第25話 さいごの聖戦
ポールの曲に
シーズ・リーヴィング・ホームという
クラシック風の楽曲がある
ある朝早く
こっそり家を出て行く娘と
取り残された母と父
人生のほとんどを捧げたっていうのに
何でもしてあげたっていうのに
母親は嘆く
だのにあの娘は
家を出て行った
何もかも犠牲にして
あの娘のためになんだってしてあげた
なのにこの仕打ち
母親は立ち尽くし泣きはらし
父親は自失茫然
彼女は自由への一歩を踏み出す
彼女は
家を出ていく
シーズ リーヴィング ホーム
バイバイ…
それを口ずさみながら
僕は生徒指導部の扉をノックした
「失礼します」
鬼塚が顎をしゃくってパイプ椅子を示した
ガタ…
「まーたお前か」
早く済ませろ‥
「お前、この前ここ来たのいつなら?え?」
「2週間くらいですか」
「15日じゃ、15日、何考えとるんじゃ、バカタレが」
「今日は何ですか」
「わかっとろが!」
「わかりません」
「お前のう、自分が何やったかわかっとらんの、今回はタダじゃ済まんぞ、ええか」
「そうですか」
まあ、いい
1時間くらいからかってやるか‥
ガラ…
次は佐土原
いつものように白いデサントだ
職員室で煙草をくすねた時のスリルが甦った
佐土原は僕を一瞥すると壁のそばに立った
この男なら
煙草がカートンごとなくなっても
気づかないんじゃないかと思った
「何をニヤニヤしとる?」
「ニヤニヤなんかしてませんよ」
「教師を馬鹿にしとるの」
「気のせいですよ」
鬼塚が身を乗り出した
「今度は傷害じゃ、わしらの手には負えんぞ、高杉?」
傷害?
「お前、堀江に何したんじゃ?」
「別に何も」
「シラ切ってもアカンど、全部わかっとるんじゃけん」
「そうですか」
「お前、そういう態度では時間がかかるぞ」
「堀江が言ったんですか」
「んなことは、どーでもええんじゃ」
「どうでもよくないですよ」
「なんじゃ?ほしたらまた殴るんか?おいおい…」
「そうして欲しいんですか」
「なんじゃと!」
「腐りきっとるの、高杉?」
「何がですか」
「お前、なんか勘違いしとりゃせんか、堀江が言うて来たんじゃないんで?」
「じゃけん、重大なんじゃ」
「清掃のおばちゃんが慌てて言いに来たんじゃ」
「名前はわからんゆーけん、全校生徒の写真見てもろての」
「3年の校章じゃったゆーけん見てもうたらすぐわかったわい、お前じゃゆーての」
「おばちゃん、警察に行くとこじゃったんやぞ」
「なんでそんなことやっとるんじゃ?わからんのー、わしらには」
「いや、先生、普通はわかりませんよ」
「なんかの仕返しか?ほうなんか?」
「堀江から話しは聞いたぞ」
「なんて言ってました?」
「ふざけとっただけじゃと」
「目撃者がおるんじゃけ、そういうわけにゃいかんわの」
「いいんじゃないですか、本人がそう言うんなら」
「そうはいかんのじゃ」
ガラ…
猪熊が入って来て
鬼塚の隣に座った
「高杉、えらいことしよったのう」
「そうですか?」
「なんじゃお前、居直っとるんか」
「いいえ、別に」
「警察行くか?」
「その方がええか知れんなあ〜」
「なんで殴ったんじゃ?」
「仕返しするのが流行っとるらしいですわ、のう?高杉」
「そうなんですか?」
「ホレ、見覚えあろうが」
目の前に
中沢弥生からもらった手紙が置かれた
「タカスギゆーて、書いてあるわ」
どこで失くしたかと思ったら‥
「悪いことは隠せんもんなんじゃ」
「別に隠そうとは思ってませんよ」
「この手紙はテニス部員が拾って、堀江に届けたんじゃ」
「それがどうかしたんですか、返して下さいよ」
「証拠じゃからな」
