19「――Just kidding①」
最悪だ。インディアンポーカーに出なくてはならない。しかも初日。
宝箱の問題は過去を蒸し返すようなもの。そしてプールサイドに立たせる。極めつけにインディアンポーカー。泣きっ面に蜂とはこのことだ。
あんな問題がなくとも、忘れたりはしない。忘れられるはずがない。
弟が元気に走り回れるようになったのは、あの子のおかげ。そして、そうさせてしまったのは俺なんだから。
「村瀬くん」
「なんだ」
無言で向けられた視線の先を見る。認識した瞬間、手首を掴まれてトイレに連れ込まれる。
「なんだよ」
「分かってるはずだよ。約束、したんだよね?」
「秦くんもか…」
俺には契約という言葉を使った。
人や場面によって言い方や言葉、話し方を変えることはある。だがそれには限度というか、出来る範囲がある。
井上くんが見てる子は、ただの女の子ではない。
俺が契約を交わしたのは、いや、交わしてしまったと言った方が正しい。
宝探しゲーム開催の2日前で、1ヶ月も経っていない。一体、なにが分かる。そのとき初めて会話したくらいだ。なにかが分かってたまるか。
「正直、これで良いのか迷ってる。俺たちは目立ってる。“たち”に含まれる井上くんが告白でもしてそれが知られたら、彼女は目立つ。約束は守れねぇよ。けど、それは本当に正しいのか?」
秦くんは、恵比寿様のような満面の笑みを浮かべた。だがそれは、木で彫られたように作り物だとはっきり分かるものだ。
それに、目が笑ってない。
「それは言い訳だよ。本当は嫌になっただけ。やらないことの言い訳に井上くんを持ち出して、道徳的なことをさも正しいかのように言うのは止めて」
「少しも迷わねぇのか」
「井上くんのことは好きだからねぇ、少しもってことはないよ」
瞬きをした瞬間に表情が変わる。いつもの表情に思えるが、やっぱり目が笑ってない。
「でも約束を守ることより大切なことなんて、僕にはない」
この約束は彼女との、という意味ではないだろう。約束って言葉に、秦くんは縛られてる。
「約束のためなら、人も殺せるよ」
「お前…まさか、」
「――なぁんてね。それくらいの覚悟ってこと。冗談が過ぎたとはいえ、そんな顔しないでよぉ」
「…だな」
今のは本気だっただろ。
***
『Aクラス佐藤、Bクラス加藤、Cクラス高橋、Dクラス村瀬。以上4名で勝負を行います。使用可能なポイントが画面に表示されます』
佐藤さん3.1万、加藤くん3.3万、高橋さん2.5万。俺は4.3万。元手が一番多いだけじゃない。冗談みたいなポイントの量だ。
『第一ゲームを開始します。親から順にカードを引いて下さい』
知識に基づかない決断をしなければいけないものが一番苦手で、こればっかりはどうしよもねぇ。負けられないプレッシャーで押しつぶされそうだ。
『親、Dクラス村瀬。順位と賭けるポイント、カード予想を宣言して下さい』
また微妙な数字だな。
「2位1万、♧10」
『Aクラス佐藤、宣言して下さい』
「1位1万、♤K」
大外れだが、考えなしだとも思えねぇな。
『Bクラス加藤、宣言して下さい』
「3位2万、♦5」
上げてきた…!勘弁してくれ。なんでだ。
『Cクラス高橋、宣言して下さい』
「1位2.5万、♧10」
いきなり全部かよ。この微妙な数字を見て?しかも俺が宣言したカードだ。なんかヒントになったのか?訳分かんねぇ。
『勝負を降りる生徒は挙手をして下さい』
挙手をしたのは、佐藤さんだけ。
『勝負に参加する3名は一斉に、自分が引いたと思うカードを宣言して下さい』
