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第28話 それから...

西郷秀樹と斉藤広美は


第1志望を

落ちた


2人は

他に併願校を幾つか合格していたが

現役での入学を見送り

再度

希望の大学を目指すことにした



園部光彦

第1志望

合格



久坂浩之

第1志望

不合格


滑り止めに受けた

某私大に入学決定



園部は

卒業式の3日後

他校生数人から

殴る蹴るの暴行を受けた


相手は棒きれや

角材を使用し

園部は頭に負傷した


岡安一派の仕業だった

当然金田もいた


園部の怪我は

たいしたこともなく


1週間後には

退院した



園部家は

この件を示談にした


田舎町では

新参者がどうあるべきか

彼の父親は

熟知していたのだ




大阪に

新生活の拠点を構えた園部は

入学の前

1度だけ僕を訪ねて来た


頭の傷が

まだ痛むと言い


広美と卒業旅行に出かけたことを

白状した



夜になって

いざその時が来ても

頑なに拒まれたことを

自嘲ぎみに話してくれた


どうしたら良いか

と相談されたので


自分で考えろ

と僕は短く答えた




2年後の

1980年11月


僕は

家出同然で上京


憧れの東京で

暮らし始めた




あれから

30年という

年月が流れた



かつて

僕たち親子が住んだ町は

2005年3月

廃止された


隣接する

幾つかの町と共に合併し

H町はM市に移行したのだった



町の名前は

今も残っていたが

僕はひどく混乱した


ちょうど

この物語を書きはじめた頃で

H町のことを少し調べておこうと思った矢先だった



廃止の2文字を見た瞬間

僕は息をのんだ



ケータイを握りしめ

何度も

スクロールし直しては

食い入るように

ディスプレイの文字を追いかけていた


そのうち熱いものが

じんと鼻の奥に込みあげてきて

不覚にも泣いてしまった



むかし

ダムに沈んだ村の話しを

聞いたことがある


それとはだいぶ異なるが

沈む村を目の当たりにした人々の深い悲しみを

少しだけ理解できた気がした



それは

大切な誰かを失う悲しみに似ていた


歴史を失うというのは

そういうことなのだと思った



僕は悲しみに身を任せた


それは

と同時に

僕をとても

温かい気持ちにもしてくれた



書き続けるのは無理のような気がした


そう思ったとき

失意の中で

僕は希望を見出すことに成功した


もし

この物語を

書き始めていなければ

僕はまだ

町の現実を知らずにいただろう



このちょっとした奇跡を

信じてみようという気になったのだ



僕は

書きたいという気持ちから


書かなければならない

という気持ちに変わっていった


すべてが

色あせ

消えてしまう前に




目を閉じると

今も西郷や園部が笑いかけてくる


「どうしたんじゃ」


「はよう先を書いてくれ」と


彼らが僕を急かすのだった


「はようせんと、どんどん変わっていってしまうぞ」と‥




1993年10月

広島空港開港



場所は

僕たちがサイクリングに行ったり

ツーリングをした山の中だった


近年の旅客数は

国内線国際線合わせ

年間約330万人



当時

すでに空港があって

ターミナルに発着する

ジェット機を眺めていたら


僕は今頃

外国生活を送っていたかも知れない‥




僕はさらに

検索を続けた



僕が通った高校は

まだあるのだろうか‥



あった!



