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第26話 ミルキィーウェイにて

スナック、ミルキーウェイは

踏切の近くにあった


僕は目指す看板を見つけ

所々色のはげ落ちた木製のドアをゆっくり開けた


カラ〜ン



「いらっしゃーい…」


良かった

右京だ



「あれ、どうしたん」


「うん、ちょっと」



「お友達?座ってもらいなさい」


カウンターの中から

右京によく似た派手なおばさんが声をかけた



「うん、座って」


右京がウォーマーからおしぼりを持ってきた



アツアツのおしぼりが気持ち良い



「なんか飲む?」


「いや、今ちょっと」



「具合悪いん?顔色ようないみたいよ」


「なんてーか、その、お酒飲み過ぎちゃって」



「あー、吐いたん?」


「もうスッカラカンのはずなんだけど、まだ少し…」



「待って」


右京はカウンターをくぐって中に入り

母親に小声で何か耳打ちをしていた


「そうなの!」



お母さんが目を丸くして僕を見た



「これ飲んで」


「なあに?」


「塩水よ、いいから、ゴクゴクって」



「しょっぱ!」



ゴクゴクゴクゴク…



うっ‥


「ちょっ…トイ…」


「こっち!」






ザァ〜〜



キィ…


コーラが全部出た



もうフラフラだった


「学校辞めんの?」


右京が僕の前に座った



「早いね」


「当たり前よ、みんな大騒ぎじゃわ」



「いらっしゃい、どうぞ」


お母さんがまたおしぼりを出してくれた


「すいません」


「しばらく何もお腹に入れん方がええよ、今度は酔っ払う前に来てちょうだいネ?」


「すいません」



「早苗、お店サッパリじゃけん、ママ、丸さんとこ行って来るわ、もう少し見ててネ」


「オーケ」


カララ〜ン



「いつもやってるの?」


「ほうじゃね、だいたい」


「ふーん」



「ね、どーしたん?」


「広美がいないんだ」


「ヒロ?」


「もう明日、親父が迎えに来ちゃうんだよ」



「ヒロかあー」


「なんか知らない?」



「一緒じゃなかったけんなあ」


右京はミルクに火を点けた



「吸う?」


「持ってる、吸う気がしなくて」


「ようけ飲んだんじゃろ、バカじゃね」



「どこにいるんだろ」



「学校辞めてどうするん?」



「京都に帰るよ」


「そうじゃのうて」



「まだ考えてない」


「そかー、ほじゃね…」


「あのさ」


「何」



「ミルクって、ここのこと?」


「ミルクのこと?」


「うん」



「ヒロね、小っさい時、牛乳が飲めんかったんじゃわ、知っとったあ?」


「牛乳う?」



「ほいで、ようイジメられとったんじゃと」


「広美が?」



「悔しいけん、毎日家で飲む練習したんじゃと」


「へえ」



「それから体中、ミルク臭くなったって!キャハハハー!」



「…で?」



「何が?」



「それと煙草のミルク、関係あんの?」


「ないわよー!キャハハハー!」



「………」



カラカラ〜ン!


「ウオッシュ!」


「あ、いらっしゃい!」



甲斐だった


「オオオーッ!高杉イー!何しとんじゃ!おまあーは!」


「おす」



「なんか飲むう?」


「アレ、あのー、ブラッデー真理子チャンくれ」


「オケー」



「真理子チャン?」


「真理子チャンじゃ、それよか何しとんじゃ」



「それが…」

僕は広美と連絡がつかないと言った



「ほうかあ、おっ、サンチュ」


じゅるじゅるじゅる…



「おし、探してきちゃる」


「は?」

「え?」



「その前にな…」


「ん?」


「お前、わしに約束せえ」


「何を?」


「ガッコ辞めんな」


「それは無…」

「約束成立じゃ!」


「甲斐!」



「ほんじゃの〜」


カラン!



