13「be sure to you…①」
宝箱を開けられなかったときのことは、一応考えられている。
でも失敗しないことが前提になっているような気がして、それが少し気になる。エラー音のルールがあるんだから、間違えることも視野に入れておいた方が良い。
でもこんな空気じゃとても言えない。鈴本くんはなにを考えているんだろう。間違えるはずがないって思っているのかな。
そんな不安を抱きながら南棟へ向かった。動きがあったのは、25分くらいが経った頃。門倉さんからメッセージが来た。
『失敗。東棟2階、南棟への渡り廊下すぐの教室。テレビ台の中。南棟が騒がしい気がする。念のため気を付けて。』
『南棟中央辺りにいるけど、3階ではエラー音は聞こえなかったよ。門倉さんたちも気を付けて。』
「南棟寄りなら僕たちの方が近いよね。行くって言った方が良いのかな」
「止めた方が良い。具体的に聞いたなら言う。多分3階の東棟寄りでなにかあった。危険」
宝箱の取り合いなら良い。不味いのは、2つの組を使って引き離そうとしているクラスがあるかもしれないこと。
ひとつ下の階に、悪意を持った人が…
「早く」
遠野くんに手を引かれて、西棟5階へ行く。
「しっかりして」
「うん、ごめん…。僕思うんだ。校舎の中には24組72人の生徒がいるんだよね。一般的な作戦なら、だけど」
「静か」
そう。妙に静か。それに、開始30分は経っているのに誰の姿も見ていない。それどころか、足音も聞いていない。
「少し思ったんだけど、他のクラスのポイントを減らすことを目的とするクラスがあるかもなんだよね。だったらポイントを減らさないことを目的とするクラスもあったりしないかな?」
3人しかいないのに、江本くんは律儀に手を挙げて発言した。
「隠れていて、エラー音にだけ駆け付ける…」
「うん。そんなクラスがあるかも。それでふと思ったんだけど、そのクラスって競争率の高い体育館に行くかな」
慌てて体育館にいないクラスがないか送ると、Dクラスとだけ返って来た。
「なんでそんな重要なこと」
「これで鈴本くんが気付く。宝箱を探す」
このゲームで浮彫になることが、ひとつ分かった。積極性。このグループチャットは、本来もっと動くべきなんだ。
校舎を代わるときだって、どこを見たとか見てないとか、そんなことすらない。そして僕も聞かなかった。
「同じ場所なんて、芸がない」
遠野くんが開けていたのは、テレビ台の扉だった。
初めに決めた通り、あとから3人で分けられるように15,000ポイントを使用。5,000ポイントなら間違えても痛くない。
僕たちは、ローリスクローリターンを選んだ。
問いが端末に送られて来る。
同時に見られる星を選べ。ルイテン星、アルビレオ、リゲル
星なんて分からない。これを30秒で…
「アルビレオははくちょう座の内のひとつだよ」
「リゲルはおおいぬ座」
はくちょう座は夏、おおいぬ座は冬に見える。夏と冬の大三角を作る星を含む星座。じゃあ、ルイテン星とどっちか。
「どっちにしよう」
「君が知ってるはず。思い出して。誰かの誕生日、なにかあった日、なにかある。君が知ってる」
そんなこと言われても僕は星なんて知らない。分からない。時間が…。
ルテイン星とリゲルを選択すると、宝箱が開いた。勘だった。
「良かった…」
力の抜けた身体が、ふわりと持ち上げられた。2人は視界にいる。まさか他のクラスの生徒が。
慌てて伸ばした手が、誰かに弾かれる。ネクタイの色は赤。サイレンのような音が端末から鳴り出した。
この人力が強い。もう無理だ。なにか出来ること。そうだ。
「Aクラスグループチャットに送信。西棟5階宝箱完了。Cクラス警戒」
言い終わってすぐに音が止んだ。送れたかな。アラートも鳴っていたし、僕を抱えた人が言葉を発して妨害して来ていた。
「気の毒だとは思うが、謝らないからな」
なにも言わないことも出来たはずなのに。そういう人が一番嫌い。
***
遠野くんと僕の間にある机には、カレーが2皿乗っている。
「遠野くん、ごめんね」
「そんなの俺も。それに無茶苦茶鍛えてた」
それはそうだけど、そうじゃない。
「ありがとう。演劇部の津々楽くんっていうらしいよ」
君が笑わないのは、事件のせいだと思っていた。君に笑ってほしくって、君を構っていた。だけど昨日気付いた。
といっても、そのときは嬉しかったり必死だったりで気付かなかった。気付いたのは、部屋でひとりになって冷静になったとき。
僕のことに気付いていたから、君は笑わなかったんだ。
身元が特定されるようなことを言ってはいけない。それも校則。だからなにも言わず、静かに拒絶していたんだ。
家族を殺されるきっかけになった人の家族となんて、仲良くしたくないよね。しかも助けてもらった命を捨ててしまったんだから。
それなら、いっそのこと初めから妹が。そう思わないほど、僕は強くなかった。
でも成人男性に立ち向かうような子だ。助けず逃げたら、きっと後悔でいっぱいになってしまう。崩れてしまう。壊れてしまう。
だからなにが正しかったんじゃない。犯人が間違っていたんだ。
「昨日言ったこと、止めよう」
「なに」
「色々なところへ行って、色々な物を食べようって。友達は、これで止めよう。ずっと、ごめんね」
遠野くんはカレーを運ぶ手を止めなかった。視線は皿。
「俺には友達なんていない。笑わないから楽しくないと思われるんだと思う。そう分かってても、笑えない」
僕ら家族が奪ったんだよね。
分かっている。本当に悪いのは犯人。でも善悪だけで出来ているのなら、世の中はもう少しくらいは簡単のはず。
「幼稚園のお遊戯会で笑うシーンがあったときは困った」
元の性格ってこと…?でも気を遣ってそう言っているだけかも。だって身元を明かさなくたって、もっと強く拒否することは出来る。
でも引き留めるようなことを言う理由は?
「代わりに笑って。隣で笑ってて」
気付いてない?ネットに疎いのかな。
「友達はいないって言っていたよね。じゃあ、友達になってくれる?」
「それで有馬くんが笑ってくれるなら」
この言葉に裏があるとしたら、君も僕と同じことを考えているのかもしれない。笑ってほしい。願いは、ただそれだけ。
加害者かのようにしてしまった。それに責任を感じているのかもしれない。でもそれは出来ないよ。
周りに合わせて笑顔を作っていただけの僕も、笑えない。
なんで君が望む物だけ持っていないんだろう。
おかしいよ。変だよ。僕は君に、笑ってほしいだけなのに。せめて、願いを叶えたいだけなのに。
「嫌かな」
そんなわけない。君が僕なんかの友達になってくれるなんて。
でも僕に笑うことは…そうか。なにも本当に笑わなくたって良いんだ。君が、僕が笑っていると思ってくれればそれで良い。それで君の願いは叶う。
「ううん。友達になろう」
3年間、君を騙すよ。それで必ず、笑顔の君を見つけてみせるから。




