12「Faithlessness②」
将棋部の部室に、駒を移動させる音が響く。
部員は1年生の6人だけ。特になにをするわけでもない部活動に決まった活動日はなく、来る人数は日によってバラバラだ。
今日は4月も終わりだからだろう。比較的よく顔を出す4人が全員いた。
「1ヶ月も経つとグループはほぼ確定だな。ああ悪い、ぼっち坂本」
「ぼっちは悪いことじゃない。何回言わせるんだ」
芸名みたいに言うのも止めてほしい。
「最高じゃねぇか。すぐ発言を忘れるヤツがクラス委員なんて」
パチン、ともうひとりの部員が駒を移動させる音が妙に響いた。返事の代わりかのようだ。
「森川くんはどうなんだ」
「俺のこともあんま信用してはねぇよ。けど、全く聞く耳を持たないって感じでもねぇな」
「シナリオは守って」
今いるのは各クラスのメンバーがひとりずつ。リーダー格ならまだしも、鈴本くん以外は全く違う。
俺は栗本くん含め色々なグループの生徒とそこそこ話すようにしてるが…
「心配ない」
俺の視線に気付いたのだろう。盤上を見ながら、きっぱりと言われてしまう。いつもこういう感じで、具体的なことはなにも言わない。
だけど妙に説得力があるように感じてしまうのが癪だ。
「Dクラスは心配していない。佐々木さんが型通りの作戦を考えてくれればほぼ達成だからな。問題はBクラスとCクラスだ」
「森川くんはまず表面上だけでも党派をなくしたいはずだ。提案に乗る。これはほぼ確定だ。けどルールが分かんねぇんだから、運としか言えねぇよ」
Cクラスの方もそうだ。Bクラスほど難しくはないだろうが、ルールによっては少々厳しい。
「参りました」
「また負けたのか」
「一回も勝ったことねぇだろ」
「五月蠅い。気のせいだ」
負けず嫌いだな。それで拗ねた顔をするところに、人間味を感じる。圧倒的カリスマ性でクラス委員として力を確立しながらも、友達がいる所以だろう。
吉江くんとは大違いだ。
「もう一回だ」
「その前に、おつかいを頼みたい。Aクラスは今度美術の時間に模写をするよね。図書館にある模写の本に挟まれた手紙を取って来てほしい」
そんなことを知ってる理由は突っ込むまい。
俺たちは部活という名目があるが半分秘密裏に会っている。他にもこういった人物がいるのだろう。
「分かった。タイトルは」
「知らない。指定は、初心者が授業の予習をしようって思うような本。だから本気で選んで」
文句のひとつでも言うと思ったが、鈴本くんは小さく頷いて部室を出て行った。俺なら言う。
というか、人に使われることには慣れていないのかと思ってた。けど、そうでもないらしい。
「2人はいつまで情けない勝負をちんたらやってるの」
辛い評価だが、なにも言えない。鈴本くんのことをからかいはしたが、俺も小倉くんも勝ったことはない。むしろ鈴本くんは健闘してる方だ。
ただ将棋が強いだけの様子でもない。Dクラスになった理由。クラス委員にならなかった理由。それは、この秘密に溢れた言動に詰まってるのだろう。
勝負を終わらせて少しすると、鈴本くんが戻って来た。
数冊の模写に関する本を持っている。本当に借りて来たのか。でも確かに、見るだけ見て借りないというのは不自然かもしれない。
他の学年もクラス委員でのゲームを見てたらしい。まだ1ヶ月前の出来事だ。顔を見れば思い当たる生徒がいることは不自然ではない。
不自然な行動をすると、それが例え偶然の産物であろうとも禍根となる可能性がある。
「お疲れ様」
手渡されたものは、手紙というよりもメモだった。
「2年生の先輩が1年生のときに行われたゲームの情報を買った。買う?」
買わないとシナリオの把握が上手く出来ないんだろうに。詐欺に引っ掛かった気分だ。だが、そんなことは口が裂けても言わない。素直に問いかける。
「いくらだ」
「5,000ポイント。ひとりずつからもらえば、元は取れるから。これ、返却するときに挟んでおいて」
「こき使っておいて俺にも5,000ポイント払わせる気か」
渡された紙を受け取らず、呆れ顔で睨むように見る。
「借りて来て、なんて言ってない。図書館から部室と寮は反対。こんなに重い本をどこへ持って行くの。部室に置いてあるなんて言わないよね。トリック検証部には真木さんと喜多見さんも所属してるのに」
…だが、逆も然り。
問題は誰に見られたか、だ。そして客観的証拠として残る、本を借りたという事実を覆すことは出来ない。
「はいはい、俺が悪かった」
将棋と同じように、鈴本くんが負けた。悔しいのか、折れてやったという雰囲気を出している。そして、それをわざわざ指摘しない。大人だ。
端末で撮った紙の内容を確認する。ふと小倉くんが顔を上げた。
「田口くんってさ、優しいんだよ。入学式の日は当然まだこんな集まりはねぇから、思った通りに言って動いただけだった」
高校を卒業するときに、その出来事を振り返っているかのような台詞だった。大分早いが、そういう気分なんだろう。付き合ってやるか。
「動こうとしたのは、他に田口くんだけだった。悔しそうに説教して、悲しそうに背中を見送ってた。共感するところがあったんじゃねぇかな。宝探しゲームは、去年と同じルールなら3人1組だ」
最後の一言のときには、ノスタルジックな雰囲気はどこかへ消えた。初めからこの話題だったかのようだ。
「吉江くんは余る。誰が入れてやるか。誰が組んでやるか。田口くんしかいねぇんじゃねぇのかな、と思う。2人1組だと3人グループの三谷くんたちに声をかけやすいだろうが、3人1組なら動かない」
***
ルールを聞きながら一昨日の会話を思い出した。こうも上手くいくものかと疑った。だが、これもシナリオだとしたら納得がいく。
本宮さんと西尾さんの喧嘩が始まった。
「ひとつ提案なんだが、良いか」
そんな中発言したくはないが、仕方がない。全てはシナリオの通りに。
「あるなら早く言いなさいよ」
「なんでもっと早く言わないの」
喧嘩するほど仲が良いと言えば良いのだろうか。
「今後もゲームが行われることは予想出来るよな。全て正面からやり合う必要はない。勝てるとも思えないしな。今回は、他クラスのポイントを減らすことに専念するのはどうだ。ポイントが少ない方が行動も読みやすい」
少しゲスい提案だが、これが一番良いだろう。人はその団体から人を排除するとき、一番団結力が生まれる。
学校という団体から、Cクラス以外を排除しよう。そういう提案だ。
俺の不誠実がバレて、クラスから排除される日がいつかは来るだろう。だがそれまでは必ず、シナリオの通りに。
いいや、それすらもシナリオの通りに。