僕は甲斐を追いかけて

店の外へ出た


甲斐はノーヘルで黒いガタガタのダックスに跨がっていた


「甲斐ってば、どこ捜すんじゃ」



「どっかじゃ!」


「甲斐、む…」



「無理無理ゆーなッ!バカタレ!」


「甲斐…」



「チッ!」


「そろそろ帰るわ、電車がのうなる」



ダックスST50のセルモーターが回り

パンパパアーン!と

爆竹のような物凄い音が夜を引き裂いた



「高杉!」


「あー!」



「辞めんなよッ!」


パアーン!


パパパアアーンッ!



ビイイイーーン…‥




カラン…



「辞めたらコロサレルわ」


右京が微笑んだ


「電話してみる?いろんなとこ」



右京がピンク電話に近づいた


「いーよ、もう10時過ぎてるし」


「平気じゃ」



その時

ピンク電話が鳴った


「ハイ、ミルキーウェイです…あ、ヒロー?どこおるん今…」



右京が受話器を指差した


「…うん、そーなん?…高杉君おるんよ…ホンマじゃわ…今代わるけん」



「もしもし!」


「どしたん?」


「どしたんじゃないよ、今どこ?」


「M駅の前」


「えーっ!?」


「今、甲斐君に逢うたよ、高杉君…」


アイツはスーパーマンか!


「ちょっと待っててすぐ行くから!」



「父親に電話したけん、もうじき迎えに来るんよ」


「いつ?」


「さっきよ、ほしたら甲斐君が…」


「まだ話せる?」



「10円玉あと一枚じゃ」


「もう!」


「それはこっちの台詞」



「行くよ!」


「高杉君、なんでガッ…」


プッ!


ツーツー…



「もしもしー!」


「切れたん?」



「かかって来るかな?」


「どじゃろか、ヒロ面倒臭さがりじゃけんな」



「とにかく行ってみるよ」


「ねえ?」


「何?」



「広美は高杉君にゾッコンじゃけんネ?」



「うん」


「わかっとる?」


「うん」



「高杉君が信じちゃらんとあの子、可哀相じゃが」




「右京さ」


「え?」


「ミルキーウェイって、どゆ意味だっけ?」



「知らんの?」


「ド忘れじゃ」



「天の川」



「そっかあー、やっぱり…」




「何が?」


「言っていい?今しかないから」


「何を?」


「右京って可愛いよ」



「何ゆーとん!」


「甲斐と結婚しなよ」


「バカ!はよ行きんさい!」 


僕は靴のかかとを入れた


「握手して」



「ええよ」


細くて綺麗な指だった



「ごちそうさま!」


カラ〜ン!



「塩水だけじゃろ!なんも出しとらんがー!」



いーんだよ右京‥


優しさをごちそうさま!




頭の奥の方で

エリナー・リグビーが鳴り始めた


間に合うだろうか‥



見てごらん


すべての寂しく独りぼっちの人々を




いつもこうなんだ‥

すれ違ってばかり



孤独なエリナー・リグビー



ピッタリ合った試しなんかないんだ‥



教会で米粒を拾ってる

結婚式のあとで


夢の中に生きている


窓辺でぼんやりとね



そんな人生なんて‥




孤独で寂しい独りぼっちの人々


どこからやって来たのか


帰る場所はあるのだろうか



逢いたい

広美‥


今逢わなきゃダメなんだ‥



ファーザー・マッケンジーは


誰も見向きもしない

お説教をこつこつ書いてる


もう少し

もう少しだ‥


見えたぞ

駅の明かりだ‥



夜中に彼は

独りぼっちで靴下の穴を縫っている




あれだ

きっとあれだ


見間違ったりするもんか‥


ずっと君だけを追いかけていた‥




そうさ


孤独で寂しい独りぼっちの人々…



一瞬だが

ロータリーから車に駆け寄る広美が見えた


「おーい!」


立ち止まり何かを探す彼女


「広美イー!おーい!」



車のドアが開き…



孤独で寂しい人々



彼女はその中へ消えた


「広美…」



走り去るテールランプ



間に合わなかった



バカヤロー!