1976年

その年導入された

総合選抜制は

12年後の1988年


廃止となっていた


僕を苦しめたこの制度も

あっけなく廃止となっていたことが

時の流れをやけに感じさせた




2009年

5月上旬


S県郊外

星に手が届きそうな夜



進学塾の前


ハザードをつけた

何台かの車が

車道に並んでいる



ちょっと早く着き過ぎたかな‥



向かいの

カラオケスナックに

2人の男が吸い込まれていく



外で酒を飲む余裕があるなんて羨ましい限りだ



今日

店長から

栃木の新店に行く気はないかと打診された



「介護があるんですよ、高校受験もあるし、今は難しいですね」


「…お義母さんどうなの?」


「ダメですね、なんだか言ってることも怪しくて」


「そうかア、大変だよなア」



「家内にも働いてもらわないと困るんですけど、食事の世話や薬もあるんで、結局…」


「退院したのいつだっけか」

「先月です」

「家に病人がいるとなア」


下の娘の中学入学と重なり家計は火の車だ


「あ、モニター会議の資料なんだけど」


「おかしなトコありました?」

「いやね、先月のロスなんだけど…多いね?」


「売上減と惣菜の発注ミスが原因です」


「発注はヒューマンパワーが?」


「そうです」


「どうせ来月で契約は打ち切りだ、発注は君が…」

「もうやってますよ」


「担当者へは?」

「伝えますよ、今日にでも」


「うちも厳しいからなあ」



「100円弁当なんてどうですかね」


「冗談だろ、それより値引きの時間早めた方が良くないか?」


「反対ですね、値引きはあくまでサービスです、それなら最初から安くした方が良い」


「う〜ん」


「客はよく知ってますから」

「やりにくいよなア」


「大手もセール打つみたいですね」

「消耗戦になると、うちにゃそんな体力ないからなア」



「ヒューマン切ったら、残業増えますかね?」

「主任も見たろ、本部通達」


「ええ」


「あれが会社の方針なんだよ、理解してくんないと」

「実状はわかりますけど、ミーティングは必要ですよ?ダブルワークの話もチラホラ出てますし」


「うーん、それなんだが…就業規則では認めてないんだよなア」



「ははは、生活かかってますからね、遊んでるわけにはいかないのが現実でしょう」


「おおっぴらには困るよ」


「我々もアルバイトでも探しますかね?」


「ボーナスもカットだしなア…あ!給付金出た?」


「うちは先週、車検であっという間に」



「そうなんだよねえ、うちなんかさあ…」


「あの」

「何?」


「修理業者まだですか?冷蔵庫の?」 


「え!まだ来てないの?」


「チルド商品全滅しますよ」

「わかった!」


慌ててダイヤルをプッシュする


やれやれ‥


「高杉さん!栃木の件、考えといてよ!」


僕は曖昧に手を振って

事務所を出た




今度の店長は

上ばかり見て仕事をしてる


判断も遅い


1日中

パソコンの前に座ったきり売り場にはほとんど出ない


僕と同い年だが

僕よりずっと老けて見えた


僕があと10年若ければ

転勤も喜んで引き受けていたかも知れない


でも今は‥



バックヤードの簡易デスクに行きイントラを開く


発注履歴をチェックしながら

本社へ電話をかけた



福利厚生の担当者と少し話をし

画面を切り替えて

扶養控除等異動申告書と

高額療養費控除申請書を数枚

ダウンロードしプリントアウトした


「税法の扶養も外す?」

「はい」


「そうですか、最近結構多いんですよ、そういう方」


滑舌の良い

それでいて温かみのある柔らかな口調だった


「多いとは?」

「ええ、やはり家族は大変ですからね、それも一つの方法ですよ」



僕は丁寧に礼を言い

電話を切った


画面を戻し

カーネーションの数量を少しだけ増やして

パソコンを閉じた



理由なんかない

ただなんとなくだ


最近は家に帰っても

落ち着いていられない


考える事が‥



ふいに塾のドアが開いて

子供達が1人2人と出て来た



「さよならー」

「サヨナラ」


「ご苦労様です」


ひょろっとした

長女がやっと現れた


「お疲れさん、遅かったネ」


「そう?」



「寒くない?これ着て」

「いらない」


「ちょっと待ちなよ」



ハイスピードで歩く長女


父親を見られるのがイヤらしい‥


難しい時期だから仕方がない


「ねえーパパあ」

「なあに」


「イレパンしないでよ」

「イレパン?」


「シャツをズボンの中に入れないでってゆーの!」


「そんなのパパの勝手だろ、寒いんだよ」


