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108人のその他大勢  作者: ゆうま
1年1学期
17/28

17「Escape from escape②」

 期末試験でも、ボーナスゲームがが行われた。中間試験のとき行われたものに似て非なるルール。


 クラスの中で誰が一番点数が低いか、当てる。


 内部分裂をさせるのが目的かもしれない。でもBクラスには元々そういう節あるから、関係ないと言えばない。


 夏休みの宿題の量はそこまで多いと感じなかった。

 堀井さんとだらだらと一緒にやったり、ショッピングしたり、映画を見たりと、楽しい夏休みを送っていた。


 全てを思い通りにしようという父から逃げた先で、また逃げているだけ。そんなの分かっている。でも、どうして良いのか分からない。

 ただ、それも今日で終わりかもしれない。そんな予感がある。


 登校日の今日、必ずゲームが行われる。

 そしてその予感が、ゲームのタイトルを聞いた瞬間現実味を帯びて襲って来た。


 「君たちにはこれから、クラス対抗水中ボール鬼を行ってもらう」


 水

 それは、私が一番嫌いな罰だった。


 「ルールは――」


 声が遠くなる。聞かないと。後で聞かれたときに答えられないと、また。また、同じことの繰り返し。

 嫌


 「待って下さい」


 堀井さんの声だけが、妙にはっきりと聞こえた。


 「不参加って出来ませんか?足立さん、とてもゲームところではないです。なにに誘っても来てくれたけど、プールだけは嫌がって。だから」

 「今回は6人1組だ」


 担任の声も聞こえるようになった。私にとって堀井さんは、思いの外大きな存在になっていたらしい。


 「水に入るのは組んだ6人の内ひとりと、組まなかった3人。この7人だ。不参加は必ず不利になる。まずはルール説明を聞け。足立、聞けるな」

 「…はい」


 ボールを持っていられる時間の制限は、期末テストの点数に準ずる。

 6人1組の生徒は、他の5人の現代文、数学ⅠかA、英語、理科系科目、社会科系科目の点数。この内、ひとり一教科を選択したときの、5人の合計。

 組まなかった生徒はどれか二教科。


 1点1秒。500点の場合8分33秒。

 組まなかった生徒は当然ボールが持てる時間が短くなる。だけど、ボールを当てたときの得点が通常1点のところ、3点になる。

 当てられたときは一律マイナス1点。


 終了後1点が1,000ポイントとして還元される。ただし、終了時に鬼だったクラスを除く3クラスのみ。

 得点がマイナスだった場合、そのクラス全員から1点につき1,000ポイント没収。そのクラスが終了時に鬼だった場合、1点につき2,000ポイントになる。


 ボールを持てる時間がなくなった生徒もゲームには参加し続ける。

 鬼のときに時間がなくなった場合や、時間がなく当てられた場合、同じクラスの生徒が鬼になる。


 鬼でいる間がボールを持っている時間の定義のため、手元にボールがなくとも時間が減っていく。

 ボールは奪うことも出来る。ただし一度触れてから10秒以内に一度両手でしっかり持たなければ、当てられたと判定される。


 1ラウンド8分。ラウンド毎に2分の休憩。これを4ラウンド。

 終了時点で残っていたボールを持てる時間は、なににも還元されない。


 「プールサイドに立たない生徒は、不参加とする。6人1組が4組組めない場合、つまり不参加の生徒が1名でもいた場合」


 担任が私に視線を移す。


 「当てた際の得点が3点になる生徒を選出することは出来ない」

 「そんな…。でも今からそんな様子なのに、無理だよ」


 大丈夫。プールサイドにいるだけ。大丈夫。


 「大丈夫よ。ありがとう」


 そう、大丈夫。ここには父はいない。




                  ***




 着替え終わった生徒たちが集まり始める。

 それでも私はまだ、プールサイドに立てずにいた。湿ったプラスチックマットの感触が、私を居堪らずさせた。


 「制服なんて気にしないで、入ろうぜ!」

 「だから俺は…」

 「足着くんだから大丈夫だよ」


 2人の男子が鈴本くんの手を引いて、一緒に飛び込む。笑顔の2人とは違い、鈴本くんは足や手をばたつかせている。

 本気で溺れている。


 「足着くってば。なにしてるの?」


 そんなの聞こえるわけない。

 私の横を颯爽と誰かが通り、飛び込んだ。脇を抱えて立たせると、そっと手を引いてプールサイドへ導く。


 「生きているか」

 「うん」

 「怪我はないか」

 「うん」

 「良かった…」


 大きく息を吐いた鈴本くんに、過去なにがあったのか。それは多分、見ていた人なら誰でも分かったと思う。

 溺れていたところを助けてくれた人が、亡くなったか大怪我をしたか。


 完璧かのように言われている鈴本くんも、普通の高校生。

 それにしても、助けたのが喜多見さんっていうのが意外ね。


 明らかに気分が悪そうにしている生徒がいる。

 Aクラス真木さん、Cクラス高橋さん、坂本くん、Dクラス鵜野さん、井上くん、村瀬くん。そして泳げないと言った小倉くん。この6人。

 他から見れば、私もそう見えるだろうと思う。


 完全にプールサイドに行くタイミングを失った私の後頭部に、水がかけられた。多分ホースかなにかから出している。


 「水が苦手な人になにしてるの!」

 「え?これくらい大丈夫でしょ?」

 「そうそう。そんなところでボーっとして、なにしてんの?」

 「…ご、ごめんなさい」


 誰かがムッとした雰囲気になった。誰かが私へ向かってなにかを言おうとした。誰かが。誰が?父が?


 「ごめんなさい。ごめんなさい。もうしません。許して下さい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 繰り返し、繰り返し、ごめんなさいと言い続ける。そんな私の背中を、誰かが優しくリズム良く叩いた。






 顔を上げると、加藤くんだった。


 「それ…」


 見たことのある、小さくて丸い火傷の痕がひとつあった。

 なんていうんだっけ。忘れてしまった。母が亡くなったとき、よく聞いたはずなのに。ただ、母がこれについてなんと言ったかは覚えている。


 「好きな人にキスをしてもらうと治るって聞いたわ」

 「良いことを教えてもらった」


 そっと差し出された手を取って、私はプールサイドに足を踏み入れた。


 近くまで行って、初めて気付いた。真木さんはスカートの下に、足首までのレギンスを履いている。

 シャツは長袖で、腕まくりもしていない。中には多分長袖の肌着を着ている。

 いつも一緒にいる喜多見さんとは距離を置いている。多分、濡れたくないからだと思う。


 適当な場所に座らせてくれた加藤くんにお礼を言うと、小さく頷いただけで行ってしまった。


 加藤くんは、Bクラス内で密かに人気があるらしい。ああいう風に誰にでも優しいから。でも一匹狼の孤高さがあって、ミステリアスだって。

 ああいうことは、表面的に優しいだけでは出来ない。それに、本当は私だって気付いている。


 キスなんかで傷は治らない。


 暴力的な父がつけた傷に、いつもの優しい父がキスをする。それすらもなくなってしまったから、母はそう言った。


 こうして、夏休みのゲームは落ち着きなく始まった。

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