第8話 OVERTURE〜不良への序曲
校則、
それは“拘束”であり
中世ヨーロッパにおける
魔女狩りと同義語であった
我が校では近年
総合選抜制という悪しき制度の影響もあって
校則、とりわけ生徒の身嗜みや服装についての締め付けが激化していた
総合選抜制というのは簡単にいうと
一定区内の公立高校の学力レベルを均等化するのが目的である
たとえば
Aランク校とBランク校があるとする
今までなら生徒はA校かB校を選んで試験に臨めば良かっただけだ
この制度では
A校B校をひとつにまとめて入試を実施
2校分の定員に達した合格者らを各校に平均的に振り分けるというもの
A校かB校の希望は出せるが
必ずしも希望の学校に入れるわけではない
この場合のランク付けや受験生の志望理由の大半は
総合選抜制が導入される以前の大学進学率がベースになっている
合格後“均等に振り分けられる”とするなら
一見公平のようだが
実際は入学した後が大事なのだ
その高校の方針や実績
大学受験に対する取り組み方(要するにノウハウ)
設備や施設を含めた教育環境に差があるから
なんとなく
A校に入ればラッキー
B校ならハズレみたいな感じになった
よりにもよって
僕たちが高校受験したその年に
その制度が導入されたのだ
新しい制度というやつは
目的通りに機能するまで時間がかかる
新制度の問題点や方向性について
それぞれの学校が足並みを揃えるには
それなりの時間を要するだろう
そんなの
新一年生にだって理解できる話しだ
総合選抜制については
多少の語弊もあるけど
おおよそこの認識で間違ってはいなかったと思う
僕や僕の友達
そして父兄たちも
似たりよったりの理解で高校受験に臨んだはずだ
しかし一番のくせ者は
僕たちの親だったこともまた事実だ
受験ノイローゼなんて言葉も
流行り始めていて
まだまだ高学歴社会というくだらない幻想に取り憑かれた大人達で
世の中は一杯だったのだ
そんな大人達は
内ゲバに明け暮れる若者達なんかを
いったいどんな目で見ていたのか
爆弾を作ってハイジャックに走るような誇大妄想狂達を
敷かれたレールの先には愛も平和もないことが実証された
それでも大人達は口を揃えて言った
良い学校に入れ
そうすれば
苦労はしない、と
ナンセンスだ
何の根拠もない
格差を作っているのは大人達だった
イメージというものは
実態がないだけに厄介だ
そして一旦染み付いたイメージを払拭するには
かなりの努力を要する
何が言いたいかというと
それまでA校には地域一番校という
絶大なるイメージがあった
一方B校はA校よりランクは下
たいした大学には入れないし
生徒達のガラも悪い
問題児も多い
それが世間一般の
イメージだった
しかし新制度になれば
B校にとって劣勢のイメージを変える絶好のチャンス
誰だってそう考える
B校の
トップたちが目の色を変えたのも頷ける
職員たちも
一斉に入れ替えられ巻き直しの準備が進む
偏差値重視
これがB校の新しい方針だ
良い大学を目指し良い生徒を作る
落ちこぼれに対する風当たりも
当然強くなった
生徒指導部という
熱血教師らによる編成チームが
日夜学校内を監視し始めた
悪い芽は早いうちに摘まなければならない
生活態度
服装、頭髪
成績の悪い奴は誰だ!