「なんの?」
「生徒会室で喫煙したバカタレのじゃ」
「それで?」
「その仕返しに堀江を呼び出して一方的に殴ったんじゃろが!」
「堀江はそうは言ってないんでしょう」
「アカン、こいつあきませんよ」
「警察呼びますか」
「高杉、何を考えとるんじゃ?ええカッコしとるつもりか?」
「なんなんですか、これは?」
「とぼけるなよ」
「だから何を言わせたいんですか」
「警察行きたいんでしょう」
「警察を甘く見るなよ?」
「あなた達もね」
「なんじゃと?」
「お前今なんてゆーた?」
「あのう、用事は何ですか?」
「何ゆーてもダメ違いますか」
「警察じゃ、警察連絡しますわ」
「警察沙汰になったら、お父さん悲しむじゃろのう〜」
「先に父親呼びますか」
「やめて下さいよ、京都なんだから」
「知っとるよ、前の謹慎ん時も嘆いておられたわ」
「話した?」
「電話でのう、知らんかったか」
「じゃけどの、高杉、京都じゃろーが、片親じゃろーが関係ないど、お前がしたことは」
「片親じゃないですが?」
「お父さん、一生懸命お前を育てて来たんじゃろ」
「あなた達には関係ないですよ」
「なんじゃ、頭来たんか?え?」
「別に」
「お前は真面目な奴じゃ思とったがのう」
「見せ掛けですよ、見せ掛け」
「お父さん、呼びますか」
「だから親父には関係ないでしょうが」
「関係あろーが、お前の親じゃ!」
「僕らがどう生きて来たかは、あんた達には関係ない、そういう意味ですよ、頭悪いですねー?」
「なんじゃと!」
「なんもわかっとらんのう」
「所詮、子供なんですよ」
「親の苦労も知らんとまあ〜」
「子の苦労というのもあるんですよ」
「そんなもんがあるか」
「あるんですよ、アンタが知らないだけだよ」
ガラ…
今度は誰だ‥
「あ、武市先生」
「いや、そのままで」
「親に連絡しときました」
「高杉、お前、素直に謝る気はないんか」
「何を謝るんです?僕があなた達に何かしましたか?」
「こりゃあ、参った」
「どうしたんな、高杉よ?」
「どうもこうもないですよ、武市先生」
「こげんにタチ悪い奴とは思わなんだわ」
「片親で育ったくらいで、ひねくれとったらアカンど?」
「ひねくれてるつもりはないし、片親じゃない、何回言わせるんですか」
「高杉!」
「そっちこそ謝れ」
「何ッ!」
ガン!
椅子を蹴りやがった
誰だ!
“押され”る‥
「お前がそんなんじゃけ、片親言われるんじゃ」
「先生、まあ…」
「お前のう、親はお前のこと心配しとるぞ」
「当たり前でしょ、親子なんだから」
「矛盾しとるのお」
「ホンマ矛盾しとるわ」
「どこが矛盾してんですか」
「お前、さっきは親は関係ないゆーたろうが」
「国語ができない人は黙っててくんないすか?」
「この…」
「高杉!」
「なんだよッ!さっきからお前お前ってよ!」
ガラ…
「今、ちょっと」
「ああ、すいません」
「高杉、少し落ち着かんか」
「そっちもね、口の聞き方に気をつけろ」
「どーしようもないわ、こいつは」
「そいつとはもう話しませんよ」
「勝手にせえ、あほらしい、私は失礼しますわ」
「お前ら親子のことは知らんが…」
「じゃあ黙ってろ」
「まあ聞け」
武市が声を和らげた
「わしらは親の代わりにお前らを預かっとるんじゃ」
「それで?」
「じゃけん責任があるんじゃが」
「どんな?」
「道を踏み外さんようにじゃ」
「よく言いますよ」
「どういう意味じゃ?」
「ただ受験をあおってるだけでしょ」
「他のことも見とる」
「そうですよね、身嗜みや素行不良」
「それがいけんか?」
「公平なら問題ない」
「公平じゃろが」
