10「Dream in dream①」
今年14歳になる妹がいるはずだった。
死んだのは12歳のとき。俺が14歳のときだった。ロリコンに襲われてる女の子を助け、そして殺された。
唯一の救いは、妹がその子を軽傷で助けられたことだと思ってる。
だけど世間はそれを許してくれなかった。事件から1年半経っても、家には時折マスコミやら野次馬やらが現れた。事件直後なんて、酷いものだった。
妹が救った子を人殺しかのように報じる番組もあった。悪いのはあの子じゃないのに。あの子だって被害者なのに。
人通りが少なく、街灯がまばらにしかない。そんな道を通らなければ家に帰れない。それなのに、そんな道を歩いたあの子が悪いのか。
受験のために塾で頑張ってたあの子が悪いのか。その日に限って迎えに行くことが出来なかったあの子の家族が悪いのか。
同じく幼い俺の妹に助けを求めたあの子が悪いのか。
答えは全て否。
だけど俺は逃げた。
なにも見たくなくて、知りたくなくて、逃げた。全寮制で外部との連絡が制限されてるこの学校に、逃げた。
でもどこまでも追って来る。
「遠野くん」
俺に与えられた名前を笑顔で、あの子の家族が呼ぶ。
「なに」
「先生の話聞いてなかったの?3人1組作るんだって。組むでしょ?あとひとりどうしようか」
あの子の家族とは違い、俺の家族の顔は特定班とやらに晒されることは少なかったらしい。多分俺のことは知らない。
それなのに、何故かあの子の兄は俺に構う。俺を事件から逃がしてはくれない。目を逸らさせてくれない。
「物理的に力のある人。ゲーム」
「やっぱりクラス委員がやった、ああいう…。僕ら非力だもんね。それとも、いっそ別れた方が良いのかな」
「チームプレイが必要な場合もある。明らかに偏るのは止してほしいが、適当に組んでくれて良い」
クラス委員がそう言うなら良い。鈴本くんも自分で勝手に決めて責任を全て押し付けられたくないだけなのだろうけど。
だって本当は、世の中に救いなんてない。
幼い頃から柔道をやってるっていう江本くんに入ってもらって、3人1組は完成。少しすると他も組み終わった。
「これからクラス対抗、宝探しゲームを行ってもらいます」
校舎、中庭、体育館に8つの宝が隠されている。それを見つけ出すという単純明快なものだった。
ただ、校舎は4棟。全て5階建て。1年が所属しない部活の部室は入れないようになってるらしいけど、それでも広い。中庭も体育館もかなりの広さがある。
ひとりひとり探すことが出来れば、問題はないかもしれない。でも組んだ3人の誰かひとりでも1m離れると、アラートが鳴る。
止めるには3人が手を繋ぐ必要があり、15秒以内に止められなかった場合参加資格と10,000ポイントを失う。
宝箱もただ見つければ良いわけではなく、仕掛けがある。問いに対して正解を入力するというもの。出来なければエラー音が鳴る。
ひとつの宝箱に対してひとつの組が入力出来るのは一度のみ。制限時間は30秒。時間切れの場合もエラー音が鳴る。
宝箱と言っても、無条件に宝があるわけではない。
問いを見るためには、ポイントを使用する必要がある。正解すれば倍のポイントと、先に問いを見るために使われたポイントを得ることが出来る。
宝箱は移動不可。
このゲームの終わり方は2つ。
ひとつ、8つ全ての蓋が開く。問いの解かれた宝箱は蓋が開いた状態になる。ひとつ、2時間が経過する。
結局は世の中と同じ。武器も力も人脈もないただの一般人は、戦う土俵に上げてすらもらえない。
なにが宝箱だ。馬鹿馬鹿しい。
「虚を突かれた気分。宝なんて、初めからどこにもない。持っているものを宝にしなくてはいけない。持っているものなんて、なにもないのに」
その目は、虚ろだった。
入学式の日、誰もが不気味に思ったであろう笑顔はどこにもない。鈴本くんと祖父母のように連絡先を交換したと言った笑顔はどこにもない。
「あ、ポイント全部使っちゃったって意味じゃないよ。大丈夫」
笑った顔は、普段と変わらないように見える。だけど、だから駄目だと思った。
悲しいこととか辛いこととか悔しいこととか思い出して、口にしてしまうくらい思いが溢れてて。それなのに、次の瞬間には普段と変わらない笑顔。
「今度カレー食べに行こう」
「初めて誘ってくれたね。このゲームでポイント沢山消費して、それどころじゃなくなっちゃうのかも」
あの日から、人の目が気になった。それは多分君も同じ。俺よりもっとずっと、そうだと思う。
ここには逃げて来たのか。来る予定だったのか。そんなことは聞かない。もし意志を持った強い回答なら、俺はきっとここから出られない。
俺は、ここで夢を見るつもりだった。束の間の平和という夢を。十分手に入れられてるとは思う。
だけど俺はその夢の中で、また夢を見る。
「やっと仲良くしようと思ったのに」
君がせめてこの箱の中でだけでも、平和という名の怠惰に身を預けて生きて来た少年少女と同じように笑う夢を。
俺は今、君の妹を助けた女の子の兄じゃない。そういう夢の中だから、見ても良い夢。夢の中でしか見られない夢。
「本当?じゃあポイント、ガンガン稼がないとね。色々なところへ行って、色々な物を食べよう」
夢の中の夢でも、君が笑ってくれるなら俺は俺を捨てて君と一緒にいよう。
「そうしよう」
「変なの。でも嬉しい。…そろそろ真面目に聞こうか」
教室前方に視線を向ける。鈴本くんがいつ注意しようか迷ってる気配はあったけど、面白いから放置してた。
カリスマ性のあるオーラ。美形と言わざるを得ない顔。身長は平均より少し低いけど、バランスの取れた体付きをしてる。
そんな人が案外人間味のある人。だから、面白い。
Aクラスは探索範囲を決めて行動する。
東棟が佐藤さん組。西棟が壬生くん組。南棟が俺たち。北棟が真木さん組。この4組は偶数階を飛ばす。
その飛ばした2階は門倉さん組。4階は中畝くん組が見る。
体育館が横田くん組。中庭が鈴本くん組と日比野くん組。日比野くん組が機動隊となる。
宝箱を開けても持ち場を一周するまでは、その持ち場から動かない。
宝箱の開錠に失敗した場合、クラスのグループチャットで知らせる。宝探しゲーム参加中にしか使えない仕様らしい。
知らせたいことがあるときに、連絡先を知らない生徒同士のやり取りが出来るようになってるみたい。ミスをして入れ替わるときにしか使わなさそう。
「問いを見るために使用するポイントは各自のものだ。組んだやつで話し合ってくれ。それから」
言うか迷ったが言うことにしたらしく、小さく息を吸う。
「問いを見るために使用するポイントは各自のものだ。組んだやつで話し合ってくれ。それから」
言うか迷ったが言うことにしたらしく、小さく息を吸う。
「2つのグループを使って引き離そうとするクラスがあるかもしれない。他の学年や教師陣の介入も禁止していない。気を付けてくれ」
Bクラスとかやりそう。まだ入学して1ヶ月。Aクラスの生徒ですらどんな人か分からない。だけど、Bクラスは内部分裂の噂も相まって良い印象がない。
何事もなく終われば良いけど、どうなるか。




