Ⅰ「理解」
これから3年間過ごす学校。初めて会うクラスメイト。
少しは緊張するかと期待したが、なんてことはない。俺はただの動作として、クラスへのドアを開けた。
加藤…加藤…あった。確認した席に座る。
これから3年間この名前で過ごすことには、ほんの少し緊張している。本名とは違うが、慣れた名前だからだ。
与えられた偽名で過ごす。名前は苗字のみ。これが校則のひとつにあることは、不思議なことだ。
教室には既に仲良くなったらしいクラスメイト複数の声が行き交っている。
主にポイントについて。学内の施設を利用するためには配布されたポイントが必要だ。要は学内専用の仮想通貨みたいなもの。
これ自体の説明は案内にあった。問題は、ポイントの量だ。
俺たちは、昨日まで中学生だった。程度こそあれど、多くの人が小遣いという制度だっただろう。
俺自身は毎月2,000円という少ない金額で過ごして来た。好きなアーティストがCDを発売しようものなら、俺の財布はたちまち火の車だ。
1ポイントが1円。
生活する上に必ず必要なものは食費とその他消耗品のみ。ガス、電気、水道といったもの代金は不要。
この学校の相場は知らないが、東京都心と同じなら少々贅沢をしても月2万程度で暮らせそうだ。
だが、どうも6.5万ある生徒が多い。
入学祝いにしては多額だ。更に言えば、高校生になったばかりのただの子供に持たせる金額ではない。
もっとも、エリートの卵らしい俺たちが“ただの子供”に当たるのかは分からない。だが、卵なのだ。“ただの子供”だろう。
しかし学校の謳い文句に疑問はある。俺は大した人生を歩んだつもりはない。そして、特技もない。
期待されるような人間ではない。
「席に着け」
やって来た担任なのであろう先生が気怠そうに呼びかけた。
「まずは入学おめでとう。Bクラス担任の馬場だ」
面倒そうに頭をかくと、持っていたファインダーを乱暴に置く。黄色いラインの入ったものだ。このクラスの色と同じ。
「ポイント自体の説明は必要ないな。配布されているポイントは入学試験を突破し、Bクラスに配属された君たちへの祝い金だ」
クラス毎に配布されたポイントが違うということだろうか。他にも気になることはある。
「クラス委員は入試の様子から、学校で勝手に決めた。吉江、お前だ」
「役割も分からないのに引き受けられません」
指名に反発した生徒は、可愛らしい顔つきで縁の大きな眼鏡をかけた男子だった。多分小柄。
いきなり指名されれば、驚くのが普通の反応かと思った。これがエリートの卵ってやつか。落ち着いている。
「中学までの学級委員と大差ない」
「そうですか。大差ないんですか。でしたらお引き受けします」
クラス委員の冷ややかな笑顔と、担任のなにか企んだような笑顔が交差した。教室の空気は重い。
「3年間クラス替えはない。全ての行事がクラス単位で行われる。それだけは忘れるな」
視線を先に逸らした担任が、教室の生徒たちを見回した。ひとりひとりと目を合わせたのか、俺とも目が合った。
「クラス委員の集まりが今からある。行くぞ。他のヤツらは自由にして良い。ただし、30分後テレビを付けることを勧める」
自由なら寮に戻るか。教室にいる意味を感じない。
「時間もあるし、自己紹介なんてどうかな」
いかにも好青年な生徒の提案を尻目に、教室のドアを開けた。
「待ってくれ」
さっきの好青年とは違う声だ。振り向くと、背の高い男子生徒がいた。
「これからなにがあるか分からない。クラスの皆と上手くやれる関係を築くべきだと思う」
単にこういう言い方なのか、相手に合わせて言い方を変えているのか。
すぐに教室を出て行った。俺の情報はそれだけだ。最も効果のある言い方は、これだと俺も思う。
「馬場先生の言葉、気にならないか」
“ポイントは入学試験を突破し、Bクラスに配属された君たちへの祝い金”
学校の案内には毎月ポイントが支給されると書いてあったが、額は書いてなかった。加えて担任の意味深な言葉。
顔だけ振り返っていたが、身体も向ける。
「無理に参加しろとは言わない。けど俺は今後もああいうものには参加するつもりだ。だから、俺とは少しだけ仲良くしとかないか」
学校から支給された端末の連絡先を表示し、見せる。
「ありがとう。俺は三谷」
受け取ったメッセージに名前を返信し、再び寮へ歩き出す。
他のクラスも自己紹介でもしているのだろう。そして大勢が参加しているのだろう。静かだ。
このまま静かな学校生活が送れれば、それ以外に望むことなどない。
しかしその望みが叶うことがないことを、寮の自室にあるテレビを付けて知る。
画面には3名の男子生徒と1名の女子生徒が映し出されている。ネクタイ、リボンの色からしてクラス委員だ。
この4名が今からポイントを賭けて勝負をする。機械のように無機質な声が言い、ルールを説明していく。
勝負はインディアンポーカー。
4名の中で、自分が持っているカードが何番目に数が大きいかを当てる。同じ数の場合、強さはマークで決められる。
クラブ、ダイヤ、ハート、スペードの順だ。
引いたカードを額に当て、自分以外の参加者のカードを確認。親から順に賭けていき、最後に再度親が乗るか乗らないかを選択する。
勝負しないことはもちろん可能。その場合賭けられていた最低ポイントを失うことになる。
そして、これももちろん。上限はその時点で参加している生徒のポイント。当てた生徒が賭けられたポイントを総取り。
だが、順番を当てるだけ。まぐれで当たる可能性もある。
賭けるポイントが決まった後、自分が引いたと思うカードを宣言。2名以上が順番を当てた場合は、この数が近い方が勝利。
それでも2名以上が当てた場合は分割される。ただし、その中に親が含まれれば親の勝ち。
親はAクラスから二巡。親で勝った場合、ポイントが2倍。負けたら親が次の生徒へ移る。
当てた生徒がいない場合、全員ポイントを失う。親は続行。
一周目にも予想を宣言する。誰かが持っているカードを宣言することで、場を混乱させることも可能。
『各クラスのクラス委員、Aクラス鈴本、Bクラス吉江、Cクラス栗原、Dクラス佐々木。以上4名で勝負を行います』
学校から選ばれしリーダーの実力を見ることが出来る。
知識、金、愛、死
上位3つは、この学校で必要な順だろうか。知識が廃れ、ポイントも信頼もなくなったとき。それは、この学校での死を意味する。
この勝負で得る必要があるのはポイントではなく信頼。得られるのは、誰だろう。今は見物するだけの俺は、気楽で良い。
クラスごとにテーマがあります。Bクラスは「理解」です。