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第6話 城跡にて

城跡に来たのは

これが初めてだった


いつも見る石垣の上に

空き地が乗っかっている

そんな感じだった



天守台というらしい


周囲にはお堀があった


僕たちが毎日のように

ガムやキャンディの包み紙を投げ入れていた所だ


ごめんなさい‥

小早川隆景さん



城跡公園と

案内には書かれてたが

公園と言っても

テニスコート1面分程の角張った敷地の中に

スチール製のベンチとゴミ箱があるだけだった



周りは

真新しいフェンスで囲まれていて

上から覗くと

家々の屋根がひしめいていた



その民家の間を

黒い蟻の行列のように

学生服の一団が歩いて行くのが見えた



公園にいるのは僕たちだけだった



「こんな所があるんだね」


「うふふ、秘密の場所なんよ」


気が付くと

斉藤広美が近くのベンチに腰掛けて

両手で頬杖をついている



「人間がちっちょう見える…」




彼女はベンチの片方に寄って

“ここにお座り”と言わんばかりに

空いた方をポンポン叩いた



はいはい

わかりました‥


僕は

彼女の隣に腰を下ろして

周りをもう一度見回した


「誰もおらんのじゃな」


「そ、オタクとアタシだけ」



「だから、秘密の場所なんよ」


もう一度

彼女はそう言ってから

リスみたいに笑った


「あ、前歯大きいね」



一拍おいて

「それって褒め言葉になっとらんよ」



「いや、あの、リスみたいだったから」


「リスかあ〜、まあ良いでしょ」



「気に障った?」

「リスが?」



「いや、前歯」


「何回も言われるとね」



「そうだよね」



これってデートになるのかな‥


「ねえ、これデート?」



「なんでデートなの?話ししてるだけ」


「そうだよね」



息がつまりそうだ‥



「話し方、変よね」


「そうかな」



「いっつもそげな話し方なん?」


「別に変じゃないから」


「アタシは変だと思う」



「あんまり言われたことないよ」


「あはははは」



困ったな‥



「オタク、変わっとるね」


「そうかな」


「そうそう、そういう所よお!絶対変わっとるってえ〜」


何が面白いのか

急に柏手をパン!と打って

きゃあきゃあ笑い始めた



「そういうところって?」


「だから、そういう所よ〜、あはははは!」


パン!パーン!



リスは苦手だ




「ああ苦しい、ふうー」


ちっとも面白くない‥



「怒った?」

僕の顔を不思議そうに覗き込む



近いよ、近い‥


「い、いいや別に」



「ごめんね、怒らないで聞いて欲しいんじゃけど」


はい‥



「オタク、アタシのどこが好きなわけ?」



どこかで出た設問だな

復習しとけば良かった‥


「そうだね、孤独そうなところかな」



「ふうん、孤独ねえ…」


ぷッ!ぷうーッ!


口と鼻を両手でふさぎ笑いをこらえる


うつむいた肩が小さく震える



チ、チキショーめ‥



「他には?」涙目で‥


ほ、ほか?


「ええと、良い友達を持ってるよね」



「右京とヨシブー? あの子たちとは何でも話せるんじゃ」


「ヨシブー」



「ああ、分倍河原ヨシ子じゃけん、ヨシブーね」


「ヨシブーかあ!ははは」


僕は笑った



「なんかおかしい?」


「いや、別に」



完全に斉藤のペースだ


「あのね、付き合うってどういう意味で?」



どういう意味でだって?