「いいけど」


コシパンに見せパン

それにイレパンねえ‥



「県大どーだ?行けそーか?」


「わかんないよ、そんなの、あ!そーだ!バッシュ買ってよ」


「無理イ〜、お金ないから」

「じゃパーマかける」


「ダーメ、中学生のくせに!勉強しなよ」


「やってるじゃん」


「学力検査の結果出たのか?」

「まあーだ」


「R高、行けそう?」

「知らない」


「知らないって、自分のことだろ?」


「イイ高校に行くって、何がどう違うの?」


「え?そうだなあ…ファストパスみたいなもんだよ」


「意味ワカンナイ」


「だからさ、それがあれば並ばずに早くアトラクションに入れるだろ」


「うん」


「時間かけて遠回りせずに目的を果たせるってことだよ」



「パパあ、ディズニーランド行きたあーい!」


「今年は無理かな〜」


「バッパいるから?」



「あのねミク、塾行かないとダメ?」

「逆でしょ、フツー?」


「お金厳しいんだよ、自力だと成績落ちちゃう?」


「大丈夫じゃん、もう疲れたよ〜、部活もあんだよー?」


「よく頑張ってるよな」


「うん!だから服買って!」


「買ッテ買ッテって…」

「ユニクロでいいから!」

「成績次第だな」

「ちぇ!ズルイよおー」


こりゃ

もひとつバイトを増やした方が良さそうだ‥



「ねえ、パパあ」

「何」


「目的って?」


「…さっきの話し?」

「うん」


「あるだろ?だからサ、保母さんになりたいなら、それが目的だよ」


「なら大学トカ行かなくてもなれるよ」


「ダメさ、いいかい?途中でなりたいものが変更するかもだろ?イイ学校に行けば…」


良い学校に行けば…

行けば?

何がある?


「…いろいろチャンスがあるんだよ!ポイントカードと同じ!」


「それならイイね!」

「な!良いだろー?」


ハハ‥苦しいな‥



人生って何だろ


この子たちに

僕は少し甘いだろうか


なるべく

皆と一緒のレールに

乗せてやりたい‥


「煙草吸っちゃダメ!ポイ捨てするんだから!悲しくなっちゃうよ!」


「誰も見てないよ」


「ダメったらダメ!この前テレビでやってたよ…ネコがヤケドするんだからネ!見てて泣けちゃったよ」


「そですか、わかりました」


優しい子である‥



ここまでは

間違ってないか‥


オレ

変わったよな

あの頃と‥



なんで

イイ大学行けなんて

言ってんだろ


ワカンネ



ま、いっか

まだまだ働かないとなー


なんか

腹の調子悪いな?


また

胃潰瘍じゃ‥


「あーッ!パパあッ!」


「何!?」



「あれ見て!あそこ!」


「何よ」


「UFOじゃネ!?」



「まーた!」


「ホントだって!あそこ!見てよ!ほらーッ!」



「どこ…あ!」


「見えた?ね!見えてるッ?」


「マジ!ウソ!えーっ!えーっ!」

「ウソじゃなあーい!ほらアー!」


「おい!ケータイケータイッ!」

「ないよ!」


「UFOだッ!カメラ!カメラ!」



UFOじゃ!


西郷ッ!

園部ッ!



UFOじゃ!



「パパあー!パパあ!」



西郷!

園部!


見たか!


UFOじゃあーッ!



「パパあー!パパあー」


ホンマにおったぞ!



西郷!

園部!


見えるかあー!



「パパあ!早くうー!」


UFOじゃああー!



「おーい!デジカメ!デジカメえー!早く…」



ドタドタドター!



ドドドドドオー!



西郷!園部!


「まだいるか!えっ!」



「パパあ、遅いよお〜」



「え…いなくなっちゃっ…」



「アレぜったいUFOだったよネ!」


「うん…信じられんがUFOだ」



「ただいまア!」



信じられん

見たか‥


西郷

園部




「パパあ?」


「パパ?」



「今行く…」



「どしたのパパ?」



「ちょっとね…」



「泣いてんの?」



「泣いてなんかないよ」


「UFO見たから?」

「うん、ちょっと興奮した…」


「それで泣いてんの?」

「泣いてないって」


「だって」



「パパ、花粉症だからさ」 


「お姉ちゃん、パパどうしたの?」


「パパね、花粉症また始まったんだって」

「UFOは?」


「UFO行っちゃったよ、グスン…」


「パパあ?」


「うん?グスン…」



「今から探す?」

「ううん…」


「いいの?」


「うん、もういいよ」


「じゃあ、アイス食べていい?」

「いいよ…グスン…食べて…」


「パパ!まだ泣いてんの?…はい、ティッシュ!」


「ありがと…」


チーンッ!




