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第10話 さらば 友よ

それから僕たちは

なるべく自然に振る舞うようにした


次の日の朝は

僕、広美、園部に西郷

右京と分倍河原の6人で登校し


帰りには久坂が入って7人になった


荒野の七人みたいだ‥



その次の日には

朝から7人だったのが


帰りには前後尾道の連中が加わり

14人になった


甲斐が

「なんじゃーお前らあー」

と言って

また違うチャリンコで通り過ぎた


右京に投げキッスして



3日目の朝は

20人近くになったので

釣竿を持ったおじさんに怒られた


それで帰りには

二列縦隊になったが


あちこち動く奴がいて列が崩れ

なんだか小学生の遠足みたいになった



広美とはちっとも話しが出来ず

そのかわり

僕は尾道の連中との交遊を深めた



やがて

中間試験が近づいてきて

僕たちの集団登校は終焉を迎えた



いつの間にか

僕と広美と園部の3人になった


学生服ではそろそろ暑すぎる


僕はボタンダウンを出した


ズボンはスリムのツータックだ

裾はダブルにしてある



ワイシャツ姿の西郷が

鞄を背中でぶら下げて急ぎ足で通り過ぎた


「なんじゃ、アイツ」

とバギーに半袖の園部


どうやら我々は無視らしい



「どうしたん?」

怪訝そうに広美


「おい、西郷おー!」


気付いているのに

知らないそぶりかよ‥



僕は広美と園部から離れ

早足で西郷に追い付く



「おい」

「なんじゃ」


「こっちを見ろよ」

「だから、なんじゃ」



「どうしたの」

「なんでもないわい」


「なんかあったか」



立ち止まり僕を見る

いや、睨む


「お前のう」

「なに」



ふうーっと

わざとらしいため息一つ


「おい、高杉」


また歩き始める



「どしたの」

「もうすぐ中間じゃぞ」


「うん」

「やっとかんとマズイぞ」


「そうか?」

「そうじゃ」


「試験範囲もまだじゃろ」

「あんのおー」


「うん?」



「うちが農家しとんの、知っとろうが」

「うん、爺ちゃんたちじゃろ?」


「馬鹿じゃのう」

「なんで」


「家中のもんが仕事せんと終わらんわい」

「そうなのか」


「そうじゃ」

「手伝うんだな」


「田植え前じゃからな、いろいろやることはあるんじゃ」



「手伝うか?」

「お前なんかには無理じゃ」


「絶対か?」

「絶対じゃ」


「勉強と家の仕事がある」

「ほうじゃの」


「忙しいんじゃ」

「うん」


「遊び過ぎたけん、ちっとはやらんとの」

「真面目じゃの」


「やりとうはないけど、しょうがないわい」



「だからゆうて、無視はないじゃろ」

「説明が邪魔くさいんじゃ」


「斉藤、キライなんか?」

「煙草吸う女はの」


「しょっちゅうは吸ってない」

「おんなじことじゃ」



「なあ、一緒行こうや」

「イヤじゃな」


「考え方古いぞ」



また立ち止まり

深呼吸ひとつ



「高杉、お前ごときに どうこう言われとうない

わしにはわしのやらんといけん事があるんじゃ

お前らのやることに

いちいち文句つける気はないわい

じゃけん、わしのことも

ほっといてつかあさい」



そう一気に言い

西郷は早足で学校へ向かって行った



のっしのっし

のっしのっし



西郷

なんだよ‥


ごときだと?


ほっといてくれだと?