「頭の良い奴は何やらかしても不問、処分は成績の悪い奴だけですよね?」
「馬鹿を言え」
「本当でしょう、みんな知ってますよ」
「お前のうー」
「何を根拠に」
「やれやれ、何を言い出すかと思ったら」
「事実でしょ、名前言いますか?」
「馬鹿馬鹿しい」
「本人達が言ってますよ、だから茶番だってんですよ」
「それはこっちで調べる」
「じゃあ、ここの教諭で自宅で塾やってるのがいますよね?それも調べて下さいよ」
「今度は教師を脅しか?」
「試験問題が流れてんでしょ、それが教師のやることかよ?」
「高杉、お前間違うとるぞ」
「仕掛けたのはそっちでしょう」
「わしらに文句があるんか?」
「そうですね」
「ほなら堀江を殴ったんは、わしらへの面当てのつもりか?」
「いいえ、堀江は自業自得です」
「そらおかしかろーが」
「堀江はお前を告げ口したわけじゃないど」
「同じようなもんです」
「何ゆーても屁理屈ばっかりじゃのう」
「そっちから見たらね」
「世の中にはルールがあるんぞ?」
「わかってますよ、違反してんのはアンタ達でしょ、学校側に従順な奴ばかりとは限りませんよ」
「親御さんが可哀相じゃ」
「だから、ほっとけつーんだよ!」
「チンピラじゃこりゃ」
「学校のやっとることが変か?」
「変とは思いませんか、大学進学の話しばっかりで、あなた達何を僕らに教えてんですか?」
「じゃから校則…」
「校則を守らせるのが仕事なんすか?デキの悪いのをイジメてるだけじゃないですか」
「甘えとるのおー、呆れて物が言えん」
「何を教わりたいんじゃ?」
「甘えてはいないし、あなた達から教わることなんてないです」
「それじゃあ、話しにならん」
「じゃ、しなきゃいい」
「お前、自分の考えが正しい思とるんか?」
「まあ、そうですね」
「ホンマに甘いのう」
「そんな甘いですか、甘くて結構ですよ、アンタらみたいになりたくないですよ」
「高杉、学校がイヤなんか、ただそれだけなんか?」
「それだけじゃないけど、イヤはイヤですね」
「ほしたら、何で来るんじゃ?」
「親がいるからですよ」
「親のために来とるんか?」
「そういう部分もあるでしょう」
「自分の目標はないんか?」
「たしか大学志望しとりますよ」
「もう無理じゃな、内申書があるからの」
「はあ〜あ、内申書、内申書って…」
「自分の考えを改めようとは思わんのじゃな?」
「間違ってませんから、妥協はしませんよ」
「馬鹿じゃのう、学校はのう、妥協を教えるとこじゃ!」
「お前みたいにひん曲がった奴を直すところなんよ」
「学校の文句ばあ言うとるが、大学も学校にゃ変わらんぞ」
「エラソーなことゆーて何もわかっとらん」
「どーした、何黙っとる?」
「何とか言わんかいや」
「妥協がイヤなら学校なんか辞めてしまえよ」
「親がおるから辞めはせんとか抜かすか?」
「結局何でも親や学校のせいにしとるだけじゃが」
「高杉、お前学校来ても意味ないんじゃろよ?」
「親はそんなお前に高い金払うとるんやぞ…」
「じゃけん、親が可哀相…」
「妥協できんのなら…」
「お前の正しさ?笑わせんな…」
僕は‥
「生意気なことばかり…」
「親が泣くぞ…」
僕は‥
「はよう謝れ、高…」
「大人ゆーもんは…」
「妥協を教えとるじゃ…」
間違っていた‥
「教師はのう…」
「お前らみたいな…」
「甘い…」
「世の中は…」
なんてこった‥
「金出してもろとって、何をエラソーに…」
「自分で働いたことも…」
「全部親が働いて…」
こいつら‥
「泣いとるのか…」
「やっと反省…」
「泣いたくらいじゃ済ま…」
クソッ!
