、親とか家族とかだって所詮は他人だ。ここの外で会えたなら、俺が連れ出してやる」
例え嘘や慰めでも、会いに行くなんて言ってほしくない。僕にはこれくらいの台詞が丁度良い。
「会えたら期待する。でも待たないよ」
返って来たのは、小さな笑みだった。