何をそんなに‥


「何を怒っとるんじゃ、西郷は?」

追いついた園部が言う



「わからん」と僕



「いつものイジケ虫じゃろ」


「イジケ虫?」と広美



「アイツの悪い癖なんじゃ」

「園部」


「なんじゃ?」



「僕やお前にはわからんことがあるそうじゃ」


「あんのお〜高杉、そんなもん誰にでもあるわい」


「お前にもか」


「当たり前じゃろ」

「西郷は」


「西郷は気を引きたいだけじゃ、ほっとけ」



なんか違う‥


「高杉」

「うん?」


「今日うち来るか」


しばらく考えて広美の方を見た



「ええよ 今日は、ヨシブーと買い物あるけん」


「んじゃ行くわ」と僕



「何、買い物?」

園部が優しげに広美と話し出す



広美と話す時の園部は

今まで見たことのない園部だった


目はいつも

彼女の目を見ている


口もとは常に微笑んでいて会話は途切れない



こんなに園部が優しく笑うとは知らなかった



僕と2人きりよりこの方がずっと良い


園部は話し上手だ



可愛い広美に

理屈っぽい園部


それに僕



楽しくて良い



明日に向かって撃ての

ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドみたいだ


さしずめスリルを求める

女教師エッタ・プレースは広美


僕たち3人は

バート・バカラックのテーマ曲に乗って

自転車で遊んでいる


列車強盗を続けながら

つかの間

幸せを噛み締めるシーン



笑いながら

歌いながら

ふざけ合いながら



僕たちは無敵なのだ



園部邸は

ちょっとした豪邸だった


西郷んちの前をエルシノアで走り抜け


太陽に向かって走る


少し遠いのがたまにキズ



家の周りは田んぼで

目の前には小さな川があった


県道の大きなカーブを曲がった所に

何軒かの新しめの家が並んでいる


その中の1番リッチな家だ



「ええか?」

エルシノアを車庫の片隅に押し込みながら

園部からの注意事項が始まった


「入ったら、すぐ2階に行けよ」


「うん」



「誰か出て来ても、知らん顔しろ」


「そういうわけにはイカンじゃろ」

僕は笑った



「シーッ!黙れ」


「だってバイクの音が」



「うるさい奴じゃのー、うちに上げんぞ」



お前が誘ったんだろ‥



「他には?」

「挨拶なんかするな」


トホホ‥

喧嘩中かよ


前来た時より厳戒態勢だ‥


でかいドアの前に来た

「開けるぞ?」


空き巣狙いみたいだ‥


「いいから早くしろよ」



キィ…



「よし今だ!」


ダダダダダダー!



バカらし‥


「早う来いや!」



「はーい、お邪魔しま〜す」



「アホ、静かにゆうとろうが!」


「あ、兄ちゃん?」



弟発見!

どうしますか!ボス? 



「お前は黙って向こう行っとれ」


「お母ちゃんが…」

「向こう行っとけゆうんよ?わからんか?」


アニキって

なんでこんな威張り方をするのでしょう‥



「こんちわ」と僕


弟くん

ペコリと頭を下げて

のれんの向こうへ行ってしまった



トントントン

階段を上がる


園部の部屋へ



「まったく生意気な奴や」


「何にもしとらんだろ」

「だからイラつく」


「可哀相に、何年だ?」



「中2かの?」

「知らんのか」


「たぶんその辺じゃ」

「やっぱり狩人の兄貴の方に似てるなー」


「お前だけじゃ、そんなことゆうんわ」


「園部は弟の方に似とる」


「拓郎じゃなかったんか」


「雰囲気だよ、その生意気な雰囲気がさ」


「勝手に言うとけ」



「相変わらず殺風景な部屋だな」



僕の部屋は四畳半だから

ここは倍近く広いことになる


広いからガランとした印象だ


少しくらい散らかしても

足の踏み場がなくなるということがない



「なんか聴くか?」


床に散らばった

レコードを漁りながら園部が言った



「ステレオ直ったんか?」


「アンプ変えたら、鳴るようになったわい」


「一応コンポというわけか」



当時ステレオは

システムコンポが大流行


一体型は古い


西郷はプレイヤーから

アンプ、スピーカーの各ユニットを

自分の好みで組み合わせていたので

それぞれが別のメーカーだった


本物志向というやつだ


園部の場合は

音へのこだわりではなく

故障した部分を次から次と代替えにした結果である



「フォークも飽きて来た」

と僕


「今はニューミュージック言うんじゃ」



「洋楽にしてくれ」

「おう、ええぞ」


「見ていいか」

「ええよ」



「イーグルスもええの」


僕はインディアンのおまじないに使うような

牛の骸骨をデザインした恐ろしげなジャケットを手に取って眺めた



ちょっと気分じゃないか‥


そしてもう1枚


夕闇せまる南国か

椰子に囲まれたルネッサンス様式の白い建物


「このホテルなんとかはどうだ?」



「カリフォルニアか、ジョー・ウォルシュが入って イーグルスもつまらんようになった」

と園部先生


ジャケットはグーだ



「それよりこっちはどうじゃ?」

と先生



白地のジャケット

淡いブルーとピンクの紋様の中で

オレンジ色のグリフォンみたいなのが左右に2匹(2頭?)