バカヤロー!


バカヤロ‥‥‥




僕も

孤独で寂しい人々の仲間入りだ




エリナー・リグビー

あなたと同じだよ


まったくお笑いぐさだよ



明日

マッケンジー神父が迎えに来る




面白くもない説教を聞かされるのさ


彼もまた孤独で寂しい独りぼっちの人々なんだ




まあいいさ


まあいい‥



僕は来た時と同じように

ヨタヨタと駅の階段を登り下り列車が来るのを待った



とても疲れた


なのに頭のどこかがキンと冴えていて


英文の公式や

百人一首が次から次へと思い出された



もう何の意味もないってのに‥



怒ったりわめいたり

泣いたり笑ったり


酔ったり眠ったり


吐いたり走ったり

忙しい一日だった




サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド!


ショーはいかがでしたか?



残念ながらこれでお別れです!



マッチを擦って

セブンスターに火を点けた


ふわっと

ミルクの味がした



それは

とても懐かしい香りだった




翌朝早く

親父が迎えに来た


中古の白いファミリアで



僕は荷物を

車のバックシートやトランクに運び入れた


ゆっくりと時間をかけて



誰かが突然やって来る


そんな気がしてならなかったのだ




でも誰も来なかった



最後に親父に呼ばれて

玄関に戻った



坂下夫妻と親父の話し合いが終わったのだ


つまり

僕が汚したりダメにした

彼らの私財の弁償についてだ



おじさんは

笑顔を作ろうとしていた


親父は終始不機嫌な表情のまま

僕がこの家に来た時のように

深々と何度も頭を下げた



美和さんは

まだ怒っていて

目は吊り上がったまま

腕組みをほどこうとはしなかった


「どうかしてますわ、この子も、あなたも」



「もうよさないか、こうして謝ってくださってるんやから」


「本当に申し訳ありません」



「いくら謝ってもらっても…」


「美和!」



「おじさん、おばさん、すいませんでした」


「まあ、いろいろ難しい年頃やろけど、人に迷惑かけんようにせにゃな?」



「はい、すいませんでした」



「じゃそういうことで、先が長いのでこれで」


「ご苦労様でした、元気でやりや?」


「はい、お世話になりました」


僕は美和さんが

最後に優しい言葉をかけてくれるんじゃないかと期待したが無駄だった


それが

僕が彼女にしたことへの代償だと悟った




親父は凄い形相だった


夜がまだ明けぬうちに京都を出て

途中で仮眠を取りつつ

広島まで車を飛ばして来たのだった



夫妻は玄関から出てきて

門のところで僕たち親子が車に乗るのを見送ってくれた


もちろん

手を振ったりはしなかった



「ええか、出るぞ」


「うん」



ブロローン…




ミラーの中

叔父さんに抱き抱えられて

家に入ってく美和さんがいた



僕は気分を変えるつもりで

ファミリアのダッシュボードを叩いた


「これ、ロータリーエンジンなの?」




「ほうじゃ」



「よく走る?」




「あんまりの」



「いくら払ったの?」







「結構な額じゃ」



「ごめん」




「もう勘弁せえよ、こげなこたあよ?」



「しないよ」




「しばらくゆっくりして、よう考えんか」



「そうする」




「前のスバルの方が力があったわいな」


「そう?」



「ああ」




「あ!カセット聴けるんだ、この車?」



「おー、聴くか」



「何かあるの?」



「ぴんから兄弟しかないど?」



「い、いいよ」


カチャ…




「朝メシ食うたんか」



「そんなムードじゃないし」



「アカンタレじゃのう?後ろにお母さんが作ったオニギリがあるけん食うとけ、」



「わかった」


僕はアルミホイルを開いておむすびにぱくついた


通り過ぎる景色を目に焼き付けながら



親父がテープに合わせて

唄い始めた




「私がああ〜あ〜、捧げ〜ええ〜たあああ〜」


最強のBGMだ‥




さようなら広島


さようなら広美




車は一路

京都へ向かった

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