くそったれが‥
「おいおい…」
「なんじゃ、もうおしまいか…」
「高杉…」
許さねえ
絶対許さねーぞ‥
「高杉、反省しとる涙じゃないの?」
武市が聞いた
僕は答えられない
「何考えとる?」
「別…に…」
「ええか、高杉、お前は高ゲタ履いて山の向こうを見ようとしとるだけじゃ」
「もう、ほっときましょう」
「高杉、イヤなら学校辞めた方がええぞ、ははは!」
「辞めたらいいんですか?」
「高杉!ちょっと先生方、席外してもらえんじゃろか?」
「ああ、ええですよ」
「無駄ですよ」
「声かけてつかあさい」
「すんませんね」
「高杉」
「はい…」
「つまらん考えは起こすな」
「つまらんことじゃないですよ、こりゃもう…」
「おい、高杉!どうしたんじゃ?家でなんかあったか?」
「先生…」
「先生らに謝れ、あんだけ好きなこと言うたんじゃからもうえかろ?」
「僕はがっかりしました」
「世の中には決まりがあるんど?わかるな?」
「はい…」
「ルールを破ったら、ケジメを取らんにゃ」
「わかります」
「お前が何をどう考えようとそれは自由じゃ、じゃが、やったこと、言うたことの責任は取れ」
「ええ…」
「お前、最近小説は書いとらんのか、お?」
「書いて…ないです…」
また涙が出る
「たまにはなんか書いてみい、面白かったけん」
「今は…友達とか…彼女とか…いるから…」
「ええことじゃ、そういう奴らを悲しませたらいかん」
「はい…」
「親父さんもじゃ、親を悲しませるな」
「はい…」
「さあ、もう泣くな、男がメソメソ泣くもんじゃなあぞ?」
「わかっ…てる…だけど…」
「後はわしが上手いこと言うちゃるけん、お前はきちんと謝れ」
「はい…」
「忘れろ、あーゆうんは売り言葉に買い言葉じゃ、ええの?」
「先生」
「なんなら?」
「顔洗ってきていいですか?」
「ええぞ、シャキっとせえ」
「はい」
ミスター・カイトの素晴らしいショーが始まった!
僕は部屋を出た
ヘンダソン一家もいます!
皆さん!
ミスター・カイトは
本物の炎の輪をくぐるんですよ!
世界に挑戦!
トイレに入り顔を洗った
ぜひ
お見逃しのなきよう!
この出し物は世界一なのです!
保証します!
トイレを出て
まっすぐに
僕は歩いた
誰にも気づかれないことを祈りながら
馬のヘンリーが
ワルツを踊るよ!
バンドのスタートは
6時10分前です!
そのまま
3階へ
ミスター・ヘンダソンの
連続10回宙返り!
皆さん!
どうぞ
素晴らしいひと時を!
バアーン!
僕は後ろのドアを思い切り開けた
芹沢の手が止まる
チョークを持ったその手
あんぐり開いた口
教室のみんなが
僕を見て振り返った
僕はスタスタと歩いた
自分の机まで
そして中身を掻き出す
「高杉?」
ガラクタをすべて
バッグの中へ
「高杉?」
“後で取りに来るなんて面倒”だ‥
視界の隅で甲斐が動いた
急がなきゃ
急がなきゃ‥
入ってきたドアから出る
「おい」
廊下を歩く
まっすぐに
「おい!高杉!」
芹沢が前のドアから出て来た
僕はそれを無視する
「高杉い!」
僕はそれも無視する
「高杉!どしたんじゃ!」
「甲斐!待て!行くな!」
「先生!じゃけど!」
いくつかの窓が開いて
いくつかの顔が覗いてる
「高杉!高杉いー!」
「甲斐!教室に入れ!」
今夜の主役は
ミスター・カイトです!
今夜の主役は‥
僕は土手の道を歩いていた
空は灰色で
風は冷たかった
許さない
許さないぞ‥
僕はバッグを投げた
川の中へ
ざまあみろ!
それから校章をもぎ取って
それも川へ捨てた
素晴らしいぞ!
自由だ!
「ふははははっ!自由だ!」
僕は両手を広げて
空を仰いだ!
僕はもう
泣いてはいなかった
気分は爽快!
腹の底から笑いが込み上げてきた
こんな簡単なことに気付かなかったなんて!
戻るもんか!
二度と戻るもんか‥
ヤッホー!
見たか
芹沢の顔を
あの間抜けヅラを!
鬼塚
忘れるなよ
一生忘れるな
妥協がイヤなら
学校を辞めろだと?
辞めてやるさ
そして僕のことを
一生覚えていろ
こういうやり方があるってことを!