鎮座してる



中心には真っ赤な蟹がいてその甲羅の上では炎が燃えている


翼を広げた白鳥?


グリフォンらしき足元にはピーター・パンと

ティンカー・ベル?


どこかマンガっぽい


そして、QUEEN

A Night At The Operaが

始まった



ドラマティックなピアノの冒頭に

ヘヴィーなギターが絡みついて来る



「ハードロック?」


「まあ黙って聴け」


人を黙らせるのが

好きな男だ‥



デス・オン・トゥ・レッグス


要するに“お化け”

まさにそんな感じ



次の曲はややおふざけ調

古いMGMのミュージカル映画みたいだ

それからまた派手なギターの洪水


歌詞の日曜とは

関係なさそうな重い展開


と思ったら

次の曲に移ってる!


曲の間に途切れがない



そんな風に

ポップス調


フォーク調


ブリティッシュ・ロック調


フランス語混じりの

大道芸風と


音楽というか

ストーリーというか


次は何が出て来るか

という期待をこめて

音楽、いや“物語り”は進んだ



このボーカルはイイな‥


全体はアコースティックだったりオーケストレーションだったり


くるくる回る

メリーゴーランドみたいな摩訶不思議ワールドだ



「気にいったか?」


「うん!」


「すげえな!コレ」

「わかるか?」


「どうやって作ったんだろ」

「さあのう」



「物凄い複雑じゃの?」

「カンタンじゃが」



「カンタンか?」



「好きか、嫌いかじゃわ」



どうにも聴き入ってしまう


コーラスも良い


クラシカルな演出の後に

必ず豪華絢爛なクライマックスが来る



そして

ボヘミアン・ラプソディ



おお 神よ‥

これがロックか


ロックと呼んで良いのか




僕は泣いた(それは嘘)



スゴイ

とにかく凄い




英国国家の

インストゥルメンタルが終わり

アームがカタリと戻った



終わってしばらく

僕は何も言う気にはなれなかった




「これちょうだい」


「アホか」



「他にこいつらのあるか?」


「あとは、シアー・ハート・アタックと戦慄の王女か」


「貸してくれんか?」


「ええけど、太田裕美はどうする?」


「今はどうでも良い」


裕美ちゃんゴメン‥



「次もクィーンでいいか?」


「いや、他のにしよう、これじゃ話しができん」


「なんの話しじゃ?」

「お前が用があるんじゃろ?」


「ほじゃったかな、忘れたわ」



園部が机の引き出しから

何かゴミのようなものを取り出した


よれよれのパッケージ

包みの中から折れ曲がった煙草が1本


「1年くらい前のじゃ」

園部が苦笑する



「吸ってんのか」

「たまにな、眠気覚ましじゃ」


「高杉吸うか?たしかマッチ…」

「いらん、自分で吸え」


「クククッ…」



「何がおかしい?」


「こんなもん吸うなんてアホじゃ思て」


「自分自身がか?」


「まあの」


「目が覚めるのか」


「うーん、そうじゃの」



「親は知っとるんか」

「知るわけなかろーが」


そりゃそうだ‥



ターンテーブルに

次のレコードがかかる



この塩化ビニール製の薄っぺらい円盤たちが

僕たちの人生を変える


その時そんな風に

思ったわけじゃない


僕たちはてっきり

自分のオリジナルの道を歩いてると思っていた


でもそれは

思い過ごしだったのだ



モノクロのジャケット

壁にかかったボクシンググローブ


ダブルのスーツの男が能面を見つめて

ベッドで物憂げに佇んでいる



哀愁漂う口笛のイントロ


都会的で洗練された旋律


「AORか」


「違う、黙って聴け」


ハイハイ‥

仰せの通りに 




 

日が暮れ始め

西陽が部屋の壁の世界地図を照らし出した


良い音楽を満喫した後は

つまらない話しはしたくないよね?