その夜夢を見た



最初に出てきたのは

“魅惑のカエル”


初期の有名なアニメーションだ



ある男が偶然

歌って踊れるカエルを見つける


これは

一儲けできると考え

売り込みを始めるのだが


いざという時になると

カエルは

普通のカエルに戻ってしまう


男が1人の時しか

このカエルは

歌って踊れないのだ


気まぐれなカエルに翻弄される男の

悪戦苦闘が面白かった



(おーい、ナオ、あのカエルがいるよおー)


僕は下の子の名を呼んだが答えはない



(2階かな?)


カエルが振り返った



ニヤリ



(フン)



スポットライト


(ははあ、こりゃあ夢だな?)


(やや?あれは)


「よおタカスギ」


(どしたんだ、白い学ランなんか着て)


「タキシードじゃ」


それはタキシードに変わった



(ここは)


「当ててみい〜?」


ニヤニヤと

西郷は笑った



(どこだよ)



「……んちじゃ」


(え、聞こえないよ)



「…んちじゃ」




バアアーン!


(うわ)



僕はコンコースにいた



パタパタパタ


天井から

でっかいミラーボールがぶら下がっている



ステージの中央から

女達が現れた



キラキラのスパンコール



「顔貸してくれんね?」


(うわあ)



(そのカッコ)


(うふふ…)



(!?)




ラスベガスのセット


ステッキを持った西郷が

踊ってる


(へえー、ウマイもんだなあ)



ステージでは

ラインダンスが佳境に入る



ぽっくりの下駄を履いた

舞姑さん達のラインダンスだ



シャム猫も踊っている


(チチチ、おいで)



巨大な

ウエディングケーキみたいなのが

立ちはだかる



両サイドの真っ白な階段から

大きな扇子を広げて


みんなが降りて来た



加奈ちゃんや

マスター


真由美さん

飛島くんも…

それに

吾妻さんもいる


「ハンバーグサンドのピクルス抜き」


夕絹さんが笑った



吾妻さんは

鼻糞をほじっている


(はははは!)



ウエディングケーキは

噴水になった



志織と琴乃が

ダイブした


ジーン・ケリーと

フランク・シナトラが水しぶきを浴びて

大袈裟に両手を振る



続いては

おチヨさんと

春絵さん


春絵さんは

何故か真っ白い水着だ



「春絵ー!」


吾妻さんだ


ニッコリと微笑んで

百万ドルのジャンプ!



(すげえー)



コンコースは水浸し


2人が

プールから上がって来ないので

みんな心配している



社長も奥さんも

若奥さんも


プク…



ブクブク…


ザバア〜!



プールから上がって来たのは

高校生の僕だった



学ランには

枯れ葉やらヌルヌルしたコケのようなものが

くっついていた



フェンスをよじ登り

タンッ!

と飛び降りると

古い教室だった



机まで

ビタビタと歩いて行き

鞄を置くと


ビチャッと音がした



川神さんが来て

白いハンカチを差し出してくれた



「私のせいなん?」





(違うよ)


「ひどい人じゃね」


(違うって)


「ハンカチ帰さんでええけんね」


(違うんだよ)




「サヨナラ」


(違うんだよ、これは)



「タカスギ、床拭いとけよ」


武市がボソリと呟く




暗転


コンコースでは

フラダンスが始まった



バックは

南太平洋の夕焼けだ


アームチェアに腰掛けたエリア・カザンが

メガホンをパン!と鳴らした


「スタート!」



やっと音楽が流れてきた



ボニーMの

“バビロンの河”だ


なんか違う気もするけど

トロピカルムード満点!



フラを踊っていたみんなの中から

1人の女が歩み出る


女は

ガイコツのお面をつけていて

顔はわからない



音楽が変わり

ファイアーダンスが始まる



ドンタタ!

