Ⅱ「未来」
私はひとり、指定された席にいた。周りでは登校初日にも関わらず、もう仲良くなった子たちが騒いでる。
ど…どうしよう、出遅れたかな。これじゃぼっちだよ。友達を作らないと…。
なんて話しかければ良いのかな。おはよう、とだけ言われても困るよね。趣味とか聞いてみる?なんかお見合いみたい。
…はぁ、みんなキラキラしてる。なんで私なんかが受かったんだろう。
勉強は別に出来ないことはないけど、そのくらい。得意なことも好きなこともない。部活だって校則さえなければ、帰宅部を貫きたかった。
「おはようございます」
綺麗なお姉さん。そんな印象の人が入って来る。この人が担任なのかな。
「みなさん、入学おめでとうございます。Cクラス担任の川合です」
都会の人は持ち物までお洒落なんだなぁ…。ファインダーに赤いラインが入ってる。可愛い。
「みなさんに配布されたポイント。これは入学試験を突破し、Cクラスに配属されたみなさんへの祝い金です。大切に使って下さい」
1ポイントに1円の価値。それが55,000ポイントも毎月もら……毎月?祝い金が?でもポイントは毎月もらえるって、入学案内に書いてあった。
「クラス委員ですが、入試の様子を見て学校側で決めさせてもらいました。栗原くん、お願いしますね」
「決定事項ですか」
「はい」
そういうのって話し合いで決めないのかな。押し付けられる心配をしなくて良かったけど、栗原くんだって押し付けられてるんだよね…。嫌だな…。
「分かりました」
川合先生が小さく微笑むと、栗原くんは顔ごと視線を逸らした。その名の通り、栗色の髪がふわりと揺れた。
「みなさんに留意していただきたい点があります。3年間クラス替えがなく、全ての行事をクラス単位で行うということです」
だったら余計、友達を作らないと。うん、頑張って話しかけよう!
「クラス委員の集まりがあるので、栗原くんはそちらへ。他のみなさんは解散してもらって大丈夫です。今から30分後、テレビを付けると良いものが見られますよ。是非見て下さい」
良いものってなんだろ。あ、これをネタに話しかけてみよう!
「ねぇ良いことがあるテレビ、みんなで見るのはどうかしら。それまで自己紹介でも。どう?」
大勢でって苦手。いつも嫌な役押し付けられちゃうし…。でもNoなんて言ったらそれこそハブられちゃう。
賛成の雰囲気の中、男子がひとり出て行った。それを皮切りに、数人が出て行く。ひとりでいられる強い人って、羨ましい。
「じゃあまずアタシから。本宮よ。星が好きだから、天文学部に入ろうかと思ってるわ。3年間よろしく」
こんな提案をして、最初に自己紹介出来る人も強い人だよね。私には絶対に出来ない。すごいなぁ、本宮さん。
「島崎だ。ずっと野球をやってきた。だから野球部に入る。よろしく」
「高橋でーす!私は部活より、みんなと遊びたいな。よろしくね」
私はというと、見事なまでに普通の自己紹介をした。当然のように、ひとりでテレビの開始を待つことになった。
そうだよね…。みんな面白そうな、楽しそうな人と話したいよね…。
ぴったり30分が経ったとき、砂嵐だったテレビに色が付いた。
栗原くんの他に、3人の生徒がいる。リボンとネクタイの色が全員違う。この高校は3年制。3人もクラス委員なのかな。
『各クラスのクラス委員、Aクラス鈴、Bクラス吉江、Cクラス栗原、Dクラス佐々木。以上4名で勝負を行います』
淡々としたルール説明が終わると、そう告げられた。
もしかして、こういうことをしてポイントを稼いでいくってこと?こんなの…出来ない。
『全員一斉に、使用するポイントを宣言して下さい』
それぞれ3万、5万、2万、1万と宣言をする。
周りの会話を聞く限り、Cクラスに配布されたポイントは5万5千ポイントで統一されてる。5万なんておいそれと使えない。
配布されてるポイントがクラスによって違うんだ。
それならAクラスの方が多そうなイメージ。成績優秀者からAクラスに振られる、みたいな。それで最初のポイントも多い。
イメージといえば、リボンとかネクタイの色って、学年で違うものな気がする。それをクラスで別けるってことは、クラスがそれだけ重要ってこと?
これからクラス単位でこんなことを…?
「岡部さん…大丈夫?手、震えてるよ」
大丈夫だと返事をし、視線を松本くんからテレビに向ける。
「これから…この勝負じゃなくて学校生活、なにが起きるのか不安だよね」
私は適当な返事しかしなかった。女子が怖かった。
松本くんも私と同じ印象に残らない自己紹介だったと思う。だけど優しい雰囲気をまとってそれなりに整った顔立ちをしている。
こういう男子が密かにモテるんだ。悪気なく女子にとって悪いことをする。それが優しい男子の特徴。
困ってる人に特に優しいのが、優しい人だから。だから悪気なんてない。多分良い事をしてるつもりもない。
返事の次は、立ち去る。それが無難な対応。でも今教室を出て行くと目立つ。教室の後ろにロッカーでもあれば良かったけど、ない。
だから松本くんがいる方の手で頬杖を付いた。壁を作った。それが、私に出来る精一杯だった。
松本くんは察しが悪くはないんだろうと思う。頑張ろうね、とだけ言って正面に向き直った。
折角話しかけてくれたのに、とも思う。過去の失敗ばかり気にしてても仕方ない。分かってる。でも、すぐに強くなんてなれない。弱虫なの。
だから、机の下で親指を中に入れて手を握る栗原くんのその気持ちが、きっと分かる。
嫌でも嫌って言えない。それで嫌そうな顔はしてみるけど、結果は変わらない。そして、それを陰口で言われる。
嫌なら嫌って言えば良いって。でもそれが言えたならそうしてると思わない?気付いてほしい。それは悪いことなの?
違うよね。そういう部分は誰だって多少持ってる。
結果なんてどうでも良い。全力でやって、自分がCクラスのリーダーだって堂々と言って。
世界の全てに意味があるとは思わない。だけど、この27人がCクラスになったことと栗原くんがリーダーになったことには絶対に意味がある。
きっと変われる。変わるきっかけを得られる。
だから誰に負けたって、自分に勝って。
Cクラスのテーマは「未来」です。