お前達の言いなりにならない奴がいたってことを!
僕は踊った!
跳びはねながら歩いた
高校に受かった時も
こんな風に踊ったっけな!
ドゥドゥル〜
ドゥ〜ドゥドゥ〜
ドゥドゥル〜
ドゥ〜ドゥドゥ〜
アイム〜シン〜ギン〜
インザ〜レ〜〜ン〜!
ジャス〜シン〜ギン〜
インザ〜レ〜ン!
なんて
グローリーな気分なんだ!
また幸せに戻れたんだ
僕は雨雲に微笑む!
空は暗く曇ってるけれど
僕のハートは
太陽で光り輝いてる
ラヴへの準備はOKだ!
アイム〜シン〜ギン〜
インザ〜レ〜〜ン〜!
ジャス〜シン〜ギン〜
インザ〜レ〜ン!
ヤッホーーッ!
僕は酒屋に寄り
下宿に帰り着くまでに3本の缶ビールを空けた
ミルク?
もちろんやったさ!
誰に気兼ねすることもなく
誰に気兼ねすることもなく‥
誰に‥
小舟に乗って家に帰ると
黄色と緑のセロファンの美和さんが
血相を変えて僕を出迎えた
「タンジェリンの樹だわ!孝チャン!あなたッ!」
「マーマレードの空だよ、ただいま〜」
「あの忌ま忌ましい規則だらけの学校から電話あったわよ!どーゆーことッ!」
「あのくだらない規則ばかり押し付けてくる学校ですか?あんなもんもーヤメです」
「ヤメって?!ちょっと!だんだん良くなってるんじゃなかったの!」
「誰かが君を呼んでる、僕着替えるから」
「万華鏡の瞳の少女ね!アナタ!お酒飲んでるの!」
「僕はゆっくりと答える、電話借りますね」
セロファンの花は腕組みをして
すごい顔で睨んでる
僕より背の高い花だけど、まあいいや‥
ジーコロコロ…
ジーコロコロコロ…
「あ、オトン?いたの?…」
「学校から?うん…そう…辞めるよ…」
「よく考えたよ…もういいよ…」
「アッタマ来てさ…そ…」
「変わらないね…ん…」
「そうするよ…じゃあ…」
チン…
「目には太陽の輝きを宿したあの娘なのね!お父さん何だって!」
「でももう姿はないんだ、わかったって」
「ルーシーはダイヤモンドをつけて空の上!何それ!私電話するわ!貸して!」
「ルーシーはダイヤモンドをつけて空の上、意味ないと思うけど?」
「あの娘を追って泉のほとりの橋に行ったのね!信じられないわ!アナタ達親子!」
僕は揺り木馬に跨がって、部屋に下がった
みんながマシュマロ・パイを食べてる最中
(長い呪縛だった‥)
お花畑を行く君を
みんなが微笑みながら見ている
(呪いを解く杖は)
(僕が持っていたのだ‥)
僕は身も心も軽くなった
そのまま僕は沈んでいった
次に目が覚めた時
美和さんはいなかった
僕はずいぶん時間を損した気がして
急いで園部の家に電話をした
「僕だ」
「おう、どしたんなら」
「おい、学校辞めたぞ」
「誰がじゃ」
「僕だよ!」
いきさつを早口で説明した
「わかった!これからすぐそっち行くわ!広美には?」
「まだだ」
広美は不在だった
僕はお母さんに
広美が帰ったら電話をくれるように頼んで受話器を置いた
「ホンマ辞めたんか!高杉!」
園部は一升瓶を抱えていた
ドン!
「ああ、ホンマよ」
「やるのうー!乾杯じゃ!」
「おう!」
酒は特級だった
そして僕たちは
超特急で酒を飲み干した
信じられる?