ドンタタ!


ガイコツの女は

リンボーダンスを始めた



バーの高さは30センチだ



カエルが30センチと書かれた

ボードを持っているから

そうなのだろう


ガイコツの女は

大股を開いて

バーをくぐり始めた



もの凄い食い込みだ



僕は

白いソファーにゆったり座って

それを見ている



(すんげえ、エエぞ、エエぞ!)



両脇で

ファイアーダンスをしてるのは


桑名と剣持だった


さすが

スポーツ万能だ



拍手喝采!


ガイコツのお面が

ドロドロと溶けていく



(うぅ、吐きそうだ)



あられもない格好で

バーをくぐり抜けたのは


美和さんだった



(ガビーン!)


「どこ見てんのよ、エッチねえ!」


(イヤ、だって)



カエルが

ボードをひっくり返した

“卑怯者!” 


(なんだと!このクソガエル!)



目の前を

EF66電気機関車が

走り抜けた



(ひゃあー!危なーい!)



暗転



ニューヨークの裏町


もちろんハリボテだ


ハリーポッターではない



パーポー!パーポー!



パアーン!


パパアーン!


銃声



甘く切ない口笛のイントロ



ストレンジャーだ



アパートメントの窓辺から

右京が

星空を眺めている



一台のロールスロイスが止まり


ステテコに腹巻きの

甲斐が出てきた



(うははは!)


「タカスギか?」



(そーだよん)



パアーン!


飛び散るケチャップ!


(甲斐!)



「野郎、てこずらせやがって」


(エコザル!てめえ)



「ヤッタか?」鬼塚


「ザマねえな大将?」


(芹沢!)



「ダーリン!」



「なんでなら?」 


「なんで、卒業せんかったんじゃ…タ…カ」



ガクッ


(………)



「変なことしたらタダじゃ済まんけんな?」


(分倍河原?)



彼女は狼に変身し

右京をくわえて

夜空に消えて行った


ワオーン!



ワン!ワワワン!


「クロ!静かにせんね!」



(広美?広美?どこ?)



ステージでは

久坂と園部が

タップダンスを披露している



カチャカチャ!


カチャッ!カチャッ!



白いドレスの春絵さんが

煙草に火をつけた


「照れるとか、恥じるとか、そういう感覚を忘れちゃったのよ」



(僕が?)


「そうよ」



ハッと気がつくと

僕は17才で

ブリーフ1枚だった


(ぎゃあ!)



「タカスギ、相変わらず幼いのう?」


西郷が

帽子からウサギを出しながら言った



「ナニを迷っとるんじゃ?」



(迷ってる?)



「コウちゃん、迷ってるわ」


ハイレグの美和さんが

腕組みをした



「コウちゃん、コウちゃんはコウちゃんらしく生きなさい」



(待って)


美和さんは輝き始めた



(僕、言いたいことが)



「わかってるわ」




ダンシング・クイーンがかかった


よく見ると

そこは鴨川で

橋の上に停まった車から

甲斐と尾道連合が顔を出していた


紫色のタンクトップを着た咲子さんが

誰かと立っている


園部だった



僕は軍手をはめた



「ナニしてんのん?」


(だって)



「大きなったねえー」



僕は今のサイズに戻った



「子供もおるん?」



(いるよ)



「うちな、子宮とってしもてん」


園部がうつむく



「もうオンナちゃうんやんか、アハハ」



「コウちゃん!しっかりしなさい!」


美和さんだ



(どこ?)




「私には責任があるの」


(ないよ)


「あるのよ」



(そんなのない)




「タカスギ、お前は高下駄を履いて山の向こうを見たじゃろう?」


(見たよ“先生”)



「どうじゃった?」




橋の上から

甲斐が叫んだ


「言うちゃれ!タカスギ!」



頭が痛い

割れそうだ



舞姑達が

ひそひそ話しをしている



バアアーン!