またまた難問‥



「それはそのー、真面目にさあ…」



「真面目に何?」


くりくりした大きな目‥



こんな可愛い面接官じゃ合格は無理っぽい



「ええと、一緒に学校行ったりさあ、映画見たりさ」



「ふうん、そういう意味かあ」


なんかマズイのかな‥



「君のは、どんな意味なの?」



彼女がじっと僕を見る


黒い

2つの目がじっと‥


ゴクリ…


「まあ良いわ」


「良いって?」



「あのね、こういう時期でしょ、アタシ勉強忙しいんじゃけど」


「僕も勉強はしてるよ、たまにだけど」



「あんまり遊べんよ、親に迷惑かけたくないし」


「わかるよ」



「わかるの?」

「いや、あんましわかんない」



「ふうん」



沈黙



何かの試験みたいだ‥



「オタク、アタシと合わないと思うわ」



「そんなこと、すぐわからないよ」



「そうかしら」

「そうだよ」



きっと、たぶん、なんとなく‥



彼女何を思い出したのか

急に鞄を引き寄せると

鞄の中身をガサゴソと引っかき回し始めた



やがて中から

小さなポーチを取り出した



西陣織か何か

とても地味な柄のガマグチみたいだった



大切そうに

2、3度さすってから金具を開けた


パチンッ



中から出てきたのは煙草だった


「それ何」


「セブンスター」


セブンスターね


そういう意味じゃないんだけど‥



用がなくった鞄は

傍らに放り投げられた


今にも剥がれそうな沢山のステッカーの中に

E.YAZAWAの文字が光る


例によって“命”がどうとか‥



君たちは命を粗末にし過ぎだ‥



「ああ良かった、ミルクあって」



ミルク?



マッチを擦って火を点ける


ジ、ジジジ…




吸うの!

ここで?!


僕は焦った



でも彼女は

落ち着いたものだった


すっすっと

火の点いたマッチ棒を

左右に振って火を消した



まるでジョン・ウェインみたいだ‥



紫煙が

ゆらゆらと揺れて

空中に掻き消えていった



つんとする硫黄の匂い‥



「オタクもする? ミルク?」


ふううーと、煙りを吐き出しながら



「あ、吸わないから」



もう一息、ふうう〜


「さっきから堪えとったんじゃ」


ふうう〜


「あの」

「なに」


「煙草のこと?ミルクって?」


「そ」


「なんで?」



「煙草吸う女、キライ?」


また目を見ている

じっと覗き込むように

僕の目を‥


「いや別に」




ひときわ長い、ふううう〜



「あのね、付きおうてもええよ」 




『あのね、付きおうてもええよ…』


何?

なんだって?

プリーズ ワンモア タイム‥



頭がくらくらしてきた‥



『あのね、付きおうてもええよ…』



夢の続きか?

だとしたらどの辺からだ‥


今はもしかすると3時限めの数学なのかもしれないぞ‥ああきっとそうだ‥…夢にに違いない‥またじゃあだれかにノートをかりなきゃなんないぞ‥…でもこんなの写したところでなんになるって言うんだ‥…どうせ追試をうけるんだからあんまり関係ないんじゃないか‥…いやあそれにしてもよく進級できたもんだ‥



「ほじゃけどね、アタシほんま勉強するけんね」


ふうう〜



「邪魔だけはせんといてよ、ええ?」


人差し指を突き出す



ゆびをささないで

ひとにゆびを‥




「聞いとるの? ほんま変わっとるわね、オタク」


ふうう〜




「あの」

「なあに?」


ふうう〜



「なんで付き合ってくれるの?」


馬鹿な質問

まるでオカマみたいだ‥



ふうう〜



「オタク、顔がええけんよ」


ふうう〜



「顔?」


「3人の中じゃあね」



「エリック・クラプトンみたいじゃ」




「誰?」


E・H・エリック?



「クラプトン、横顔がね、知らんの?」



知ってるさ!

プランクトンじゃろ

ゾウリムシとか‥



「あー!もう、こげな時間じゃが!行かんと!」


バッシューのつま先で

煙草を踏み潰す


粉々に‥



「何見とんの、早う!」

「あ、はい!」



空は青く

どこまでも青かった




僕たちは

急いで元来た道を戻った



階段を駆け降り

コンコースを走り抜け



パタパタ、パタパタ

掲示板の羽根が回る



ドッキリカメラじゃないの‥

ゲタがすっ飛ぶ



カララーン

階段を駆け降りる



“乗り場こちら”

「ええんよ別に」



「変わっとるね」

「オタク」



パタパタ、パタパタ

「チッ!」



「変な真似したら」

「ただじゃすまんけんの」」



石垣の脇を走る、走る



「顔貸してくれんね」

急げ、急げ



「ほいじゃあの」

「わしら先行くけんな」



転びそうだ

ぺっちゃんこの鞄が中でカタカタ



『付きおうてもええよ』




パタパタ、カタカタ…



今週の第1位!

沢田研二

カサブランカダンディ!



パタパタ、カタカタ…



「秘密の場所なんよ」




「ミルクする?」


ミルク?

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