僕はエルシノアで

うちまで送ってもらって帰った


帰る時にお母さんと会い

「お邪魔しました」

と挨拶をした


お母さんは

いつものようにどこか元気がなかった


園部が苦労かけるからだ


よくわからないけど

僕はそう思った



園部がしきりに

斉藤は良い子だ、良い子だと言うので


「好きになったんじゃないか」

と聞いてみると


「それはない、わいは面食いやから」

とほざいた



なぜかは知らないが

「わいは二度と恋はせんのよ」

と遠い目をしてつぶやいた


園部くん

過去を背負うには

少しばかり若過ぎやしないか‥



家に着いても

良い音楽を聴いたせいで心は落ち着かず


こんな時は

恋人に電話したりするのだろうかと思ったが


あいにく広美のうちの電話番号を知らなかった


今度聞いておこう‥


どうも僕は

間が抜けている



風呂を洗いお湯を張って

ご飯を洗いスイッチを入れて


暗くなる前の

空の匂いをかいだ



うちに入り

箪笥の前に行き


親父の煙草を取り

触ってみた




その時になってやっと

庭にエルシノアが停まってるのに気付いた


西郷だ


ついでに雨戸を閉めて庭に出る


エンジンはまだ熱いので

来たばかりらしい


僕は宝物のVANの

スィングトップを羽織って駅前のレコード店に急いだ



いたぞ‥



「西郷」

「おお、バイク置かしてもろた」


「うん、いいよ」



西郷は邦楽のLPコーナーで

次から次にジャケットをめくってる最中だった


ちょうど

“時計じかけのオレンジ”で

アレックスがナンパをしようとしてる場面みたいに



「来てたのか」

「ちょっとの」


「園部んとこ、行っとった」

「知っとる」


「なんで?」

「うちの前通ったじゃろ」


「僕が乗っとるって?」

「道路の真ん前じゃからな」



「何探しとるんじゃ」


「ちょっとのう」



「ナニ?」


「なんか出とる思たが」



「洋楽違うのか」


「日本人じゃ、コンピューターで音楽を作るんじゃ」



「コンピューターで?」


「シンセとかでの」



「シンセ?」


「やっぱり、ないわ」



「N堂じゃったら、あるんじゃないか?」


「ええんじゃもう」



西郷はさっとあきらめて店を出て行く



西郷は保守的で現実的な男だった


彼がこよなく愛したのは

小椋 桂やグレープ


その繊細さとのギャップに

僕や園部は

度々翻弄された


コンピューターで

作った音楽に興味があるなんて意外だった



僕や園部は

世の中をナメた所があって

それは2人の

言ってみればスタイルのようなものだった



「お前らを見とると、危なっかしくていけん」


西郷は言ったものだ


彼からすると僕らは糸の切れた凧さながら


不安定で頼りなく

脆弱に映ったのだと思う


でもそう言いつつも

2人の子守をしてくれたことは確かだ


悪ふざけが過ぎて脱線しないようにと

小うるさい事も言い続けてくれた


そりゃたまに辟易もしたがおおむね僕らが大失態をやらかさずに無事にやって来れたのは

西郷の人徳とお節介の賜物だったのだ


それは広美との一件に限ったことではなく

それまでも西郷の幅広い知識と経験に僕らは何度も助けられてきた



西郷は僕たちチームの言わば良心だったのだ


だからこそ

今朝の彼の剣幕はショックだった



「西郷さ」

「なんじゃ」


「うち寄ってけよ、紅茶いれるからさ」


無言


「豪華にレモンティーじゃぞ?」



「どうせバイクを取りに行く」


「コーヒーでもいいよ」


「なあ高杉」

「なんじゃ」


胸を張って歩く西郷の横で僕はおどおどしていた



「お前ええんか」

「何が?」


「斉藤のことじゃ」

「斉藤?」


「なんで3人でおるんじゃ」

「園部とか?」


「ああゆうのは異常じゃ」

「そうかの」


「園部に盗られてもええんか」

「それはないよ」


「馬鹿じゃのう」

「どういう意味じゃ?」



「なあ、高杉」

「うん?」



「わしは、お前が好きじゃ」

「ハハハ!」


「冗談じゃない」


エルシノアの前で

時が止まりかける



「そう言われても、そんな趣味は」


「わしもない、じゃが、お前が好きゆうのはホンマじゃ」



難しいが