僕は裸で

ベッドの中にいた



誰かと寝ている


誰だろう



とても怖い


とても怖い




長い舌が

口の中に入ってくる


(助け…)




「最近多いんですよ」


(許してください)


「ナニを許すん?コウちゃん」



(どうか)


「タカスギ、ナニを許すんなら!」



(許してください)


「お前は免疫がなかっただけじゃ」



(許してください)



「コウちゃん、私お父さんに電話するわ!」


「警察に電話しましょう」



「京都に電話を…」



シャム猫が来た


(聡美?聡美か)


「お兄ちゃん?」



(聡美…生きてるのか)




「聡美ね、自分の娘に会いたい」


(会えよ!聡美!)



「お兄ちゃん」


(許してくれ)



「ええんよ、お兄ちゃんは悪いことないんやから」



(オレ、自分のことばっかりで)


「ええねんて」




暗闇



次第に明るくなる



ひらひら〜

ひらひら〜


レンゲ畑のど真ん中



みんなが

横一列になって

僕を見ている



西郷

「行けよ、タカスギ」


園部

「行けや」


甲斐

「行ったらエエんじゃ!」



(どこへ?)


美和さん

「行けば良いと思うわ」



「行けよ、タカスギ!」


「行け!タカスギ!」



「行きなさいよ」右京




「行け!」


「行け!」


「行けって!」



「行きなさい、コウちゃん」

(親父か?)


車椅子に乗っている



「コウちゃんか」

(そうだよ)


「わしもそろそろじゃわ」


(親父?)


「いろいろ済まんかったの」

(会いには行けないぞ)



「ああ、わかっとる、心配せんでええ」


(おとう)



「何も言わんでええわい」



(オレ、わかるんだ最近、あんたのことが少しだけど)


「ほうか、長いことかかったのう」



(バカだよ、あんたは)


「ほうじゃ、わしはバカじゃった」



(おとう)




誰かが

僕の横に立った


広美だった



「うふふ」



(ホントに好きだったんだよ)


「うふふ」




(ホントに)


「アタシもじゃ」




「大事にせな、承知せえへんで」


(咲子さん)



「アホやなあー、うちちゃうで?」


「アタシも違う」

(広美?)



「私も当然違うわね」

(美和さん?)




「わしでもない」

(西郷、当たり前だ!)




コンコースは

チークタイムになった



甘酸っぱいバラードが流れている


みんな

うっとりと

互いの腕の中で


揺れている




人波をかき分けて


(誰?)



僕は

懐かしさで

いっぱいになる


「こちらです」


看護婦が言った


店長が笑っている


「コーちゃん?」



(お母ちゃん?)


「ホンマ大きゅうなって」


(誰か、明かりを)



「京都のお母さんは優しかったやろ?」


(それは)


「ええ人はみんな先に逝ってしまう」



(ホンマお母ちゃんなん?)


「あらまあ、忘れたんかいな、そらしゃあないけど」



(よく思い出せないんだよ)


「ずいぶん経ったしなあ」



(まだ生きてんのん?)


「コーちゃん」


(ナニ?)



「そんな心配はせんでええのんよ」


(でも)



「自分が苦しいなるだけでしょう?」


母の顔は

よく見えなかった




(お母ちゃん)


「小さい時からアカンタレやったからなあ、アンタは」



(ごめんね、あの時)


「アンタを学校に迎えに行った時やろ」


(本当は…)



「お母ちゃんなあ、アンタだけでも連れてこ思たのよ」

(うん)



「ほしたらイヤやゆーて泣き出して…」

(だって)



「わかってるて、お父ちゃんと聡美のこと考えたんやろ」

(うん…)



「会うたらアカン言われてたんやもんな?」

(うん…)



「アンタ優しい子やったからな、それはお母ちゃんが一番よう知ってる」 

(うん…)



「キツイ思いさせたなあ」


光り始める


「コーちゃん、行ったらええのよ?」



(でもね)



「そうして今まで頑張って来たんちゃうん?」


(そうだけど)



「誰のために頑張ってきたの?みんなのためでしょう?」




(誰一人幸せにできないんだよ)


「そんなことあるかいな!」


母が僕の頭に手を乗せた

僕はいつの間にか

小学生になっていた


「少なくともお母ちゃんは幸せやで」


(なんで?)



