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108人のその他大勢  作者: ゆうま
1年1学期
18/28

18「Dream in dream③」

 高橋


 これが、高校で3年間使う私の名前。平凡過ぎる。


 「高橋、大丈夫か」


 だけど、呼ばれないよりは良い。だから、もう大丈夫だよ。君は君で、楽しくやれば良い。

 そう思ってたのに。折角、君に友達が出来たと思ってたのに。


 なんで村瀬くんも青い顔をしてたかなぁ。

 トラウマがない人なんていないと思うよ?でも水関係のトラウマって、絶対トラウマの中でも悪いこと寄りだよね。


 「他の人よりはねー。坂本くんは青い顔して他人の心配なんてしてないで、自分のこと気にしなよ」

 「感情なんて、他人と比べるものじゃない。俺は高橋が心配だ。それだけだ」


 真っ直ぐな人なんだなぁ。ちょっと嫌いかも。

 こういう人って自分が正しいと思ってることを“みんな”が正しいと思ってたら、正しくなっちゃう。そんな気がする。

 だからきっと、他人に寄り添うことが正しい今の世の中で坂本くんと“みんな”は正しい。でもいつか正しくなくなったら、後悔するんだ。


 完璧な偏見だけどね。でも感覚って大切だから。


 「ありがとー。でも本当に大丈夫だよ。坂本くんは?平気?」

 「問題ない」


 大きく息を吐いて、大きく頷く。


 「大丈夫。もう、大丈夫」


 完っっっ璧言い聞かせてる。本当に大丈夫かなぁ。


 「兎に角、悪くない結果だ。良かったよな」


 坂本くんが黒板に視線を向ける。今終わったばかりの、クラス対抗水中ボール鬼の結果が書かれてる。

 Aクラス7点、Bクラス0点、Cクラス3点、Dクラス4点。


 Aクラスはテストの点数が全体的に高いだけでなく、運動部の生徒が多い。水中での動きは変わってくるけど、運動してるかしてないかの違いは大きい。

 Bクラスは逆に運動部の生徒が少ない。運は悪かったけど、仕方のない結果とも言える。


 問題はDクラス。

 なんで井上くんがプレイヤーではなかったのか。組まないでプレイヤーになるのが一番賢い選択のはず。

 テストの点はDクラスの中では確実に高い。元水球部。なのになんで。


 「にしても、鈴本くんの意外な弱点だな。全く泳げない」


 こんな風に言える人は、見てなかったんだ。

 必死だった。必死過ぎた。あれはただ泳げないだけではない。助けた喜多見さんになにも確認しなかったとしても、それくらい分かる。


 初めから全く泳げない人なら、出来ない。

 脇くらいまである深さの水の中で足を着けさせるなんて。足が着いただけで落ち着きを取り戻すなんて。出来ない。


 完璧な人なんて、この世には存在しない。それなのにどうして人は、そんなくだらない夢を見るんだろう。


 ねぇ、私のヒーロー。君だって、強かったけど完璧な選手ではなかったよね。

 苦手なことだってあって、それをカバーするために沢山練習し…まさか。あのとき見てたの。


 一度だけプールに呼び出されたことがあった。秋口だったのに、どうしてだか私はまんまと騙された。理由は覚えてない。

 その後の出来事も、一緒に忘れてしまえれば良かったのに。


 突き落されて、頭を押さえられた。その力が弱くなる隙に、必死で息を吸った。中2の出来事だった。


 忘れ物を取りに行ったときに足を滑らせて落ちたって嘘を吐いた。水泳部だったからなのか、簡単に信じられた。

 体操着に悪戯をされるから、体育のないその日は着替えられなかった。

 今思えば、保健室で借りられたはず。先生がいじめに協力してた感じはあった。家に帰って落ち着いて考えて、やっとこの2つに気付いた。


 先生という大人は自分のことしか考えてない人が多い。そういう感じが強い人が担任のときを狙って、いじめてくる。

 顧問は事なかれ主義。部活ではいじめはなかったから、多分気付いてなかった。そう信じるしかない。


 プールに入れなくなったことに気付いた私は、唯一の救いだった部活を辞めた。


 顧問は引き留めてくれた。事なかれ主義が気付いていれば、喜ぶだろうと思う。少なくとも、安心はする。

 でも純粋に引き留めてくれたと思う。そう信じたいから、そう記憶してるだけかもしれないけど。


 あれを見てたとする。

 中3のインターハイの後引退するまで試合で活躍してた君が、今になってプールに入れなくなった理由は分からない。でも私のせい…?


 気付けば駆け出してた。なんて言えば良いのかなんて分からない。だけど君に、今すぐ。


 「どこに行くのよ」


 手が、伸びて来る。殴られ…


 「保健室はこっちよ」

 「え…?」

 「違うの?それならどこに行くつもりだったのよ」


 目を覗き込まれる。本宮さんの瞳には、笑顔ではない私が映ってる。


 「…私のせい、なの。だから、行かないと」


 身体が温かいなにかで包まれた。視界の隅に、本宮さんの後頭部が見える。


 「行かないで」


 心というものの、穴が空いたところ。空洞になってる場所。そこで、その言葉が壁に消えずに跳ね返った。居座った。

 どんな親切な言葉も、道徳的な言葉も、すぐに壁に消えたのに。


 「きっと辛いことに向かって行くのよね。それが貴方にとってどれだけ大切か、当然アタシには分からない。だけど行ってほしくない」


 そっか。私、夢を見てるんだ。

 誰かにこうやって、抱きしめてほしかっただけなのかも。夢って深層心理の願いをどうのこうのっていうから。

 クラス委員のゲームの後、憎まれ役を買って出た。そんな本宮さんなら、なにかを察して、こうして抱きしめてくれるかもしれない。


 どんなときでも溢れなかった涙が、溢れて止まらなかった。


 背中を優しく叩くリズム。それは心臓の鼓動の裏を取ってて、涙は穴から出ずに溜まっていった。

 心なんて、脳が作ってるはずなのに。変なの。




                  ***




 「みなさん、特に鬼をした7名は、お疲れ様でした。みなさんの端末に、PDFを送りました。確認して下さい」


 いつの間に起きたんだろう。私は席に座ってた。クラスのみんなも座ってる。

 いつから夢を見てたのかもよく分からない。なんだか記憶が曖昧。それなのに、本宮さんが抱きしめてくれた夢は鮮明に覚えてる。


 「入学式の際クラス委員が行ったインディアンポーカーは覚えていますね。今度は本当にポイントを賭け、再度開催します」


 送られてきたPDFを開く。日程とルール、そして参加者が書かれてる。


 「今回は各クラスから4名ずつ選出されています。終了時最もポイントを持っていた生徒が勝者。最終日は、勝者4名で行います」


 日程というくらいだから、複数の日に行われる。明後日から4日間が予選。1日空けて決勝。


 「クラスメイトが自分に賭けたポイントを使ってゲームをしてもらいます。細かなルール変更は三点です。よく確認しておいて下さい」


 カードの山は新しいものにならない。

 その勝負を降りる際失うポイントは、賭けたポイントの1/2。

 親は一番使用可能ポイントの多い生徒から。


 私は初日にAクラス佐藤さん、Bクラス加藤くん、Dクラス村瀬くんと出る。

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