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ノエル記ー紫水晶と魔の断片ー  作者: 茶和楽 惇
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第24話 神域

「菜月さんか」

 カーライルは、萌恵がつぶやいていた友達の名を思い出して、聞いて見た。

「どうして、知っているの」

「萌恵ちゃんに聞いた」

「そう」

 心ここにあらずといった感じである。

「一緒じゃないんか」

 菜月は首を振る。

「さっきまで、ここにおったはずじゃが」

 菜月にも、わからない様子だ。

「私、気づいたら、ここにいたの」

「あいつが呼んだのか」

 指差す方には、ラッフルレイズが横たわっている。

「違うと思う。あの人、私が可愛がっていた子犬に似てるけど、知らない」

「犬かね」

 皮肉ではない。ラッフルレイズのような犬では手に負えないと、カーライルは思っていたので、驚いたというのが正直なところだった。

「おじいさんは?」

「わしは、ただの老人じゃ。お主の友達の萌恵さんの友達でもある」

 萌恵はきっと「友達じゃない」と反論しただろう。カーライルは、友達と言うことで、菜月を味方にしておきたかった。

「おじいさんの頭の中って、ごちゃごちゃしてる」

「わかるのか」

「感じるの。いろんな想いや思考が混ざり合っていて、本当はどう思っているのかわからない」

 カーライルは、にっこりと笑って、

「わしもじゃ。自分で自分がわからなくなるときがあるよ」

 菜月も、ちょっと安心したかのようにニッコリした。

「おじいさんには、懐かしい匂いがする」

「ありがとう」

 以前にもそう言われたことがある。カーライルは、人に限らず好かれることが多い。現に、ラッフルレイズがいる。初めてなのに、初めてではない気分になった。相手もそうらしい。

 そういえば、萌恵も、そうだ。カーライルの勝手な思い込みかもしれないがね。

「君は、本当にこの世界に戻ってきているのか。今の君は、陽炎のように見える」

「影かも」と、菜月は呟いた。

「何とな」

 カーライルが聞き返す。

 菜月は、普通に立っているのに、社の床に頭をぶつけたりしていない。小さくなっているのではなく、萌恵と同じくらいの背丈なのに、中腰にさえなっていなくて動けている。カーライルは、腰をかがめないとこの床下にはいられないのに。

「おじいさんは、ここがどういう風に見えているの」

 唐突に、菜月はそう聞いてきた。

「神社の床下じゃよ」

「そう。私にとっては、広い部屋の中」

「違うのか」

 カーライルは驚いた。菜月が「影」とつぶやいた理由はこれだったのかと合点がいった。やはり、菜月はここにはいないのだ。カーライルに見えているだけで、存在する場所が異なっている。とすれば、姿を消した萌恵も同じか。

「わしも、そこへ連れて行ってくれんか」

カーライルは無理を承知で聞いた。

「あの人は」

 菜月の指さす方向には、ラッフルレイズが転がっている。

「もちろん一緒じゃ」

「なら、連れてきて」

 菜月は当然のように言う。カーライルは仕方なく床下を這って行って、外に頭を出した。もうロッキンゼルガーはいないはずだった。

 それなのに、外は強風が吹き荒れ、土埃で先が見通せない状況だった。さっきまで見えていたラッフルレイズの姿もはっきりしない。

 ロケット弾でもビクともしなかった境内が崩れ始めている。

 カーライルはラッフルレイズのいた方角に向かって這って行った。数メートル先で、カーライルの手が何か人のようなものに触れた。手繰り寄せようとしてもまったく動かない。カーライルはラッフルレイズだと確信して、手探り状態で顔を探した。

 頭の中で、菜月の声が響く。「急いで。間に合わない」

 カーライルはラッフルレイズの重い身体を手繰り寄せる。すると、同時に二人の身体がのっていた地面が怪しくなる。亀裂が入り、崩れ始めたのだ。

 社殿の方に地面が傾斜していく。まるで、アリ地獄にはまってしまった蟻のように、カーライルは社殿に向かって落ちて行った。もちろん、ラッフルレイズも一緒だとカーライルは思っていた。

 社殿の床下に入る直前になって、何か壁のようなものに止められた。

 そこでようやく、カーライルは自分の掴んでいるものがラッフルレイズでないと気づいた。

 ラッフルレイズとは、似ても似つかぬ化け物。カーライルは愕然とした。

 自分は一体どこの何者と関わっているのだろうかと考えた。

 その化け物の顔に触れると、ぼろぼろと崩れていく。まるで、乾燥した土人形のようだ。中から何か出てくるのかと思ったら、何もない。化け物は土に還った。

 では、ラッフルレイズはどこにいるのか。

 カーライルは改めて砂嵐の吹きすさぶ境内を見回した。

 大声で呼んでみた。残念ながら、何の応答もない。

 ラッフルレイズばかりでなく、萌恵の姿もない。

 カーライルは社殿の床下を覗き込み、菜月を探した。これも暗くてよく見えない。

 さっき何かに遮られたのを思い出して、慎重に手を出してみた。今度はすんなりと通った。カーライルは細かな砂に鼻を塞がれ、息が苦しくなっていたから、そのまま転がり込むように床下に入り込んだ。

 ここには、砂は入り込まないようだった。ホッと一息つく。

 心なしか、床下は広くなっていた。カーライルでも立ち上がれそうだ。

「菜月さん」と声をかける。

 また、目の前に菜月の人影が現れた。

「ラッフルレイズは崩れてしまったよ」

 カーライルが残念そうに言うと、菜月は面白そうに笑った。

「なんとな」

「おじいさんは、見えているものと、見えてないものがごちゃまぜになっているのね」

「どういう意味かな」

「さっきまで見えていたあの大きい動物のような人はもう見えてないでしょう。なのに、私は見てている。本当にここにいるのは、誰なのかな」

「わしには、分からんよ」

「潔いこと。私、そういうの好きよ」

「急におしゃべりになった」

「おじいさんが、少し私に近づいたから」

「どういうことじゃ」

 とカーライルは聞いた。返事はなかった。

 菜月はカーライルの手を取ると、床下の真ん中に向かって歩き出した。あの鈴のあったあたりに近づいて行っているとカーライルは感じた。

「こうやって、手を取れるのも不思議。おじいさんとの境界が薄れてきたからだと思う」

 菜月は、独り言のようにそう言った。その意味は、まだカーライルには理解できなかった。

「どこに行く」

「ここは、もう無くなってしまうの。おじいさんが思っている人みんな、一緒に逃げないと」

 と言われても、カーライルの周りには、萌恵もラッフルレイズもいない。菜月と二人だけだ。ただ、カーライル自身も、床の低さが気にならなくなっていたのは確かで、その意味では菜月との存在次元の違いのようなものはなくなりつつあるのかもしれなかった。

 だから、カーライルは何も言わず、菜月について行った。

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