「あたりま前でしょ、自分の子が一生懸命頑張ってるのに!」



(パパあー!パパあ!)




「何も考えることあらへんがな」



2人の子供達



「行きなさい真っすぐに」



母は僕の髪を

くしゃくしゃっとした


(お父ちゃん)



「なんや」



(またみんなでどっか行ける?)




「それはもうでけへんわ」

母が代わりに答えた



(もう一度だけ)



「それはコーちゃんがやってくんやないの?」



「お兄ちゃん絶対負けないで」



「わしらのことは心配すな」




大きな花火があがった


いくつも

いくつも


いくつも



あげているのは

みんなだった



ドオーン!


ひゅるひゅる〜


(お母ちゃん)


「はいはい、ナニ?」



どんどん光りが強くなる

もう

目も開けていられない



(もう結構して子供もいるんだよ)



「知ってるわな」

(知ってるの?)


「お母ちゃんやで」


みんなが

集まって来た



「もういつまでも迷うてたらアカンで?」


(うん)



「コーちゃん」

(はい)



「コーちゃん?」

(はい)



「あんな、死ぬとか生きるとか、そんなんどうでもええのんよ?」

(はい)



「コーちゃんが幸せやったら、それでええのんよ」


(でも)



「タカスギ、しっかりせえ!」

「タカスギ!」


「コウちゃん」

「コウチャン!」

「お兄ちゃん」


「タカスギくん!」


「タカスギ!」

「タカスギいー!」


「考え過ぎんな、タカスギ」



光りがいっぱいになって




パッと消えた



カエルが

普通のカエルになる




ゲコッ!



最後に聞こえたのは

武市の声だった


「顔洗って来い、タカスギ…」




ゲコッ!




ゲコ…






げ…



苦し‥




ナオの足?


何時だ‥




「2人とも!いつまで寝てんの!」


ミクだった


僕は顔からナオの足をどかした


「おはよ、ミク」




6月のある日

義母の入所先が決まった


この3ヶ月もの間

僕と妻は

文字通り奔走した



支払いが遅れ始め

住宅ローンの引き落としも期限を守れなくなってきていた


施設の利用を決めてからも事はそう簡単ではなかった


限度額適用認定証に始まり介護保険の支給


障害者手帳の発行に至る手続きを進めながら

何度もケアマネージャーと会い

各種施設に電話をしまくり面会を求めた



役所に行く度に

僕は住民課や福祉課の担当者と軽い言い合いをすることになった


彼らの説明には

いつも何かしら含みがあり専門職特有の

回りくどさがあった


生保の活用を申し入れた時それはピークに達し

僕は担当者の思い上がりに対しとうとう堪忍袋の緒が切れた



僕は総務の部長に電話をし担当者の職務怠慢を報告した


ドギツイ交渉になったが

総務部長は自宅まで謝罪にやって来た



僕らは役所や病院の無責任で傲慢な態度では

らちが開かないと判断し

独自の知識と行動力をもって

問題の解決に本腰を入れることにした

ケアマネージャーもクビだ



時間を見つけては

ネットで調べものをし

地域外の役所や施設を訪問


生の情報を入手し

必要な書類を作っていった


いったい全体

寝たきりの老人がタクシー券をもらったからって

それが何の役に立つというのだろう!



