(20)「Why am I so hurting to hurt」
『Dクラス村瀬、宣言して下さい』
クラスメイトとですら関わらない俺でも知っている生徒。
Dクラスの3人だけで創部の条件を満たし、写真アート部を創設。面接等の試験で下位40から11位。
このまま黙って負けてくれるとは思えない。
「佐藤さん、俺は佐藤さんのカードを宣言する。佐藤さんは俺のカードを宣言してくれないか」
宣言以外の発言をしてはいけないというルールはない。仕掛けて来た。
カードは変えられるが、順位は変えられない。0.8万と賭けるポイントが少ないときに仕掛けたのは、信じてもらうため。裏切られてもダメージが少ないため。
「…私が後のときなら」
当然そうなる。佐藤さんはどの道、この第四ゲームで勝たなければインディアンポーカーは負け。少しでも考察する要素が欲しい。
「3位0.8万、♦8」
『Aクラス佐藤、宣言して下さい』
「2位0.8万、♥7」
やはり裏切らなかった。今回勝っても得られるポイントは少ない。次までは様子見なんだろう。
『Bクラス加藤、宣言して下さい』
「1位0.8万、♧4」
親が当てれば、自分が当てたところで意味がない。ポイントを大きく減らすことになるが、今回は降りれば良い。
それよりも、こっちも仕掛ける。
『勝負を降りる生徒は挙手をして下さい』
高橋さん以外が挙手をする。気付くなという方が無理か。
『第四ゲーム勝者、Cクラス高橋。Aクラス佐藤♦8、Bクラス加藤♤J、Cクラス高橋♧4、Dクラス村瀬♥7』
クラス委員のときは言わなかった。…仕方がない。
『第五ゲームを開始します。Cクラス高橋、宣言して下さい』
「お礼、欲しい?」
「どうぞ」
「ふーん。4位0.4万、♥8」
予想通り。夜行バスで背もたれを下げて良いか聞くことと同じ。これは実際に聞いているのではく、ただ宣言をしているだけ。
高橋さんはお礼を渡すと宣言しただけ。
『Dクラス村瀬、宣言して下さい』
「3位0.4万、♧9」
性格が悪い。
今はそれでも良いのかもしれない。だが、今後誰とも協力関係を築くことは出来ないだろう。しかも今回は0.4万。どういうつもりだ。
『Aクラス佐藤、宣言して下さい』
「2位0.4万、♥Q」
こっちはこっちで大丈夫なのか。
『Bクラス加藤、宣言して下さい』
「3位0.4万、♦4」
『勝負を降りる生徒は挙手をして下さい』
今回は誰も挙手しない。
『全員一斉に、自分が引いたと思うカードを宣言して下さい』
高橋さんが♦2、村瀬くんが♥Q、佐藤さんが♧9、俺が♥8と宣言。
『Aクラス佐藤♦10、Bクラス加藤♥8、Cクラス高橋♦2、Dクラス村瀬♥Q。第五ゲーム勝者、Cクラス高橋』
マークは教えたが、まさかヒントで数を当てるとは。
「騙したの?」
「そう思うならそうなんだろ」
悪びれもしない。豪胆と言えば良いのか。
『Aクラス佐藤の所持ポイントがなくなりましたので、負けとなります。Aクラス佐藤は退室して下さい』
しかし他人のことを気にしていられる状況では、とてもない。俺の所持ポイントは0.3万。
協力対象が移らないように適度に教えたつもりだったが、間違いだったか。どうしたものか。
『第六ゲームを開始します。Cクラス高橋、宣言して下さい』
「今のって、最小公倍数?それとも割る数?」
「素数だから無理」
村瀬くんが小さく笑う。
「加藤くんは協力してるつもりなんだろうな。だが利用されてるだけだ。実際、第五ゲームでポイントが減っただろ。そう思わねぇか?」
「だから自分を協力相手にしろと。寝言は寝てから言ってほしい」
目の前で今今裏切りを見せてなにを…違うか。正確には、村瀬くんは今後もという約束はしていない。そう聞こえるようなことすら言っていない。
「高橋さんの所持ポイントは11.1万だ。お互い少し稼いで、決勝は高橋さんに任せる。そうしないか」
だとしても、だ。
「信じられると思うか」
「このまま進めば高橋さんに遊ばれて終わるだけだ。こんなポイント差で平等な取り引きが出来るのか」
それを活かせるかは置いておいて、村瀬くんは一度は約束を果たしている。村瀬くんの指摘は間違っていない。
「2位0.3万、♦4」
『Dクラス村瀬、宣言して下さい』
「女王様が痺れを切らしたな。交渉の時間は終わりだ。1位0.4万、♦4」
本当に、いい性格。
『Bクラス加藤、宣言して下さい』
「2位0.4万、♧10」
『勝負を降りる生徒は挙手をして下さい』
高橋さんが挙手。慎重過ぎないか。
『勝負に参加する2名は一斉に、自分が引いたと思うカードを宣言して下さい』
村瀬くんが♥K、俺が♧6と宣言。
『Bクラス加藤♦4、Cクラス高橋♤3、Dクラス村瀬♥K。第六ゲーム勝者、Dクラス村瀬』
は…?
「信じてくれないなんて、残念」
「まさか分かって…」
「どうだろうな」
こんなプレイをした村瀬くんよりも、面接等の試験で下位の生徒が秦くんの他に少なくとも9人いる。でも、本当に?
人の心を弄ぶようなゲームの仕方をするやつよりも下位のやつが、9人も。本当にいるのか?
『Bクラス加藤の所持ポイントがなくなりましたので、負けとなります。Bクラス加藤は退室して下さい』
***
暴力で解決出来ることはたかが知れている。今回に至っては、まるでない。
百発殴れば俺に賭けたポイントが戻って来ると言うのなら、殴られる。だが現実は違う。強いて言えば、鬱憤は晴れるだろう。
「止めろ。殴って解決することなんかないだろ」
「じゃあ涼しい顔して教室に来たコイツに、少しも腹が立たねぇのかよ!」
出来るだけ平静を装おうと思っただけ。いちゃもんレベル。
「俺は最低何ポイントは欲しいとか、そういうことは言ってない。だけど期待に応えられなかったから謝りに来た。だけどよく考えて。必要最小限の会話しかないクラスメイトに過度な期待をした自分も悪い」
世間知らずの御令嬢が、質素だけど愛の込められたプロポーズに絆された。説得出来ず勘当。DV被害。何事も期待し過ぎるのは良くない。
「なんでわざわざ怒らせること言うんだよ」
もう一発食らった俺に三谷くんが駆け寄って来る。
「大丈夫。殴られてもあまり痛くない受け身の取り方がある」
「そういう問題だと思うのか」
「思わない。だけどなにか解決すると思うなら、殴ってもらって良い。解決しないと分かっていて、そういうことするのは辛い。俺はそう思っている」
愛なんて冷めていくものだ。温め直せるか、冷え切っていくか。その違いだろうと思う。
父は一定の温度まで下がってしまった愛を自力では温め直せなくて、でも温め直したくて、暴力に頼った。だから温まっていくとき、辛い。
だけど父の暴力に溺れてしまった母の気持ちがずっと分からなかった。それは今分かった。
痛いから愛されていると実感出来た。
でも俺は誰かに愛されたいとは思わない。それなのに、どうしてこんなに――
――痛がりたい