なんとか理解しよう‥


「だから?」



「わしの、言うてしまうが、斉藤も好きじゃ」


「うん」



レコード屋になんか行くんじゃなかった‥



「高杉は、斉藤の裸“想像”したりせんのか?」



「せん」



「なんでじゃ? わしは想像する」


「お前はそうでも、僕はそんなことは思わん」



「ホンマにか」

「ホンマにじゃ」



「お前は、幼いのう」

「別にかまわん」



「普通じゃないぞ?」


「それは僕が決める」



「高杉」

「なんだ」


「わしは園部が嫌いじゃ」

「うん」


「なんで嫌いかは、お前にはわかっとろう?」



「わからん」


「嘘じゃ、わかっとるはずじゃ」



「だから?」


「斉藤を園部にだけは、盗られんでくれ」


「自分で斉藤を奪ったらどうじゃ?」



「できるわけなかろう」

「なんでじゃ?」


「わしはこんな奴じゃけんな」



「自分で決め過ぎるんじゃ」



「高杉」

「うん」


「わしはもう、お前らとは付き合わんけん」


「なんでそういうことを言うんじゃ?」



「バイクだけは、もうしばらく置かしてくれ」


「ええけど、これは何の話しじゃ?」



「わしは、わしなりに考えた結論じゃ」


「勝手過ぎるじゃろ」



「お前はわかってくれる」


「何をだよ、西郷」



「応援しちょるぞ」

「なんのだ?」


「斉藤とうまくやれ、お前と斉藤は似合いじゃ」


西郷がむんずと僕の両手を握った



「園部には盗られんなよ」


「考え過ぎじゃ」



どうかしてる

西郷、どうかしてるよ‥



エルシノアのエンジンがかかる



「ほいじゃの、バイ」 




通りに出て僕は

エルシノアのテールランプが見えなくなるまで

見送った



1人で庭に戻り

2人でした会話を何度も思い出してみた



どこにも

不自然さはない


バイクだけは

置かしてくれなんて‥



なんでだ

なんでだよ‥



うちに入り

何か聴こうとしたが

何も選べなかった


園部から

返してもらった太田裕美があった



ジャケットを手に取り

その顔に唇を押し付けてみた



バカバカしい‥



隣の部屋に行き

箪笥の棚から

煙草を1本抜き取った


台所のマッチを持ってきて庭に出た




シュッ



ジ、ジジジ…

うまく点いた


なんともない



肺に入れないと‥


もう一度吸い込む



「ゴホ! ゴホホ…」


ウッ…、キツイ



「お兄ちゃん?」


「はあーい」


「どこ〜?」妹だ


「はい、今行くー」


「斉藤さんゆう人から電話よ〜」



「え? あ、はい」


立とうとして目が回った



なんだか吐きそうだ



受話器をとって

妹に

あっちに行けと合図する



「もしもし?」

「もしもし」


「どうしたの」

「うん、ちょっと」


「よくわかったね、うちの番号」



「園部君に聞いた」


「そうかー、んで?」


「あのね、もうすぐ中間じゃろ」

「うん」


「だいぶ勉強遅れてて」

「うん」


「この前の模試もひどかったし」

「うん」


「どうじゃった?」

「いつもながら悪いよ」


「1週間前になったら、ちょっと」

「うん?」


「会うのやめたいのよ」



僕はダイヤルを見つめた

1、2、3…


「1週間だけ?」

「そう」


「うん、わかった」


「怒った?」

「ううん」


「アタシ、頭悪いけん」

「そんなことないよ」


「何してたの」


いろいろ‥


「もしもし?」


「そうだ、電話番号教えてくれる?」

「ええよ、あのね…」




チン…


ふうー


「お兄ちゃん」


「何」



「煙草の匂いするよ?」


「してないでしょ」


「なんかしたんだけど」


ブツブツ…



何か聴きたい‥


ビートルズをかけたが

うまく行かなかった


イーグルスの

“言いだせなくて”を無性に聴きたくなった


カセットを探して

再生すると

テイク・イット・イージーがいきなりかかった



僕は庭に出て

もう一度煙草を吸った


今度はゆっくりと

時間をかけて




まあるくて蒼い月がじっと見ていた

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