僕らは

他人には明かしたくないプライベートな問題を

一回りも二回りも歳の違う若造や小娘に話して聞かさねばならず

窓口が変わる度に同じ話しを繰り返さなければならなかった


税金や保険料は

当然のように徴収される割りに

いざ控除や助成を受ける段になると

とんでもない時間と労力を要した


1人暮らしの病人や老人にとっては

悪夢である



介護事業者のサービスには老人福祉施設

特定養護施設

介護老人保健施設

地域グループホーム等があり

他に高齢者専用集合住宅やケアハウスがある


役所とうまく連携している施設もあれば

そうでない所も多かった



そして何よりも

そうした施設のほとんどは現時点で満床であり

待機者は軒並み300〜500名という有様だった



僕らは

片っ端申し込みを行ったが希望は薄かった



僕らは苛立ち

些細な事で言い争いになった


まったく小さな事で



僕らは疲れ

なんだかどうでもよくなってきていた


目の前には入院費の請求書やら何やらが

何枚も積み重なっていたというのに、だ


このままでは

親子揃って共倒れになる‥


そんな時

空き部屋のある施設がやっと見つかった




僕らは

隣町で生保の申請を行い

転入の手続きを済ませ

義母を新しい住まいへと送り届けた


わずかな家財道具と

数週間分の薬を運び終えたあと


義母は頭をこっくりと動かし

「ありがとう」と一言だけ言った



施設は創立して2年にもならない清潔な建物で

吹き抜けの高い天井と

機能的に配置された居室や食堂

それに快適なリクライニング・スペースが特徴だった



「何度来ても良い雰囲気ですね」


「皆さんそうおっしゃいます」

「申請が通れば生活を立て直せます」


「そうですね、大丈夫だとは思いますが」


「ではよろしくお願いします」


「ええ、後はご心配なく」



元営業マンの男性所長は

はつらつとした笑顔を向けた


彼はいつも

体育教師のような格好をしていた



義母は車椅子に座り

3時のおやつを待つ他の入所者達と談笑していた


その笑顔は

うちに居た時には

見られなかったものだった


彼女は

今の季節さえ

言い当てることが

出来なくなっていた



役所の福祉厚生課の相談員が言っていたことを

思い出した


「普通に私たちが暮らす家というのは、体の不自由な者にとってはとても不便なものなんです」 

彼は続けた


「…健康な人からは想像もつきませんがね、病人は気も遣いますし、話し相手がいなければストレスも溜まります」


「病院でもそんな感じでした」


「手帳の介護度というのは実は当てにならない、本来はその人の“困り度”がきちんと反映されるべきなんですが」


「わかります」


「認定に当たって介護福祉士や調査員の見立てが甘いと、実際は受けられるはずの制度も使えないということになるんですよ」


「繁雑なことが多くて、とてもそこまでは」


「そうですね、でもそれはやむを得ないんです、これら公的扶助というのは、大原則として私的扶助に優先して実施はできませんから」




バタン!


「あー疲れた」


車に乗り込み

僕は我慢していた煙草に火をつけた



朝から降っていた雨も

いつの間にか止み


梅雨の晴れ間が

のぞいていた



「これから3者面談があるのよ、明日は仕事の面接だし」


「お義母さんの申請が通ることを祈るしかないな」


「通らないと困るのよ、ミクに夏期講習受けさせないとだし」



僕はセレナのエンジンをスタートさせた



ラジオが聴きたくなった



特集は

父の日に贈るリクエスト曲だった


「お腹空かない?」


「そうね」



(ラジオネーム…これは…七に星と書いて…)



「何食べたい?」



「何でもいいけど」



(なんて読むのかしら?シチセイ?…誰か〜)



「ラーメンにする?」


(ナナホシい?あ!てんとう虫かあー!って…)



「ラーメンん〜?」


「ファミレスにする?」



(ウルトラマンにナナホシ・ダンっていなかったっけえ〜?)


「ははは!それはモロボシだろ!」


「何笑ってんのよ」




「ファミレスにするか」



「そうね、ジョナサンがいいわ」



(…私の父は昔ディスコでかなり…)



「ちょっと高いけど、いいよ」


(友達とダンスの練習をしていると…突然酔っ払った父が部屋に入ってきて…)



「ははは!」


「あなたみたいね」



(でも…去年病気で亡くなってしまい…)



(もうあの頃のように、ふざけて…)




「こ、これさ、七に星でさ」


「なあに」


「セブンスターって読むんだろうよ、な?」



(そんな天国のお父さんに…)




「そうかしら」

「そうだよ」



(懐かしいですねえ!映画サタデー・ナイト・フィーバーからテーマ曲…)




「絶対そうだって」 




(ビージーズで、恋のナイト・フィーバー!)




信号が変わり

青になった




(天国のお父さあーん!聴いてますかあー!!)



僕はゆっくり

アクセルを踏んだ


また花粉症が始まった

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