2人で1本の日本酒を
数時間で飲んじまったのだ
美和さんが帰ってきた頃には
2人はへべれけだった
グデングデンでもいい
美和さんは完全に壊れていた
どんな罵倒も
まったく耳に入らなかった
園部から後で聞いた話しによると
僕は坂下家のサイドボードに行き
美和さんが止めるのも聞かず
おじさんのリザーブまで飲み出したそうだ
そしてゲラゲラ笑いながら
「美和!ツマミを作れ!」と怒鳴ったらしい
その辺から先のことは
キレイに覚えていない
アハハ‥
その後も
かなりの修羅場が展開した
学校から
鬼塚と芹沢がやって来たのだ
気も狂わんばかりに取り乱した美和さんは
それでも彼らと僕らを応接間に通し
紅茶を煎れたという
僕は煙草を吹かしながら
笑い転げていた
笑い転げていた
笑い転…
気が付いたら夜だった
目が覚めた時の
地獄の苦しみといったら‥
頭が割れそうに痛かった
本当に割れるんじゃないかと思った
体中から日本酒の匂いがした
事態を把握するよりも
まず病院に行きたいと思った
死にそうだ‥
本当に死にそうだ
襖に大きな穴がいくつも開いていた
カーテンがレールからひきちぎれ床に落ちていた
空の一升瓶とリザーブが転がっている
カセットが散らばっていて中のテープが引っ張り出されていた
けれどそんなことは
どうでも良かった
僕は頭を抑えながら
時計を探した
部屋の窓は開け放たれていて
その冷気で目が覚めたのだと思った
着ているものが汚れていた
最初は泥かと思ったが
そうではなくて
何かを吐いた跡だとわかった
よく見ると
部屋のあちこちが同じように汚れていて
ひどい匂いがした
僕は窓の外に駆け寄り
顔を出してまた吐いた
胃が何度か痙攣して
黄色い液体がほんの少し出ただけだった
えずくだけで涙以外
何も出て来なかった
僕は腹が立って来た
死んだらどーするんだ!
洗面所に行き顔を洗った
電話‥
電話をかけないと‥
2階から足音がした
「お父さんに電話したわよ」
頭が割れそうだ‥
「明日来てもらうわ、全部見てもらうから」
「何時に?」
僕は声を振り絞った
「さあ、9時か10時頃よ、なるべく早くって言っておいたわ」
「薬ないですか」
「あるわけないでしょ、いい加減にして」
頭に響く‥
「誰かから電話は?」
「あったけど、アナタ起きれる状態じゃなかったでしょうよ」
「部屋は?」
「全部自分でやったんだからね!お父さんによく見てもらうわ、こっちの部屋もね」
美和さんは応接間を指差した
「臭くて入れないわよ!」
もっと小さな声で‥
「すいませんでした」
「フン」
美和さんは2階へ戻った
急がなきゃ‥
キッチンに行き
水を飲んだ
ガブガブと
途端に吐き気がしてきて
慌ててトイレに入った
トイレの壁や便座も汚れていた
飲んだ水を全部吐いた
チキショー‥
僕は部屋のサッシから外へ出た
自転車を漕いで
駅へ向かった
駅前で広美の家に電話をしたが
誰も出なかった
園部の家も同じだった
久坂の家はマズイ
あとは‥
僕は電車に乗った
電車のトイレで2回吐いた
列車の中はガラガラで
誰も知った人はいなかった
窓の向こう側は真っ暗闇だ
それでも列車は
夜のしじまを切り裂いて行く
やがて街の明かりが遠くに見えてきた
覚えたての歌詞を思い出した
それはこんな風だ‥
街の吟遊詩人は
ステージの上なんかじゃ歌わない
オーケストレーションなんか必要じゃないのさ
メロディーは簡単に浮かんでくるのだから
仮面をつけた真夜中のさすらい人は
ショッピング・センターのヒーロー
アイゼンハワーの子ら
新しき世界のセレブレイター
ストリートライフ・セレナーダー達は
何でもわかってる
何を唄えばいいのか
どう行動すべきかを
仮面をつけた真夜中のさすらい人は
生活のために苦労して働くのさ
彼らに調和をもたらすために
大袈裟なアレンジなんか
いらないってことを…
僕はヨタヨタと駅を這い出し
線路に沿って歩いた
途中で煙草とマッチ
それにコーラを買った
紡績工場と海の匂いがした
夜に混じって
二重連結のディーゼル機関車が
ものすごい勢いで通り過ぎた
あとには重いオイルの匂いが漂った
また吐いた