加藤くんが♤5、高橋さんが♤10、俺は♧9
『Aクラス佐藤♥4、Bクラス加藤♥6、Cクラス高橋♤10、Dクラス村瀬♧8。第一ゲーム勝者、Cクラス高橋』
第一ゲームから大敗だな。降りておけばよかったか。だが、逃げ腰になるのはどうなんだろうな。
けど、そうか。彼女との契約にも、このゲームにも、逃げ腰だった。こんなところまで来て、今更なにやってんだか。
『親をAクラス佐藤に交代し、第二ゲームを開始します。Aクラス佐藤、宣言して下さい』
「2位0.8万、♤9」
2位で9…
加藤くんと高橋さんの数は小さい。俺の選択肢の幅を広げるためか。それか、俺が9を持ってるか。2人の数が数だ。有り得る。
『Bクラス加藤、宣言して下さい』
「4位0.8万、♤A」
いくらでも選択肢があるのに、なんでそこに辿り着けるんだよ。
『Cクラス高橋、宣言して下さい』
「3位0.8万、♥4」
降りる宣言ってことで良いのか?圧倒的に勝ってるところを、微妙な少額の勝負なんてしない。そう考えて良いだろう。
『Dクラス村瀬、宣言して下さい』
俺は…どうする。ヒントになるようなものは、佐藤さんの宣言だけ…ってわけでもないか。高橋さんが微妙な勝負だと思って宣言をしたとする。その理由は?
俺の数が、極端に大きいから。違うだろうか。
「1位0.8万、♦K」
『勝負を降りる生徒は挙手をして下さい』
誰も挙手をしなかった。高橋さんは降りないのか?
『全員一斉に、自分が引いたと思うカードを宣言して下さい』
佐藤さんが♥J、加藤くんが♥A、高橋さんが♥3、俺は♦K
『Aクラス佐藤♧J、Bクラス加藤♥A、Cクラス高橋♥3、Dクラス村瀬♦Q。第二ゲーム勝者、Bクラス加藤、Cクラス高橋』
マズい。今の勝負で、俺が一番ポイントが少なくなった。そして次の第三ゲームで負ければ、この勝負自体に負ける。
せめて3万までは取り戻させてくれ。
『親をBクラス加藤に交代し、第三ゲームを開始します。Bクラス加藤、宣言して下さい』
「3位1万、♧5」
…そうか。余程勘が良くない限り、親は今回勝てない。親の次も難しいだろう。だが、可能性に気付いて勘が当たればまだある。
『Cクラス高橋、宣言して下さい』
「1位1万、♥J」
気付いたか?微妙だな。もし気付いたなら、賭けに出たな。
『Dクラス村瀬、宣言して下さい』
「4位1万、♧5」
佐藤さんは気付いてる可能性が高い。だがもし気付いてなければ、気付かれないためにはこれが良いはず。
『Aクラス佐藤、宣言して下さい』
「1位1万、♧Q」
『勝負を降りる生徒は挙手をして下さい』
加藤くんと高橋さんが挙手をした。気付いたのだろう。
『勝負に参加する2名は一斉に、自分が引いたと思うカードを宣言して下さい』
佐藤さんが♧K、俺は♤A
『Aクラス佐藤♦K、Bクラス加藤♦A、Cクラス高橋♤K、Dクラス村瀬♤A。第三ゲーム勝者、Dクラス村瀬』
危なかった。今回は運にお礼を言うしかねぇな。
『親をCクラス高橋に交代し、第四ゲームを開始します。Cクラス高橋、宣言して下さい』
「4位0.8万、♤A」
出たカードを宣言するの好きかよ。それも作戦だけど。
確実に自分が4位だと思う数なんだろう。そして、具体的な数を推察されないために敢えて。
『Dクラス村瀬、宣言して下さい』
決勝には行きたくない。このままなら高橋さんが行くはずだ。でも大きく負けたくない。よし、やるか。
どうして面接等の試験の成績が悪いのか、ちゃんと分かってる。