泣く子も黙る生徒指導部
その情報収拾能力と汚いやり口は
秘密警察並だった
まず標的になったのは
成績が下位の連中だった
公然の差別がまかり通ることになった
僕はB校を希望し
思い通りB校へ入学することができた
同級生の中には
A校を希望したがB校に振り分けられた連中
志望通りA校に入れた連中等がいた
A校の場合は入試の間口が広がったので
その分
“あまり来て欲しくない”生徒が大勢入り込んだと思う
“振り分け”が公正なものなら
学力の高い順に
A校へ入学させることは出来なかったはずだ
A校が従来の進学率を維持するのは
これで困難になった
そればかりでなく
落ちこぼれ
いわゆる“不良予備軍”への対処も必要になる
進学率は落ちるは
退学率は上がるはじゃ、A校にとっては何のメリットもない
僕が
B校を希望した理由は
遠慮と甘えからである
いくら総合選抜だと言っても受かる見込みはない
と中3の担任からは言われていた
だからA校を希望するのはあまりにも図々しいと考えたのだ
それに、やはり
今までのB校のイメージがあったから
入学後もA校みたいにガリ勉せずに済むとタカをくくったのだ
その考えの愚かしさには
入学してすぐ気付かされたが
勉強しない奴に生きる場所はない
この点において
確かに格差はなくなったのだ
僕が入学した高校が
Bランクのイメージを払拭しようとした意気込みは
大いに結構である
向上心のないところに未来はない
B校は一念発起した
A校はA校で
長年つちかってきたエリートイメージを
死守しなければならない
落ちこぼれを
出さないのも簡単なことではないし
入学してきた生徒らの期待を裏切るわけにもいかない
でもそれってかなり変だ
希望は出させておいて
振り分けるなんて‥
結局、学校同士の競争に巻き込まれたも同然だった
前と何にも変わっちゃいない
生徒達の気持ちや個性はないがしろ
のんびり行きたい連中の居場所を取り上げる形にもなったのだから
むしろ前より悪い
僕たちは親の
身代わり人形じゃないし
仲間同士で
あいつは上だの
こいつは下だのと
お互いの格付けをしに学校に来てるわけじゃないのだ
格差をなくすための
総合選抜制が
より生々しい格差意識を僕たちにもたらした
大袈裟かも知れない
でも僕は
学校のそういう所があまり好きじゃない
体裁や立場を優先して
人に物を教えられるとは僕には思えなかった
すべては茶番劇だ
不良って何だろう
その定義は?
親の言うことを
きかないこと?
奇抜な恰好をすること?
センター街で
喧嘩することかな?
女の子を泣かせたり
弱い者いじめも?
それじゃあ
聞くけど
不良じゃない時代を
過ごした人っているの?
どうして
なんでも決め付けてしまうの?
決めつけて
それで
終わりにしたいから?
何世紀もそうやって
物事の本質から逃げているのは
誰?
それに
不良ってモテるんだよ
みんな知ってる
過ちに気付いて
ひとは大きくなる
人生は
映画や小説とは違う
映画や小説には
終わりマークが出たら
それで
ジ・エンドだけど
僕たちは
ずっとずっと
生き続けなきゃなんない
勝ち負けは
重要じゃない
いったい誰が
僕たちの人生に
責任を持ってくれるって言うんだい?
僕たちはみんな
自身の人生の主役なんだ
ジェームズ・ディーンだけが
ヒーローじゃない
僕たちから
自由を奪おうとするもの
それが“敵”だ
僕たちは
転がる石
転がって行く方向までは
コントロールできない
それがスリル
それが青春
こうして僕は
高校3年にして
不良への道をまっしぐら
日頃の何気ない鬱屈に
幾つかの条件が重なって
とんでもない方へ
転がっていく
よくあることだ
幾つかの条件
煙草
飲酒
それに斉藤広美
不良の三種の神器は揃いつつあった
遅かれ早かれ
僕はドロップアウトしていたと思う
それは僕の宿命みたいなものだ
そのことを
受け入れるまでに
たくさんの人を傷つけ
たくさんの後悔をした
それだけのこと
社会に出れば
能力で判断される
そのことに
不平をこぼす者もいるがある程度は致し方ない
学校って何だろう
友情って何だろう
恋人って何?
道に倒れて
呼び続けること
巡る季節の中で
何かを見つけること
かもめになって
飛んでいくこと
稲妻のように
傷つけること
引っ越しの
お祝い返しをすること
びしょ濡れの
トレーナーが乾くまで
抱き合うこと
飛んで飛んで飛んで
飛んで火に入る
夏の虫
イスタンブール?
クアラルンプール?
何処だって良い
本当のものを
探していた
ホンモノの何か
生きてる証
僕は探していた